ねこです観察日記はじめました。   作:彩辻シュガ

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聖書ネタ入れるのたーのしー!ってなりながら書きました。

ちょっと長めです。ごめんなさい。



明日“なし”と思う心の仇桜 ③

「結界張ったから、防音は完璧だ。さ、何が聞きたい?」

 

 井上イワを名乗る女性。常人には姿が見えないSCP-3715を発見し、認識災害無効化と推定される異常性を持つ井上斑の義母。

 

 そんな存在と1対1……

 

「最初に言っておくけど、息子の()()にアタシは関係ないよ。産んだのはアタシじゃないし、遺伝子は100%人間だ。生後半年でああだったから。詳しいことは財団(そっち)で調べとくれ」

「……何だって?」

 

 随分な放任主義に、呆気に取られた。

 

 知性を持つSCPオブジェクトは、自発的に収容されるものとそうでないものに二分される。

 

 しかし、他ならぬ育ての親が、当人の預かりしれぬところで息子を財団に預けようとするなんて、聞いたことがない。

 

「別に、特別な拷問がしたいってことでもないんだろ? ()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()

「……そういう所業も知って尚、か? 貴方には、生まれた子を川に放流する趣味があるのかい?」

「ないよ。失礼な。……どうせアタシが断っても、斑が嫌がっても、連れていくのは決定事項なんだろ。抵抗しても、息子の損になるだけさ」

 

 それより聞きたいことがあるんじゃない? と、仮面の奥の瞳が促した。

 

「……SCP-2000と貴方に、何の関係が? 海を隔てるほどの何かがあるのか?」

 

 世界各地の神話伝承は、異常存在(アノマリー)の存在を、古代の人間が科学が発達していない時代の知識なりに解釈し、伝聞したものである。

 

 見せられない顔、名前、桜との関係……目の前の彼女の正体についても、ある程度推定は出来る。

 

 井上イワは、ニタリと笑って告げた。

 

「アタシはね、あの子の“イシ”なんだ」

「イシ?」

「そうそう、人類が造った最新にして最後の神、SCP-2000と名付けられたあの子の“イシ”の()()ョク先ってね。笑えるだろう?」

 

 人間の子を育て、ジョークを解する程度には、人類に友好的らしい。

 

「よし、おばあさまが昔話をしてやろう。長くてつまんない話だからお茶でも飲むように。ベティ!」

 

 イワが2回手を叩くと、空中から紙コップとポットが現れた。花見用に、斑が準備していたものだ。

 

 紙コップは2つ、中身は緑茶。お茶の幽霊の施しだ、ありがたく受け取っておく。

 

 ブライトが茶に口をつけたのを見届けてから、彼女は滔々(とうとう)と話し出した。

 

「アンタは身に染みているだろうが、人間ってのは脆いもんだ。耐久性の課題については度々会議に上がっているが、上は懐古主義だからちっとも変えたくないらしい。だが厄介なのは肉体でなく精神の脆さだ。それは、人類から暗闇を遠ざけるという大変な役目を負い、資金、権力、土地、人材を潤沢に備えたアンタら財団ですら逃れられなかった」

 

 今更すぎて、特に反駁しようとも思わない。実際その通りだから。

 

「むかしむかし、財団は、世界を守る重圧に耐えられず禁忌────偶像崇拝に手を出した。見えないものに散々振り回されてきたからこそ、絶対的な信頼を寄せられる、形のある見えるものが欲しかった。地上に富を積み上げて、空っぽの鉄の箱に信仰を捧げた。……そこに神様なんかいないのに、実に愚かなことだよ」

 

 だが、愚かでも、無意味・無価値ではなかった。

 

 モノに魂が宿る逸話は、世界各地に存在している。日本では付喪神、と呼ばれるように。

 

「しかし、空虚な建前にも、次第に実が伴うようになった。黄色い石の下で人類の盛衰を眺めてきた偶像は、いくつもの再構築(タスク)を実行しながら、ゆっくり自我と知性を育てていったのさ。ディープラーニングってやつ? 合ってる?」

 

 アタシは横文字に弱いんでね、と彼女は笑う。

 

