細石   作:moon

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軋む歯車の歌声

「貴女は、もう斬鉄姫ではないのです。黒光将軍なのですから」

妙に優しく言った後にゼノンの顔に現れた三日月が、窓辺に立つ相手を嘲笑する。

セレスは無言のままで窓の外を見ている。

背後からかけられた言葉に対して何も反応せす、無表情で外の景色を眺めていた。

 

 

 

この部屋に存在する己以外の人間の背中を、昏い瞳でゼノンは値踏みしていた。

ロゼッタ様式の女性の衣装を着た、というか着せられたセレスは、他の貴婦人みたいにコルセットなどで身体を絞めつけていない。

その所為で「細い」という印象はあまりしない。

しかし、剣を握る為に戦う為に人を殺める為に極限まで絞った体は、無駄な肉など一切ない。鍛えられた肉体美がそこにあった。

身分ある女性としてのセレスは、その身体と同じく色々な意味で規格外なのだ。従って着飾ることを目的とした衣装などは、彼女が持つ体とは正反対に位置するものなので、似合う筈もないのだが。

派手さは無く、どちらかといえば抑え気味ではあるが、繊細なレースを惜しみなく使った瀟洒でしかも高価な衣装。それを生まれもった品と育ちの良さで難なく着こなすセレスは、美しく装った彼女を見る者に違和感というものを抱かせなかった。

惜しむらくは男の様に切った短い血の色をした髪か、とゼノンは思った。

 

これっぽっちの血では、足りない。

もっともっと血を流してもらわなければ。全然足りない。

噛みしめるように、踏み散らすように、ゼノンは進む。

 

 

 

こつ、こつ、こつ、と踵を鳴らして窓辺に近づく。

「無視ですか」

「それとも聞こえないフリですか?」

「大人の態度ではないですね」

「クソガキと何ら変わらない」

ゼノンの靴音は雄弁だ。

 

無言であると同時に饒舌なこの国ロゼッタの宮廷魔術師とは対照的に、セレスはあくまで微動だにしない。

ほんの僅かな距離を置いてゼノンは歩を止めると、右手を腰に当て左手をセレスの左肩にのせる。にい、と上がる口角が哂いを一層深めた。

そうして耳元でささやく。

「ゆめゆめお忘れなきように」

―――――黒光将軍様。

 

不愉快な、と言わんばかりにセレスの眉が寄り、彼女は感情を顕わにした。

生憎、今吹き込まれた程度の毒など、とうの昔に祖国ディパンで嫌と言う程浴びた。

だからかすり傷程度にもならない。

それよりも、此方の事情を把握していると言わんばかりに昏く嗤うゼノンのしたり顔の方が。

「不愉快だ」

声と同時にセレスは右手で肩にあるゼノンの手を音を立てて払う。

おっと、という表情を作ったゼノンは払われた左手わざとらしくさすった。

目の前の嘗ての斬鉄姫に対して蔑む哂いが止まらない。

 

 

 

悲しそうな表情でもすれば、俺の言葉に動揺でもすれば、少しは可愛げがあるものを。

そんな小芝居すらしようとする気も無い、自尊心。

癇に障るからそのくだらない気位をへし折って、踏みにじって完膚なきまでに叩き潰せば、泣き喚く?無様に許しを請う?

絶対にしないでしょうね、「斬鉄姫」は。

思考と共にゼノンはセレスの後姿を眺めていたのだが、繊細なレースが覆う首をこの手で絞めたいと思った。

哂いを顔に貼り付けたまますこし頭を傾げながら、湧き上がった欲望に逆らう気など全く無いゼノンは、ゆっくりと両手を上げる。

 

眼前の背中が不意に動く。

「貴様の両手を切り落としてやろうか?」

振り向きざまに放ったセレスの冷たい声と緑青の双眸が、ゼノンを刺した。

腰のあたりで広げた両手はそのままに、困ったものだと言いたげな表情を作りながら、ため息と共に首を左右に振る。

「上官に対して、結構な暴言ですね」

ゼノンが突きつけたのは紛れもない現実だ。セレスはさして興味なさそうに言う。

「上官?飼い主の間違いだろう」

言い終えると、さっさと扉の方へと歩き出した。

 

セレスはすれ違いざまに歩を止めると、捨て台詞を吐く。

「飼い主だから、首ではなく手で我慢してやった」

言い終えるやいなや、物騒な言葉とは正反対の優雅な裾捌きでこの部屋を後にした。

扉が閉まる音がセレスの代りに部屋に残る。

ゼノンは去った人が見ていたのと同じ景色を眺めながら、満足そうにふうっと息を吐いた。

 

 

 

ああ、だから斬鉄姫は『黒光』なのだ。

狂犬は、放し飼いにしておいて、真っ先に敵の喉元に食らいつかせなければ。

それが狂犬の役割であり存在意義だ。

飼いならすなんて、とんでもない。

餌だけ投げ与えておけばいいのだ。

「俺もね、飼い犬ですよ。ロゼッタという国のね」

飼う立場であった王族の貴女が、一介の宮廷魔術師に飼われる。これが笑わずにいられようか。

 

「そうそう、手を噛まれないようにしないとね。確実に食いちぎられる」

狂犬如きに与える手など、指一本たりとも持ってはいない。

そういえばあの男も狂犬だった。奴の後釜にぴったりの人材を手に入れた。

それが黒光将軍の首を刎ねた、敵対陣営に所属していた人物とはね。

「アハハハハハ!!」

ゼノンの高笑いが、斬鉄姫の去った部屋に充満する。

 

 

何処かで歯車の歯が欠け落ちた音がした。

音を耳にした人間は、ここ―――――にはいない。

隻眼の眼差しだけが欠け落ちた音を凝視していた。

満足そうにたった一つの目を、うっそりと細める。

 

 

 

時は、歯車は、終焉に向かって動く。

止まる事を忘却の彼方へ追いやり、軋んだ歯車は歌いながらただひたすらに回り続ける。

 

 

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