「そこの猫と首飾りのことだけどね、アンタがそう望むなら、家に置いても構わないよ」
「ありがとうお母さん!」
「ただし、ちゃんと責任持って飼うように」
「わかりました!」
「ん? 私、ペット扱い?」
母とブライトさんは、そこそこの長話をしたあと帰ってきた。将来性のある、かなり有意義な議論になったらしい。
そして、僕たちは花見を楽しんだ。途中、酔っ払った母が妹の夫(僕にとっての叔父)が如何にクズかという愚痴を言い始めたり、同じく酔っ払ったブライトさんが、『クレフ』と『コンドラキ』なる謎の人物の大規模な喧嘩の次第を語り始めたりした。最終的に、2人とも桜の木に向かって明日の天気の話をしていた。
その間、バーチウッドくんは終始大人たちへの冷たい視線を向けていたし、お塩さんはミルクを飲んでから寝ていた。
僕はまだ19歳だから飲酒禁止だが、もし飲めるようになったとしても、用法用量を正しく守ろうと心に決めた。
花見の日は家に泊まってくれた母だけど、翌朝には仕事で家を出てしまった。
「もう行くの? 早すぎない?」
「心配するんじゃないよ。どうせこれから、急いだって仕方ない時代がやってくるんだ」
「でも、もう少しゆっくりしても……」
「斑」
母は僕の頭に手を置いて、静かに語りかけた。
「アイツらと仲良くやるんだよ。アンタのためにも、アイツらのためにも。何かあったらすぐ呼びな」
僕が首肯すると、母はにっこり笑って、仕事に行ってしまう。
いつも忙しそうにしている人だし、もう慣れたけれど、やっぱり別れの瞬間は寂しい。次はゴールデンウィークか。
玄関の鍵を閉め、肩を落として廊下を戻って、僕はバイトに行く支度をした。
××××
「お箸お付けしますか?」
「あ、じゃあ2膳で」
「ポイントカードお持ちですか?」
「いえ、持ってません」
「了解しました、合計で778円です」
コンビニは狭いから、手早くお客さんの列を捌かなければならない。かつ、マニュアル通りではない柔軟な対応を求められることもある。
「次のお客様どう、ぞ……」
「忘れ物届けに来たよ」
このように。
「え……ブライトさん、来るなら連絡してくださいよ!」
「その連絡手段をコタツの上に置き忘れてたのは君じゃないか」
ブライトさんはニンマリ笑うと、僕のスマホをひらひら揺らした。猫の肉球柄の黒いカバー。間違いない。
「ありがとうございます……すみませんわざわざ……」
「何、私は君とお母様の脛齧りだ。これくらい当然だとも」
彼は良い人なんだな、と思いながら、僕はスマートフォンを返してもらった。
家からコンビニまで徒歩10分圏内とはいえ、届けにきてくれるなんて。
現代人にとって、スマートフォンは命綱だ。手に馴染む感覚にホッと息をついたとき、僕は隣からの視線を感じた。
「井上君……その人誰? 一緒に住んでるの?」
バイトの先輩が、やけにニヨニヨした顔で尋ねてくる。棚に商品を陳列していた店長まで、何だなんだと覗きに来た。
しまった。ブライトさんのことを周りにどう説明するか、考えていなかった。
馬鹿正直に「道端で飢えているのを助けました。この前連れてきた猫の元飼い主です」とは言えない。
世間では、いくら貧しくて困っていたとしても、知らない人間を家に住まわせて扶養するなんて、非常識なことなのだ。
分かってはいるけれど、でも、「なんとなく放っておけなくて」じゃ駄目なんだろうか。納得してくれないんだろうか。
悩んでいると、ブライトさんが簡潔に言い放った。
「初めまして。
「は!?」
一番驚いたのは僕だ。
いや、対外的には、一緒に暮らしている年上の男性は“兄”ということにすれば、大概通せるんだろうけども。
「そうだったんですね〜……でも、井上君に兄がいるなんて聞いてませんけど……」
「はい。つい先週家族になったばかりなので」
「義兄弟!?」
先輩は一応納得したのか、僕の顔を見て「なるほどねー」と呟いたのちに、ブライトさんに頭を下げた。
「それはまた、大変失礼致しました……複雑な事情があるのに、踏み込んでしまって……」
「構いません、当然の反応ですから」
ブライトさんは実に紳士的に対応していた。元々は研究者らしいし、そういう切り替えも出来るんだな、と内心感嘆する。
「では、私はこれで。弟をよろしくお願いします」
「は、はい! ご来店ありがとうございましたー!」
先輩と店長が、自動ドアの前に来てまで、慌てて見送る。
ふと、時計を見上げたら、ブライトさんが来てから5分も経っていない。嵐のような数分間だった。