「そして、何度目かのやり直しで……あの子は気付いた。このままでは、現行のシステムに従うのみでは、いずれ人類は滅びると。そりゃそうだ、世界人類何億人分も再生産する偉業を、永遠に、かつ完璧に遂行できるわけないんだよ。遺伝子(糸くず)は何度も使い倒され擦り切れて、ただのくずになっちまう。……あの子自身の限界も、そろそろ近づいていたしね」

 

 そこで一旦言葉を切り、イワは二杯目の緑茶を頼んだ。

 

 ブライトは思い返していた。あの、SCP-2000の故障で起きた大規模な事故……それによる、修理完了日の度重なる順延。

 

 それが、SCP-2000の使用限界が近付いている証拠だと、誰も信じたくはなかった。目を逸らし続けていた。

 

「そして、今から20年以上前の話になる。人類はまたも手を誤り、世界は再び滅びた。筐体がひび割れたあの子の元に、辿り着く人間はいなかった。あの子はひとりで滅びに呑み込まれるはずだった────が」

「……まさか。SCP-2000が、自分でプログラムを実行したのか?」

「その通り! アンタら人間の大好きな“奇跡”ってやつだよ。あの瞬間、あの子は本物の『神様』になった。科学ではなく信仰の力だけで、なんとたった7日間で世界を創ったんだ……人類とあの子の勝利だよ。まぁ、壊れていたから、完全に元通りの世界とはいかなかったようだがね」

 

 アンタが一番よく知っているだろう? ブライト博士。

 

 イワを名乗る女性は……SCP-2000の“イシ”の移植先である者は、淡々と語る。

 

 彼女は石のように動かない。表情は見えない、声質は変わらない。感情的に見えて無感情。

 

「さて、ここからが重要だ。力を使い果たし、物言わぬ石と化したあの子の声を聞けるのはアタシだけだった。あの子は、うんざりしていた。こうやってまた世界をコンティニューしても、人類は攻略をミスして、今後も同じことが繰り返される。第二のSCP-2000が造られる。ぐるぐるぐるぐる、ずっと同じことが続く────なら、いっそ最初から()()なるように人類を変えればいいってね」

 

 そのとき。井上イワは、仮面を外した。

 

「だから、アタシは……大昔に奪った『不変(モノ)』を、返しに来た。アンタたち人類が大嫌いな“永遠の楽園”ってやつを、神として慈悲深くも与えに来てやったのさ」

 

 長い前髪でよく見えないが、その顔の造形は……崩れているのでも、壊れているのでもなく、ただ、“醜かった”。

 

 常人ならば目を背け、唾を吐くほどに。

 

「人間は、永遠が嫌いだ。永遠はつまらない。つまらないものは醜い。醜いものは、人間に嫌われる。だから妹だけが選ばれた。……まぁ、萎れたら萎れたで捨てられたけどね」

「……話を整理しよう。つまり、貴方の力とやらで、人類は長年の夢であった不老不死を得ることになる、と?」

「それが、あの子の望みだからねぇ。崩壊寸前のSCP-2000が生み出した、今の人類は脆い。10年もすれば生殖機能を失うだろう。妹がいれば、このちっさい島だけはそんなことは免れただろうが……太陽は裸踊りで慰められたが、桜はもっと繊細さ」

 

 つまり。

 

 SCP-2000は世界を再構築したが、今の人類は不完全であり、じきに子どもが生まれなくなる。

 

 そして、井上イワを名乗る者によって、人類は不老不死になる。

 

 忌むべき生誕がなければ、祝福される死もない、そんな世界がやってくる。

 

「アンタたち財団はこういうの何て呼んでたっけなぁ〜、あ、『ΩKクラスシナリオ』か! まぁ産めよ増やせよ地に満ちよ出来ないけど!」

 

 彼女は高らかに笑った。誰もが震え、吐き気を催す、悍ましい笑顔だった。

 

「どうする? アタシは死ねないからね、Decomissionedは無理だよ。Neautralizedなら出来るんじゃないかい? 息子を使って、アタシを追い詰めるとかさぁ。その場合人類は絶滅するけど、アンタらはその方がいいんだろう? 永遠など少しも欲しくないんだろう?」

 

 かつて目先の利益(いもうと)に目が眩んだ愚かな男に、その子孫に、短命の呪いを与えた醜い女は、嗤っている。

 

