庭園水晶   作:moon

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兇徒の安息

それは、久しぶりの出来事だった。

 

 

連戦に続く連戦で流石のエインフェリア達もいい加減戦いに辟易し始めた頃。シルメリアが彼等の不満を知ったか知らずか、とある場所でエインフェリア達にしばしの休息を提案した。

 

今日は天気がいい上に気温も丁度いい。シルメリアご一行様が足を止めたその場所は一面に緑が広がっていて、ところどころに立つ樹木が木陰を作っていた。足元をよく見ると小さな花も咲いている。心地よい風が梢を揺らし、大地の緑と木の葉が風に誘われるようにさわさわと音を立てた。

「たまにはいいでしょう?」

身の内に存在する彼と彼女らの返事も待たずに言い終える否や、シルメリアは問答無用でエインフェリア全員を呼び出した。

 

 

 

シルメリアの提案を聞いたエインフェリア達は、思い思いの場所へと散らばって行く。

花をみて微笑む者もいれば、仲の良い者たちできゃあきゃあとはしゃいだり。静かに辺りを散策する者や口喧嘩をしながら歩を進める者達。木陰で一人のんびりと寝そべる者もいる。

休憩すると言った時、もろ手を挙げて賛成したり、吃驚したり、戦闘は大丈夫なのかと心配したり、難色を示したりと十人十色な反応をした彼等エインフェリアもこの休息を各自が自分の好きなやり方で満喫することに決めたらしい。いつになく伸び伸びとした様子のエインフェリアを眺めながらシルメリアは辺りに危険が無いと判断すると、額飾りと剣を外して横座りをした。

みずみずしい草の感触と香りが思った以上に心地よく、シルメリアは少し顎を上げると、ほうっと静かに息を吐いた。

前を眺めているシルメリアに影が忍び寄る。

「どういう風の吹き回しだ?」

「特に意味なんてない」

額飾りと剣を外している所為か、いつもよりも若干やわらかい口調で返事をするシルメリアの背後にはブラムスが立っていた。

不死者は僅かな例外を除いた以外は夜に活動する。日中に活動出来るものもいないではないが不死者としては常識外れだ。そんな一握りにも満たない常識外れの不死者でも、真昼間でしかもギンギンに照りつける太陽を背に立つ者となれば、これはもう不死者の範疇を逸脱しているとしか言いようがない。不死者の中でも圧倒的な力故に不死者王と呼ばれるブラムスなら範疇を逸脱しても納得だ。ブラムス城に住まう者達は、むしろ逸脱しない方がおかしいくらいには思っているだろう。

そんな不死者王ブラムスが作り出す闇は、影という形をとってシルメリアの全身をくまなく覆う。

 

横に伸ばした足にそばに手をついてシルメリアは仰け反る様になりながら真上を見上げた。視線の先のブラムスは腕を組み、無言でシルメリアを見下ろしている。

真紅と緑の視線がぶつかりあった瞬間、緊迫した空気が奔った。

シルメリアは上を向いたままで視線と口元を緩める。

「だって天気がいいんだもの」

少し弾んだ声がブラムスの耳でころころと転がった。

 

ブラムスはその場に両膝を立ててシルメリアの背後に座り込んだ。膝を立てた左足に手首を置くついでにシルメリアの身体をその重みごと引き寄せて、自分に凭れかけさせる。右肘を膝について手は腿の内側へ。ブラムスの上半身は自然と前屈みになり、体格差と相まってシルメリアを誰も手出しが出来ない己が懐にまるっと囲い込んだ。

首を曲げて顔を近づけると、表情は見えなくてもエインフェリア達を眺めるシルメリアがとても嬉しそうなのがわかる。ブラムスの胸元の金髪の周りで乱舞する光と熱。

 

「彼等の解放もそろそろ視野に入れておかないとね」

「解放か。相変わらず特異な能力だな」

シルメリアは苦笑する。この解放の能力のお蔭でオーディンのシルメリアに対する心証があまりよろしくないのは十分過ぎる程理解している。人界に肩入れしすぎだ、とフレイを通じて忠告も受けた事も過去に幾度かあった。

「おまけに無防備だ」

シルメリアを包む影の空気が鋭く、そして容赦ないものへと変化する。と同時にブラムスの右手がゆっくりと上がりシルメリアの首にかかる。シルメリアは唇を引き結んだ。

「ズタズタに引き裂かれても、文句は言えぬぞ」

どこか楽しそうな声が影を支配した。影は濃くなり純粋な闇となる。

 

真っ直ぐに前を向くシルメリアの唇は言葉を紡ぐ。

「…引き裂かれるなら。ブラムス、あなたがいい」

他の誰でもない、あなたが―――――

続いた声は、混じりけが一切無い硬質な、それでいて柔らかさを含んでいた。

くつり、とシルメリアの頭上で喉が鳴る。

「シルメリア、お前自身の運命は見えぬか」

ひた、と首にかかっていた手の力が僅かに強くなったのをシルメリアは感じた。

「知っているでしょう?いくら運命の女神といえども」

自分自身の運命は、見えないのよ。すこし拗ねたように話すシルメリアの声を闇が掬い取る。

「運命の女神は存外に不便だな」

「そう、使い勝手が悪いのよ」

 

首にかかったブラムスの手はシルメリアの顔を覆い、視界を遮る。シルメリアの目の前が真っ暗になった。そこにあるのは凝った闇のみ。

顔を覆われて景色を見る事は出来ないが、耳はエインフェリア達の声やそれに混ざっている鳥の囀りや草が揺れる音を拾う。穏やかな風が膝頭をくすぐる。

緑の双眸は純粋な闇を見つめる。昼間では存在しえない冴え冴えとした闇。私はいつかこの闇に抱かれる時が来るのだろうか。

予感めいた思いが脳裏を過ったと同時にブラムスの手が握る様に動く。鉤爪の先の尖った鋭い感触が皮膚に刺さり、自然とは真逆の刺激を暫しの間シルメリアに与えた後、凶悪な手はゆっくりと額へと伸び金色の前髪をくしゃりと掻き上げた。

 

「ならば、その時は私がお前を引き裂いてやろう」

「ありがとう、ブラムス」

 

ブラムスの口元がほんの少しだけ柔らかい弧を描く。

シルメリアは微笑んだ。そして全身を背後に預ける。

風がエインフェリア達の歓声を乗せて真っ青な空を往く。

光は大地に惜しみなく降り注ぎ、緑の葉がキラキラと光る。

世界の片隅で、小さな安息が確かにあった。

 

 

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