細石   作:moon

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豪奢なる畏怖と共に

大陸歴572年に勃発したカミール丘陵での戦い。

海洋国家であるディパンは、通称カミール丘陵の大戦において陸戦に明るくないという理由で補給の一部と輸送を担った。ディパン軍を率いるのはディパン王家の姫、セレス。

セレスは当時17歳で、これが初陣であった。

 

 

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身を隠す場所がない丘陵で物資を届ける。簡単なようでとても難しい任務だというのはすぐに理解できた。味方だけではない、敵にも存在が丸見えとなるからだ。しかしセレスは後方支援という任務内容に明確な不満を覚えた。これはまぎれもない事実である。

不満が表情に出ていたのだろう。セレスの母の父、すなわち祖父に当たるクロムレア公がセレスの顔を見て口角を持ち上げる。

「不満か?」

「…今の私には過分過ぎる程の任務です」

後方であれば、余程の事がない限り任務の成功率が高いのですから。言い終えたセレスは俯いてテーブルの上で組んだ両手をじっと見つめる。自分の指先が嫌という程に白くなっているのがみえた。

王家の姫といえど、軍属となったからには命令は絶対である。その命令に不満を持つなどは論外であり、例え承知できなくても当然従わなければらない。

そんなセレスの内心を見透かすようにクロムレア公が言った。

「逆だ、姫」

祖父の面白がる声色と自分に対するいつもの呼び方に、セレスは弾かれたように顔を上げた。

「おじいさま?」

幼い頃から変わらない呼び方にクロムレア公の表情が緩む。

 

「補給部隊を率いる者が王家の姫とはいえ、各国の軍からしてみれば無名の指揮官だ。しかも初陣とくれば補給を蔑ろにしている、と敵は思うであろうなあ」

「確かに、私自身が敵の立場であればこんないわば雑魚に補給の守りを任せるのか、と思う反面、随分と舐められたものだなと思ます」

セレスの言葉にクロムレア公は満足そうに頷く。

他国の軍にしてみれば、ディパン王家の一員としてセレスの名を知っていても、軍属としてのセレスを知りはしない。全くの無名だ。しかも軍属には珍しい女性がしかも指揮での参戦である。まともに取り合わないであろうことが簡単に予想できる。

正確な力量を探ろうとはせずに身分や性別をあげつらい、王家の酔狂だとか、個人の箔付けにこの務めを利用するのだと揶揄されることだろう。要はいち軍人とは認めていないということだ。

王族が女が補給物資を守れるとでも思っているのか、俺たちから守れる気でいるのか、だとしたら随分と舐められたものだ。セレスの言及しているのはそこだ。

セレスとて補給の重要性は十分に認識している。どんな内容であろうと任務を遂行するからには失敗は許されなという事も理解している。現王家の一員として危険な場所すなわち前線にはどうあっても出せないという事情も兄アレスから説明を受けた。

守る立場である自分が実は守られているという現実と、前線で思い切り剣を振るって戦いたいとの思いがセレスに不満をもたらしている。

「よいかな、姫」

笑顔はそのままで、クロムレア公の視線は鋭さを増した。重要なことを言う時、祖父はいつもこの言葉で前置きをする。だからセレスは姿勢をぐっと伸ばした。

 

「幸いなことに姫はこれが初陣だ。という事はディパン以外の国、特に敵は此方の情報を一切知りはしない。さっき姫が言ったような勘違いを勝手にしている敵からしてみれば、こんなに襲いやすい補給部隊はないとは思わぬか?」

緑青の双眸は冷たく光らせ、一言一句を聞き逃さまいと五感を総動員させている孫を見てクロムレア公はニヤリと笑った。

「だから襲撃はあるとわしは見る」

ハッとした顔でセレスはクロムレア公を見、そしてすぐさま表情を改めた。

「敵がまず狙うのは?」

「指揮官です、おじいさま」

笑みの形を作ったセレスの口からでた声は、どこかしら楽し気で。

「そうだ、頭を潰しにかかる」

しかも姫は王族だから、生け捕りにしても利用価値がある。続いた言葉にセレスは思い至らなかった自分の立場というものを改めて思い知らされた。表情を引き締める。

「だから―――――」

何とも物騒な会話は、夕刻から夜へと向かう空の色のように深まる。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

「敵襲」との伝令の大声に対して指示を出しながら、セレスは今回の命令を受けた後にクロムレア公との面会での会話を思い出していた。

おじいさまの言ったとおりになった。

年長者の言う事は聞いておけ、と言われ襲撃を想定してここまできた。備えて準備をし、その上で襲撃がなければむしろ幸いだと、考えを改めた。

案の定、敵はやって来た。己に向かってくる矢を剣で切り落としながらセレスの号令が響く。

「荷駄を守れ!」

口が酸っぱくなる程言われた敵は本当に襲い掛かってきた。半ば疑っていたディパン兵はそれでも襲撃に対して打ち合わせをしていたせいもあって号令に対して即座に反応した。

後方支援だから、特に警戒もせず鷹揚に構えているだろうと思っていた敵兵は慌てた。簡単に武器食糧を奪えると思っていたのに、手酷い反撃を、しかも即座に受けて浮足立ったところに一撃をくらってしまう。しかし敵もさるもので体勢を立て直しつつ、当初の予定通りに指揮官を狙って数名が襲い掛かった。

 

セレスは自分へと向かってくる敵兵と、地面に倒れ血に染まって動かない人間を視界にとらえた。

恐怖や罪悪感、嫌悪感といった感情が心の底からわきあがる。胃が逆流しそうになった。だが戦いへの高揚感と任務遂行という義務、一人でも多くの味方の命を守る責務で、自分の感傷や感情など後回しとばかりに固く蓋をした。

「でやあああーーーーー」

大声を出して剣を上段から振り下ろす敵兵を冷静に捉えることが出来た。

だから、私は、大丈夫―――――

 

「私に刃向う人間は」

構えた剣の重さ、感触はいつもの通り。だから私もいつもの様に剣を振るうだけなの。

 

「その鉄ごと……斬る!!」

下段から振り上げたセレスの剣は相手の脇から肩と鉄の防具を通り抜け、空中で一瞬だけ静止する。

 

ざんてつの、とき。

 

「うぎゃあああああーーーーー」

剣を持った腕を地面に落され敵兵は、血飛沫と絶叫をまき散らしながら地面をのたうち回る。

ディパンの指揮官は王族で女だから護衛さえ突破できれば簡単に討取れるだろうと踏んでいた敵は、返り討ちに会うという予想外の出来事に完全に虚を突かれた形となった。敵だけではない。ディパン兵士でさえ、セレスの剣技を目の当たりにした者の動きが止まってしまった。戦場の微妙な空気の変化を察知したセレスはすぐさま一喝した。

「この無礼な連中を蹴散らせ!!」

 

おじいさまの言う通りね。あの時のクロムレア公の言葉を、セレスは今度は自分自身の言葉として声に出した。

「ここが前線だと、肝に命じろ!!」

 

 

 

戦況が有利になったのを確認した後、部下に促されて安全地帯へと向かう為に視界を巡らせた緑青の双眸は、地面で自分の髪と同じ色の血を流す切り離された片腕を捉えた。

セレスの唇が、それはそれは美しい弧を描く。

鋭利でありながら豪奢な笑みを浮かべたセレスは、地面に落ちていた片腕を未だもがき苦しむ持ち主へと蹴って返した。

 

「忘れ物だ」

 

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