「エインフェリア?俺はそんなのなりたかねえよ。」
「何故?」
「どうだっていいだろ。ほっといてくれよ。」
「ザン」
「俺の名前を呼ぶな!」
相手が呼ぶ名前に自分の声を被せる事で、名前を呼ぶなという意思表示をする。同時に魂が強く輝き、シルメリアの額飾りと顔に陰影をもたらした。
「・・・神様なら、知ってるんだろう?俺の名前の意味を。」
「古代語で『贄』を意味する。」
「もう、その名前で呼ばれたくないんだ、俺は!!」
切羽詰まった、追い詰められた者の叫びであった。
「だが、その名前も身体の紋様もお前の一部ではないのか?」
「バラッシュとおんなじ事言いやがるな、あんた。」
ザンデの言う「バラッシュ」が何者なのかシルメリアは知らない。が、彼にとって大切な人間だとう事を何となくではあるが、感じた。
「自分と同じ思いや経験をする人間をこれ以上増やしたくなかった。だから頑張ってきたのではないのか、ザンデ。」
ザンデが生来の姿をしていたら、その表情は苦り切っていたに違いない。誰にも触れられたくない場所に平気で手を突っ込むこの存在が、ザンデはうっとおしくて堪らなかった。
一時を沈黙が支配する。
「エインフェリアってのになっても、何も変わらない。なる意味が無いぜ。」
「そうか?なってみなければ分からない、と私は思う。」
二人を取巻く空気が不意に柔らかくなる。ザンデはふわふわと浮上して、シルメリアの白い鼻先へとやって来た。
「やっぱり派手なねーちゃんだな。」
「私よりもっと派手な『ねーちゃん』に会えるぞ。」
シルメリアの声がザンデに響く。
「何だ?ソレ。俺は別にねーちゃんが目的じゃねえしさ。」
「自分の名前を好きになる可能性もある。」
「無理だ。」
間髪を容れずにザンデは意思表示をする。
「試してみなければ分からない、そうではないか?ザンデ。」
それは生前に無理と言われた魔物を倒したり或いは封じる時、ザンデがよく口にした言葉だった。
ぐうっと詰まるザンデ。やがて彼は問いかける。
「・・・どうやって好きになるんだよ。」
ぶっきらぼうな言葉に。
「それは・・・」
ほんの少しだけ笑いを含んだ声が応えた。
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「ザンデ流、ジャスティスソーーーーード!!」
大音量の台詞と共に派手に剣を振り回す。説明する必要も無い。今日もザンデは絶好調だ。
あの後、シルメリアはザンデに「自分で自分の名前を呼べ」と言った。
聞いたザンデは「は?バカじゃねえの、神様のくせに」と正直に思った事を口にした。
随分な事を言われたシルメリアはくすくす笑いながら、くだらないと思うだろうが意外と効果があると言い、ザンデをエインフェリアとして選定、そして召喚した。
初めてそれを口にした日を、ザンデはよく覚えている。
襲ってきた魔物が、ザンデの外套を口から吐き出した酸で溶かした。
己を卑下してる訳ではないが、自分以外の存在に会う度に肌の紋様について聞かれる。それが煩くて仕方なかったザンデは外套を着ていたのだ。
外套がぶすぶすと煙を立てて熱と共にザンデの紋様をさらけ出す。
ザンデは外套の様子を眺めながら、自分の奥深い場所から湧き上がってくる感情を止める事が出来なかった。
魔物に対する憎悪と、さらけ出された紋様を見て又煩わしい思いをするのかという苛立ち、あの飢饉で生き残ってしまったという自己嫌悪や、自分を「生贄の子」に選んだキリル村の魔物と目の前の魔物が重なると同時にこみ上げる怒り。
様々な感情が一気に噴き上がり冷静さを失わせようとする。口を大きく開けて息を吸い込む事で荒れ狂う精神を押さえ込むザンデ。冒険者としての腕も確かであるという一端をうかがわせる。
バラッシュの教えの通りに剣を構え、だがザンデは動かない。
ザンデ、奴等とやり合う時は、喧嘩と同じだ————
いいか、先手を取り確実に鼻っ柱を叩け————
自分より相手が先に動いた時は負けを覚悟しろ————
目の前の魔物が動く。バラッシュの言葉も動く。
俺達はそうじゃない。相手が先に動く時は————
ザンデの双眸は敵の動きを逃さない。バラッシュの言葉を小さく口にする。
「先に動いているんじゃねえ。すでにこっちが先手を取っている。」
向こうに先手を取ったと思い込ませろ————
不意にザンデの頭を駆け抜けるもう一つの言葉を彼は無意識に口にした。
「自分で自分の名前を呼べばいい。」
神様のくせに、バカじゃねーの。
