「バーン・ストーム」
短い呪文に似つかわしくない盛大な緋色の炎が立ち上る。
その炎は自分を含めた魔術師達のバーン・ストームの炎と明らかに違っていた。
アルムは前方でその魔法を放ったソロンの先を、苦しみ悶える魔物と立ち昇る炎を見た。
竜眼が捉えた緋色の炎、その間にちろちろと光るものが見える。
それをもっとよく見ようとアルムが首を伸ばした瞬間。
爆風が当たり一面へと弾け、その勢いはアルムのフードを後ろへと押しのけた。
「賢者」とパルティアの書物に書かれたかの人は、尖った帽子を飛ばされまいと片手で押さえている。
魔物が消滅した事を確認したソロンが手を帽子に当てたままくるりと振り返った瞬間、二人の視線が互いの存在を認めた。
それは新旧のパルティア宮廷魔術師が初めて顔と言葉を会わせた瞬間だった。
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ソロンは帽子を押さえていない方の手を顔の横まで上げて拳を作り、次に人差し指と中指を立て笑った。
「?」
何をしているのか分からないアルムが訝しむ表情をする。相手もついつられる、そんな人のいい笑顔でソロンは二つの指で竜眼を指しながら言った。
「双竜か。それは初めて見るわ。」
両方の目が竜眼の状態を「双竜」という。
パルティアの魔術師の塔に秘蔵される本でしか見ることのない言葉である。
それを今聞くとは!
アルムの表情が一気に険しくなり、竜眼の鋭い視線が目の前の人物を睨めつける。
竜の如く鋭い視線を受けてもソロンは笑ったままだ。
「貴様、竜眼を見た事があるのか?」
「俺がパルティアに乞われて宮廷に上がった時、竜眼の王子はまだ幼く、右目のみが竜眼だったからな。」
「それより後にもう一人竜眼を持った王女が生まれている。此方は左目がそれだがな。」
「へぇ、で三人目がお前な訳?」
興味津々といった風に指はアルムの竜眼を指したままのソロンに対して、
「アルムだ。」
吐き捨てる様にアルムは自分の名を告げ、告げた相手が何者なのかを確かめようとした。
「ソロンなる人物を時のパルティア宮廷が招聘した理由は・・・」
「竜眼の王子に魔力の制御を身に付けさせる為だ。」
赤子の頃から、王子がむずかる度に花瓶だの窓だのが壊れてしまう。それは年々強くなり最早宮廷魔術師だけでは如何ともし難い状態になってきている。
頼むから何とかして欲しい、と遥か昔に黒森の入り口で当時の大臣と交わした言葉を口にする。
「・・・王家で竜印が初めて目に表れ、後に宰相となった人物を・・・、『塔の王子』を貴様が教育したというのか・・・。」
苦々しい思いで唸るアルム。
確かに「塔の王子」の詳しい経緯は謎のままで、ある程度の年齢になるまでは王子ではあるが、王宮に住まわずに塔から宮廷へと通ったくらいの記述しかないのだ。
歴史上初めて竜眼を持って生まれた人物が次々に発生する苦難をものともせず、尚且つ努力を怠らずに高位の魔術師となり、やがてパルティアを支える名宰相となった。
パルティアの宮廷魔術師や文官達が尊敬してやまない「塔の王子」。
その人物を、この軽そうな、唐突に自分を指差して「双竜」とか言い放つ人間が(いや、エインフェリアだが)育てたというのか!
失礼を通り越して無礼極まりない態度も相まって、アルムの怒りの目盛りはうなぎ登りであった。
「歴史が正解だったと告げてるだろ。宮廷と魔術師の奴等は俺が行くまで王子を塔から出さなかった。魔力の程度の差こそあれ、同じ人間だぜ?」
「あの塔・・・・貴様が作ったのではなかったのか・・・。」
「元々は魔術師が詰めていた塔だ。魔術の実験となると、頑丈で他に被害の出ない建物がいるからな。」
「にしては内装や家財道具一式やらが豪華だったぞ。」
そういえば一階には中庭もあった事をアルムは思い出した。
ソロンは指を竜眼から外し、二本の指で空を指す。
「当たり前だ、魔力の制御が出来ないとはいえ、王子だぞ?それなりの環境は当然だろ。」
まず塔の王子の精神と身体の健全な状態が最優先されなければならない。
その為には住んでいる環境も重要だ。王子に相応しい整いをしなくては、宮廷に上がった時に要らぬ恥をかく事となる。
小さな事を見落とすと、塔に閉じ込められた当事者は少しずつ卑屈になっていく。
それは積もりに積もって大事に至る可能性を含んでいる、という事に気付かない間抜けな輩。
脳裏に浮かんだその間抜けな輩をせせら笑いながら、ソロンは言った。
「俺は、閉じ込めて出す気の無かった大臣や魔術師とは正反対の事をしたからな。」
「・・・あの無茶苦茶な日課や修行は、全部貴様から来ていたのか・・・・!!」
「へっへー」
笑いながら出た言葉に、アルムの怒りは別方向からベクトルがかかり、そして目盛りがついに振り切れた。
「ハッ、不死者に育てられた平民如きを、パルティア王家が宮廷に迎えるとはな!」
伝説の域を出ないソロンの生い立ちと成り立ちを、忌々しそうに口にするアルム。
それを合図にアルムの心の奥底の感情が決壊して溢れ出す。
王家の血筋たる自分が望んでも決して与えられなかった国民の支持。
「双竜現われる時、国難に留意せよ」との歴代の王のみに口伝で伝えられた言葉。
全てを憎んでも、憎み足りない。破壊したい衝動に駆られた、あの頃。
去来する感情が、押さえ込んだ思いがのたうち回る竜の様にアルムの身体を支配していった。
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どの位の時が流れたのか。
アルムは背中から自分達を呼ぶ声に我に返り、再び感情を押さえ込もうとフードを目深に被った。
そして踵を返そうとしたその瞬間。
「確かに俺は不死者に育てられた。」
「!」
息を呑むアルムの竜眼が捉える賢者ソロンの表情は真剣そのもので、とても嘘を言っている顔ではない。
片手で帽子を尚も深く押さえ、顔半分は切れ込みの入ったつばが隠す。
鋭利な切れ込みから垣間見えるソロンの眼差しは、
ソロンのもう一方の手は胸を押さえてる。
「だが、人間の俺を捨てたのも人間なんだぜ。」
言い終わると同時にソロンは歩き始める。
さっさとアルムの横を通りぬけ、先で待つ戦乙女達へと進んでいった。
振り返ったアルムが見たのは、パルティアの旧き魔術師ソロンの背中とその先で待つエインフェリア達と戦乙女。
「歴史と同じく、偉大なる先達は常に先を歩く。」
言い終えると足を動かして同じ方向へと歩き出すのは、パルティアの新しき魔術師アルム。
時の流れもまた然り、と返したのは遥か先で微笑む運命の女神の唇であった。