庭園水晶   作:moon

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深淵

ラグナロクの衝撃が城を襲う。

終末は暴れ狂いながらミッドガルドを、アスガルドを、飲み込んだ。

「間もなく全てが終わる。」

玉座の前に立つ不死者王の身体からその双眸と同じ真紅の気と波動が絶え間なく立ち昇る。

上から下へ、下から上へ、右から左へ、左から右へ。

 

城外はラグナロクが荒れ狂い、いつ終わるとも知れぬ崩壊の嵐が吹き荒れる。

間断無き破壊のうねりの中、断末魔の叫び声と共に最大級の衝撃が城に喰らい付いた。

夜の孤城は呻きながら激しく揺れ、軋む。

その衝撃は城内を走り、玉座の間へと疾走する。

ブラムスが立つその床が大きく揺れた瞬間。

 

運命が動く。

 

金色の精神は結晶から零れた。

真紅の視界に一瞬仰け反った後、俯きながら倒れる精神が飛び込んでくる。

不死者王は強大な腕で、獰猛な手で、脆く儚い精神を抱いた。

その体の足首から下は、結晶が捕らえて離さない。

シルメリアはブラムスの胸で静かに顔を上げ、ゆっくりと瞼が開く。

緑の瞳は真紅を認め、閉じた唇はゆるやかに開き、言葉を紡ぐ。

「・・ひ・・・と・・み・・・・」

シルメリアの声の続きをブラムスの口が塞ぐ。

犬歯を持つ口から這い出たその舌はもう一つの舌へ狂暴に絡みつき、シルメリアから言葉を奪った。

 

不死者王と戦乙女が玉座の間で過ごした長い長い時間の中で

この邂逅は瞬き程の長さも無い。

だが二人の一瞬で永遠の時は今この時、確かに存在する。

ラグナロクの崩壊の様な激しい一瞬。

玉座の間と結晶の如く、静かな永遠。

真紅の色をした静かな激情がシルメリアを支配し、金色の精神はブラムスに全てを預けた。

 

このまま結晶から出てしまえば、転生すべき魂の無いお前の精神は消失する。

ぎりぎりまで竜玉の代わりをした精神は、磨耗している。

私の波動は磨耗の進行を早める。

想いと共にブラムスは静かに瞼を起こす。

真紅の視界に緑を覆う瞼と仄かに光る姿を確かめながら右手で長い髪をゆっくりとかき上げた。

そして静かに重なった唇を離し、額を合わせる。

「戻れ、シルメリア。」

言葉の終わりと同時に二つの額は離れた。

答える様にシルメリアの瞳が現れ、静かにブラムスを見つめる。

金色に光るその顔は綻ぶように笑った。

 

結晶は静かにシルメリアの精神を引き寄せる。

それに呼応するように、瞼が緑の瞳を徐々に覆いだす。

「・・ブラ・・ム・・・ス・・・・」

シルメリアの右手はブラムスの腕へと伸び、触れた。

今度は言葉を奪われる事無く、続きを囁く。

遠い昔、遥か彼方へ過ぎ去ったあの時と変わらない言葉が今この時、舞い戻る。

「愛・・し・・て・・る・・・・・」

白い羽毛の様な柔らかい声と共に、その昔、剣を持った戦乙女の右手は不死者王の左腕を滑る。

腕から手へ、鋭い鉤爪を持つ指へと。

シルメリアはかつて愛した、今も愛する、これからも愛し続ける存在を確かめる。

不死者王は応える。

少しでも長い時を与える為に、その左腕は戦乙女へと伸び右手は金色の髪を愛撫する。

ブラムスはかつて愛した、今も愛する、これからも愛し続ける存在に触れる。

「私もだ、シルメリア。」

幾星霜を重ねた声は告げる。

結晶はシルメリアの頭部を引き寄せ、顔を覆った。

最後まで伸びていた戦乙女の右手が結晶に収まり、不死者王の鉤爪は硬質な音を響かせた。

 

ラグナロクは終焉へと加速する。

世界中が停滞から変化へと向かう中、ブラムス城だけは何も変わらない。

 

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戦乙女を使役したオーディンは既に存在してはいない。

浅葱の戦乙女、レナスは創造主となった。

漆黒の戦乙女、アーリィはおそらく消失するであろう。

そして蒼穹の戦乙女、シルメリアは私の元に留まる。

お前はあの時、私に全てを委ねた。

未来は常に流れ、変化し、確定してはいない。

シルメリア、転生という理が可能となる魂が今から訪れる約束の地に存在するか否かは不確定なのだ。

創造主の半身を手中にしている、と言えばそれまでだ。

だが私は、私の横に座する者としてお前を据えた。

その意味を誰が知る?

 

ブラムスは玉座に戻ると足を組んだ。

「では行こうか、漆黒の闇の淵へ。」

言いながら肘を付き僅かに頭を結晶へと傾けた。

そして笑いの形をした口から犬歯と言葉が現われる。

 

「なあ、シルメリアよ。」

 

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