庭園水晶   作:moon

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第一部ディパン 捕縛

「エインフェリアを一人、シルメリア直属の配下としろ。」

戦乙女として転生したシルメリアへの、オーディンの最初の命令だ。

 

「昔、オーディン様自ら選定し、アーリィ様が召喚したのだが。」

「召集には一切応じない。オーディン様がヴァン神族との戦いに引っ張りだそうとして

神格の低い神族を何度かけしかけたらしいが、返り討ちにあったとの噂だ。」

「力があるだけに、扱いかねている状態なのだ。」

 

異端児だ。

剣は使わずに、拳で戦う。自らの体を武器とする戦い方など、一人を除いた神族はしない。

人間にもいないわけではないが、絶対数が少ない。

「消失は恐れない。戦士でありながら魔法にも造詣が深い。

そこいらの神族よりも強いだけに、タチが悪いわ。」フレイはそう言った。

消失させるには惜しい力を持っているという事、か。面子という理由もあるだろうが。

長い廊下を歩きながらシルメリアは思う。

オーディン様のやり方は、いつもこうだ。何事に対しても「支配」しかない。

 

ヴァルキリー三姉妹のみが、人間の魂をエインフェリアに出来る。

エインフェリアとなってしまったら、神の時を生きる。

それは永遠にあるか、消失するかという直線的な時の流れをいう。

神の時から、生と死を繰り返しながら円を描く時の流れ、

人間の輪廻の輪に乗せるのが「エインフェリアからの解放」であり、

これを意図的に行えるのは、全神族の中でシルメリアしかいない。

 

似たような事は、オーディンも行える。戦乙女に対して。

戦乙女は自分の意思で転生できない。

いつ転生して、どのくらいの長さを戦乙女として在るかは、全てオーディンの手の中だ。

 

主神であるオーディンは自分の能力を良く思っていない。それも知っている。

実際、解放をめぐって何度か意見を異にした。

今回も、解放する気などさらさら無いくせに、それを餌に「支配」しろという事だ。

納得出来ない。だが・・・。

主神の命に対して「否」という返事は、ヴァルハラには無いのだ。

苦い思いが、シルメリアの眉間に皺を寄せさせた。

 

一つの扉を開く。神族は伝令以外、エインフェリアのもとになど、出向かない。

アーリィとレナスはどうしているかは知らないが

シルメリアはエインフェリアに対して、伝令は使わない。

自分の足で赴く。

エインフェリア達がざわめいた。

 

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近くにいるエインフェリアに声を掛ける。

「例のエインフェリアは何処にいる?」

一切の召集を拒否しているとの話だ。今回は無駄足になるかも知れない。

「シルメリア様、奥です。」にっこり笑って、奥の扉を指し示す。

「会えるか?」更に問いかける。

「末ならば会う、と我らは聞いてます。」

意外な返事が返ってきた。

「扉の向こうの、一番奥の部屋です。」

「ありがとう。」礼を言って扉へと向かう。

 

見下す事をせず、自分達と同じ目線でいてくれる。

ヴァルハラに居るエインフェリア達にとって

それがどんなに嬉しい事か、彼女は知らない。

 

エインフェリア達を、ある意味掌握している、という事か。

オーディン様やフレイが何とかしようとする訳だ。

薄暗い廊下を歩きながら、シルメリアは思った。ここは自分も初めてだ。

多分、例のエインフェリアが許可しなければ、入れない場所なのだろう。

 

「入るぞ。」扉を開く。中は廊下より更に暗い。

まるで人間界ミッドガルドの「黄昏時の様だな。」

扉を後ろで閉じながら、言葉が口にでた。

一番奥で椅子に腰掛けていた人影が、ゆらりと動く。

 

成る程。

 

確固たる意思と力は、確かに尋常ではない。

しかし、何か、引っかかる。懐かしい感覚、波動。

「戦乙女か?」こちらに向かってゆっくり歩を進めながら、人影は訊いた。

この魂は、まさか!!

