名状し難き烏賊と人類種の天敵な山猫は呪いなんて信じない   作:犬(ゆきいろ)

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五条悟は夢を見た。

 

世界が壊れる夢を見た。

世界を壊す悪夢を見た。

 

『俺は地獄からやって来たんだ。ほら!見つけてみろ、食らいついてみせろよ!』

 

真っ白な獣が駆け抜ける。

 

『独りでだってやってきたんだ。抵抗して見せろよ!叩き潰してやる!』

 

眩い鮮やかな緑が爆ぜる度に世界が瓦解する。

 

『俺は地獄だって越えたんだ。貴様を逃す訳がないだろ!?ぶっ殺してやるよ!』

 

目的もなく、ひたすらに人類を屠る事のみに執心する獣。

 

『まだ独りでだってやれる。さあ、楽しい遊びを始めようか』

 

おおよそそんな意味の歌を幼げな声で歌う、白く大きな山猫の形をした強大な呪い。

 

それを、なんとか祓った。

戦闘の余波で世界人口が半分強が消えた。日本を中心に地球の陸地が盛大に削られた。生物が真っ当に生存できる環境は限られてしまった。

呪術師だとか、非呪術師などとうに関係なく、『人類』は生存競争へ駆り立てられた。

 

そんな、そんな滅びの夢を見た。獣の首輪を外してしまったばっかりに。

 

『だから、また、目覚めをやり直すのだろう?』

 

何時何処で誰だったのか、記憶に存在しない何者かの問いかけに、当然だと頷く。悪い夢は、早く目覚めてしまうに限る。

 

 

五条悟は夢を見ていた。

内容は何一つ覚えていないが、酷い悪夢だった事は確かだ。

 

睡眠をとって居たとは思えない倦怠感の残るを身を起す。かさりと、握りしめた手の中に紙片が存在した。

紛れも無く彼自身の文字。何の変哲もないただの純然たるメモ書き。自分自身の筆跡の筈なのだが、その内容も文体も、違和感しか抱かない。

 

『夏の病 気を   』

 

強く握り過ぎたせいか、短い一文が擦れて読み取れなく成っている。

 

梅雨も明け、もうすぐ夏が来る。

 

単純に考えれば『注意:熱中症』程度の事なのだろう。

そんな事をわざわざ書き記すなんて、おかしな話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎杖悠二は夢を見た。

地上から遥か遠い、広大な空を往く夢だ。

雲も眼下に、信じられない程大きな鉄の塊が五つ程、渡り鳥のように並んで飛行している。現実感の無い姿と大きさの飛行物体だが、夢とは脳が記憶の整理の為に体験をこねくり合わせて再生しているらしい。

 

恐らくここ最近、名作からB級(どころか脳が死滅しそうなクソ)映画にじゃぶじゃぶに浸かっていたせいだろう。だから夢までこんなSFチックなのかもしれない。ただし、うっかり集中が切れるとイイのをお見舞いしてくれる、熊っぽいゆるキャラと言えなくもない呪骸は不在だ。

 

代りに抱えて居るのはちいさな白いふわふわ。猫の子にも見えるが、それにしては些か大きい。虎の子供と言われた方が腑に落ちるような、太い足。

 

「なーぅ!」

 

と、なんらかのネコ科の子供は元気に鳴く。毒々しい程鮮やかな緑の目玉がじぃっと見上げて来るが、残念ながら彼は今、推定肉食動物の子供に与えられそうなものは持って居なかった。

夢の中なのだから、仕方がない。

 

仕方がないので、わしわしと喉辺りを撫でておく。ひらひら動く指先を玩具だと思ったのか、或いは撫で方が気に食わなかったのか、白い獣の子は指先にじゃれかかりまだ小さな口で噛みついて来る。甘噛みなせいか、そこまでは痛くない。現在ご不在な呪骸の冴えに冴えてる一撃の方が普通に痛い。

だが本気で噛みついて来ないという事は、彼のナデナデは気に入ったらしい。喉を鳴らしたりはしなかったが。

 

がじがじと猫科に齧りつかれながら、相変わらずどこまでも広がる澄み切った青空を見渡す。足元にも相変わらず大きな人工物が鳥のように編隊を組んで平穏に飛行している。今の所、雲の切れ間からトンチキキメラと化したサメが飛び出して来る様子はない。

 

平穏な夢だ。

 

ふと、穏やかな空に何とも渋い男の鼻歌が聞こえる。気取った風もない、何とはなしに口ずさんだ歌、といった印象。どこから、とは定かではない。強いて言えば、耳元で通話アプリでも起動している距離感だ。

勿論スマホなど持って居ない。手元にあるのは白い猫だけだ。

 

猫にもその男の声が聞こえたのか、指にじゃれつくのを止め、三角形の耳をピクリと立たせる。

 

一瞬男の歌に気を取られた間に、眼下を悠々と飛んで居た超巨大な飛行物体の一つが次々と爆発を起こし、黒煙を上げながら急激に高度を落としていく。

 

『一基落とした。これで二千万ほど死んだ』

 

鼻歌と同じ温度で、姿の見えない男が言う。

 

二千万。にせんまん。20000000。

そうか、あれで二千万が死んだのか。

爆発音さえ耳には届かず、ましてやあの鉄の中の命が上げる悲鳴など聞こえる筈もない。それでも、確かに失われてゆくのだ、という確信が頭にはある。

 

まるで常識の様に確信があるのに、何の感慨も湧かない。澄み渡る空のままに、気分はすっきりと凪いだまま。早起きして、様々な事をこなして満ち足りた桜の季節の休日の夕方に似た充足感さえある。

ああ、死んだのか。という理解のまま、ただ白い猫を撫でる。

 

大きな『揺り籠』が一基落ちる度に、失われた人命をカウントしていた男の声が『一億』と呟く。

腕の中の猫はごろごろと喉を鳴らした。

 

なんの姿も無くなった空は、相変わらず青く広く、清々しかった。

 

 

虎杖悠二は夢を見ていた。

内容は何一つ覚えていないが、何だかとても穏やかな夢だった気がした。

 

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