結局『ねこ』はコンビニまでついてきてしまった。
しかし、バイト仲間は『ねこ』を歓迎してくれたし、事情を聞いた店長は「自分がバックヤードで面倒を見ておく」と言ってくれた。
ハラスメントによる過労死問題が常態化する昨今の世には珍しく、僕は職場環境に恵まれている。
「いらっしゃいませー」
軽快な入店音が響く度に、ほとんど脊髄反射で挨拶が出る。
最初はレジ打ちが苦手だったが、今は好きだ。僕は単純作業が向いているらしい。
今の時期は花見シーズン直前で、桜餅がよく売れる。店内は、どこもかしこも桜色。パンもおにぎりも冷凍食品もお弁当も、みんな春に染まっている。
『ねこ』は違う。『ねこ』は真っ白だ。しかし、冬を想起させる寒々しい白ではない。
あれはなんというか、“無”。白い色、というより、何もないから白、というか。透明ではない、“無”。
そういえば、猫の種類もまだ分からないんだった。なに猫なんだろう。猫の本は沢山読んできたが、見た目じゃさっぱりわからない。
そうこうしていると昼休憩の時間になり、僕はバックヤードに引っ込む。
ドアを開けた先に、『ねこ』がいる。当たり前だけど。
「すみません、店長。『ねこ』、大人しくしてましたか」
「いやー、大人しいどころか1ミリも動かなかったよ。すごいね、この猫」
「寝てたんですか?」
猫は1日12時間から16時間寝るという。諸説あるが、猫の語源は『寝(る)子』から来ているとも。
しかし、店長は苦笑いしながら首を横に振った。
「ずっと起きてたよ。なのにちっとも暴れないし、本当に野良なの?」
やっぱり『ねこ』は、普通の猫とは違うようだ。
見下げると、『ねこ』が僕を見上げている。
『ねこ』は何を考えているんだろう? 僕に会うまで何をしていて、どこにいたんだろう?
ねこです。ねこはねこです。
ねこをしったひとのところに、ねこはいます。ねこをしったひとがしらないひとにねこをひろめます。
ねこはどこにでもいます。よろしくおねがいします。
が、ねこをすきなひとはねこをどこかにいかせませんません。
ねこをすきなひとがほかのひとにねこをわたします。
ねこはほかのひとのところにいます。ほかのひとのところにねこはいません。
ねこをすきなひとは、ねこがほかのひとのところにいるとおもっています。だから、ねこはほかのところにあります。
ねこをすきなひとがねこをつれもどすと、ねこはねこをすきなひとのところにあります。ほかのひとのところにねこはいません。
ほかのひとはねこをねこだとおもいます。ねこだとおもいません。ここにねこがいます。といいません。
ねこです。よろしくおねがいします。
××××
「今日はありがとうございました……」
「いやいや、その猫ちゃん賢い良い子だから、全然楽だったよ。早く帰って褒めてあげなよ」
「えっと……」
仕事上がりに店長にそう言われて、困惑する。
数日間生活を共にしたとはいえ、『ねこ』は僕の飼い猫ではない。
たまたま数日居着いただけのものを、飼い猫とするのはどうなんだろう。
でも、ごはんもあげてるし、たまにお風呂にも入れるし。
「お母さんに相談してみようかな」
コンビニを出て、街灯もまばらな帰り道。『ねこ』は暗闇でも白くて目立つ。僕を見上げて、沈黙している。
「どう思います? というか、うちに住みたいって思ってるんですか?」
問いかけても答えない。そもそも猫に人間の言葉が通じるのだろうか。
『ねこ』と出会った日にも通ったゴミ捨て場を過ぎたところで、誰かに呼び止められた。
「そこの『ねこ』連れてるキミ! ちょっとお話いいかな?」
振り向くと、まず目に入ったのは赤い光。その人が首からかけていたペンダントの、大きな赤い宝石が闇の中で煌めいていた。
……どこかで見た覚えがあるんだけど、何だったかな。
服装は普通にパーカーとジーンズとスニーカー。警察とかではなさそうだ。いや、私服警察の可能性もあるけど。
「……えっと、何でしょうか」
「ああ、固くならないで良い。多分……少なくとも公務員ではないよ、
茶色い髪はところどころハネがあって、眼鏡の奥には、青にも緑にも見える目……碧眼ってやつだろうか。それがある。
その人は、僕の腕の中にいる『ねこ』を見て、一瞬口の端を引き攣らせると、咳払いの後に整った笑顔で告げた。
「私の名はジャック・ブライト。────その『ねこ』の、“元”飼い主だ」
・『ねこ』(SCP-040-JP)
一般人にまで普通の猫だと思われるミーム災害系SCP。ねこのセリフ書くの楽しいです。よろしくおねがいします。
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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-040-jp