俺は、小さな村で生まれた。
そのキリル村は何年かに一度、魔物に捧げる子供が生まれる。
村の隠語で「生贄の子」ってやつだな。
「生贄の子」が生まれる期間はまちまちで、三〜四年続けて生まれる時もあれば、十年以上間隔が空く時もある。
判別するのは簡単だ。俺の身体にある紋様、それを肌に宿して生まれるからな。
その子供は、男だろうが女だろうが「ザンデ」と名づけられて、村ぐるみで大切に育てられる。
魔物に供物を渡す、その日まで。
ザンデとは古代語で「贄」を意味する言葉だ。
そして俺の名は「ザンデ」。
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「ザン・・・・ア・・・な・・・・・か?」
「・・・誰、だ・・・・・?」
今目覚めたばかりの様な、迷惑そうで気だるい声が返事をする。
蒼穹の鎧を纏った戦乙女は困ったように微笑んだ。金色の髪と緑の瞳がきらきら光る。
「・・・えらく派手なねーちゃんだな、あんた。」
「一応私は戦乙女なのだが。」
「嘘つけ。戦乙女がエインフェリアを召喚するってのは、単なる言い伝えだろう。」
「そうか?でも現実に私はザンデをエインフェリアに召喚しようとしているぞ。」
「俺の名を・・・呼ぶな!!」
小さな光は光を増して抗議の意を表した。
しばらくの間、シルメリアは魂となった光を見ていた。そしてぽつりと呟いた。
「お前は、自分の名前が嫌いなのか。」
小さな光は返事をしなかった。
ザンデの両親は、彼がまだ小さい頃に村を襲った飢饉で命を落とした。
自分達は何も食べずに、僅かな食料を全てザンデに与えた。
両親が我が子に対しては当たり前の行為であろう。だがしかし、両親はザンデの弟には何も与えなかったのだ。
ザンデがこっそりと弟にそれを分けていたが、その甲斐無く幼い弟はあっけなく逝ってしまう。
小さなザンデは、命が選別されるという残酷な現実を目の当たりにしたのだ。
やがて両親も死に、ザンデには村からかき集めた食料が優先的に与えられた。
自分は満足とは行かないまでも食事にありつける。が、水しか口にするこが出来なかった大勢の人間は、大人だろうが子供だろうが、飢えそして死んでいった。
「何故」という言葉が頭を過ぎったが、年齢と飢えが疑問を続けさせなかった。
やがて何年か後にその疑問に答える日がやってくる。
儀式の台に仰向けに寝かされた上に両手両足を括り付けられ、自由を奪われた。
目隠しをされて、視界も奪われる。
「禊」と称してまる二日間、ザンデは僅かな水しか与えられなかった。それなのに何故か涙が後から後から溢れ出て止まらない。
目の部分だけ穴の空いた黒い布袋を被った村人達が、儀式の板を持ち上げ、松明を持ち、闇夜の中で村はずれを目指す。
やがて目的の場所へ到着した一行は、ザンデを台ごと地面へ置いて松明も円を描くようにして大地に立てた。
「悪く思わんでくれ、ザンデ。」
「お前は『生贄の子』なんだ。だから村のみんなで大切に育てた。」
「これは村の為なんだ。な?」
「俺の子供はあの飢饉で死んだ。あの子の分をお前にやったんだ!」
「落ち着け!・・・あんたの所だけじゃないんだ。」
「うちの孫もじゃ・・・」
ザンデは大人たちの会話を聞きたくなかった。だが、手が縛られて耳を覆う事が出来ない。
何かしゃべったら、薄い氷の様な均衡を壊しそうな気がした。だからザンデは唇を一直線に結ぶ。
大人たちの別れの言葉も、遠ざかる足音も、全部嘘だと思いたかった。
一人取り残されて随分経った後、不浄な気配と粘着質の声がザンデに絡みついた。
「あの飢饉があった割りには育っておるのぉ。」
人間では無い、異質の気配を感じて鳥肌が立つ。
「今回の子供はうまそうじゃわい。」
首を絞められている感覚と同時に呼吸困難に陥る。ザンデは必死で息を吸おうと口を大きく開けた。
「ほーお、お前しぶといのう。こりゃ楽しめそうじゃの。」
ひょひょひょ、と笑う声がとても耳障りで全身に不快感が全身を覆う。
ぐっと咽を押さえられて、ザンデは意識を失った。
