いいえ、ダークホースです。
※SCP-973-JPもとい『暗星豪』の口調や性格捏造、独自解釈などが多量に含まれています。この注釈SCP-2316とバークレーのときにも必要でしたね。
ねこです。
これはむかしのねこです。ねこはいまもむかしもあしたもあさってもねこです。
白虎。お前は喰わんのか?
ねこはこころしかたべません。それいがいはじゃまです。
からだも、あたまも、てもあしも、くらいもまぶしいも、うれしいもかなしいも、ぜんぶいりません。ねこなので。
つまらん奴よの。だが、少ない餌で己を維持できる霊格の強靭さは俺の羨むところだ。
おまえはだいえっとをしろべきです、とり。
ふん。人間の言葉なんぞ覚えおって。大体俺に体重とかないわ、ええ?
……ところで奴はどうした。
やつとはだれですか。ねこですか。ねこはここにいます。よろしくおねがいします。
否、あのどっちつかずだ。
ねこにじかんはありません。としもつきもひもありません。
お前に聞いた俺が馬鹿だったな……
ねこはねこです。いうまでもなく。うまでもしかでもなくねこです。
このさきねこをねこだというひとはいます。よろしくおねがいします。
××××
「ジャックさん……英語のテキストって何買えばいいんですかね……」
「高校の教科書とかじゃダメなのかい?」
「どこにあるかわかんないんですよ……大学受かった喜びの勢いで、高校時代の教科書や副読本は全部物置に封印しているので……」
僕とブライトさんは、駅前のショッピングモールに来ている。
この間我が家にやってきた記憶喪失のバークレーさんのために、服だの何だのを買い揃えておかないといけないからだ。
あと、バークレーさんの使用言語は英語だ。高校時代の英語の成績が芳しくなかった僕は、この書店でコミュニケーション英語の参考書を買うつもりでいる。
ブライトさんは科学者だからか、いろんな国の言語を習得しているから、彼がいるときは通訳してくれるので問題ない。が、そればっかりに頼るのもアレだろう。
ちなみに、お塩さんには留守番をしてもらった。流石にショッピングモールの中までは猫を連れて行けない。
「というかスマホの翻訳アプリでよくないか?」
「いやぁ、最低限は勉強しとかないと。僕、過去形と過去分詞形の区別が未だにあやふやでして……」
一番手前にあったテキストをパラパラめくる。見事にアルファベットの渋滞で、頭がフリーズしそうだ。
「斑くん。言語なんて時間をかけて学ぶものだよ。君が日本語を使えるのだって、幼い頃から今まで日本語を学ぶ環境にあったからだ。それなのに、英語を今すぐ完璧に覚えようだなんて無理がある」
「んー……そうですよね。あ、ジャックさんはどうやって他の国の言葉を覚えたんですか?」
「まぁ慣れかな……職場が多国籍企業だったし、私には時間と残機だけならたっぷりあったし……」
なるほど。言語学習に必要なのは、時間と慣れ。
それはそれとして、一番やさしそうな英語のテキストと、猫の雑誌を買うと、僕たちは書店を出た。
それからいろいろと買い物を済ませて、ショッピングモールを出たとき。
モールの前に、ざわざわと人だかりが出来ていた。皆一様に、東の方向を凝視して、ナニカを今か今かと待っているように見える。
反対方向を見て、その理由に気がついた。
「あ、そういえば今日はご町内マラソン大会でしたね。行きの道でも道路封鎖されてました」
「マラソン?」
「毎年この時期、市内を一周するマラソン大会が開催されるんです。結構大きめの大会らしいですよ。あーでも、僕は直接観戦するのは初めてですね」
運動は苦手だけど、体力の及ぶ範囲で軽く行うスポーツは楽しい。
でも、試合とかちゃんとした競技にはあまり興味がない。野球のせいで好きな番組が潰れたときに、呪詛を漏らすくらいには。
ちょうどいいから観ていくけど。
ショッピングモールから少し離れたところにあるゴールテープを、一番早く突き抜けるのは誰なのか。
〈さあ、もう間もなく先頭集団がゴールに近づいてきました。栄光を手にするのはどの選手なのか────おおっと!?〉
実況の声が裏返る。
〈速い、速い、速い! 突如後方から追い上げる選手がいます! まだ、まだ加速していく! 本当に人間技なんでしょうか!?〉
観客のざわめきが膨れ上がる。各々応援している対象は違えど、その人の登場には目を見張るものがあったらしい。
僕も頑張ってつま先立ちになったり跳ねたりしながら、その人の姿を見ようとした。
〈あっという間に先頭を追い抜きました! すごいぞ! 一体あの黒い選手は誰なんでしょうか?〉
黒。
道路に迫る勢いの観客たちにも、ずっと後ろの僕にも、その“黒”が見えた。
突っ込んでくる。
天を衝くように。
猛然と、しかし軽快に駆け抜ける。
足の接地面は最低限、ランニングフォームの美しさ。
それはまるで、漆黒の駿馬のように。
黒い流星は、生き馬の目を抜く速度で、ゴールテープを切った。
〈今、ゴールしましたぁぁぁぁ!! 優勝は、『
歓声が弾ける。思わぬダークホースの出現に熱狂する。真っ黒の勝者に、黄金の喝采を浴びせる。
暗星豪さんはというと、黒い帽子に黒いジャージに黒いスニーカーと黒ずくめで、ここからじゃ表情が判別できない。
しかし、後から走ってきた走者たちと比べると、明らかに身長が群を抜いて高い。190センチはあるんじゃなかろうか。
「凄いですね、あんなに速く走れるんだ……プロの人かな」
暗星豪。どこかで聞いたことがあるのだが、何だったかな。確かテレビだった気がする。やっぱり有名なアスリートだったりするのか?
