ねこと緋色の鳥はよく取り沙汰されますが、青龍と玄武の出番ってかなり少ないですよね。もっと増えてほしい・・・・
────どうして自分はこんなことをしているのだろう?
これもまた、神が与えし試練だとでも言うのか。自分は第二のヨブとなるのか。
大きな団扇を縦に振りながら、エージェント・バークレーは信仰の問題に悩んでいた。
「おい蒐集院・甲! 冷蔵庫からハーゲンダッツの抹茶味を持ってまいれ」
「呼ばれてるよバークレー」
「甲ってアンタのことだろ、博士」
「ちぇっ……」
ブライトは、まるで自分が九割九分九厘被害者だとでも言いたげに、やれやれと肩をすくめて台所に向かった。
「蒐集院・乙。煽ぐ速度が遅くなっているぞ。気を引き締めぬか」
「エアコン効いてんのに……」
「そういった問題ではなかろう。我はお前たちのために働く対価として、誠意と敬意を求めておるのだ」
英語でそう答えて、綿津見八尋は、星空のように煌めくコーラにストローを差した。
近年は神々もグローバル化が進んでおり、農林水産省の『綿津見八尋』としても、海と常世を治める神としても、外交は必須らしい。人間に対してかなり不親切な八尋だが、バークレーと一対一のときは、今のように聞き取りやすく流暢な英語で話してくれる。
クローゼットで死にかけていた一般財団職員が、まさか日本の神様の使用人にまで昇格するとは。
かの尊き主は『人は神と
「てか、セス。アンタは財団と関係ないんだろ。わざわざ手伝わなくても……」
「
セスはそう言いながら、八尋の服にアイロンをかけていた。きっと地上の工場で作られたのではない装束の、皺がすっきり消えていく。
こき使われることを喜んでいるというよりは、久しぶりの感覚を楽しんでいるのだろう。流石は神代の人間だ。器のスケールが違う。
そこへ、ハーゲンダッツを持ったブライト博士が戻ってきた。
「どうぞお召し上がりください、陛下」
「待て。お前の目は節穴のようだな。これはバニラ味ではないか」
「だって抹茶味は私が全部食べちゃったから……」
非難の目が一斉に向けられた。ブライトは、エージェント・ディオゲネスのデスクの引き出しに等身大ドラえもん人形を詰めたときのことを思い出した。あれは傑作だった。
そして、現在のブライトの部下は眉間に手を当てる。有り得ない。マナーを知らないのか? この家には6人も住んでいるのだ。ハーゲンダッツは一箱に3種類×2個。誰が何を食べるか、事前に周囲に確認するのが当然ではないか。
「どういうつもりだ、蒐集院・甲」
「そうだぞ甲。オレだって抹茶味食べたかったのに」
「おやおや、神ともあろう御方が、たかだか供物ひとつで荒ぶるんですね? そんなようでは、この国における信仰が揺らぐのでは?」
バークレーは、ブライトの仕草と表情に苛立っていた。セスはバニラ味のアイスを食べたそうにしていた。
そして八尋は、深淵の昏い眼差しになって、心の底から嘲けるように笑った。
「愚かな。神秘を囲い、神秘を取り込まんとする蒐集院ともあろうものが、人間の作った都合の良い醜聞を信じるのか」
「何か虚偽が含まれていましたか?」
「そも、神とは人類が誕生する以前より存在するのだ。そこな
多神教の神なのに、一神教の神を認知しているのか。何だか矛盾している気がするものの、バークレーのような矮小な人間に天界事情は窺い知れない。
何せ、神は死んでいなかった。この通り、畏れ多くも人と関わり、話し、食事や仕事までしている。実際にいるものに対して、浅い知識と印象から考察することはできない。
「お前たち人間は、多数派が知らないもの、関心のないものの存在を『無い』ことにしようとするな。信仰されてようがされてまいが、それと実際の能力に因果関係はない。神は神だ。無知の人類如きが、偏見で語るでないわ」
「なるほど。勉強になったよ」
「我らはお前たちの教材ではない」
「失礼致しました」
ジャック・ブライト博士は、深々と頭を下げた。尊敬から自然に生まれた礼ではなく、あくまで社交辞令の形式的なものであったが、神はそこまでとやかく言及しなかった。
セスは、今もじわじわと溶けているであろうバニラアイスを注視している。それを綺麗に無視して、八尋は話を続けた。
「理解したのなら、抹茶味を買ってこぬか」
「申し訳ないんだけどお金が」
「黙って持ってこい。土地神とあの世の司法機関に話はつけておく」
「職権濫用がひどい……」
まぁ、ブライトたちは彼女に職権を
話は2時間前に遡る。
「……というわけで、彼女に私と君の戸籍、滞在ビザ、法的根拠とカバーストーリーの監修諸々をお任せする計画を進めよう」
「
「仕方ないだろう。斑くん、最近何か思わせぶりな態度で、明らかに重要なことに踏み込もうと勇気を振り絞っています! って感じがするじゃないか。口八丁手八丁で思考誘導するのも限界がある」
