ねこです観察日記はじめました。   作:彩辻シュガ

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お久しぶりです。毎日夏バテしてます。


SCP-2501-JP “廻り舞台” ①

 

 

 

 吾輩は高等遊民である。名前は種族・時代・地域によって異なる。

 

「ひひーん……聞いてよコウちゃーん」

「どうしたアンちゃん」

 

 彼は同僚の暗星豪である。暗星(あんせい)なのでアンちゃんと呼んでいる。四足歩行の霊獣である彼もまた、様々な名を持っている。

 

「トライアスロン大会でまた負けたんだよぉ!! 腕利きの鍛冶師に頼んだ特注の自転車だったのに!! なにゆえ負けたのか!?」

「君ってやつは、そういう星の下に生まれついたのだろう」

「ひっ、ひひーん……」

 

 暗星はよく人間の遊戯や競争に参加しては、あまり芳しくない成績を残していた。スポーツだけではなく、文化や芸術の大会にも出ているのだが、結果は同じだ。それでもめげない彼の不屈の精神は尊い。決して“人間らしい”などと称されるものではない。

 

「小説など書いてみたらどうだ。君は独特の感性があるから、きっと人間どもより面白いものが書けるだろう」

「小説……」

「新たなものを創造する力。未知のものを想像する力。自由なイマジネーションに基づくクリエイティブ精神は、何も人間だけの特権ではないだろう?」

 

 吾輩は、自らの鱗で補強した本棚に目線をやった。古今東西のあらゆる書物が、世界基盤に対して有害・無害問わずそこに揃っている。

 

 それらの存在を溶かさないよう、慎重に尾を伸ばして、ある一冊を取り出してみせた。

 

「これなど一度読んでみればいい。人間にしては、質の高い霊的感覚を帯びている」

「それって直木賞? 芥川賞?」

「これは先の時空間で出版されるものだから、そのいずれでもないな」

 

 天地を縦横無尽に駆ける高貴な聖獣を自称する暗星とは異なり、吾輩は連続的であり、終焉の奥で眠る虚無の洞穴だ。全てのものは吾輩の隣にあり、いつでも身を投げられるよう待機している。迷惑な話だ。

 

 暗星は少しの間、蹄のついた前足で器用にページをめくる。

 

「これ借りていい?」

「勿論だとも。君は信頼の置ける友だ。少なくとも、根が醜悪な四神と違ってな」

「うししし……あの者たちはコウちゃんに甘えているのだ、恐らく」

 

 甘えているだと? 吾輩は細長い腹を抱えて大笑いした。暗星は冗句の才にも長じているようだ。流石は心の友である。

 

 あの獣たちは、常日頃から互いを睨み、毛並みや鱗のツヤについて文句を言うのに、吾輩が目の前に現れた途端、肩を組んで突撃してくるのであった。

 

「アンちゃん。徳川の治世で起きた厄災を忘れたのか? あの痴れ者は、僕の神殿に火をつけて遊んだのだぞ」

「そのあと玄武が消火してくれたではないか?」

「そうだな。局所的な洪水でな」

 

 奴らは散々吾輩の神殿を荒らした後、消火を建前に海を爆ぜさせて、宝物を悉く掻っ攫っていったのである。竜宮は仁義と任侠を堅く護っている組織であるから、吾輩でも容易に手が出しにくい。

 

 あまりにも芸術的なまでに、ピンポイントで神殿のみを押し潰したのが頂けない。せめて人間どもを巻き込んでくれれば、多少は心が晴れたのだが。

 

「ところで、君は白虎と玄武の居所を知っているんだったな」

「おう、今は人間の巣に住んでいるのだ。朱雀はどこにいるか分かんなくてな……でも、アイツ結構かまってちゃんだから自分から出てくるだろ」

「……青龍は?」

 

 暗星は口をつぐんだ。

 

 毎日各所を飛び回り、自由な足と豊かな智慧を持つ彼が、準高位神格存在の痕跡を捕捉できない。それが如何に異常であるかを認識できる化生は、吾輩だけであろう。

 

「蒐集院の連中にも協力してもらってるけど……アイツどこ行ったんだろうな、外国?」

「それは無い。この島には、最新にして最後の神となった機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)が眠っている。強欲な霊獣が食いたがらないことはないだろうよ」

 

