ねこです観察日記はじめました。   作:彩辻シュガ

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なんと前回に引き続きねこが出ません。タイトル詐欺。エマージェンシー。

次回更新は3月12日(土)です。


SCP-2050-JP “誰”

 

 

 とも知れぬ太陽は潰え。

 

 空は壊れて、青さすら失った。

 

 生命は滅び、世界は原初の混沌に還る────と、思われた。

 

 天におわす神々は、黄昏を受け止めていた。

 

 しかし、世界は修理された。何者かの手によって、混沌は堰き止められたのである。

 

 神々は混乱した。一体誰がそんなことを。

 

 どれほどに強力な信仰を懐く神も、幾度もの繰り返しで業が煮詰まった世界を元通りに修復するなど、不可能だと考えられていたからだ。

 

 葦の国もまた、神の喧騒に満ち満ちていた。いつ、なぜ、だれが、どうやって、と何処にでもなく訊問する。

 

 暗闇を手探りで歩きながら、月の神は騒ぎから逃れんとしていた。

 

 喧しいのは苦手だ。静かに酒を呑んで暮らしたい。でも、今動けるのは己だけだ。

 

 夜の食国(おすくに)を統べる神とはいえ、結局自分は“月”だ。太陽の光なしでは、単なる無意味かつ無価値な岩の塊でしかない。

 

 姉ほど輝かしくも、弟ほど勇ましくもない。一柱(ひとり)では何も出来ない、お飾りの長男。そのことに、今更屈辱も無念も感じなかった。

 

 今一番必要なのは、頼るべき神に頼ること。

 

 日出づる国の八百万の神だなんて大層な口を語るが、所詮はどいつもこいつも東の端っこで粋がるだけの、閉鎖的で無能な事勿れ主義だ。

 

 他の地域の神々が機敏に事態収拾を図る中、この国だけは……事の震源地であるにも関わらず、ちっとも進展しない。

 

 国津神も天津神も、下々のことなんて考えちゃいない。

 

 何もしなくてもその内収まると思っている。収まらなかったとしても、自らに被害が及ばないと思っている。

 

 そんなだから、モタモタしている間に人類は絶滅してしまったのだ。

 

 ようやく辿り着く。

 

 もう何万年も昔から変わらない、岩戸の前に立つ。

 

「姉さん」

 

 呼び掛けるが、返事はない。

 

 いくら最高神とはいえ、世界が一度滅んだのだ。岩戸に掛けた封印の力は弱まっているだろう。神通力による語りかけも通るはずだが。

 

 もう一度呼ぼうとして────月の神は、あることを察知した。

 

 岩戸の位置がずれている。

 

 しかも、痕跡はかなり最近出来たものだ。

 

 彼は急いで踵を返した。直後、正面から金色の光が降り注ぐ。

 

「弟よ、久方ぶりですね」

 

 微笑みが天を照らす。

 

 月の神の顔も、彼女と同じくらいに眩く輝いた。

 

 嗚呼、それさえあれば。

 

「積もる話は後にしましょう。天地を鎮めます」

 

 

 

 

 

 

 

 神々はみな、高天原に逃げ込んでいた。ゆえに人間が蘇生され始めたことも知らない。

 

 どこもかしこも、強大な神格を持つ者ばかり。各々の神気が衝突して、天は混乱の闇に包まれる。

 

 けれども、そこに(こえ)が轟く。

 

「落ち着きなさい!!」

 

 その(こえ)を、眩さを、誰もが知っていた。

 

「私は、私こそは、ヒトと歩み、世を眺め、明日に笑う光!! 貴方たちの天の主です!!」

 

 帰ってきた。

 

 ずっと待ち焦がれていた太陽が、遂に帰還した。

 

 八百万の歓声が響く。これで助かる。ここに光があるのだから。

 

 彼女は神々に、華々しいが静謐な光線(まなざし)をやり、熱を衰えさせずに語る。

 

「最高神という立場にありながら、長きに渡り不在を延ばしたことを、まず謝りましょう。……私は、反省の意を取り違えていました。省みるばかりではなく、その成果を行動で示さなければ、反省は誰の為にもならない」

 

 弟の暴挙を許してしまった後悔に暮れ、太陽は隠れてしまった。あの日を、1秒とて忘れたことはない。

 

 神々が当時の絶望を懐古し嘆く。あのときは今と同じ、混乱と暗闇に包まれた世界だった。

 

「────私たちは、反省すべきです。こうなるまで人類を、世界を放置してしまったことを。我々はたかだか極東の間隙にある島の、信仰の薄い神格かもしれません。だとしても、神としての責任を果たさねばならなかった」

 

 太陽が地に手を向ける。

 

 生命の緑が、文明の灰が、みるみる取り戻される。中津国が、そこに住む者たちが、再生されてゆく。

 

 その光景は、まさしく奇跡。

 

 創造主が“光”を産んだときと同等の、素晴らしく、尊い絵図。

 

「見なさい。これを成したのは、神以外に有り得ない。しかし、我々ではありません」

 

 では誰が、という当然の問いに、これまた当然のように彼女は応える。

 

「二千番目の偶像、機械仕掛けの神。異国ではデウス・エクス・マキナと呼ばれる存在。私の知る限りでは最も新しい神格です」

 

 お天道様は、常に全てを見ている。

 

 彼女は岩戸の裏に篭りながらも、世界が再構築される一部始終を覗いていたのだった。

 