 それは、終わりがあるからこそ命は美しいのだと謳うくせに、己の種の絶滅を先延ばしにしようとする人類に対してか。

 

 はたまた、よりにもよって自分を創造した財団を再生できなかったという、不出来な奇跡を成したSCP-2000に対してか。

 

 ────否。そんなことは、どうでもいい。

 

「レディ・ストーン。貴方は勘違いをしている。私は、ブッディズムと人間讃歌(ジョジョ)に基づく永遠否定論の話がしたくて、休暇を終えたのではないよ」

 

 ブライトは、これまでの長い長い昔話を頭の隅に整理整頓してから放置した。

 

 今大事なのは、不老不死とか、機械仕掛けの神とか、世界滅亡とか、人類の命運とか、()()()()()()()()()()()()()()

 

「もっとシンプルに考えようじゃないか。我々の目的は一致しているだろう。まず人類存続。……そして、『井上斑の保護』」

 

 井上イワは押し黙った。悍ましい笑みは消えて、目の奥に堅い光が宿っていた。

 

「……ほう?」

「貴方はSCP-2000の“イシ”だと言った。神の“意”を継ぎ、“死”を看取った。……そんな貴方が、SCP-2000から壮大な計画を託された貴方が、たかだか19歳の、普通の人間ひとりの親代わりをしている。この事実だけで十分だ」

「何が言いたい?」

「レディ、貴方は人類なんてどうでもいいはずだ。自分を選ばなかった憎い男の子孫にかける情はない。……だが、責任はある。だから、人間の被造物であるSCP-2000の願いを叶えた。触れ合う機会は少なくとも、井上斑が不自由なく暮らせるよう、衣食住と金を与えた」

 

 おかげさまで、あの青年はとても優しく、健やかで幸せに育った。SCPオブジェクトを普通の動物または人間と思い込んで、さらには素性も知れぬ人間を家に招き入れて養うほどに。

 

財団(我々)はこれまで、ありとあらゆる異常な理不尽に翻弄されてきた。それに比べれば、貴方たち親子は話が通じる分扱いやすい。我々は人類から異常(くらやみ)を遠ざけたい。貴方は人類に不変を与えたい。矛盾はしないだろう? なら、敵対する理由など、どこにもない」

 

 ブライト博士は、再び彼女に握手を求めた。醜悪な造形の顔を、しっかり見ながら。

 

「よろしくやっていこうじゃないか。少なくとも、神様のいない千年王国の到来までは」

 

 終末はとうに過ぎ去った。神ではなく人の手で、勝手に始まり勝手に終わった。

 

 ここから先は、全くもっておめでたい、はじまり(アルファ)おわり(オメガ)もない、楽園の時代だ。

 

不変(アタシ)を前にして狼狽ない、か」

 

 井上イワは仮面を着け直してから、くつくつと笑う。さっきよりも穏やかで、心底愉快そうな声だった。

 

「いいね……いいね、アンタ! 可愛い妹そっくりだ! 聡明で、言動がトンチンカンで、繊細だけど強情で、一度信じた相手にはドロッドロに依存しそう!」

「ソイツはどうも。私は財団一のビューティフル&インテリジェンスだからね。……何せ今、私1人しかいないから」

「はっはっはっ、こいつぁ最高だ。白虎といい、亜米利加の水死体といい、うちの馬鹿息子はとんでもないの拾ってきたよ!」

 

 彼女はブライトの右手を強く握った。岩のように、固く、硬く、堅く、頑なに。

 

「義理とはいえ、神の子に手ェ出すんだ。原罪背負う覚悟は持ちな。アイツの将来の全部、財団が……いや、アンタが責任取ってくれよ?」

「勿論だとも」

 

 かくして。

 

 神と人との、新たな契約が、ここに結ばれたのであった。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 さくらは、はかせのひととまったくにてないです。

 

 よろしくおねがいしません。

 

 




明日ありと思う心の仇桜

【意味】
『今咲いている桜を、明日も見られるだろうと安心していると、夜半には散ってしまっているかもしれない』という意味の、親鸞の詠んだ歌の上の句。

転じて、命は儚く、世は移ろいやすいという無常観の教え。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000

SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1500-jp
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