先輩は僕の肩を小突いて言う。
「いいお
「は、はぁ……そうですね……」
ブライトさんが兄。ひとりっ子の僕は幼い頃から姉妹とか兄弟ってものに薄っすらとした憧憬があったけれど、こんな形で手に入るとは。それが、偽装とはいえ。
××××
バイトが終わってコンビニを出たところで、ブライトさんが、お塩さんを抱きかかえて待っていた。
「お疲れさま〜」
「さっきはありがとうございました……」
そういえば、ブライトさんと出会ったのも、バイト帰りだったなと思い返す。
あれから1週間も経つのか。時間の流れは早いものだ。
のんびり歩きながら、僕は本題に入った。
「それでブライトさん。あなたが僕の兄っていうのは……」
「嫌なら親戚のお兄さんにする? 私はどっちでもいいよ」
どちらにしろ、お兄さんは固定らしい。
そこで僕は、ブライトさんの年齢を知らないことに、今更気付いた。20代は過ぎていると思うけど、実際どのくらいなのだろう。他人の年齢を聞くのは失礼にあたるから、口には出さないが。
「というか、さっきはナチュラルに僕の下の名前を呼んでましたね。あ、嫌って意味ではないですが」
「兄弟なら苗字呼びは不自然だろう?」
「……なら、僕もファーストネームで良いでしょうか。ジャック兄さん、なんて」
何だか気恥ずかしい。誰かを『兄さん』なんて呼ぶのは生まれて初めてだ。
姉や兄がいる人って、普段どう呼んでいるんだろう。物心ついたときから、敬称付けで呼ぶけど立場にそこまで差異がない存在がいるのは、どういう感じなんだろう。
そんなことを考えつつブライトさんの表情を見ると、────珍しく、困ったような笑顔を見せた。
「……兄さん、は、ちょっと」
「それなら、外では『ジャックさん』呼びで。義理の兄弟って設定なら、いきなり兄扱いの方が不自然でしょうから」
「……うん、それでよし」
そのとき、お塩さんがブライトさんの腕から飛び出し、僕の顔に張り付いてきた。
「うわっ、何ですか!?」
嬉しいけど、ビックリした。顔から剥がして、お塩さんを抱き直す。
「お塩さんはどう思いますかー? 僕とブライトさん、義理の兄弟ですってー」
問いかけられたお塩さんはこちらを見上げると、即座にプイッと目を逸らされてしまった。
なかなかにショックである。何がいけなかったのか。飼い主を取られたと思って怒っているのか。
「ごめんなさいお塩さん、お塩さんはブライトさんのこと好きですもんね。大丈夫です、邪魔しませんから……」
「君はアレかな……神に不感症の呪いでもかけられたのかな……」
「いや本当に申し訳ないと思って……お塩さん、こっち向いてくださいよぉ」
遠くから、風に乗って桜の花弁が舞い散ってくる。空は、お塩さんやブライトさんに出逢ったときより少しだけ明るい。明日からは大学も始まる。
今年の春は、いつもより賑やかに始まった。
ねこです。
はかせのひとがねこをすきなひとを『まだら』とよぶなら、ねこもよびます。
にんげんにとって、したのなまえがとくべつはあります。
よってねこをすきなひとはまだらです。
はかせのひとはぶらいととよんでやります。よびすてをします。
よろしくおねがいします。
・井上斑
前回、知らん間に財団への
・お塩(SCP-040-JP)
根本的に人外なので、自分は『ねこをすきなひと(井上斑)』より立場が上だと思っている。
・ブライト博士(SCP-963)
実は弟と妹がいた。この世界でどうなっているかはまだ不明。
現在はトンチキ度が抑えられているので、周囲からは人当たりのいい爽やかなお兄さんみたいに思われがち。
・井上イワ
前の世界で活動していた、自分の名前を使って商売していた美容組合については、「超迷惑」という感想。
・SCP-2000
ある意味じゃなくても、本作でこれまでに起きたこと、これから起きることの大体の元凶。
神の意思など、人には図り知れない。機械仕掛けの神が、財団を
ただひとつ確かなのは、本作でこれからいくら重要な情報が開示されようが、主人公がそれを知ることは絶対にないということです。よろしくおねがいします。
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SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000
SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1500-jp