本気で言っているのか。いや、前々から突飛な人格だとは思っていたが、よもやここまでだったか。
彼は以前、財団職員である前に人でありたいとかなんとかカッコつけていた。あれはバークレーの白昼夢だったとでも言うのか。全ては、あのクソッタレな地獄の中で死んでいく自分が見ている夢なのか。一刻も早く息の根を止めてほしい。
「おいおいおい。冗談も大概にしてくれ。制御不能かつ詳細不明のアノマリーの力を頼るのか? SCPの意味、覚えてるか?」
「んー、エージェント・バークレー。どうせ2人だけだし、万が一のときは記憶処理すればいいからぶっちゃけるけど、財団は制御不能かつ詳細不明どころか、使うと確実に地球の寿命が縮まるアノマリーを積極的に活用していたよ」
バークレーの目がチベットスナギツネのようになった。旧世界でのアポカリプスの原因それなんじゃねえの、と言いたげである。
しかし残念ながら────本当に残念ながら、前の世界線が滅びたのは、ほとんど100%人類の責任だ。人智の及ばぬ悪趣味なホラーストーリーの所為にできれば、どれほど良かったか。
「いいかい、バークレー。私の父はO5だったが、SCPオブジェクトを使用したことで、私の妹弟に3桁のナンバーを振ったんだ。それに比べれば、神頼みの方がよっぽど健全だとは思わないか?」
「反応に困ること言うなよ……」
末端の構成員であるバークレーですら知っている、有名な話だ。彼らはどうしているのだろう。生き残ったのか、天に迎えられたのか、あるいは。
「
「地道に努力しろ」
「それは暴言だね。世の中には、努力したくてもできない人間、努力の方法がわからない人間がいる。さらには、理不尽な社会構造により、どれだけ努力しても勝てないようにされた人間もいる」
それは分かるがオレたちは違うだろ、とバークレーは思った。それなりの頭脳と武力を持ち、優しい市民に衣食住を保障されているのだから。
けれど、ブライトは首を横に振る。
「手段なんて、選んでいられないんだ。今、この瞬間にも、財団が見逃すほどの小さな小さな歪みが開いている。もう、失敗は許されない。早く対処しなければ、また、大勢が太陽の下で死ぬ。
────エージェント・バークレー。闇を祓ったシルバーバレル。財団の理念通り、光を守って暗闇で死した君は知らないだろう。戦争の火種を、社会の不条理を、『健全で正常』であると定義してしまったことが、我々財団の敗因なのだよ」
大きなルビーの首飾りが、尖った光を発射していた。生きる歴史的遺産の中で、ジャック・ブライトは何もかもをありのままに見てきたのだった。
「────いやいや、深刻な空気醸し出してもオレは誤魔化されないぞ。要するに賄賂渡して重要書類偽造・改竄をぶちかませってことだろ。ただの犯罪じゃねえか」
そして今に至る。
「私は人間じゃなくて不死身の人外だから法律適用されませーん。捕まりませーん」
「こんなときだけSCiPぶんな。アンタ、アイリスとかに謝ってこいよマジで」
「うむ、人間でないのなら憲法も適用されないな。お前が溺死しても我は罪に問われぬ」
「人類如きが
とても見事なフォームの土下座だった。財団職員の誇りなんてそこには欠片もなかった。バークレーは、この上司を思いやる気持ちを1秒でも持ったことを激しく後悔していた。
あんなに潔い土下座は生まれて初めて目撃したと、セスは後に語る。
なんてやるせない。バークレーは引き続き団扇を振り、八尋は仕方なさそうにバニラアイスを食べ、セスはしょんぼりしながらアイロン台を片付けた。
当のブライトは、厚かましいことにしれっと土下座の体勢を崩して、畳に寝転がった状態で尋ねる。
「そういえば、ミス・玄武。君は常世を統治していると言っていたね。だが、記紀に目を通した限り、冥府を司る神は他にもいるだろう?」
「あの世は霊多く、広大かつ高層かつ膨大なりて、ゆえに
王とか言ってた割に結構立場低いな、と思ったバークレーだったが、口には出さなかった。さっきやらかしたブライトも黙っていた。セスはバニラアイスのことを考えていた。
「『現場監督』とは卑しい、と思ったな?」
「滅相もない!」
「全く、お前たちは常世を知らぬから言えるのだ。元より、我は竜宮と大海の主も兼ねているのだ……なれど、国産みに携わり、伴侶と離縁してからは黄泉国を統括する、偉大なりし神の孫であるからには、仕事に身を費やすが我の望みよ」
責任感あるのに書類偽造は請け負うつもりなのか、と思ったバークレーだったが、口には出さなかった。さっきやらかしたブライトも黙っていた。セスは冷凍庫にバニラ味のハーゲンダッツもないことに気付き、速やかにスーパーマーケットへ向かう支度をしていた。