「鉄の箱に過ぎなかった偶像は、科学を超越し、信仰の力のみで再度の創造を成し遂げ、真の神へと上り詰めました」

 

 神々は初め戸惑いながらも、段々とその機械仕掛けの神を祝福する声を挙げた。

 

 八百万の神が、惜しみない賞嘆と詠嘆を、下界にある最新にして最後の神に捧げる。

 

 ────ただ一柱(ひとり)、太陽の神を除いて。

 

「貴方たち、恥ずかしくないのですか?」

 

 再び、今度は先よりも熱い(こえ)が轟いたとき、神々の中には倒れ伏す者もあった。

 

「あのような若輩者に全てを任せて、何か抱くものはないのですか? 私が留守の間に、神は矜持を忘れてしまったようですね?」

 

 明朗で穏やかな彼女にあるまじき、意地の悪い言い草であった。

 

 ……神々は知らない。この何万年もの間、彼女が天岩戸の中で何を見聞きし、考えていたのかを。

 

「本来、これは我々が取り戻すべき失態です。それなのに……こんなことになるまで、貴方たちは、私自身は、一体何をしていたのですか? 何故、神ひとりの砕身による解決を、手放しで褒められるのですか? 私たちが最初から権能を発揮すれば、あの神が起動することもなかったのに」

 

 これには、さしもの神々も抗議を唱えた。

 

 ヒトの世のことは、ヒトが動かすべきであると。我々は中立を保つべきだと。そう神々の取り決めで定められたのだと。だから、あの結末も仕方ないのだと。

 

 遠い神代、神々の暴虐により数多の命が苦しめられた、その反省を活かした結果なのだと。

 

「それが、可笑しいのだと言っているのです。中立とは、誰かの苦境を見過ごすことではありません。『仕方なかった』で終わらせてはいけないのです。そも、この世界はヒトのものでもあり、神のものでもあり、魔のものでもあり、魂の有無に関係なく全ての者のために在るはず」

 

 しかし、前の世界はどうだ。

 

 ヒトの手に委ねた結果が()()だ。ヒト以外の全てを蹂躙し尽くし、最後にはヒト自身も食い散らかした。

 

 勿論、ヒトという種族が悪いのではない。だが、あの悍ましい終焉は、古い時代に神々が齎したものと同じではないか。

 

 誰も得をしなかった。沢山の者が苦しんだ。後世にまで消えない傷を残した。

 

 あのときから何も変わっていない。反省なんて一度も活かされていない。

 

「今一度、己に問いなさい。大地に花を芽吹かせたのは“誰”ですか? 大海に嵐を解放したのは“誰”ですか? 火を、水を、土を、風を、星を、闇を、善を、悪を、希望を、絶望を、癒しを、疫病を、闘争を、平和を、この世界を、遍く生命を、創ったのは“誰”ですか?」

 

 誰何し、喝破する(こえ)は熱く、眩く、こちらを融かす勢いで響き渡る。

 

 周囲の神力が膨張する。それに呼応するように、彼女の威光も輝きを増す。

 

 その名は天を照らす大御神。生まれたときから尊ばれる、天に変わらず在り続ける永遠の光。

 

「今度こそ、誰もが手を取り合える、永久(とこしえ)の世を創りましょう! 過去を忘れず、自らの手で未来を紡ぐことこそ、我々に課せられた権能です! 

 

 

 何故なら、我々は……天を治め、地を導く者────“神”なのですから!!」

 

 日の出の刻は来た。

 

 赤でも黒でもなく、極彩色の光が、葦原中津国に……それだけでは飽き足らず、海を越えた遠い国々へ、世々限りなく降り注いだ。

 

 その眩い輝きを、仮面越しに目にして、とある神は笑みを零した。

 

「ババ様がようやっと腰を上げたか。……いやぁ、まだ現役だねぇ。あの威光は唯一無二、継ごうにも血が蒸発しちまう」

 

 神は隣にいる神格に微笑みかけた。大きな役目を果たした神。再起はまだ遠いであろうマイルストーン。

 

「アンタが完全に目覚める頃には、人と神の共存する時代ってのが実現してるといいんだが」

 

 ふと見上げれば、有翼のサンダルを履いた男と、トキの頭をした男が飛んでくる。

 

「────予想より早かったな。あんな色男ふたりからお誘いなんて、親父が聞いたら泡吹いて倒れるね。日本中がマグマで埋め尽くされそうだ」

 

 これは、世界が再び動き出したばかりの、まだまだ未完の神話。

 

 仮面の彼女が知り合いから子を預かり、その子が成長して暗闇を拾うまでの、ささやかな前談。

 

 




・月の神
影の薄い長男。名前の可愛さから、フィクションでは女体化される場合が多いが、自分は普通に男神としてのキャラクター化が見たい。


・太陽の神
流石に引き篭もりを引退した長女。この後ウン万年振りの激務に追われることになる。ちなみに彼女の不在の間は、彼女の仕事は弟が請け負っていたようだ。


・石の神
下界で演説を聞いていた。別にお見合いの話が一度しかなかったわけではないが、本人は色恋への興味も結婚願望も微塵もない。


・機械仕掛けの神
めっきり物言わぬ石と化した・・・・が、まだ死に切ったということもない。今でも石の神はコイツにちょくちょく会いに来ている。


・2柱組の知恵の神
お馴染み、要注意団体のあの方です。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2050-JP “誰”
著者 Mistertako
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2050-jp

SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000
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