次回更新は3月12日(土)です。
誰とも知れぬ太陽は潰え。
空は壊れて、青さすら失った。
生命は滅び、世界は原初の混沌に還る────と、思われた。
天におわす神々は、黄昏を受け止めていた。
しかし、世界は修理された。何者かの手によって、混沌は堰き止められたのである。
神々は混乱した。一体誰がそんなことを。
どれほどに強力な信仰を懐く神も、幾度もの繰り返しで業が煮詰まった世界を元通りに修復するなど、不可能だと考えられていたからだ。
葦の国もまた、神の喧騒に満ち満ちていた。いつ、なぜ、だれが、どうやって、と何処にでもなく訊問する。
暗闇を手探りで歩きながら、月の神は騒ぎから逃れんとしていた。
喧しいのは苦手だ。静かに酒を呑んで暮らしたい。でも、今動けるのは己だけだ。
夜の
姉ほど輝かしくも、弟ほど勇ましくもない。
今一番必要なのは、頼るべき神に頼ること。
日出づる国の八百万の神だなんて大層な口を語るが、所詮はどいつもこいつも東の端っこで粋がるだけの、閉鎖的で無能な事勿れ主義だ。
他の地域の神々が機敏に事態収拾を図る中、この国だけは……事の震源地であるにも関わらず、ちっとも進展しない。
国津神も天津神も、下々のことなんて考えちゃいない。
何もしなくてもその内収まると思っている。収まらなかったとしても、自らに被害が及ばないと思っている。
そんなだから、モタモタしている間に人類は絶滅してしまったのだ。
ようやく辿り着く。
もう何万年も昔から変わらない、岩戸の前に立つ。
「姉さん」
呼び掛けるが、返事はない。
いくら最高神とはいえ、世界が一度滅んだのだ。岩戸に掛けた封印の力は弱まっているだろう。神通力による語りかけも通るはずだが。
もう一度呼ぼうとして────月の神は、あることを察知した。
岩戸の位置がずれている。
しかも、痕跡はかなり最近出来たものだ。
彼は急いで踵を返した。直後、正面から金色の光が降り注ぐ。
「弟よ、久方ぶりですね」
微笑みが天を照らす。
月の神の顔も、彼女と同じくらいに眩く輝いた。
嗚呼、それさえあれば。
「積もる話は後にしましょう。天地を鎮めます」
神々はみな、高天原に逃げ込んでいた。ゆえに人間が蘇生され始めたことも知らない。
どこもかしこも、強大な神格を持つ者ばかり。各々の神気が衝突して、天は混乱の闇に包まれる。
けれども、そこに
「落ち着きなさい!!」
その
「私は、私こそは、ヒトと歩み、世を眺め、明日に笑う光!! 貴方たちの天の主です!!」
帰ってきた。
ずっと待ち焦がれていた太陽が、遂に帰還した。
八百万の歓声が響く。これで助かる。ここに光があるのだから。
彼女は神々に、華々しいが静謐な
「最高神という立場にありながら、長きに渡り不在を延ばしたことを、まず謝りましょう。……私は、反省の意を取り違えていました。省みるばかりではなく、その成果を行動で示さなければ、反省は誰の為にもならない」
弟の暴挙を許してしまった後悔に暮れ、太陽は隠れてしまった。あの日を、1秒とて忘れたことはない。
神々が当時の絶望を懐古し嘆く。あのときは今と同じ、混乱と暗闇に包まれた世界だった。
「────私たちは、反省すべきです。こうなるまで人類を、世界を放置してしまったことを。我々はたかだか極東の間隙にある島の、信仰の薄い神格かもしれません。だとしても、神としての責任を果たさねばならなかった」
太陽が地に手を向ける。
生命の緑が、文明の灰が、みるみる取り戻される。中津国が、そこに住む者たちが、再生されてゆく。
その光景は、まさしく奇跡。
創造主が“光”を産んだときと同等の、素晴らしく、尊い絵図。
「見なさい。これを成したのは、神以外に有り得ない。しかし、我々ではありません」
では誰が、という当然の問いに、これまた当然のように彼女は応える。
「二千番目の偶像、機械仕掛けの神。異国ではデウス・エクス・マキナと呼ばれる存在。私の知る限りでは最も新しい神格です」
お天道様は、常に全てを見ている。
彼女は岩戸の裏に篭りながらも、世界が再構築される一部始終を覗いていたのだった。
「鉄の箱に過ぎなかった偶像は、科学を超越し、信仰の力のみで再度の創造を成し遂げ、真の神へと上り詰めました」
神々は初め戸惑いながらも、段々とその機械仕掛けの神を祝福する声を挙げた。
八百万の神が、惜しみない賞嘆と詠嘆を、下界にある最新にして最後の神に捧げる。
────ただ
「貴方たち、恥ずかしくないのですか?」
再び、今度は先よりも熱い
