「こんなに早朝から場所取りかい・・・・?」
「はい。この町でお花見って言ったら、この公園くらいしかないので」
AM4:00。僕はお弁当を抱えて、桜花に囲まれた公園に来ていた。既にチラホラとブルーシートが敷かれているのが見える。
もちろん、お塩さんとブライトさんも一緒だ。“先生”は、今日はお休みを取っている。
先日母から届いたメールによれば、母はブライトさんのことがとても気になるから、話がしたいと言っている。
「母は多少変わった人ですが、優しいので、きっとブライトさんたちのことも受け入れてくれますよ」
「多少……」
何だかブライトさんが釈然としない表情をしているが、どうしたんだろう。
ひとまず奥の方まで進むと、見慣れた顔がいた。休日にも関わらず高校の制服を着た少年。
「バーチウッドくん! え、お花見来てたんだ」
「先に来て“君”の場所を取ってあげたんだよ。……全く。花見なんかより湖に来てほしいところなんだけどね」
「ひとりで先に? え……そこまでしてくれるとか……ありがとうバーチウッドくん。寒かっただろ、お茶飲む? “先生”が淹れてくれたやつだよ」
水筒と紙コップを差し出すと、バーチウッドくんは嘆息しながらそれを受け取って、コップ一杯分を勢いよく飲み干した。
「あー美味い。気性は死ぬほど日和ってるけど、お茶は美味いんだよなマイルズ先生」
「今日は休暇取ってるらしいから、今度お礼しないとなぁ」
「休暇……?」
バーチウッドくんは、僕の後方を見て、怪訝そうな表情をした。
僕も振り向いたけど、そこにはお塩さんに頬をペチペチ叩かれるブライトさんしかいない。
「えっと……とりあえず、母が来る前にシート敷くから、バーチウッドくんは休んでて」
「“俺”に疲労って概念ないんだけど……それなら遠慮なく」
バーチウッドくんは非常に良い子なんだろうな、と思う。一年の付き合いとはいえ、ただの年上の知り合いのために先に場所取りだなんて。
僕は彼に何か、特別恩義を感じるようなことをしただろうか? 分からない。結局まだ彼との思い出とやらも全然思い出せないし、心が申し訳なさで満ちている。
考え事をしつつも、子どもの頃から使っている、桜柄のレジャーシートを広げた。四隅にその辺の石を置く。
真ん中に重箱を置けば準備完了だ。
「井上くん、君のお母様が来るのは何時くらいだ?」
「えーっと、確か6時前……」
「今だよ」
バーチウッドくんが、ブライトさんが、お塩さんすら、石みたいに硬直した。
顔を上げると、額から顎まで覆うような白い仮面を着けた、灰色のコートを纏う女性がいた。
ちらちらと花弁が舞う、曙の空に、ガサついた黒髪が靡く。
「正月ぶりだねぇ、斑。また身長伸びたかい? 人間ってのは、いつまでも成長期だなぁ」
昨日まで海外にいた、僕の母が、そこに立っていた。
「お母さん! 予定より早すぎるし、どうしたんだよ」
「早く来ちゃ悪いかい? ……特に、そこの首飾り男とか」
母はブライトさんを見て笑った。目も口も見えないけど、なんとなく察せられる。
「お母さん、あの、ブライトさんは……」
「知ってるよ。ベティから聞いたからね。生命工学と異常遺伝子学の研究者で、最近まで眠ってて、職場も頼れる人間もいなくて困ってるんだろう?」
ベティ・マイルズ。“先生”の本名だ。
母はコートのポケットから右手を抜くと、ブライトさんに握手を求めた。
「井上イワだ。コイツの母親。最近は世間話に事を欠くが、
「……ジャック・ブライトだ。
ブライトさんもそれに応えたけど、なんだかただならぬ気配を感じる。
大丈夫だろうか。ブライトさん、今後もウチにいられるだろうか。不安でならない。
「斑。花見の前座に、この色男に話さなきゃならないことがある。そこの坊主と虎と遊んでな。……こりゃ長話になりそうだ。ベティにお茶作ってもらってよかったよ」
虎って、お塩さんのこと?
僕はお塩さんを見る。鼻と口が見え辛く、眼力のある、線の細い真っ白な猫。虎ではない。お塩さんは『ねこ』でしかない。
やっぱり、母の視点は僕のような凡人とは違うみたいだ。
ねこです。
さくらがさいていますが、さくらはそこにありません。
が、いしがあります。ころがっています。いしにきょうみはありませんです。
ねこはいしをみません。
「……虎野郎。アンタのことは恨んじゃいないよ。アンタは祟り神として、妹は守り神として生まれた、それだけさ。悪いのは、妹に酒を飲ませた人間と、酒気で萎れた妹を捨てた、あのクソ野郎だ」
ねこはねこです。とらはしりません。さくらもしりません。ねこです。よろしくおねがいします。
「なるほど、文字通りの猫被りかい。それもまた一興だ。……うちの子に粉かけないなら、何しても構いやしないさ」
いしがいなくなります。はかせのひとをつれていきます。
さくらがさいています。ねこをすきなひとはさくらのしたにはありません。
ねこです。
よろしくおねがいします。
・井上斑
お花見には必ず母が帰国するので、毎年の楽しみ。
ただならぬ気配には気付くが、もっと大事なことにはなかなか気付かない。
・お塩(SCP-040-JP)
昔の敵対者の身内が、ねこをすきなひとの身内でした。きまずいです。よろしくおねがいします。
・“先生”(SCP-3715)
『休暇』と嘘を吐いて、花見についてきた幽霊。ちなみに休暇自体は週2で取っている。幽霊でも休みは必要。
・ブライト博士(SCP-963)
多分次回は、井上母とこの人の会話オンリーになる。頑張れ博士。
・バーチウッド(SCP-2316)
待ち伏せして湖に連れ戻そうと考えていたが、予定より早く井上の母が来てしまった。無念。
・井上イワ
井上斑の母親。世界中を飛び回る美術商で、蒐集家らしい。
もう察しがついていると思いますが、元ネタは日本神話のあの方です。
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SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2316
SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1500-jp