シルメリアがオーディンの一閃を跳ね返した次の瞬間、
王呼の秘法がシルメリアを包んだ。
不死者王を封じる事より、戦乙女の利用価値を選んだ
と思わせる為に。
だが不安定な力場で発動すれば、転生先が安定しない。
術の対象者である戦乙女も、危険に晒される。
シルメリアが魂と精神の乖離が始まる前に
エインフェリアの解放を行う。
竜玉の転送を終えたブラムスは、
シルメリアを取り囲む輪に両手を当てた。
昔、自らに施した同じ王呼の秘法で輪の中に滑り込む。
ブラムスの進入で出来た僅かな隙を
エインフェリア達の輝きが通る。
王の輪から逃れ、輪廻の輪を目指す為に。
力場が安定していれば突破に時間がかかるが、
目の前のそれは、違う。不安定な力場に立つ輪は、脆い。
王の輪は、対象者以外の侵入で歪み、軋んだ。
「私はいずれ引き裂かれると言わなかったか?」
精神体の脇を持ち上げ、魂からそっと離しながらブラムスは問う。
同時に、魂が神界へと還る。王の呼び声に応えて。
王呼の秘法。戦乙女にとって、それはオーディンによる支配の象徴か。
「仕方あるまい。」シルメリアが言葉と体を返す。
鋭い爪を持つ手がシルメリアの細い腰に伸びる。
シルメリアは、ブラムスの首に、腕を絡めた。
もう一方の掌で、シルメリアの頭を頬に引き寄せる。
ブラムスは運命の女神を両腕に抱いた。
「私が言ったことを覚えているか?」
「奪うと言ったな、ブラムス。」
「シルメリア、お前がお前で無くなる前に。」
シルメリアの精神体が
微笑みながらブラムスの顔を両手で包み、額を重ねる。
「美しいな、不死者王の瞳は。」
「今頃気付いたのか?遅すぎる。」
くすくす笑いながら、金色に輝く女神はすまないな、と言った。
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運命は容赦なく時を刻む。
シルメリアの笑みがゆっくり消えていった。
「私を代わりと為せ。」透明な声がブラムスの耳に響いた。
「知っている。」幾星霜の闇を重ねた、低い声が応える。
シルメリアは、両手をそっと離した。
優しくブラムスの頭を腕に抱え込み、
残酷な決意が落ちた耳朶に、甘く囁く。
「私の事を理解してくれるのは、ブラムスだけでいい。」
「今更。解りきった事を言う。」
ブラムスの腕に力がこもった。
王呼の輪が、崩れる。
二人の一瞬で、永遠の時の様に。
ブラムスの背後の空間が波紋のように歪んだ。
時が至る。
シルメリアは手をブラムスの肩に滑らせ、優しく告げた。
「愛している。」
「私もだ。」
二人の最後の会話。
この短い言葉を交わすまでに、どのくらいの時が必要だったのか。
運命の女神は、綻ぶように笑うと
するり、とブラムスの腕をすり抜けた。
不死者王の脇を鮮やかに駆け抜ける。
ブラムスは瞼を閉じた。
シルメリアの決意を阻む権利など、誰にも無い。
歪んだ空間から現れたフレイが、封印の呪を放つ。
不死者王の背より前に現れた対象者に、
呪は速やかに、静かに、纏わりつく。
振り向いたブラムスが見たのは、
冷たい結晶の中で微動だにしないシルメリアだった。
不死者王が地面を撃つ。
焔と衝撃が怒り狂いながらフレイに向かって襲いかかる。
ブラムスは結晶に歩み寄り、呟いた。
「奪うぞ。」
防御の最中、フレイが見たのは、暗い焔が渦を巻き、
不死者王と結晶を飲み込み、消えていく光景だった。
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ブラムスは結晶と共に帰還した。
城は主の帰還を歓び、風と共に低い唸りを上げる。
主は城の最深部、闇より暗い玉座の間で、冷たい輝きを放つ結晶を見つめる。
オーディンは不死者王を封じ、ドラゴンオーブを手にする。
シルメリアは、オーディンの意図を知った。
その底にある暗い思惑も。
歪んだ復讐を諦めない限り、ドラゴンオーブを狙い続ける。
不死者王の眼と同じ色をした竜玉を手にする事自体が
復讐そのものかも知れない。
だから、フレイが現れ、ブラムスに封印を施そうとするのは、判っていた。
シルメリアは、不死者王を庇い、自らを封印させた。
もしドラゴンオーブが奪われた時、自分自身をオーブの代わりとするために。
「私を代わりと為せ。」シルメリアがブラムスに告げた決意はそれを意味する。
神といえど、精神体ではそんな事は出来ない。
封印の結晶と、それが在る場所がブラムス城であれば、不可能が可能となる。
人間界に於いて此処は、様々な力が渦巻く唯一の場所だからだ。
人の一生の様に激しく駆け抜ける地脈、気脈、果ては海流までもが島を取り巻き、
怒涛の如く集い、ぶつかり、新たなエネルギーを生み出しながら荒い力場を成している。
闇を統べる王の城は、
昼は姿を見せず、夜にのみミッドガルドに現れる。
膨大なエネルギーを消費する為に。
人間界に生きるあらゆる存在が活発に活動する昼よりも
大多数が眠りにつく夜の方が、
ミッドガルド自体の波動はおとなしいから城の固定が容易い。
行き場を失ったエネルギーは、ブラムス城によって制御されているのだ。
そのおこぼれに与ろうと、夜の城に不死者達が集う。
複数の力が入り混じる場所故、人間界の変化にも、過敏に反応する。
シルメリアは、自らを制御体、封じさせた神界の結晶を伝導体とし、
乱雑に渦巻く力をあるべき方向へと導く。
長くは持たないだろうが、ある程度人間界を支える事は出来る。
誰が、猛り渦巻くエネルギーを結晶まで誘導する?
そこまでの力を持つ者は、城の主しかいない。
そして限界の時、シルメリアの精神は、結晶と共に砕け散る。
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オーディンはシルメリアの意図にいずれ気付く。
だが、敢えて奪還しようとはしないだろう。
自分の思惑を現実にさせる為の安全策は、いくらあっても邪魔にはならないからだ。
逆らった戦乙女を手元に置く必要もない。替わりはあと二人いる。
「お前はオーディンの思惑を逆手にとった。」
重厚な声が、結晶を包み込む。
シルメリアがブラムスと共に在る。
それは、ドラゴンオーブの代わりを必要としている、という事だ。
「ヴァルハラを統べる王は、自身の屈辱を受け入れる度量があるのか?」
運命の女神は鋭く問いを投げる。
シルメリアは、オーディンを試しているのだ。
自分が試されたように。
同時に、警告を発している。「ブラムスに手を出すな」と。
もし事が起これば、シルメリアにオーブの代わりをさせることが出来るのは、
四界の中で唯一人、ブラムスしかいない。
夜を従える孤城。最深部に座する不死者王。静謐で重厚な闇。
闇に抱かれ、冷たい光を放つ、脆く、儚く、美しい結晶。
それは不死者王ブラムスの守護を受け、同時に守護する運命の女神。
ブラムスは無言で結晶の横を抜ける。
玉座に座り、足を組むと、頬杖をついた。
紅い両眼を瞼が覆う。
結晶は、ふわりと浮き上がり、豪奢な天井を目指した。
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「美しいな、不死者王の瞳は。」
シルメリアがそう言った真紅の双眸は、
凝った闇の中で、紅い印を刻む。
FROM 「MIDGARD」 TO 「VALKYRIE PROFILE」