二重奏
「やっほー、姉さん」
上げた手をブンブン振るフィレス。彼女の視線の先には姉がいた。姉の傍へと小走りに駆け寄るフィレスの髪が揺れた。
セレスは自分の目の前でにこにこ笑うフィレスを見る。その表情は懐かしいが半分、呆れたのが半分といったところであろうか。小柄な妹を眩しそうに眺めた。
「恨み言の一つもないの?相変わらずね」
やれやれといった様子でセレスが零した言葉はどこかお小言めいていて。久しぶりに聞く姉の声は、彼方へと去ってしまった過去のあれこれをフィレスに思い出させるには十分だった。
フィレスは姉の正面に立つと真っ直ぐに姉を見た。フィレスの強い視線を正面から堂々と受け止めて尚も揺るがない姉セレスがそこにいた。フィレスは満足げにふふっと微笑む。
「そりゃぁ多少は不便だったけど今有るし。おかげで若い姿で復活できたしね」
だから気にするな。妹の明るい声に潜む言葉は姉に届いただろうか。
じっと見つめ合うセレスとフィレスの二人。姉妹であり戦友であり敵であり、そして味方となった。
セレスの緑青の瞳がフィレスの腕をじっと見つめる。剣を握るせいで女性らしからぬ硬い掌がゆっくりとフィレスの腕を掴んだ。それは、昔セレスが切り落とした腕。
セレスの長いまつ毛が影を落とすのを、無言でフィレスは見ていた。
「私は奪ったけれど、貴女の手をずっとシフェル殿下は握っていてくれたのね」
安堵の息と穏やかな声。姉の手の感触が妹をやんわりと包み込んだ。
嬉しさがフィレスの全身に広がる。同時に切なさも。セレスがフィレスに与える光と影の様な幾多の感情の全てに懐かしさが伴う。
ねえねえ、シフェル。今の姉さんの声を聞いた?言葉が届いた?姉さんはちゃんとわかっていてくれたのよ。
「姉さん、大好き!」
溢れそうな涙を見せたくなくて。でも大好きな姉にはちゃんと知って欲しくて。
だからフィレスは背を伸ばしてセレスに抱き付いた。ぎゅうぎゅうと腕に力をこめる。
セレスは泣かない。だからセレスの頬を濡らすのはフィレスの涙なのだけれど、その涙は同時にセレスの涙なのかもしれない。
ちゃんと代りに泣いているんだからね、と激しく自己主張するフィレスの背中をぽんぽんと叩きながらセレスはほわりと微笑んだ。
「ありがとう、フィレス」
柔らかくなった空気をフィレスは感じた。姉がどんな表情をしているのかなんて、妹は百も承知だ。
同じようにセレスにしてみればフィレスの震える心と声はお見通しなのだが、往生際の悪い妹はそれらを隠す様に自慢げに何時もの通りに返事をする。
「なら、もっと褒めてよ」
くすくすと小さく笑うふたつの声が重なった。