というわけで『ねこ』の名前を考えることになった僕である。
自室に入って、ノートを広げて、そして固まった。
名付けというのは難しい。小学生の頃に授業の一環で育てていたトマトに『火星くん』と付けた経験、それ一度きりしかない。
僕の名前、『
「たくさんの色が入り混じる斑模様のように、たくさんのことを経験して優しい子になりますように」という願いが込められている────と、いうことは特にない。これは小学校の作文で『自分の名前について』みたいなお題が出たとき、母が急遽対外的に作った理由だ。
『アンタの名前はね、まぁ、姓名判断? っていうかなんかそういう感じで付けただけなんだよ』
『だって、どういう名前が良いか? なんて、まだちっさいアンタにはわかんないだろう。名付けなんて一方的な行為だし。まぁアタシの仕事は全部そうだけど。ぶっちゃけ人間社会では名前って概念が必要だから、事務的に従ってるだけでさ』
『血縁の上に自動的に絆が生えるわけがないように、親の真摯な祈りが込められているからといって、それを子がマトモに受け入れる必要はないってことだ』
『だからね、
『しっかし、人間ってまだ家族愛とか崇めてんのか。面倒くさいねぇ、面倒くさいけど宿題なら仕方ないか……』
────と、こんな感じだったような気がする。
特に自分の名前に対して嫌悪感も不便もなかったので、僕はこれまで『井上斑』を続けているのだが。
ああ駄目だ、余計に難しくなってきた。もう名前付けなくてもよくないか?
しかし、個体を種族名で呼ぶのは失礼じゃないか? いや、猫にとっての失礼の範囲がそもそも判らない。
「せめて『ねこ』と話せたらいいんだけど」
そうすれば、名前の方向性とか決められるのに。
考えすぎても血管が詰まるだけだ。一旦お茶でも飲もう、と立ち上がったとき。
『ねこ』がいた。
「どうしたんですか?」
『ねこ』は答えない。
「名前、どういうのが良いんですか? ……そもそも、付けてほしいって思ってますか?」
『ねこ』は応えない。
そりゃそうか。
唐突に、何かが脳裏を過った。
それは数字だった。シンプルな、3桁のナンバー。
「『040』……」
どこで聞いたのか、誰から聞いたのか、よく覚えていないけれど、その番号が頭から離れない。
「……そうだ」
××××
「ブライトさーん!」
ブライト博士がSCP-3715────井上斑に“先生”と呼ばれる存在と話していると、居間に斑が飛び込んできた。
「名前! 『ねこ』の名前、決まりました!」
「はぁ、なるほど。それは良かった」
斑は随分と満足げな顔をしている。よほどの自信作らしい。
「で、名前なんですけど……『
部屋に沈黙の帳が降りた。
ここにいる存在で口がある者は、斑とブライトしかいないから、2人が喋らなければ当然静かになるのだが、とにかく空間は静まりかえっていた。
「お……お塩? solt?」
「はい、調味料の、お塩です! 正直オレオと迷ったんですけどやっぱり……ブライトさん? どうして明後日の方向を見て震えてるんですか?」
「んっ、んー、な、な、何も? ところでもう一度言ってくれる?」
「お塩です! オレオと迷って」
「オッッッッッ」
ブライトは背中を伸ばしてはいられなかった。先ほど飲んだばかりのジャスミンティーを噴き出しては畳が汚れてしまう。
生理的な涙が滲んできたのを拭き取ると、辛うじて声を絞り出した。
「いっ、いいっ、いんじゃないかな? お、おし、お塩……おしお……オレオ……んぐっ」
「そうですか!」
斑は満面の笑みで『ねこ』にも尋ねた。
「で、あなたはどう思います? 『お塩』で大丈夫ですか?」
『ねこ』は答えなかった。
答えなかったが、ぴょんっと斑の膝の上に乗って丸まった。
「えー……これは『YES』でいいんでしょうか」
「うん……いいよ凄くいい……君ってヤツは想定以上に最高……お、お塩てふふふふ」
ブライトは、まだ腰が砕けたままだった。“先生”はというと、そんなブライトと斑を心配そうに見下ろしていた。
すると、『ねこ』改め『お塩』は、ブライトのそばまでテクテク歩いていって、
二度目の『共振“猫”パンチ』を炸裂させた。
「ヴァアアアアアアア!!」
「駄目ですよ『お塩』さん、ブライトさんは病み上がりなんですから、そんな戯れ方は……」
「おっ、お塩……ごめんやっぱ耐えられなアアアアアア!!」
「ああっ、また!」
ねこです。
ねこは『おしお』になりました。
はかせのひとはねこをわらいます。
はかせのひとはねこをわらうのでしばきました。
よろしくおねがいします。
・お塩(SCP-040-JP)
お塩になったねこ。名前とかいう人間の文化に興味はないが、ブライト博士の反応がうざかったので一発しばいた。
・ブライト博士(SCP-963)
『Bright』には日本語で『輝き』という意味がある。つまり輝き博士。
もっとカッコよく描写したいのだが、なんかねこにシバかれる。
・“先生”(SCP-3715)
本名はベティ・マイルズ。小学生時代の斑が『火星くん』と書かれた名札を付けたトマトを持って帰ってきたとき、苦笑いしか出来なかった。
・井上斑
メタ的な名前の由来は、井上トロとニャンコ先生(斑)。母親の正体とは何も関係ありません。ちなみに母親の通称は“先生”曰く『おイワさん』。
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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-040-jp
ブライト博士の人事ファイル
http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
SCP-963 “不死の首飾り”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-963
SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3715