今後もよろしくおねがいします。
いつかは必ず来るだろう。
それまで、お茶でも飲んでゆっくり待とう。
そう楽観視できたのは最初の1年だけだった。
『お茶の幽霊』の都市伝説が国中に広まった頃、さすがに心配になって、自分から訪ねることにした。
職員室からこっそりくすねたお茶っ葉をお土産に、財団の施設へ。
でも……財団は、なかった。国のどこにも。
せっかくだから、財団探しのついでに世界一周旅行とでも行こう、と思ったのだけど。
どこにも、いなかった。
『確保、収容、保護』を理念とする、世界のために必死で、冷酷にならざるを得なかった彼らは、いなかったのだ。
手がかりは一つだって得られなかった。それどころか、帰国したら住処が取り壊されていた。
もしかして、自分のせいだろうか。
思い悩み、アテもなくフラフラ漂う浮遊霊と化した自分に、声をかける女性がいた。
「財団を探してるのかい? 収容されるために? ……残念だけど、アンタの探し物は、見つかることはないと思うよ。永遠にね」
彼女は人間ではなかった。幽霊でもなかった。
ジャパン、という小さな島国に住んでいる彼女は、家庭教師を探しているのだそうで。
「知り合いの子どもを預かっててね。だが、あたしはどうも人間の扱いが苦手なんだ。同じ人間なら、あの子の面倒を見ちゃくれないか?」
こうして、ベティ・マイルズ────かつての世界ではSCP-3715と呼称された
そして今。
SCP-3715は、『ねこ』なる存在と相対していた。
普通の猫じゃない。というか猫じゃない。自分と同じ、実体のないナニカ。
恐らく────ある意味で、自分の御同輩。
『どなたですか?』
尋ねると、口もないのに『ねこ』は答える。
『ねこです』
『……どこから来たんですか?』
『ねこはどこにでもいます。ねこはどこにもいません』
……駄目だ。会話が通じない。
少なくとも、斑の反応を見る限り、そこそこ無害な存在のようだが。
『みるくをいれてくださいです』
『ねこ』がこちらを見上げる。
見下げると、煮干しが乗った皿がある。
斑が出した煮干しは、1尾だって減っていないのに、彼は気付いていない。
幻覚を見せるタイプの、そういう感じか。
ということは。
斑が台所を出たのを見計らい、少し念じてみる。
あったかい、まっしろい、ふわふわ湯気が香るホットミルクが入った器。
すぐに、ポンと目の前に現れた。
思った通り────この『ねこ』は、財団が手をこまねく“人間の認識を操る”タイプのSCPなのだ。
『ありがとうございました』
『ねこ』は、想像で出来たミルクに口をつける。その間に、煮干しを袋に戻した。
「猫の寝床どうしよう……布団じゃ大きいしなー」
斑が台所に戻ってきた。その瞬間、ミルクが綺麗さっぱり消える。
『ねこ』は斑を見て、まっすぐ彼についていった。
どうしよう、と無い頭を抱える。
学生のことは、少しなら分かる。でも猫のことなんて分からない。
斑に猫の本を借りて、勉強しないといけないだろう。
────問題があるとすれば、あれは、生物学的に定められた猫ではないということだが。
「ずーっと僕のそばを離れないんだよなぁ、あの『ねこ』」
ひとりごちる斑を、その後ろから見守る。
彼は、家庭教師兼お手伝いさんが、幽霊だとは知らない。本気で、「人見知りだから姿を現さない」という雇用主の言葉を信じている。
「もしかしたら、野良猫じゃなくて飼い猫……いや、ひょっとしたら猫ですらなかったりして」
笑いながら呟く。
ふと、斑はテレビを見ていた。ちょうど、彼の好きな動物番組が放送されている。
「いーなぁ、マンチカン。ふさふさでかわいいよなぁ」
『ねこ』は、斑と同じようにテレビを視聴していた。しっぽを揺らさず、視線も動かさず、固まっていた。
鼻も口もひげもなく、目だけの『ねこ』からは、表情が読み取れない。
ただ────やはり、『ねこ』と自分は御同輩だからであろうか。
なんとなく、『ねこ』が驚いているように感じ取られた。
テレビ番組に対して、ではなく……井上斑の反応に。
とはいえ、そこを調査するのは財団の仕事であって、本来なら収容される側の自分の仕事ではない。
幽霊は、雇用主の息子の前にティーカップを置いた。彼はまだ気付いていない。
彼は気付かないのだろう。『ねこ』が猫ではないことにも、信頼している大人が既に死者の身だということにも。
それで良いのだと思う。
現世に特別な未練はない。が、財団からも、天からもお迎えが来ないので、なんとなく残っているだけ。
なんとなく。
この、よくわからない『ねこ』もまた、なんとなくで彼についてきたのだろうか。
斑は、いつの間にか置かれていたティーカップに少し驚くと、そばにあったメモを手に取る。
『ねこのことは、お気になさらず』
自分だって居候のようなものだ。何かを決められる立場にはない。
その立場にあるのは、斑の母親。
人間でも猫でもない、死んではいない、石のように頑なな女性。見た目が変わらない女性。
今晩には業務連絡をしよう、と幽霊は思った。
財団がいないのは寂しいが、それは平和な昼下がりだった。
ねこです。
ねこをみると、ねこがねこにみえます。
が、ねこをすきなひとは、ねこがねこにみえません。ねこがねこにいません。
ねこはねこです。
よろしくおねがいします。
・“先生”(SCP-3715)
ざっくり言うと高校教師の幽霊。財団の明日をどうこうするものばかりなSCPオブジェクトの中では、かなり善良かつ無害。
再生後の世界では幽霊のままリスポーンしてしまった。何故。
現在は井上斑の母に雇われ、お茶淹れ・掃除・井上の家庭教師みたいなことを務めている。給料も出ているらしい。
・『ねこ』(SCP-040-JP)
井上にイエネコだと思われているミーム災害系オブジェクトですよろしくおねがいします。
“先生”を給水係だと思っている。
・井上斑
ねこを猫と思い込み、何年も接している家庭教師が幽霊だと全く気付かない。その鈍感さは、一昔前のラブコメ主人公を凌駕するだろう。
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3715