ヴァルハラから離脱する。
ヴァルハラから人間界ミッドガルドへの干渉が頻繁に行われている。
もう少し、人間界から離れていたかったが、状況がそれを許さなくなったいた。
長い時をオーディンと戦った。
相手は一方的に仕掛けてくる。
十重二十重に策を弄し、不死者王の消失を図る。
いい加減、飽いた。
オーディンとの戦いと、ヴァルハラから人間界への干渉で
人間界ミッドガルドの歪みが看過できない状態になってきていた、という事もある。
歪みは無数の小さな亀裂だ。
それは、「疫病」「争乱」「異常気象」といった様々な形で現れる。
自分が人間に転生する事で、歪みの原因の一つは無くなる筈だ。
亀裂は、少しずつではあるが、修復されるだろう。
転生している時が長ければ長い程、修復の時も長くなる。
だが、ここ最近のオーディンの干渉は、度を越している。
潮時だ。これ以上ヴァルハラに居る意味が無い。
人間に転生し、エインフェリアとしてヴァルハラに来た。
まさか、自分がエインフェリアになるとは。
運命とは数奇なものだ。
母親は赤子を産んだ事で豊かな生活を手に入れ、我が子を顧みない。
そんな親子を周りは卑下し、哂い、誰も相手にしなかった。
多くの人間が居る広い城で、いつも一人きりだった。
暗い孤独の中で出会ったシルメリアは、一人の人間として少年と向き合った。
15歳だった少年が、その出会いを一筋の光として
生涯大切にしていたとしても、仕方ないか。
ブラムスは自分が最後に転生し、王となった少年の記憶を思い出していた。
「ブラムス。」シルメリアの口から出た名前は、
少年にとっては、初めて存在を認めて呼ばれたものだった。
と同時に、「真の名」になった瞬間だ。
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神族は、自分の名を自分自身で与える。命名者に支配されない為に。
不死者王「ブラムス」は通称で、「真の名」ではない。
持つ必要が無かったし、不死者王に対して、命名者になれるだけの力を持つ者などいない。
不死者の中でも力ある者、特に他者からの干渉を極端に嫌う
魔術師などは密かに自分自身が命名者となる。
「真の名」は諸刃の剣だ
支配という明確な意思を持って名を与ようとする。
すると、相手は抵抗して、跳ね返そうとする。
自分が相手より勝っていれば、命名者として支配できる。
相手の力との差が大きければ大きいほど、それは容易だ。
だが、自分が相手より劣っていれば、確実に跳ね返しにあう。
そうなったら、跳ね返った「真の名」が自分のそれになる。
相手は命名者となり、自分を支配されるのだ。
力ある者達にとっては、剣を用いない戦いでもある。
支配を意識せずに「真の名」を与える事が出来るとは。
しかも、人間相手に。
人間は「真の名」を持つ存在ではない。
彼等は「通称」で一生を終える。
輪廻の輪に乗り、短い生と死を繰り返すが故に、持つ意味がないのだ。
例えオーディンでも命名者にはなれない。
存在を認めてもらえた事が、少年にとってそれほどに大切な事だったからか。
「真の名」を持たない不死者王の魂が転生したからなのか。
人間に、「真の名」を与え、命名者がシルメリアとは。
ブラムスは口許に笑みを刻む。
あれが関わると面白いことが起きる。
退屈せぬな。私を楽しませてくれる。
「真の名」を口にしたのは一度だけだから、
命名者たる自覚がシルメリアにあるかは知らない。
だが、ヴァルハラから離脱しようとしている今、
彼女に命名者の自覚があれば、自分を「縛り」に出る可能性はある。
人間がエインフェリアとなったのだ。「真の名」は有効だろう。
もし「真の名」を呼ぶような事があれば、跳ね返す。
不死者王にそれが有効かどうか、試すのも一興だ。
例え我が身がエインフェリアであっても、
私を支配しようとする者は、誰であろうと容赦しない。
黄昏色の部屋に扉を閉める音が残った。
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「人として、その時、その時を精一杯生きろ。
嬉しい事や哀しい事が、沢山お前に降りかかるだろう。
色々な感情を、時には一人で受け止め、時には他の者と分かち合え。」
シルメリアの指し示した道。
人としての在りようを示した道は、王の道となった。
邂逅さえ無ければ、エインフェリアとして目を付けられる事も無く、
次の命に転生していただろう。
短い生を人間は、華やかで残酷な色と共に、駆け抜ける。
薄暗い廊下を無表情で歩きながら、ブラムスはふと思った。
だから、戦乙女は人間に転生している時の記憶を持っているのかもしれない。
人間でしか知りえない人生の色。
その色をどう受け止めるかは三者三様、まさに戦乙女それぞれだ。
部屋の扉を開く。シルメリアの呼び出しは無い。
エインフェリア達が視界に入ってくる。
人間として、一人一人違う色の人生を生きた者達。
オーディンの、ヴァルハラの意向で召喚された者達でもある。
全てを知る事が不幸なのか、知らない事が不幸なのか。
その答えは、ブラムスも知らない。
「呼び出しは無いはずですが?」
近くのエインフェリアが怪訝そうな表情で聞いてくる。
オーディンの人間界への干渉による歪み。
彼等もその現れだ。
最後の扉に手をかけ、ブラムスは告げた。
「ヴァルハラから出て行く。」