ねこです観察日記はじめました。   作:彩辻シュガ

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SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”

 いつかは必ず来るだろう。

 

 それまで、お茶でも飲んでゆっくり待とう。

 

 そう楽観視できたのは最初の1年だけだった。

 

『お茶の幽霊』の都市伝説が国中に広まった頃、さすがに心配になって、自分から訪ねることにした。

 

 職員室からこっそりくすねたお茶っ葉をお土産に、財団の施設へ。

 

 でも……財団は、なかった。国のどこにも。

 

 せっかくだから、財団探しのついでに世界一周旅行とでも行こう、と思ったのだけど。

 

 どこにも、いなかった。

 

『確保、収容、保護』を理念とする、世界のために必死で、冷酷にならざるを得なかった彼らは、いなかったのだ。

 

 手がかりは一つだって得られなかった。それどころか、帰国したら住処が取り壊されていた。

 

 もしかして、自分のせいだろうか。

 

 思い悩み、アテもなくフラフラ漂う浮遊霊と化した自分に、声をかける女性がいた。

 

「財団を探してるのかい? 収容されるために? ……残念だけど、アンタの探し物は、見つかることはないと思うよ。永遠にね」

 

 彼女は人間ではなかった。幽霊でもなかった。

 

 ジャパン、という小さな島国に住んでいる彼女は、家庭教師を探しているのだそうで。

 

「知り合いの子どもを預かっててね。だが、あたしはどうも人間の扱いが苦手なんだ。同じ人間なら、あの子の面倒を見ちゃくれないか?」

 

 こうして、ベティ・マイルズ────かつての世界ではSCP-3715と呼称された異常存在(アノマリー)は、日本に赴き、井上家で働くことになる。

 

 

 

 

 そして今。

 

 SCP-3715は、『ねこ』なる存在と相対していた。

 

 普通の猫じゃない。というか猫じゃない。自分と同じ、実体のないナニカ。

 

 恐らく────ある意味で、自分の御同輩。

 

『どなたですか?』

 

 尋ねると、口もないのに『ねこ』は答える。

 

『ねこです』

『……どこから来たんですか?』

『ねこはどこにでもいます。ねこはどこにもいません』

 

 ……駄目だ。会話が通じない。

 

 少なくとも、斑の反応を見る限り、そこそこ無害な存在のようだが。

 

『みるくをいれてくださいです』

 

『ねこ』がこちらを見上げる。

 

 見下げると、煮干しが乗った皿がある。

 

 斑が出した煮干しは、1尾だって減っていないのに、彼は気付いていない。

 

 幻覚を見せるタイプの、そういう感じか。

 

 ということは。

 

 斑が台所を出たのを見計らい、少し念じてみる。

 

 あったかい、まっしろい、ふわふわ湯気が香るホットミルクが入った器。

 

 すぐに、ポンと目の前に現れた。

 

 思った通り────この『ねこ』は、財団が手をこまねく“人間の認識を操る”タイプのSCPなのだ。

 

『ありがとうございました』

 

『ねこ』は、想像で出来たミルクに口をつける。その間に、煮干しを袋に戻した。

 

「猫の寝床どうしよう……布団じゃ大きいしなー」

 

 斑が台所に戻ってきた。その瞬間、ミルクが綺麗さっぱり消える。

 

『ねこ』は斑を見て、まっすぐ彼についていった。

 

 どうしよう、と無い頭を抱える。

 

 学生のことは、少しなら分かる。でも猫のことなんて分からない。

 

 斑に猫の本を借りて、勉強しないといけないだろう。

 

 ────問題があるとすれば、あれは、生物学的に定められた猫ではないということだが。

 

 

 

 

「ずーっと僕のそばを離れないんだよなぁ、あの『ねこ』」

 

 ひとりごちる斑を、その後ろから見守る。

 

 彼は、家庭教師兼お手伝いさんが、幽霊だとは知らない。本気で、「人見知りだから姿を現さない」という雇用主の言葉を信じている。

 

「もしかしたら、野良猫じゃなくて飼い猫……いや、ひょっとしたら猫ですらなかったりして」

 

 笑いながら呟く。

 

 ふと、斑はテレビを見ていた。ちょうど、彼の好きな動物番組が放送されている。

 

「いーなぁ、マンチカン。ふさふさでかわいいよなぁ」

 

『ねこ』は、斑と同じようにテレビを視聴していた。しっぽを揺らさず、視線も動かさず、固まっていた。

 

 鼻も口もひげもなく、目だけの『ねこ』からは、表情が読み取れない。

 

 ただ────やはり、『ねこ』と自分は御同輩だからであろうか。

 

 なんとなく、『ねこ』が驚いているように感じ取られた。

 

 テレビ番組に対して、ではなく……井上斑の反応に。

 

 とはいえ、そこを調査するのは財団の仕事であって、本来なら収容される側の自分の仕事ではない。

 

 幽霊は、雇用主の息子の前にティーカップを置いた。彼はまだ気付いていない。

 

 彼は気付かないのだろう。『ねこ』が猫ではないことにも、信頼している大人が既に死者の身だということにも。

 

 それで良いのだと思う。

 

 現世に特別な未練はない。が、財団からも、天からもお迎えが来ないので、なんとなく残っているだけ。

 

 なんとなく。

 

 この、よくわからない『ねこ』もまた、なんとなくで彼についてきたのだろうか。

 

 斑は、いつの間にか置かれていたティーカップに少し驚くと、そばにあったメモを手に取る。

 

『ねこのことは、お気になさらず』

 

 自分だって居候のようなものだ。何かを決められる立場にはない。

 

 その立場にあるのは、斑の母親。

 

 人間でも猫でもない、死んではいない、石のように頑なな女性。見た目が変わらない女性。

 

 今晩には業務連絡をしよう、と幽霊は思った。

 

 財団がいないのは寂しいが、それは平和な昼下がりだった。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこをみると、ねこがねこにみえます。

 

 が、ねこをすきなひとは、ねこがねこにみえません。ねこがねこにいません。

 

 ねこはねこです。

 

 よろしくおねがいします。

 

 

 

 




・“先生”(SCP-3715)
ざっくり言うと高校教師の幽霊。財団の明日をどうこうするものばかりなSCPオブジェクトの中では、かなり善良かつ無害。

再生後の世界では幽霊のままリスポーンしてしまった。何故。
現在は井上斑の母に雇われ、お茶淹れ・掃除・井上の家庭教師みたいなことを務めている。給料も出ているらしい。


・『ねこ』(SCP-040-JP)
井上にイエネコだと思われているミーム災害系オブジェクトですよろしくおねがいします。

“先生”を給水係だと思っている。


・井上斑
ねこを猫と思い込み、何年も接している家庭教師が幽霊だと全く気付かない。その鈍感さは、一昔前のラブコメ主人公を凌駕するだろう。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3715
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