細石   作:moon

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堕としもの

「堕ちるのなら、全てを道連れに。そう思う輩の後の絶たぬことよ」

くつり、と喉を鳴らしながら玉座のオーディンはミッドガルドに美酒が満ちた杯と嘲笑を向ける。

フレイは冷めた眼差しを同じくミッドガルドに向けていた。オーディンもフレイも、向けた先への侮蔑を隠そうとしない。

彼等は支配する者達だ。頂点に立つ者へ諫める言葉を言える存在などありはしない。

「一人で堕落する覚悟も気概もない存在ですから。人間に在りもしないそれを求めるものは無体というものです、オーディン様」

皮肉げに口元を歪めながら発したフレイの声が、オーディンの周りをユラユラと揺蕩う。

眼球をフレイに向けたオーディンが哂った。

「そういう愚かな連中を手助けする為に、隻眼の写本を始めとする落とし物をばら撒いてやっているのだ、フレイ」

 

だが、その落とし物をそのまま放置するのか拾うのかは、見出した人間の意志であり、どう利用するのかは手にした人間次第だ。

 

続くオーディンの低い声にのせた言葉に、オーディンを真っ直ぐ見つめるフレイが小さく頷く。

「種は手入れしなければ芽吹きませんから。水や光や養分を与えるのは人間ですもの」

種を面白半分に蒔いた神族。その神族の第二神が冷たい声で返事をする。

主神とその腹心は嘲笑を湛えたまま、視線と言葉を交錯させた。ひとときの後、視線は再びミッドガルドを映す鏡へと向かう。

 

 

 

 

「神の関与を拒むならば、この程度の騒乱は人間自ら収めて貰わねばな」

「にしても、時間がかかり過ぎるのでは?」

一瞬、疑問を浮かべた表情をしたオーディンをフレイは心の中で可愛いと思いながらクスリと微笑む。

「ああ、生まれて死ぬまでの時間が短い人間の物差しで測れば、確かにかかり過ぎている」

フレイは、賢いな。続く言葉にフレイは少し不満になる。

オーディンはフレイの不機嫌を察したのか、フレイをもっと側にと呼び寄せると杯を持たないもう一方の手を伸ばしフレイの顎を指先でくいと持ち上げた。

「私の傍に相応しい」

オーディンの少し掠れた甘い囁きが、フレイの脳髄を浸蝕し彼女の自尊心を満たして溢れさせる。

人間の側になど、絶対に立たない。思考、行動の全てがヴァルハラを基準にしてくださる、わが主神。フレイの痺れるような甘美な思いがオーディンが触れた指先から全身へとじわりと滲む。

 

「自ら決着をつける事すらできぬ人間は、我々が敢えて落としたものを利用する資格などない」

手を伸ばして杯を離すオーディン。酒と割れた硝子が人間の抗議のように音を立てた。

フレイは自分の足元に飛んでくる硝子の破片と酒など存在しないかの様に無視をして、オーディンだけを見ていた。

「及第点ですか?」

フレイが艶やかな声が問う。

「フレイはどう思う?」

 

―――――疑問には疑問で。

 

オーディンの満足そうな声と指先がフレイを引き寄せ、抗わないフレイはそのままオーディンへと吸い寄せられる

 

―――――唇には唇で応える。

 

絡み合う視線はそのままに、オーディンとフレイは唇を重ねた。

 

 

 

玉座を立ったオーディンは砕けた杯と零れた酒を避けようともせずに、容赦なく踏みつけて去る。フレイはオーディンが踏みつけたものに一瞥も与えずに躊躇うことなく後に続いた。

 

 

 

僅かばかりの憐憫と呼ばれるものを、多大な侮蔑と間断なき冷笑と共に神の慈悲とやらでくるみ込む。

神の慈悲はミッドガルドへの落とし物。ミッドガルドを、手にした人を堕としもの。堕とすもの。

 

―――――そんな思惑などわれ関せずと言わんばかりに、今この時も世界は廻る。

 

 

 

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