 アレは、確か石の神が保護している筈だ。永遠と不老不死を司り、此度の世界の法則を引っ掻き回した当事者。吾輩は生殖をしない生き物なので、全く関係ない。しかし、妊娠・出産や老化の権能を持つ神格はてんてこ舞いであろう。

 

「なぁコウちゃん、青龍を最後に見たのって……」

「嗚呼」

 

 あれは、変温動物である吾輩がうんざりするほど、どこもかしこも茶色い朝だった。

 

 20世紀の最悪な大戦の、さらに斜め下を行くような、思い出すのも吐き気がする戦争の終盤────つまりは、前回の世界終焉まで秒読みだったとき。

 

 千里の現実を見通す我が双眸は、アレをはっきりと観測していた。

 

 ……とても悍ましかった。アレを形容するには、数千年分の希望と勇気が必要だろう。

 

「だ、大丈夫だよな、青龍は? あいつアホっぽいところあるし、もう忘れて、元通り楽しく過ごしてるよな……?」

「無根拠な楽観視は滅びを産むぞ、アンちゃん。人間どもは、まさにそれで足を掬われたのだ」

 

 対岸の火事を無視した。何百何千何万という死者の数を、ただの数字としか捉えなかった。無力な民に自衛を押し付けた。それが奴らの敗因である。

 

 だが、奴らは学ばない────否、学べない。何故なら、奴らが造った筐体が、ご丁寧にもその汚点を綺麗さっぱり焚いてしまったから。

 

 知らないのは、知らなくてよかったのは、知らなくても平気で生きていけるのは、人類だけだ。奴らのミスの皺寄せを真っ先に食らうのは、いつだって我々なのだ。

 

「……仮に、青龍が現れたとして」

「う、うん?」

「奴の力が脅かすのはヒト種のみ。どうせヒトが大量に死ぬだけだから生態系に変化はない」

「それが駄目なんだよぉ!! もぉぉぉぉ!!」

「どれだけ人が多く死んでいようが、オリンピックは開催されるじゃないか」

「コウちゃんの無神経(ばか)!! もう知らない!!」

 

 暗星は顔を背けると、穴を駆け上がって行ってしまった。漆黒の流星が天に昇っていく。

 

 馬の耳に念仏……いや、彼は以前、弥勒菩薩の説法を最初から最後まで静かに聞いていた。吾輩は途中で帰った。ならば、馬の耳に龍の忠言と呼ぶべきか。

 

 暗星豪は、解っていないのだ。無惨に敗北しても、嫌なことがあっても、世界への希望を諦めずに生きられるほど、吾輩は強くない。

 

 すまない、友よ。

 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 廊下を歩きながら、僕は溜息をついた。明日から夏期休暇に入る……つまりは家に滞在する時間が長くなるというのに、僕は未だに、ブライトさんの事情を聞き出せていないのだ。

 

 先日。彼に「ちょっと八尋さんに手伝ってもらって〜」と諸々の書類を渡されて、金銭関係やら何やら、今後のことは追々話し合おうということになった……のだが。

 

 なんだか────何か、違和感があるのだ。まるで、2階にいるときに、下の階から大人の話す気配だけが感じ取れるような。頭を洗っているとき、何かに見つめられているときのような。

 

 何か、こう、大きなものに常に覆い被さられている感覚がある。それは物心ついたときからそうだったのだけど。

 

「どう思う、イオンくん?」

「はっきり理解している。汝は認識の方法を改めよ。さすればその手に求めるものが落ちてくる。天を仰いで訴えずとも、天は汝の意思を知っているのだから」

「な……なるほど……」

 

 イオンくんは、やはり言うこと為すこと全てが難しい。でも要するに、発想を変えてみろということだろう。

 

 それにしても、イオンくんは、僕や信奉者の人たち、それ以外の人たちにいつも教える側だ。僕がイオンくんの質問に、手応えのある回答を差し出せたことは一度もない。ブマロくんとは、よく問答をしているようだが。

 

「ところで、夏休みどうする? どこかに行く予定とか」

「私は、ただ行くべきところに行き、民の口を塞ぐ曲がった者たちを取り払うのみだ」

「へー……僕はなんもないなぁ……」

 

 これじゃあ駄目だよなぁ、と僕は窓の外を見る。サークル活動に励む人たち、たくさんの資料を手に話す人たち、みんながセミの声に負けないように声を出していて、活気づいている。