「シルメリアだ。」答えながら、一つの情景が脳裏にうかんだ。

「名は?」あの時と同じ言葉を口にしている自分がいる。

「ブラムス。」知っているくせに、と相手が続けて言ったような気がした。

左手に抱えていた額飾りが、足元で乾いた音を立てる。

 

昔、黄昏時に会ったディパンの王子。真っ直ぐな魂と瞳。

シルメリアは頭を取り巻く光を見た。王の印。ディパンの次代となる者。

ブラムスが、ディパンの王になったかどうかは、知らない。

出会った後、間もなく自分は転生したから。

 

長い時が経ち、当代の戦乙女として、自分はここにいる。

そして、今また目の前にいるその姿は、

すでに15歳の時のものではなくなっていた。

シルメリアはブラムスを見上げる。

二人の視線が交差した。

 

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変わっていない、うす茶の髪と瞳。

そして王の印。

ヴァルハラではオーディンが、

ヨツンヘイムではスルトのみがその印を持つ。

人間界ミッドガルドに生き、王たる条件が揃っている者ならともかく、

エインフェリアになれば、治めるべき国など無い。

だから、ブラムスに王の印が見えることはありえない。

なのに、シルメリアには、ブラムスにそれが見える。

無冠の王、それは・・・。

 

「私は、会いに行かなかったからな。」

ブラムスの瞳を見ながら、シルメリアはつぶやいた。

苦笑いを浮かべるシルメリアの頬に右手を当て、

「遅くはなったが、来てくれた。」ブラムスは言った。

表情を改め、シルメリアは目の前のエインフェリアに問いかける。

「ブラムス、今なら間に合うぞ。」

 

お前を解放したい、言外に続けた。

ブラムスとして、オーディンに歪められた人生を

新たな生として転生し、取り戻して欲しい。

 

生きてシルメリアを見ることの出来た人間は、皆無ではない。

しかし、言葉を交わしたのは、一人だけ。

その唯一の存在に、「会いに行く」と約束までした。

こんな歪んだ再会は、あの時の約束を果たした事にはならない。

次はきちんと果たしたい、だが。

その時の戦乙女が、自分である保障はどこにも無いのに。

ひどく自分勝手な感情だな、と自嘲気味に思った。

 

もうひとつは、不死者王の望み。

かつては敵として何度か対峙し、戦った。

かなりの間、行方知れずになっている。

滅したとも、封じたとも聞いていない。

 

転生した理由は、当人のみが知る事だ。

だが、不死者王が望んでそうした、ということはシルメリアにも判断がつく。

例え不死者王であろうと

魂が解放を望むなら、叶える。

 

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無冠の王たるもの、それは不死者王。

しかし、こうも見事に転生していたとは。

何度か転生を繰り返し、元の波動を消したにしても、何かしら痕跡は残る。

最初の転生を完璧に、もしくはそれに近い形で行わないと

ヴァルハラの目をかいくぐる事は不可能だ。

しかも、エインフェリア候補として目を付けられ、無理矢理召喚されている。

鮮やかなものだ、とシルメリアは素直に感嘆する。

 

ブラムスにその自覚があるかは、わからない。

だが、ヴァルキリーであり

何より過去にブラムスと強い因果を結んだ

自分だからこそ、王の印が見える。

シルメリアは冷静に状況判断をしていた。

オーディンを筆頭にヴァルハラの神族達は

誰一人、この事実にまだ気付いていない。

エインフェリアの今なら、自分が解放して、輪廻の輪に乗せる事が出来る。

解放の絶対条件は、エインフェリアとの同意。

 

頼むから。

 

シルメリアの額に、ブラムスのそれが触れた。

うす茶色の瞳は文字通り目の前にあり、微笑んでいる。

「私は、シルメリアに選定されたのだ。」

低い声が答えを囁き、続ける。

「一瞬であり、永遠のこの時を、待っていた。」

ブラムスが目を閉じた。

瞼の下に隠れた瞳は何色なのか、もう見えない。

 

シルメリアも目を閉じる。

選択はなされたのだ。

ならば——

「私と共に在れ。」

因果が再び結ばれた。

 

両方の頬に、ブラムスの手が重なっていた。

「捕らえたぞ、シルメリア。」

額が、熱い。

低くて、静かで、激しいその声を、当代の戦乙女は聞いた。

 

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