「ヤヒロ殿。ご要望は抹茶だったか。俺が今から買ってくるぞ」
「ふん、気が効くな。蒐集院とは大違いだ」
「私から一応申し上げておきますと、蒐集院は財団に吸収合併された組織であり、単純な前身ではなく────」
「人間の群れの正式名称なぞ、いちいち覚えておれん。我は忙しい」
でも親戚の人間の子は心配なのか、とその場の全員────お塩とマイルズ含めて────が思ったが、そんなことよりハーゲンダッツを早く食べたかった。
××××
翌日。
「これで全てか確認しろ」
「「
「如何にも神だが」
ブライト博士とエージェント・バークレーの前には、大量の書類が積まれていた。そのどれもが、一寸の隙もない緻密な計画に基づいて作成されている。まさに神業。
「よしっ、これで警察に職質される度に
「あれ面倒だよな……見た目が外国人ってだけで異常に怪しまれて……」
「我々は収容する側であってされる側じゃない。入管送りは御免だね。いやぁ、助かったよ」
八尋は、
「……紙切れ数十枚でお前たちが黙るのなら、易い仕事よ。次に何か願うのであれば、命を差し出すことだ」
「その機会がないことを祈るよ」
ブライト博士は、大量の書類を常人には不可能な速度で精査する作業に入った。神の能力で何か細工されていたらお手上げだが、今のところ目立った瑕疵はない。
「それと、蒐集院・甲。お前の身体に元々いた魂についてだが」
「………………」
「他所の冥府に在庫確認したら、お前が言ったのと同じ名前・没年齢に該当する死霊が発見された。どうやら宗教にまつわる事情で迫害されて、日本に逃げてきたらしい」
「……そうですか。たった1日で済むとは思いませんでした」
「こちらは他にも仕事がある。余計な雑務は早急に終わらせるのが当然よ」
そう言って、八尋は暫しジャック・ブライトの肉体と魂、それから首飾りを見つめると、不明な方法で瞬時にスーツに着替え、居間を出て行った。
家を出て、家の前で待機していた召使いの神に荷物を持たせて────ほんの一瞬、振り向いて呟く。
「……哀れな個体よの。自分の意思で己の命を管理できず、尚且つ他者の身体を食い潰さねば生きられないとは」
××××
あれだけ欲していた元伴侶も、いざ戻ってきてしまうと関心が失せた。流石に、長い時間の中であの男も改心はしたようで、罰は無しにしてやろうと考えた。
ほどなくして、何故か世界は再生した。常世と地続きの海底にある、豪華絢爛な宮殿で生業をこなす日々が再び始まる。
つまらない。五輪の祭典に出場しようとしつこく誘ってきた草食獣すら訪ねてこない。かつて同僚であった3体の祟り神も何処へやら。
そんなある日のことだった。
永遠を司る神である伯母上が、人間の幼体を拾って育てると聞いたのである。しかも、あの男はそれを手伝いに中つ国へ赴きたいと言い出した。
何を勝手なことを。どいつもこいつも。
伯母上も伯母上だ。人間を育てるなど。愛情をかけて育成した人間が神を攻撃するようになった事例など、数が知れないと言うのに。
ならば─────我が、直々に、この目で人間を見定めてやろうと決めた。
その人間の子が奇妙な力を持っていたこと。伯母上が雇っていた幽霊に教師をさせること。それらは、また、のちの話である。
ねこです。かめはねこのつぎにあらわれてゆきとみずをはこびます。よろしくおねがいします。
かめはさくらのちかくにありますので、さくらをしっています。ねこはどこにでもいるねこなのでさくらをしっているます。
「……
さぼりまめ。
「ならお前が出よ」
ねこでした。ありがとうございました。
「おい!!」
・井上斑
主人公なのに今回出番なし。
・マイルズ先生(SCP-3715)
前回、副業やってることが判明した。副業というか昔やってた本業だが。
1話からずっと出続けているのに、なかなか目立った活躍をさせられない。ごめん。
・綿津見八尋(SCP-777-JP-A)
めちゃくちゃ高貴な神様。少し前まで『玄武』として祀られていた祟り神でもある。
割とヤンデレな側面がフィーチャーされがちなので、本作では竜宮城や常世の統治者としての側面を濃い目にしている。
・綿津見幸彦(SCP-777-JP)
玄武の元夫なのに今回出番なし。
・ブライト博士
他人の身体借りて復活してた博士。いろいろ考えている。
・お塩(SCP-040-JP)
面倒事が嫌いな祟り神。かめのごはんはしく、ねこのごはんはびょうくです。よろしくおねがいします。
・バークレー、セス
2人で仲良くハーゲンダッツを食べました。(ブライトはハブられた)
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
http://scp-jp.wikidot.com/scp-777-jp