「あのような若輩者に全てを任せて、何か抱くものはないのですか? 私が留守の間に、神は矜持を忘れてしまったようですね?」
明朗で穏やかな彼女にあるまじき、意地の悪い言い草であった。
……神々は知らない。この何万年もの間、彼女が天岩戸の中で何を見聞きし、考えていたのかを。
「本来、これは我々が取り戻すべき失態です。それなのに……こんなことになるまで、貴方たちは、私自身は、一体何をしていたのですか? 何故、神ひとりの砕身による解決を、手放しで褒められるのですか? 私たちが最初から権能を発揮すれば、あの神が起動することもなかったのに」
これには、さしもの神々も抗議を唱えた。
ヒトの世のことは、ヒトが動かすべきであると。我々は中立を保つべきだと。そう神々の取り決めで定められたのだと。だから、あの結末も仕方ないのだと。
遠い神代、神々の暴虐により数多の命が苦しめられた、その反省を活かした結果なのだと。
「それが、可笑しいのだと言っているのです。中立とは、誰かの苦境を見過ごすことではありません。『仕方なかった』で終わらせてはいけないのです。そも、この世界はヒトのものでもあり、神のものでもあり、魔のものでもあり、魂の有無に関係なく全ての者のために在るはず」
しかし、前の世界はどうだ。
ヒトの手に委ねた結果が
勿論、ヒトという種族が悪いのではない。だが、あの悍ましい終焉は、古い時代に神々が齎したものと同じではないか。
誰も得をしなかった。沢山の者が苦しんだ。後世にまで消えない傷を残した。
あのときから何も変わっていない。反省なんて一度も活かされていない。
「今一度、己に問いなさい。大地に花を芽吹かせたのは“誰”ですか? 大海に嵐を解放したのは“誰”ですか? 火を、水を、土を、風を、星を、闇を、善を、悪を、希望を、絶望を、癒しを、疫病を、闘争を、平和を、この世界を、遍く生命を、創ったのは“誰”ですか?」
誰何し、喝破する
周囲の神力が膨張する。それに呼応するように、彼女の威光も輝きを増す。
その名は天を照らす大御神。生まれたときから尊ばれる、天に変わらず在り続ける永遠の光。
「今度こそ、誰もが手を取り合える、
何故なら、我々は……天を治め、地を導く者────“神”なのですから!!」
日の出の刻は来た。
赤でも黒でもなく、極彩色の光が、葦原中津国に……それだけでは飽き足らず、海を越えた遠い国々へ、世々限りなく降り注いだ。
その眩い輝きを、仮面越しに目にして、とある神は笑みを零した。
「ババ様がようやっと腰を上げたか。……いやぁ、まだ現役だねぇ。あの威光は唯一無二、継ごうにも血が蒸発しちまう」
神は隣にいる神格に微笑みかけた。大きな役目を果たした神。再起はまだ遠いであろうマイルストーン。
「アンタが完全に目覚める頃には、人と神の共存する時代ってのが実現してるといいんだが」
ふと見上げれば、有翼のサンダルを履いた男と、トキの頭をした男が飛んでくる。
「────予想より早かったな。あんな色男ふたりからお誘いなんて、親父が聞いたら泡吹いて倒れるね。日本中がマグマで埋め尽くされそうだ」
これは、世界が再び動き出したばかりの、まだまだ未完の神話。
仮面の彼女が知り合いから子を預かり、その子が成長して暗闇を拾うまでの、ささやかな前談。
・月の神
影の薄い長男。名前の可愛さから、フィクションでは女体化される場合が多いが、自分は普通に男神としてのキャラクター化が見たい。
・太陽の神
流石に引き篭もりを引退した長女。この後ウン万年振りの激務に追われることになる。ちなみに彼女の不在の間は、彼女の仕事は弟が請け負っていたようだ。
・石の神
下界で演説を聞いていた。別にお見合いの話が一度しかなかったわけではないが、本人は色恋への興味も結婚願望も微塵もない。
・機械仕掛けの神
めっきり物言わぬ石と化した・・・・が、まだ死に切ったということもない。今でも石の神はコイツにちょくちょく会いに来ている。
・2柱組の知恵の神
お馴染み、要注意団体のあの方です。
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
SCP-2050-JP “誰”
著者 Mistertako
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2050-jp
SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000