闇より浮かぶ
目覚めたシルメリアの意識はまだはっきりとはしていない。自分が今何処にいるのかもまた思い出せない様子だ。肘を付いてその分だけ上半身を起こし、腰に不死者王の腕が周っているのも気づかずにぼんやりとした表情で視線を辺りへ彷徨わせた。
「目覚めたか?」
重低音の声が背中から聞こえてくる。空気を震わせると同時にブラムスの声はシルメリアの肌をざわりと撫であげた。
「え?」
振り返ると横になったまま肘を付い右手で顔を支えているブラムスがそこに居た。もう一方の左手はシルメリアの細い腰にゆったりと巻きついている。
真紅の双眸を捉えた瞬間、昨日背後の不死者王にどんな事をされたのか鮮明に思い出したシルメリアはシーツで体を隠しながらブラムスから離れようと後ずさりする。だが意外にもブラムスの左腕は獲物をあっさりと放した。
じりじりと後ずさる相手。シーツから覗く肌に残る鬱血痕は、手に、足に、胸に、腹に、まるで赤い花びらの様に舞い散り白い肌の所有者が誰なのかを主張する。真紅の双眸を眇めると、シルメリアの柔肌に自分の眼と同じ色を滲ませたブラムスは手を伸ばした。
最初の時と同じく細い足首を掴むと今度はゆっくり己の方へと引き寄せる。視線はシルメリアの両眼を捉えたまま。ブラムスの様子は獰猛な肉食獣が獲物を甚振るのと似ている。そうやって引き寄せた右足を持ち上げ膝頭に唇を落とした後、軽く犬歯を突き立てた。
びく、と震える体。
ブラムスはシルメリアの反応に口端を吊り上げ、途切れ途切れの細い抗議の声を無視したまま唇を膝から上へ上へと移動させ、花びらを一つまた一つと増やしてゆく。
大腿部の内側にも幾つかある鬱血痕。足の付け根に一番近い場所にあるそれの上へブラムスは更に唇を重ねると、音を立てて強く吸い付いた。シルメリアは背は白魚の様に跳ね上がる。嬌声は一際高い水音のとなり桜色の唇から迸る。
不死者も神族も、肌を重ねる事は稀にある。だが人間が持つ肌の様に鬱血痕や歯型が残る事は無い。
誰が誰のものなのかが一目で解る人間の肌は、不死者に無い熱を持つ肌は、シルメリアの嬌声と相まってブラムスの加虐心を殊更煽った。
「私を煽っているのか?」
細い腰に響く低い声が孕む静かなる熱。それを感じ取ったのか、ブラムスに問われたシルメリアはくるりと体をひっくり返して両手を伸ばして逃げを打った。
「シルメリア、答えろ。」
言いながらブラムスはシルメリアの頭の横に左手を突いてゆっくりと覆いかぶさり、逃げようとした相手を囲い込みにかかる。
右手でシーツを剥ぎ取ると背中とそこを覆う金色の髪が顕わとなった。
白い磁器を思わせる背中にに赤い花びらは、まだ無い。
右手の甲を背中に向け、鉤爪を傷つけない程度の力加減で肌に立てるとゆっくり背中を這わせて金色の髪をシルメリアの肩へと流した。
肌を奔る幾筋かの細くて鋭い刺激と同時に、自分の背中が晒されて徐々に無防備になるのをシルリアはどうすることも出来なかった。
ブラムスの問いかけに、一度は沈静化した体の熱がもたらす刺激に抗う為に、否定の言葉をシルメリアは口にした。
「…違…ぅ……」
意地の悪い質問だ。僅かに残った理性でシルメリアは思った。煽られているのは、相手の為すがままのなのは私の方なのに。昨夜散々に抱かれ、自分の知らない場所まで暴かれ、ブラムスが与える甘い熱と刺激に反応する体にされてしまった。
体の深い部分から湧き起るもの。持て余したシルメリアは、眉を寄せながら両手を伸ばしてシーツを強く握った。
月光が濡らす蠱惑的な白い肌は、しっとりとした艶でもって見下ろす不死者の王を誘う。
「強情な。」
ブラムスは、赤い花びらを散らす為に顔を背中へ埋めた。その行為は真っ白な紙にインクをまき散らす、または何もない雪原を踏みにじりながら足跡を付ける事と、よく似ている。
そう、意味するのは一方的な蹂躙だ。
さっきよりも強い吸引音と甘さを伴う肌の痛みに背中を仰け反らせ啼くシルメリア。そして今宵も白い肌に赤い花嵐が吹き荒れる。
時に強く、時に弱く。
或いはやさしく、或いは激しく。
または速く、または遅く。
不死者王と人間の器に収まった戦乙女、二人の淫靡でけれども甘美な情事の全てを月は闇より浮かび上がらせる。
静かに、そしてあるがままに。