ブラムスは一人で謁見の間に居る。
少し前に、隣国の使者との通商交渉が終わり
しばらく考え事をしたい、と家臣達に言ったからだ。
あれから20年以上経ったか・・・。
色々な事があった。
嫡子である王子達と王弟一派の権力闘争。そして、王位継承者達の急逝。
望んではいなかった王位継承者の儀。
前王の死後、自分を傀儡にしようとする貴族達との権力闘争。
国内の混乱に乗じた周辺諸国との戦い。
そもそも、自分の立場は強いものではなかった。
弱者たる強者として、ディパンを治める。
戴冠式の時、そう誓った。
国内が安定した頃王妃と出会い、そして王子が誕生した。
今また、その王妃が新しい命を宿している。
喜び、哀しみ、愛情、憎悪。
様々な感情の中を自分は一生懸命に生きている。
シルメリアの云う「輝く魂」に少しでも近づいただろうか。ふと思った。
出会ったときの様に、窓の外は黄昏色に染まっていた。
「ディパンの王か?」冷たい声が広間に響いた。
「誰だ?」問いながら、一つの言葉が頭をよぎる。
—戦乙女—
謁見の間、中央に現れたその姿は、漆黒の鎧をまとっていた。
ヴァルキリーは三姉妹。「上か。」
「いかにも。」口の端に笑みを刻みながら、彼女は剣を抜き近づいてくる。
「エインフェリアとなれ!」言うが早いか斬りかかってきた。
とっさにかわし、身に帯びた剣を抜き応戦する。金属音が広間に響き渡る。
「上は問答無用でエインフェリアにするのか!」
「人として名誉な事だろう」
「だが断る!」
戦乙女の眉間が険しくなった。
「お前に選択権など無い!」
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剣を交えながら、ブラムスは一つの言葉を思い出した。
「ブラムスが逝く時、戦乙女が私であったなら、会いに来よう。」
シルメリアはそう言った。「逝く時」と。
だが、目の前の戦乙女は剣で、力で、「逝け」というのだ。
何だ、このやり方は!!強い嫌悪、激しい怒りが湧く。
金属音は途切れない。
騒ぎを聞きつけ家臣達が広間に入って来た。
「チッ」戦乙女が舌打ちをする。
「王!」「近衛兵を呼べ、早く!!」「不届き者が、剣を収めよ!」
喧騒の中、ブラムスは叫んでいた。
「貴様の選定など断じて受け入れんぞ!!」
漆黒の兜の中の顔が、怒りに染まる。
「オーディン様の命だ!嫌でもエインフェリアとして召喚する!!」
広間の空気が凍りつく中、戦乙女は渾身の一撃をふるってくる。
来る!!ブラムスは身構える。
「陛下!!」視界の隅に叫びながら駆けつけようとする王妃を捉えた。
「来るな!!」今、お前の命は一つではない、と
王妃の身を案じ、気を取られ僅かな隙が生じたその時——
一瞬だった。視界には広間の天井が広がっていた。
不思議と痛みは感じない。
剣といえど所詮はモノだ。最後に残るのは我が身のみか。
手から剣が落ちた音がひどく耳障りだった。
「後を追う事は許さん。」自分の声を聞いた。
天井は徐々に暗くなり、
王妃の泣き叫ぶ声が遠くなっていく。
大丈夫だ。我が子達は、母と国を支えるだろう。奇妙な確信を抱いた。
全身の力が抜けていく。
だが、ブラムスは倒れない。
「最後まで、膝を折らぬか。」戦乙女の気配を感じた。
戦乙女。15歳の時の出会い。蒼穹の鎧、黄金の髪、緑の瞳。
私はあの時、シルメリアに選定されたのだ。オーディンではない。
会いに来る、と言ったのは蒼穹だ。漆黒ではない。
我が身が人でなくなっていく中、そう思った。