刹那の掌握、永遠の蹂躙
「で、褒美に『ナイト・オブ・サン』を自分の配下に欲しいと?」
「名誉を手にしたかったのか。浅はかな奴よ」
「もっと要職を欲しがると思うたが、存外に欲のない」
「要職を欲したら、貴公の事だ。全力で排除に動いたのではないかな?」
「ハハ、人聞きの悪い事をおっしゃいますなあ」
「あれならゼノンに与えても問題無いでしょう」
「まあ、『ナイト・オブ・サン』は、今や形骸化しておりますからね」
「元は建国の英雄達の騎士団であったのですがね。年月とやらは残酷ですよ」
「それでも十分歴史ある名誉な騎士団ですぞ?」
「そうそう。どこの馬の骨とも知れぬ、あの魔術師には…」
「勿体ないくいらいですな。皆様」
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ゼノンは自室でソファーに座っている。
指を組んだ両手を膝の上に置いて、フードを被ったままぼんやりと昏い両眼で窓を見ていた。
ゼノンが眺める窓の外は夜の帳が下りて、細い弓なりの月が上ろうとしていた。
少し開けた窓から、肌寒い空気が侵入して燭台の炎をちろちろと揺らめかせる。
暫くそうやって窓からの風景を眺めていたが、徐に立ち上がると部屋の中央に置いてあるテーブルに向かう。
一歩、また一歩と足を進める毎にゼノンの口角が少しづつ持ち上がる。
テーブルにはクロスが掛けられ、すっかり冷えてしまった紅茶と茶器がゼノンを出迎えた。
ゼノンは薄く笑みを刷いたまま何の感慨も無くそれらを見やっていたのだが、項垂れると同時にテーブルに両手を付いた。
頭は下げたまま少し曲げていた肘を徐々に伸ばすと、フードの端から金褐色の前髪が零れる。と同時に肩が小刻みに震えだした。
「阿呆どもが…!」
感情を押し殺した声が部屋に響いた。
両眼の底にある淀んだ狂気はテーブルの上に広がる自身の手を捉えていた。
ゼノンは笑みの形をした口から声を出す。
「俺が何故『ナイト・オブ・サン』を欲したか、後で気付いても遅いぞ」
形骸化しているからこそ、『ナイト・オブ・サン』が欲しかった。
逆に言えば、諸侯にとって大して価値がないから俺が手にする可能性が大きかった。
形式上は王の麾下ではあるが、実質は俺が握る。いや違う、握れる可能性がある唯一の組織だったから目を付けていた。喉から手が出る程、欲しくて欲しくてたまらなかった。
だから何か褒美を取らすと王から沙汰があった時、俺は迷わず望みを口にした。
『ナイト・オブ・サン』が欲しいと。
そして、ようやく手にすることが出来た。
俯いていた頭を上げると、嗤うゼノンの顔に燭台の光が陰影を塗り込める。
「形骸化して久しい閑職の将軍職に、実力者を配せばどうなるかな?」
上機嫌で言葉を続けた。
「しかも王のお墨付きだ。異論を差し挟めば、それは王に対して意見する事にはならないか?どうなのだ、阿呆ども」
権限は、俺にあるのだぞ?
ゼノンは知らずに両手でテーブルクロスを千切れんばかりに握りしめていた。
がちゃがちゃと茶器が煩く騒ぎ出す。
まるで阿呆どもの抗議の声だ―――――
さっきまで上機嫌だったゼノンの表情が猛烈な勢いで不機嫌へと振れる。視線を再び両手へと戻したゼノンは、握ったテーブルクロスを一気に自分の後ろに引いた。
茶器が断末魔の叫びと冷めた紅茶を床の上にまき散らす。
「クッ…!」
テーブルクロスが手から離れる。
堪え切れなくなった感情が野心と共にゼノンの全身を駆け巡った。
「フハハハハハハハ!」
指を広げて両肘をゆるく曲げ、背を仰け反らせながら全身を震わせてゼノンは笑った。
被っていたフードが背に落ちて、金褐色の髪が哄笑と共に揺れる。
床に落ちて粉々になった茶器に嘲笑が容赦なく降り注ぐ。
細い月は、双眸に歓喜と狂気を宿したゼノンから、無言で視線を逸らした。
適当な組織を与えれば俺が満足すると、俺を飼い殺しに出来ると思っているんだろう?
そうだな、だったら精々飼い殺されてやるとしよう。
嘗ての栄光だけしか残っていない組織に、実力者を揃えればどうなる?実力に伴った実績と名声を積み上げればどうなる?
全くもって面白い。
俺の手の上で踊らされているとも知らずに。
「もっとも教えてやる慈悲とやらは、これっぽっちも持ち合わせてはいないがな」
くつり、と喉を鳴らしながらゼノンは無抵抗の茶器の欠片を、愉しそうに踏みつぶした。