名状し難き烏賊と人類種の天敵な山猫は呪いなんて信じない 作:犬(ゆきいろ)
上位者ベイビー狩人は、赤ちゃんなので寝るのも仕事である。
すよすよと微睡み数多の世界の夢を見る。
でもそれは、本当に狩人が夢見て居るのか、狩人の夢が世界になるのか……低次元の存在にそんなものは判別出来ないし、新たな可能性を獲得したばかりのベイビーちゃんでしかない狩人自身も分からない。
分からなくても良いのだ。
何も分からないまま、目の前の動く物を、獣も血に溺れた狩人も気狂いの医療者も上位者も全て殺して居たら求める場所に辿り付くのだ。
だからまた、成長を望むのなら進めばいい。
それはそうと最近は夢を見続けているばかりで、狩人としての存在が鈍ってしまっているかもしれない。
しかしヤーナムに蔓延る悪夢は既に狩りつくし、巡り続けたせいで、ただの作業と化して仕掛け武器を握ろうがそれで人間性を誇示する事も出来ない。
いや、私に人間性を誇示する必要はあるのだろうか?
わからない。
わからない時は目の前のモノを狩り殺そう。そうだ、今までに見た事も無いような強大な獣。きっとその先に何か『答え』があるかもしれない。
上位者の赤子はそんな事を考えて、ぐるりんと寝返りを打つと星の瞬く揺り籠の中からころりと転げ落ちた。
落ちた先は何とも風情の欠片もない廃墟群の只中で、白い小さな『獣』が憚る事無く声を上げて泣いている。
とことこと近寄っても獣は何の反応も示さない。
びぃびぃ泣き続ける白毛玉の耳(くせ毛)をむしゃりと掴む。
掴んだ瞬間反射の勢いで肘鉄が飛び、足を払われ仰向けに転がされ、あっという間にマウントポジションを取られ、眼窩を形作る骨を砕く勢いで拳が降って来る。
狩人等という、得体の知れない薬やら血やらついでに自分はへその緒やらを含有した生き物に言われたくないだろうが、白毛玉は小さな子供の姿に見合わない筋力と速度を持っている。
なる程。確かに強大な獣なのかもしれない。
それならば狩ろう。
そう意気込んだのに、白毛玉はダイナミックな目つぶしを避けられてしまえば再び、うぇぇえ……と声を上げて泣き出す。
子供の泣き声というのは何とも落ち着かない気分にさせる。
何だかこんな、意思薄弱そうな獣を狩る気も起きなくて、人形がしてくれるのを思い出しながらよしよしと頭をなでてみる。
そうすれば、少しは落ち着いたようで静かになった。
ふと見ると獣の細い首には赤い柔らかな皮の首輪が着いている。金具が外れ今にも滑り落ちそうなのに気づき、何となく金具を止め直す。
獣は獣でも、何者かに飼われた愛玩動物か。それならこんな薄っぺらな意思なのも納得できる。狩ったところで大した遺志も遺さないだろう。
何処か適当な所に放してやろう。
「どこに行きたい?」
「セレンのとこ」
夢を持たない生き物が死んだ先に何処に行くのか、狩人は知らない。あの慈悲深い女狩人が夢を見ずに何処へ消えたのか、上位者と成っても分からない。青年期を迎えればそれも『知る』日が来るのだろうか。
ともかくも、赤子でしかない今の狩人には分からず静かに首を振る。
「……じゃあ人間が沢山暮らしてて発展に貪欲で、競い合って殺しあって奪い合って騙して足蹴にして、羨んで憤って呪って、疑心と怨嗟いっぱいなとこ」
白毛玉は少しまよってからそんな風に答えた。
傭兵が、武力が、強大な力が存在意義を持つ所。人間が貪欲に覇権を争う所。
「分かった」
狩人は右腕に抱えた布製の『人形』を抱え直し、銃を握る左手で白毛玉の右手を取る。白毛玉の獣は一瞬きょとんとし、気味の悪い程鮮やかな緑色の目を瞬かせるが、直ぐに嬉しそうに笑い手を握り返して来る。
巡り続けた夜の中、あの少女の手もこうして握って進めば良かったのだろうか。父親を殺して来た手を彼女が取ってくれればだが。