「プロ……というより……普通にウサインボルトより速くなかったかい……?」
「え、ウサインボルト何メートル何秒でしたっけ……? 目測じゃ走る速さってわかんないですよねぇ……」
ウサインボルトが凄く速いというのは知っているが、そもそも生で見たことがないので、比較のしようがない。
ダークホースは帽子を脱ぎ、観客に向かって大きく手を振っている。ショッピングモールの上階から観戦していた人にも惜しみなく。仰け反るような姿勢は、馬の竿立ちにも似ていた。
ふと。暗星豪と目が合った気がした。
僕の前にいる人たちが「なんかこっち見てない?」と囁き始める。
一点を見つめて動かない暗星豪にしびれを切らしたのか、大会のスタッフの方が声をかけようとした……そのとき。
暗星豪が、
群衆を飛び越す、漆黒の星。それは、飛び上がった馬を想起させる。
あまりに衝撃的な光景で脳が混乱を起こし、一連の動作はスローモーションに見えた。
スニーカーにも関わらず、カツンッと硬質な音を響かせて、暗星豪が僕の前に降り立つ。
周囲の誰もが押し黙る中、暗星豪は声を低めて問いかける。
「……
「虎?」
虎なんてどこに、と思っていたら。ブライトさんと暗星豪が、僕の頭上に視線を注ぐ。
その箇所に触れると────僕の頭の上に、お塩さんが乗っていた。
「お塩さん!? いつからついてきて……ええ!?」
「お塩……?」
「その『ねこ』の名前だよ」
ブライトさんが捕捉してくれる。暗星豪は帽子を被り直し、オニキスみたいな瞳をお塩さんに向けた。
「大穴に落ちたんじゃ……」
「君はそこの『ねこ』について何か知っているらしいね、ダークスター号くん?」
ダークスター号? ……ああ、暗い星のゴウで、ダークスター号。ロボットみたいな渾名だ。
いやそれよりも、大穴って何のこと? 暗星豪さんは、お塩さんのことを以前から知っているのか?
そのとき、大会のスタッフたちがようやく群衆を掻き分けてやってきた。
「暗星豪さん! 表彰式の準備をお願いします!」
「表彰式……それもそうだ。
瞬間、暗星豪さんが消えた……否、消えていない。観客の誰かが指差した先、ショッピングモールの屋上に、黒い影が立っていた。
ブライトさんを小脇に抱えた状態で。
「……へ?」
「おいおい、これは何の冗談だ? 私をピーチ姫と勘違いしているのかな? この首飾りは王家の証でも飛行石でも何でもないぞ?」
「悪いが
「あ、待ておい待て!!」
ブライトさんの制止も虚しく、暗星豪さんはどこかへ走り去ってしまった。
後に残されたのは、金のトロフィーを持ったまま立ち尽くすスタッフさんと、マラソンの優勝者がどこへ行ったのか騒ぎ立てる観客たちと、状況を把握できず戸惑う他の走者たちと、僕とお塩さん。
────というか、ブライトさん攫われた? 攫われたよな? 誘拐、拉致は犯罪では?
「嘘、は、はい!? どういうことですか!? お塩さんどうしましょ……え?」
頭の上にやった手が空を切る。
足元にも、白いねこはいない。
お塩さんまで、いなくなっていた。
××××
人気のない湖畔に、ブライト博士とSCP-040-JP────そして、かつて財団により、SCP-973-JPのナンバーを賜った存在があった。
SCP-040-JPは、ただ虚無感のある目で、暗星豪を見上げた。
白い小さな『ねこ』と、黒い巨躯の■■が相対する。
ブライト博士は固唾を飲んで、先行きを見守っていた。
アレは、そこまで人類にとって脅威となる存在ではなかったはずだ。しかし、人智の及ばぬ異常存在への警戒は、常に解かれることがない。
「……」
暗星豪ことSCP-973-JPは、草を踏まぬように静かに歩き、実体のないSCP-040-JPを摘み上げた。
そして、
「白虎〜!! 生きてたんだなぁ〜!!」
このとき、珍しくブライト博士とお塩の感情が、少しのズレなく完璧に一致した。
は?
・井上斑
国語と社会以外の教科が苦手という理由で、大学の人文学部に在籍している。また、高2のときに英検2級の試験に落ちている。
・お塩(SCP-040-JP)
ねこはいまもむかしもみらいもねこはいます。よろしくおねがいします。かしこみかしこみ。
・ブライト博士(SCP-963)
多数の言語を理解している天才科学者。しかしねこ語はまだ解読できていません。よろしくおねがいします。
・暗星豪(SCP-973-JP)
ジョークほどではないけど、なかなかに愉快な性質のアノマリー。
本作では、彼をSCP-1500-JPと結びつけるような独自設定が付与されているので、よろしくおねがいします。
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
http://scp-jp.wikidot.com/scp-973-jp
SCP-444-JP “ ████[アクセス不許可]”
著者 locker
http://scp-jp.wikidot.com/scp-444-jp