唇が小さく弧を描いた次の瞬間、ザンデの足が地面を蹴り、踏みにじられた青草が布切れに成り果てた外套と一緒に宙を舞う。魔物に向かって駆け出し、一気に距離を詰めたザンデは叫びながら大剣を鋭く振り抜き、魔物に斬りかかる。
「ザンデ流、ホーリー滅多斬りぃぃぃぃ!!」
叫びながら何度も何度も斬りつける。蒼剣グランスティングは敵の弱点や柔らかい関節部分を確実に捉えて、容赦なく斬る。
「蒼剣グランスティング」の名はその蒼く光る刀身に由来し、今まさに戦うザンデを冷たく映していた。
魔物が地面に崩れ落ちるまで、剣は動きを止めなかった。
ザンデは敵を倒した興奮と自分の名前を口にした高揚感で身体と感情がひどく高ぶっていた。
以前、自分で見つけた冒険仲間達とよく冗談半分で「必殺技をつけようぜ」と剣の稽古の時、お互い叫びながら剣を合わせたものだった。
不意に口をついて出た言葉は、昔の仲間達の名残りであったのか。
それから後、剣を振るう度にザンデは自分の名前を口にするようになった。
当然の事ながらザンデ以外にも多数のエインフェリア達がいる。
ディーンに「馬の尻尾つけるなよー」と髪を引っ張ったら睨まれた。
アドニスに「お前なんで焦げた鎧着けてんだあ?」と言ったら首を落とされそうになった。
ゼノンに「下痢か?顔色悪ィぞ!」と声をかけたらポイズンブロウをくらいそうになった。
リシェルに「ちゃんと服を着ろ」と説教したら「アンタにだけは言われたくない」と言われ、フローディアに「むしろそっちが服を着ろ」と逆に説教をくらった。
いつも元気に笑っているザンデ。彼の心に刻まれた、肌の紋様と同じで決して消える事のない傷を知っているのは今ではシルメリアのみとなってしまい、彼以外のエインフェリア達は知らない。
だが、ザンデはそれでいいのだ。それがいいのだ。
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「ザンデ流、ミラクルスラッシュ!」
決め台詞を叫ぶと敵を倒したザンデは、その場に立ったまま倒れた魔物が消失してゆくのを眺めていた。
他のエインフェリア達はすでにその場から離れて、シルメリア達と合流している。
その場にザンデだけが立ち尽くしていた。
赤く焼けた砂が描く風紋を見ているザンデの背中へ声を掛けるのは、彼を召喚した戦乙女だ。
「少しは名前が好きになったか?」
「いいや、全然。」
ぽつりと漏らした声は、相変わらず自分自身を誤魔化さない。
「砂はさ、風紋は模様が変わる。けど・・・・・」
俺の肌の紋様は、消えもしなければ変わりもしない。
続きを口にする代わりに、口を一文字に引き結ぶ。
背中に近づいた気配は彼の横へ並んだ。
ザンデは砂から視線を移動させて横に立つシルメリアへと向き直った。血の色をした夕焼けがシルメリアの全身を染め抜いていた。
「相変わらず派手なねーちゃんだな。」
「私は戦乙女だと言っただろう。」
笑いながら言葉を交わす二人の耳に、遠くから呼ぶ声が聞こえる。
「呼んでいるぞ。」
「あぁ、知ってるさ。」
それでもザンデの足は止まったままである。
「俺は今でも自分の名前は嫌いだ。でも・・・」
シルメリアは無言で言葉の続きを待っている。
「アイツ等に呼ばれるのは、少し好きだ。」
頭を少し下げて、照れくさそうに人差し指で鼻の下をなぞりながらザンデは言った。
俯いた頭が深くなり、シルメリアからザンデの表情が見えなくなる。剣の柄と拳を強く握る様子は何かを堪えているようであった。
そうか、と言いながら戦乙女は手を伸ばし、ザンデの頭をぐりぐりと撫でた。
俯いたザンデの顔から落ちた滴が、砂の上に染みを作る。
二人の姿を乾いた砂漠が見守る。
「行こうか、ザンデ。」
「よっしゃあ!」
乱暴に手の甲でごしごしと顔を拭き、顔を上げて笑うザンデはいつもザンデだ。
彼の頬を濡らし砂へと落ちた涙は、砂漠の乾いた空気が空へと昇華させた。
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俺は名前と身体の紋様の意味を知ってから、自分の名前が嫌いになった。
バラッシュ達に呼ばるのも、バラッシュ達から離れてから一緒になった冒険仲間達から呼ばれるのも、嫌で嫌でたまらなかった。
今でも俺はこの「ザンデ」という名前は嫌いだ。
でもさ、アイツ等に呼ばれるのは少し好きになったんだ。
不思議だ。あんなに嫌だったのに。
あの派手・・・おっと、戦乙女シルメリアの言った通り意外と効果があったんだな。
でも絶対まぐれだぜ。言わねえけどな!
俺の名はザンデ。
時が流れると同時に俺の中の苦いモノも少しずつ流れていくんだろうか。
未来の事はわからねえけど、そうなったらいいなと思う。