よくない。流石によくないぞ、僕。
「人から逃げているんだ」
もう2人もいるんだ。確かに放っておけないけれど、これ以上は母にどやされる。
「俺は残念ながら、兄と違って武勇に優れなかったので、いつまでも野ざらしではいられない。先日、少しだけ言葉を交わしたことのある宿無しの友が殴られて死んだ」
どんなにこの人が望んでいても、僕の家に迎えるわけにはいかない。この人について、僕は責任を持てるのか?
「食事の施しは必要ない。川で魚を釣ってそれを食そう。雨風を凌げる屋根さえあればいい。お前の庭でも構わない」
そういえばこの前、ホームレスの人が暴行を受けて殺害された事件が報道されていた。そんなに離れた町じゃなかった。
「────嗚呼、失われしアウダパウパドポリス……ごふっ」
1日だけなら……いやいや、でもこの人の手を取るべきなのは司法とか福祉であって、民間人の僕じゃないだろう。
……その辺がしっかりしてたら、彼はホームレスになっていないだろうけど。
神様仏様、あとイオン様。僕に、この儚げな男の願いを断る勇気をください。
「……無理を言ってすまなかった。こうして老体の話に耳を傾けてくれた慈悲に感謝する」
結論から言うと。
神様も仏様もイオン様も、僕に勇気を1%も与えてくれなかった。
××××
「
「どうしたバークレー。今日は大安日だぞ?」
「アンタは不安じゃないのか? こうしている間にも、イノウエは肉の儀式に巻き込まれているかもしれないってのに」
「それか、憐れな子山羊は私や君のような悪いオオカミに騙されて家に招くか、だ」
エージェントバークレーは嘆息した。財団の仕事を完全に誇っていたわけではないが、ジャック・ブライトの荷物持ちにされる現状が好ましいとは言えない。
「右の袋には卵が入ってるから、気をつけてくれよ」
「カルボナーラでも作るのか?」
「斑くんは茶碗蒸しって言ってたけど、パスタも買ってたからその線もある」
「はー、そうか」
駄目だ。今晩の献立を心から楽しみにしている自分がいる。よくないぞバークレー、このまま大学生に一生養われる気か?
両手に下がったレジ袋から気持ちを逸らすため、バークレーは何となく尋ねた。
「……ブライト博士、アンタは……何というか。本当に財団を建て直すつもりなのか」
「当然だ。……今日までの20年平和だったとしても、明日は猿の惑星になるかもしれない。突然生命が死に絶えるかもしれない。文明の在り方が歪むかもしれない。ここはそんな世界だろう。それを知っているのに何も行動を起こさないのは、許されない」
「財団職員として?」
「人としてだよ。これでも、まだ、私は確固たる自我を持つ人間でいたいんだ」
そう言うブライトの目は、毎夜隣にいるバークレーの布団を奪うくらいぐっすり寝ているにも関わらず、ひどく疲れていたように見えた。
ブライトは、今まで何を見てきたのだろうか。
エージェントバークレーが力及ばず祈りを託してくたばった後、世界には何が起こって、彼は何をしてきたのだろうか。
それに思いを馳せることは難しい。SCP-3715も、SCP-2316も、Jokeの住民みたいなSCP-973-JPですら、前の世界がどのように終わったかを語りたがらないのだから。
SCP-2000-JPが保有していた財団の記録にすら、それはなかった。
「……そして、確固たる自我を持つ人間であるためには、毎日の美味しいごはんは不可欠なのだよ」
「イノウエは飯炊きじゃないぞ。あと今日の皿洗いアンタがやれ。オレに荷物持たせたんだからな」
「私は仕事があるから……」
「
「うわっ、それは財団への背任行為と見ていいのか君?」
「そもそも復帰してからこの方、給料すら貰ってないんだよ!!」
ここは日本にある、ただの町だ。いくら英語で財団についてワーワー言い争おうが、通行人に多少避けられるだけで弊害はない。
少し先に見える歩行者信号は青。日本の道路は狭いし、横断歩道も短い。
身軽なブライトは、信号が変わらない内に横断歩道を渡ろうとしていた。
「あ、待てズルいぞ」
「恨むならジャンケンで負けた君の右手を恨むんだな」
ニタニタ笑う顔は悪魔じみている。あの野郎。
だが、失念していた。ブライトも、バークレーも。
カルキストイオンとかいう最大の面倒を背負うことになってしまったストレスか、そうでないかは不明だが、注意力散漫になっていた。
支配者シフトが起きるかもしれない。人類の認識が書き換えられるかもしれない。
そんな異常事態について頭は回しても、
「ブライト博士!!」
「……Oops」
ブライトに現実改変能力やそれ以外の有用な超能力がない以上、この状況は打破できない。終わった。ゲームオーバー。
しかし、2人は全ての可能性を考慮しているとは言えなかった。
トラックに撥ねられるかもしれない。トラックに轢かれるかもしれない。
どこぞから颯爽と現れたSCP-076-2が、片手でトラックを止めるかもしれない。
フロントが段ボール箱を潰すみたいに歪む。タイヤが衝撃に耐えられず弾ける。窓ガラスがひび割れて、運転手が失禁する。
「……
砂のように乾いた声で問われる。
乱雑に伸ばした黒髪の向こうから、灰色の双眸がつまらなさそうにこちらを見据えていた。
「アベル!? どうしてそんな────────その首飾り、ブライト博士!?」
ポラロイドカメラを抱いた女性が喫驚したとき、唯一の残機を守れた研究者は眉間を押さえて言う。
「……ひとまず、場所を移さないか?」
「お得意の記憶処理薬はあるのか」
「……ない、とも言えない」
ブライト博士にはある考えがあったが、それをお披露目している暇もなかった。
犬も歩けば棒に当たる。
井上斑のことを言えないな、とバークレーは笑った。
ねこです。ねこはねこなのでぼうにあたりません。いぬじにもしません。よろしくおねがいします。
へんなやつがまたふえますか。しばきますか。
しばかなくてもよいとしてもしてもねこはしばきます。よろしくおねがいします。
・井上斑
イオンが宗教的囲われ方をされているのは知っているが、本人が全然大丈夫そうなので今のところは様子見。ヤバいことになりそうなら止めるつもりでいる。
・セス
謎のホームレス。実はちょっとまだキャラが掴めてない。
・ブライト博士、エージェントバークレー
本当はバークレーが一人で買い物に行くと散々ごねていたのだが、どう考えても、日本に慣れてない彼がはじめてのおつかいなんてどだい無理なので、ブライトがついてきた。
・お塩(SCP-040-JP)
ここのところ出番が少ない。ごめん。
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
SCP-4840 “魔性のランスロットと空中都市アウダパウパドポリス”
著者 djkaktus
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SCP-105 “アイリス”
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