街道を行き交う人達。
様々な職業、色々な国、異なる性別。
人生のように綾を織りなす道を人間は歩む。
今日も、明日も、明後日も―――――
セルヴィアは手で額を押さえると俯く。小さく溜息を吐いた。
「予想外だ…」
目の前には数歩先を歩くクリスティ。彼女はパルティア現国王陛下の一人娘であり、セルヴィアを拾って育ててくれた女性の娘でもある。
数日前、セルヴィアの前に突然姿を現したクリスティ。驚きながらも何故ここにいるのかとクリスティに聞いたら、セルヴィアを追ってきたのだと、なんとも単純明快な答えが返ってきた。
エヘヘとバツが悪そうな微笑み付きで。
パルティア国から王家の娘をかどわかした、との理由で死罪を言い渡されても反論できない状況に、セルヴィアの気分はもう既に死刑囚だ。
おまけにクリスティは国王陛下の命を受けて接触してきた連絡者に対して「帰らない」と断言した。
そればかりか身分を保証する王家の紋章入りの指輪もその連絡者に渡してしまった。
指輪を王に返上するというのは、王家との縁切りを意味する。何があっても王家は一切関与しないし、問われたならばパルティア王家はクリスティとの関係を完全否定する。
セルヴィアの目の前が真っ暗になった。
最悪な事にそのような遣り取りが全てが終わって、「お待たせ~」の言葉の後にセルヴィアに事後報告したクリスティ。彼女は満面の笑みで「もう王家の姫じゃないからね!」などと抜かしてくれた。
日頃穏やかなセルヴィアが激昂したのも無理はないだろう。
今ならまだ間に合うと連絡者の気配を感じながら説得するセルヴィアに対し、クリスティは帰らないの一点張りで。
小一時間押し問答をした末に、状況を黙って見ていたディーンの「もうあきらめろ」の言葉と共にぽんっ、とセルヴィアの肩に置かれたごっつい手。
思わす吐いた盛大な溜息とは正反対の何とも言えない苦いものを、セルヴィアは意図して無理矢理に飲みこんだ。
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大切な女性の娘だから、大切にしたのだ。
決してそれだけでは言い表せないにしても。
あの人に拾われなければ、自分は生きてはいなかったとセルヴィアは思う。
あの人に対する思いが、恩義なのか思慕なのか尊敬なのか。それ以上の熱を伴う感情なのか。
未だに答えは見つからない。
答えを探すこと自体に徒労を覚え、宮廷内の微妙な空気も後押しをして、セルヴィアは育った国を後にした。
生まれを誹られ、身分にそぐわない恩恵だと謗られ、人知れずに泣いて歯を食いしばって耐えてきた。
誰かに助けを求める事すら許されない環境が、そうさせた。
いや違う。そうしなければならなかったのだ。
命を救われたせめてもの恩返しにと、唯一素質を見込まれた魔術の修行に励んだ。一人前の魔術師となってパルティアの為に役に立ちたいとの一心で。
魔術の指導者であるアルム師からは、亊ある毎にダメ出しを食らう毎日な上に一般的な魔術師からは随分とかけ離れた修行をさせられていた。
その事実に気付いた時には、修行を始めてからかなりの月日が経っていた。
修行内容の理由を思い切って質問したら、二つの竜眼でギロリと睨まれた。コワかった。
師は、自分の弟子ならば子供だろうが貴族であろうが「手加減」の三文字を遥か彼方に蹴とばす人だ。その師から返って来た答えはたったの一言。
「俺は耐えた」
全部がそうではないのだが、修行内容が「竜眼」を持つ人間に対してのやり方に準じているのだと知った。
時折、静かに窓辺に佇むアルム師を見るにつけ思ったものだ。
師は何を耐えているのか。何故耐えなければならなかったのか。
二つの竜眼を持つ人の心中を慮れる人がいるとするならば、それは国王陛下に他ならない。うっかり疑問を口にしてしまった時、苦笑しながらこぼした王妃様の言葉を思い出す。
その王妃様も、パルティアではない出自を理由に冷遇されてきた節があった。注意深く観察すればすぐにわかる。
姉である斬鉄姫の身の振り方を引き合いに、王妃も裏切るのではないかの声は、影に日向によく耳にしたものだ。
それを聞いた王妃様は、失くした腕の方の肩をゆっくりとさすりながら苦く笑って。
黙って立ち去る後姿は肯定も否定もしなかった。
何かにつけて思ったのは、村が襲われなければ、あの穏やかな日々が今も続いていただろうということだ。
拾われなければ、あのまま餓死なりなんなりしてとっくにこの世とはおさらばしていた。
こんなに酷い悪意に晒される環境で生活しなければならなくは、なかったのに。
人間の醜い部分をこれでもかと見せつけられ、何もできない無力さに打ちひしがれて。
何故、拾った?
何故、放っておかなかった?
王家の慈悲とやらが、俺に何をもたらした?
何に対してなのか。誰に対してなのか。いつ頃からそう考えるようになったのか。
昏くてドロリとした粘着質の感情が、いつから精神(こころ)の中に巣食っていたのか。
―――――じぶんのことなのに、じぶんでさえもわからない。
吐き出さなければ崖から身を投げ出すように真っ逆さまに落下して、この禍々しい感情に頭の先からつま先までどっぷりと浸かって、飲みこまれて、最後には沈んでしまう。
そういう意味では、魔術師としての修業はもってこいだった。
身の内で巣食うものを吐き出す行為を修行に置き換えた。修行は勿論だが、それはある種の代償行為でもあった。
魔術師としての修行や教育。それらが例えパルティアに縛り付けて利用する、その一点の為だけに、俺の片方の足に括りつけられた縄だとしても。
悪意で縒られた縄がある限り、逆さまに吊るされることはあっても落ちはしない。
俺は俺でいられる。
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「ハァ…」
もう一度溜息をついたセルヴィアの肩をごっつい手がぽんと叩く。
セルヴィアが弾かれた様に横を見れば、ディーンが穏やかに笑っていた。
「あきらめろ」
からかうように笑いながらディーンが言う。
「前にも聞いた」
憮然とした表情のセルヴィア。
「あきらめるまで、何度も言うさ」
ディーンは少し目を細めて続きを口にした。
「お前が、飲みこまれない為にもな」
セルヴィアの目が見開かれる。驚愕の表情が言葉の代りに問いかける。
知っていたのか、と―――――
セルヴィアの表情を受け止め返事をするかようにぽんぽんと軽く肩を叩いた後、ディーンはクリスティの名を呼びながらセルヴィアの先を歩く。
セルヴィアは立ち止まり、楽しそうに笑うディーンとクリスティを呆然と眺めていた。
二人と一人の間の距離が結構離れた時、セルヴィアの先を歩く二人が振り返る。
明るい笑顔でセルヴィアの名を呼びながら手を大きく振るクリスティ。
ごっつい手で小さく手招きをするディーンの笑顔は大丈夫だと言っている。
「参ったな…」
自分を繋ぎ止める縄は、禍だけではなかった。
眩しくて暖かな幸せも、確かにある。
二つが糾って縄となり片方の足に括りつけられ。
そういうことなのか。思うと同時になにかがセルヴィアの胸の中にすとんと落ちる。
離れた場所からの二人の視線を感じながら肩を竦めると、俯いてふぅと小さな息を吐く。
ゆっくりと微笑んで、静かに顔をあげて。
明るい日差しの中を足早に、少し先で立ち止まって待ってくれているディーンとクリスティの許へと。
街道を行き交う人の波を、時にぶつかりながら縫うようにして。
セルヴィアの足は真っ直ぐに進んだ。