前衛で魔物を倒したアドニスは、倒した魔物が動かなくなった事を確認すると踵を返す。
漆黒の兜から不気味に光る赤銅色の視界には、自分の前方に剣を構えたままのセレスが映った。
「斬鉄姫」と呼ばれた彼女の足元にも既に肉塊となった魔物が転がっている。それを緑青の眼が冷ややかに見つめていた。
アドニスは肘を緩やかに曲げて片手で大剣を持ち、ざくざくと青い草を踏みにじりながらセレスへと歩いていく。自分に近づく存在に緑青の視線は地面から前方へと移った。
アドニスとセレスをエインフェリアとして召喚した戦乙女の鎧と同じ色の蒼穹の空の下。
昔、一人は侵攻軍の将軍として首都に攻め入り、もう一人は防衛軍として首都を守った。
—敵同士であった二人の運命が今、交錯する—
漆黒の鎧は白銀の鎧の真正面に立ちはだかる。時が止まったかのような錯覚に陥る太陽の下で漆黒は艶を増し、白銀は光を乱反射する。
その光が無音で「今」を歌っていた。
「テメェか。」
言いながら大剣をゆっくりと動かした。
濡れた様に艶を放つその剣を片腕で完全に制御するアドニス。あれほどの大剣を自由自在に操る腕力と強くてしなやかな手首は賞賛に値する。
生きていた時代、当代一の戦士と謳われた「黒光将軍」。
続きの台詞を吐きながら、アドニスは大剣をセレスの構える剣へ軽く打ちつけた。
「あの時は不覚をとったが、次はねぇぞ。」
言葉の終わりと同時に乾いた金属音が小さく鳴る。
アドニスは言葉と同じく物騒な雰囲気を全身に醸し出していた。が、その表情からは如何なる感情も見て取れない。
セレスは口を開くと、ゆっくり喋った。
「私が勝てたのは偶然の産物。もう一度戦えと言われても・・・」
緑青の双眸は視線を受け止めている。自分よりも高い位置にある二つの赤銅色に対して、挑む様に眼を僅かに細めた。
「困るわよ。」
言いながらセレスは口角を持ち上げた。凄絶な笑みが乱反射する光を従える。
一時の後、セレスから一切の表情が消えると同時に、彼女の両手は剣の柄を握り直し、足の位置を微妙にずらした。
それを見つめるアドニスは口端を吊り上げ、もう一方の手を大剣の柄へと添える。
二人の殺気がぶつかり合ったその直後。
「セレス。」
シルメリアがエインフェリアの名前を呼んだ。
二人は彫像の様に動かない。
戦乙女の発した言葉に追従するかの様に、一陣の風がセレスの背中からアドニスの胸へと通り過ぎた。
セレスはゆるりと視線を後ろへと、シルメリアへと向けた。
そして剣の構えを解きアドニスに堂々と背中を向け、自分を呼んだ人物へと歩き始める。
「最初で最後の機会だったのに・・・。流石と言うべきね。」
小さな笑みとささやかなため息をこぼすセレス。
鼻を小さく鳴らしてアドニスは笑った。
大剣を肩へと担ぎ、その視線は遥か前方にいる戦乙女を捕らえる。
「千載一遇の機会を平気でブッ潰しやがる。」
面白そうに言いながら、前へと一歩を踏み出した。
運命の女神は静かに微笑んでいる。
それは消え去った機会への手向けなのか。
交錯した二人の運命へと向けられたものなのか。
シルメリア以外に知る者はいない。