 

 将来とか。自分のしたいこととか。ちっともよく分からないし決まらない。子どもの頃、20歳になれば必ず大人になれるんだと信じていた。僕の環境は目まぐるしく変化しているけれど、僕自身はどうだろう? 社会にぼんやりした期待と怯えを抱いていたあの頃と、そんなに変わらないんじゃないか。

 

 再び溜息をついて、顔を上げたとき────すぐ目の前に、こちらを真っ直ぐに見て笑う人がいた。

 

「何か悩み事かな? 大切なものは目に見えないが、若人の悩んでいる様はよく判るよ」

「ひょえっ、えっ?」

 

 間抜けな声が出て、彼の顔を見る。どこかで見たことのある、爽やかな顔立ち。灰色のテーラードジャケットのポッケには、ロゴマークだろうか、日の出をモチーフにしたような黒い丸がプリントされている。

 

「ああ、君たちは他の学部だから知らなくても無理はない。宇宙物理学部で教授をやっている、犀賀六巳だ」

「あっ、あ、犀賀教授! ……え、申し訳ないです、すぐに思い出せなくて」

「気にすることはない。最近は、大学の講義よりも他の仕事に追われていてね。ここもまた、すぐに発つ予定だった」

 

 犀賀六巳教授。大学のパンフレットで名前と顔を知った以外で言うと、至るところで学生たちが「美形」だと評していたのを聞いたくらいだ。あとは、『星の王子さま』が愛読書らしいとか。

 

「そちらは……イオン君だったか? 学内では有名人だからね。よく知っているよ。どうやら魔術師らしいじゃないか……科学者としては無視できない。是非とも話してみたいと思っていた」

「我が魔術は鎖を砕くためにあるもの。汝のような権威を脅かすもの。それと知っての戯言か?」

「い、イオンくん……」

 

 イオンくんは、身長がそう変わらない犀賀教授を睨んでいる。

 

 初対面の犀賀教授に対しても、少しも態度を崩さないイオンくんの振る舞いは尊敬すべきなのだけれど、正直僕はハラハラしてしまう。大学生と先生なんて、歳が近いとはいえ、やっぱり大きな壁がある気がしてならないのだ。

 

 しかし、犀賀教授は爽やかな笑みを保ったまま、僕たちを見下げることもせず返した。

 

「魔術師であってもそうでなくとも、悩みがあるならいつでも相談に来ると良い。私の角度から視えることもあるかもしれない」

「はい、ありがとうございます」

「………………」

 

 じゃあ、と軽く手を上げて、教授は去っていった。残った風はほんのり雨の匂いがする。

 

 星の王子さまの話をしたかったなぁ、と、しばらく立ってから思い出した。

 




・高等遊民のコウちゃん
一体何者なんだ・・・・?


・暗星豪(SCP-973-JP)
ふなっしーよりも常に元気いっぱいな、ウルトラポンコツアニマル。

体育会系だが、文系分野にも興味があり、ソロで文明再興できるくらい理系の知識もある。


・犀賀六巳
各方面からヘイトを買っているインテリお兄さん。超モテる。

何故かこの世界に留まっており、大学教授をやっているが・・・・?


・井上斑、崇高なるカルキスト・イオン
夏休みを目前とした大学生。2人とも物理学部ではないので、犀賀とは今まで接点がなかった。


・四神について
それぞれが違う特性を持つが、共通点としては、全員がかつて桜主により慰撫されていた祟り神であり、見た目は可愛く性格が悪い。

以下は本作における独自設定です。

白虎・・・お馴染みのねこです。実は四神の中では最年長。インドア派だが、体力に自信がある。

玄武・・・竜宮の主神。人間嫌いだが、人間社会に一番適応している。暴走族の総長的性格。あとシスコン。

朱雀・・・ねこの永遠のライバル。自分の方がねこより可愛いと思っている。事情があって武術家アンチ。

青龍・・・かなりやばいです。ねこもこいつはさけています。なにせはじまりのすうじですので。みなさま、どうぞ、おきをつけくださいませ。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2501-JP “廻り舞台”
著者 kyougoku08
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2501-jp

“犀賀派”に関する一次報告書
著者 dr_toraya
http://scp-jp.wikidot.com/goi2015-saiga
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