——この書を開く者、決して一人で開くなかれ——
ソロンの秘文書より序文を抜粋す。
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魔術師の塔の最上階にある部屋は、パルティア王家が隠匿する書物を封じている部屋である。
入室を許されているのは魔術師の塔の長と書庫長の二人のみで、後はこの二人が許可した人物が長と一緒という形で入る事が出来る。
その部屋は扉は常に鍵がかかっており、封印の魔法もかけてある。要は二重の封印がかけてあるのだ。最上階への階段も、普段は壁に隠されていて呼び出しの魔法でのみ現われるという徹底ぶりである。
だがそれも仕方のない事であろう。何せパルティア建国以来、特に重要とされている魔術書が秘されているのだから。
そんな塔の最上階も年に一度だけ、魔術師達に解放される日がある。
「本の虫干し」の日がそれで、普段は開くことの無い窓を開けて光と風を部屋と本に通す。
魔術師達は全員総出で本を広げ、棚の上の埃や床の塵を拭き取る。そして書庫長の指示の下に本の簡単な修復をしたり、足りなくなった棚を増やしたりといった作業をする。
普段は見ることも叶わない魔術書等を目の当たりに出来るこの日は、魔術師達の密かな楽しみでもあった。
古の賢者の手記、偉大なる魔術師の覚書、魔道具職人達の備忘録など一節を読むだけでも彼等にとっては貴重な体験なのだ。
その年の「本の虫干し」も例年と変わらずに行われていた。
アルムは書庫長の指示に従い、一番奥の下の棚で眠っている本を棚から取り出していた。
「交代で昼食を摂る。アルム達五人は作業を続けていてくれ。我々が戻ってきたら交代して欲しい。」
「はい。」
「承知しました。」
埃がきらきらと舞う塔の最上階で返事の声が上がる。開いた窓から乾いた風がゆっくりそして静かに入って扉へと抜けていった。
しゃがんだままのアルムの視線は取り出した一冊の本に釘付けであった。
茶色い革の表紙をしたその本には、題名が記されていない。
だが、アルムの竜眼はその何の変哲も無い表紙に細く繊細な魔力の波動が魔方陣を描き、消えるその一瞬を捉えた。
この時を逃したら、一生この本を、秘文書を見ることは叶わない!
駆け抜けた強い思いが、床に置いたその本の表紙を何の迷いも無く広げさせた。
緋色の文字で書かれた序文を見た瞬間、予感が確信となる。
・・・ソロンの・・・・秘文書!!
衝撃のような感動がアルムの背筋を走り、頁をめくる手ももどかしいのだろうか。
しゃがんだままの体勢で緋色の文字を竜眼が全力疾走で追う。
秘文書は読み手を幻影へと誘う。その甘美な誘惑に抗う事の出来る魔術師は皆無だ。
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乳白色をした砂が一面に広がり、対を成す青い空も無限の空間を彩る。
砂漠に立つ崩壊寸前の神殿の様に砂の上には枯色の石柱が何本も立ち、その一つ一つに碑文が刻まれている。
あるは柱には螺旋を描くように、またある柱には直線を描くように、といった具合に一本一本それぞれ碑文の刻み方が違うのだ。
碑文は魔方陣を組んであるものもあれば、魔術に対する考察といったものもある。
アルムは感心しながら、手でいとおしそうに碑文を撫でる。そして気付くのだ。
この柱一つ一つもまた魔方陣を構成している一部分であると、
石柱や途中までしかない階段、白い砂の流れ方、その砂に積み上げてある石それぞれが魔方陣の一部であり、平面的な魔方陣を複数用いて敢えて立体で陣を組んでいる。
この魔法陣の一面を見たら一つの陣を知る事は出来る。が全てを把握するには、多面的な視点でこの遺跡のような幻影を捉えなくてはならない。
推察しながらアルムはこの秘文書を記した賢者に畏怖の念を抱く。と同時に全てを解き明かしたい渇望に囚われる。
夢中で石柱と碑文を追うアルムがそこにいた。
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・・・・ム・・・・・・ア・・・・ル・・・・・・・
遠くからアルムを呼ぶ声がするが、呼ばれている本人といえば
「煩い!俺は今返事をしている暇なんか無いんだ!!」とごちる。
アル・・・・・ム・・・・・・!
呼ぶ声と同時にゆさゆさとアルム身体が揺れ、読んでいた石柱に肩がぶつかる。
「アルム!!」
叫ぶ声にアルムの意識は秘文書から現実へと戻って来た。
顔を上げれば、シフェルが心配そうにアルムを覗いている。
「・・・兄・・・上・・・・」
戻って来たばかりの意識ははっきりとせず、自分を呼び戻した人物をアルムはぼんやり見ていた。
「大丈夫か?」
「は・・い・・・・」
「父上がお呼びだ。アルム、体調が良くないなら、そう申し上げるが・・・」
「大丈夫です。」
「本当に?お前床に倒れてたぞ。」
「・・・・大丈夫です・・・・」
怒ったように返事をしながら睨む弟を見て兄は笑った。
「では、行こうか。」
差し出した兄の手を一時躊躇った後に取る弟がそこにいた。
嬉しそうに笑うシフェルは、珍しい事もあるものだと思いながら弟を立ち上がらせる。
アルムは床に置いたままのソロンの秘文書を見た。
本は閉じられて茶色い表紙からは魔力の波動は全く感じない。
拾い上げて頁を開こうとしたが、本はびくともしなかった。
「兄上、少し待ってもらえますか?」
「入り口に居るからな。」
笑いながら去るシフェルの背中を見送ると、アルムはソロンの秘文書を元の場所へと仕舞い込んだ。
緋色で書かれた序文を思い出しながら、あの碑文を思い描く。
「確かに、呼び戻す者がいなければ一生あそこに囚われたままだな。」
だが、魔術師であればそれでも構わないと誰でも思うだろう。それ程までに秘文書の中は、あの幻影は甘美な誘惑だ。
幻影から現実へと引き上げてくれた、暖かい手の感触を確かめるように自分の手をじっと見ていたが、暫くのちに両手を持ち上げてフードを目深に被る。
入り口へと向かいながらアルムは呟いた。
「さっきのアレはお礼ですよ、兄上。」
貴方が呼んでくれたから、俺は戻ってこれた。
二人の王子が後にした魔術師の塔の最上階は、小さな埃が飽きもせずに風と一緒に舞い続けている。
ソロンの秘文書はそんな場所で沈黙を守り、再び永き眠りへと横たわった。