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結果、ザンデは助かった。
流れの冒険者集団が長い間キリル村を支配してきた魔物を倒したのだ。
冒険者達は魔物が隠し持つ物品と魔物の身体の一部が目的であった。
キリル村を支配してきた魔物は、その筋では有名であったらしい。
特に魔物の身体、売れば武器や魔道器の材料となる高額になる物ばかりなので、彼等は爪だろうが眼球だろうが構わずに、奪えるものは全て奪っていった。
命を助けられたザンデは冒険者達に一緒に連れて行って欲しいと頼み込んだ。
「何でもするから!足手まといにならないから!!」
泣きながら必死で懇願する少年に、「親が待つ村へ帰れ」と集団の一人が言う。すると咽を詰まらせながらザンデは両親と弟は飢饉で何年も前に死んだと言った。
あの村を支配していた魔物。魔物の所有を意味する紋様を持って生まれた「生贄の子」は「ザンデ」と名づけ、魔物が欲するその日まで育てなければならない。それがキリル村の隠された掟であった。
蛇の道は蛇とは良く言ったもので、冒険者達はそれを知らない訳ではない。しかし自分達が連れて行くにはザンデあまりにも幼すぎ、そして無力すぎた。
「ボウズ、辛くても我慢できるか?」
この集団の統率者らしき中年の男が、ザンデの頭に手を置いて聞いてきた。
「我慢する!!」
村に帰ったら両親の居ないザンデはおそらく生きてはいけないだろう。
あの飢饉で、自分の家族よりも「生贄の子」を優先した村人は自責の念を憎悪に転換して、その憎悪を必ずザンデに向けるだろうから。そして庇ってくれる両親はもう居ない。
「村長に『生贄の子』は失われていたと言ってこい。」
部下らしき男に命令する。
「バラッシュ!」
「取り敢えずは俺の身の回りの世話をさせる。」
「・・・アンタ、いいのか?」
「ま、それで死ぬなら、それもこいつの運命ってやつだ。」
「分かったよ・・・。」
「ボウズ、名前は?」
ぐりぐりと頭を撫でてもらう感覚と嬉しさで笑い泣きの表情でザンデは応えた。
「ザンデ!」
「・・・そうか、ザンデか。」
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冒険者としての一から十をザンデはバラッシュから教わった。
冒険者の一行で生活していれば、そして男の子のザンデは当然のごとく剣士に憧れる。
ザンデに素質ありと判断したバラッシュは、やがて剣をザンデに教える事となる。
生まれて初めて剣を手にしたザンデにバラッシュは「名前も紋様もお前の一部だ、ちゃんと背負え」の言葉と共にザンデという名前の意味と身体の紋様の由来を教えた。
キリル村に居る時に薄々は感じ取っていた。が、面と向かって言われるとやはり衝撃は大きかった。
しかしそれを背負う覚悟が無い者に、剣を、他人の命を奪う道具を手にする資格はない。バラッシュの言わんとする事を理解したザンデは小さく頷いた。
それからザンデは自分の名前が嫌いになる。
だが、バラッシュは、彼の仲間達は、そんな事があったにもかかわらず生来明るくて快活な性格のザンデを、ありのままに歪ませることなく育てた。
皆から一人前と判断され、一人の力で何処まで出来るか試してみたいと思ったザンデは、一行の統率者であるバラッシュに相談した。バラッシュは笑ってザンデの背中を押した。
しばらく後にザンデは一人で放浪し、自分で仲間を見つける。
それから数年後、風の便りでバラッシュが病に冒されたと聞いたザンデは彼に会いにいく。
数日間滞在した時、「難儀な事だな、ザンデ」と言いながら、あの時と同じように、あの時よりずっと皺くしゃの手でぐりぐりとザンデの頭を撫でるバラッシュ。
自分が背負っているものが、自分自身にどれだけの苦痛をもたらすのかを、ザンデ以外に知っているのはバラッシュだけだ。頭を撫でられながら、ザンデは笑いながら泣いていた。
そして月日が経ち、ザンデは今、戦乙女シルメリアと対峙している。