庭園水晶   作:moon

6 / 20
第二部ヴァルハラ 離脱

シルメリアの剣がブラムスに斬りかかる。

避けながらブラムスはシルメリアの喉元を狙う。

拳が宙を割り、黄金の髪が踊る。

次の攻撃に出る。拳と剣が互いを狙う。二人の足元で緑が悲鳴を上げた。

 

一進一退の激しい攻防が続く。

 

「いつから自覚した?」シルメリアの問いに

「わからぬな。」短く答える。

戦士としての、意地が、矜持が互いに牙を剥き、相手を喰らおうとする。

「何故、解放しようとした?」自分の問いに、

「わからぬな。」シルメリアは言った。

やはり面白い。

お前は、私の中の様々な感情を呼び起す、稀有な存在だ。

空気を裂き、鋭い拳を繰り出す。

拳は剣の腹で受け流された。ブラムスは距離を取り、隙を窺う。

空気が張り詰めた。

 

「誰も手を出すなと言った!!」

シルメリアの声と同時に、静寂は破られた。

鋭い声とともに、シルメリアは横に現れた歪んだ空間に、光子を放つ。

ぱりん、と光の破片が砕けフレイの足元に散る。

「シルメリア!」非難するフレイの声。

黄金の髪が、陽炎のように揺らいでいる。

選定者としての、戦士としての誇りが、他者の介入を許さない。

無言でフレイから視線を離し、剣を構え直すシルメリアをブラムスは見ていた。

事態が膠着したら、フレイが出てくる。思ったとおりだ。

 

次で全てが決まるぞ。

オーディン、貴様はどう出る?

 

----------

 

その対峙は長かったのか、短かったのか。

刃の様な一陣の風が二人の間を駆け抜けた。

と、同時に二人の足が地を蹴る。

剣が煌めきながら、襲いかかる。

真っ直ぐに向かってくる剣を両手で受け止め、地面と水平に倒す。

シルメリアは切り返そうとする。ねじ伏せる。

私は譲る気はない。お前もだろう、シルメリア。

二人の闘気がぶつかりあった。

火花が散る音。それが徐々に激しくなり、炎が燃えさかる音となる。

二人を取り巻く空気は緑を引き千切りながら円を描く。

 

シルメリアが剣を切り返した。ブラムスがそれを嫌い、厳しく弾く。

剣を弾かれた勢いで体勢が崩れた戦乙女の左手首をブラムスが掴む。

「シルメリア、いずれお前は引き裂かれるぞ。」

言いながらもう一方の拳を鋭く繰り出し鳩尾を狙う。

「仕方あるまい。」

シルメリアは剣をすくい上げ、阻み、斬りつけようとする。

そうはさせまい、と剣を握っている手首も掴む。

 

ブラムスとシルメリアの闘気は、互いに引かないが故に、激しさを増す。

それは猛り狂いながら、因果のように二人を取り巻き、

絡み合い、螺旋を描き、上へ上へと昇る。

ブラムスは自分の両肘を後ろに折り、運命の女神を引き寄せた。

自分の胸元で驚いた表情を浮かべる戦乙女を見下ろす。

「なら、私が奪ってやろうか?」

シルメリア、お前がお前で無くなる前に。

笑みの刻まれた口の端から、鋭い犬歯の先端がのぞいた。

「覚えておこう。」

不死者王の真紅の両眼を見上げながら

シルメリアは答える。口許の微笑と共に。

 

二人の闘気は、一種の力場となっている。

下手に介入すれば、衝撃が拡散する。

その勢いに乗じて、ビフレストを抜け

エインフェリアが神界から脱走するという、前代未聞の事態になりかねない。

フレイも迂闊に手を出せなかった。

どちらかが制するか、あるいは相打ちか。

機を計っている中、エインフェリアの気配が変わった。

この圧倒的な気配!

 

「不死者王!」フレイが叫ぶが早いか、オーディンは一閃を螺旋目掛けて放つ。

お前の事を一番理解しているのは、私だ。

そしてシルメリア、お前はその事を知っている。

「ブラムス!」シルメリアが叫んだ。白い閃光が二人の姿を飲み込む。

 

三つ巴の力は拡散しながら辺りを襲い、猛烈に駆け抜ける。

フレイは予期せぬ事態に、防御が精一杯だった。

次の瞬間にフレイの目に映ったのは、

暴走する衝撃を受け止め、制御し、宙に放つ戦乙女。

放たれたそれは、金切り声をあげながら一直線に上空を目指す。

神界の結界を破り、次元の壁を越える。

ビフレストではなく、こちらか!フレイは苦々しく思った。

 

----------

 

拡散する衝撃をを抑えようと、シルメリアは全身全霊で力場を抑えた。

額飾りが吹き飛び、肩当が弾き飛び、

前方に繰り出した両腕は小刻みに震えた。篭手は砕ける。

掌は、熱と圧力で撥ね返されそうになった。

制御出来たものは、天空に放つのが精一杯だ。

制御しきれなかった衝撃は、地を這い、空気を伝い、

神族やエインフェリアを吹き飛ばした。

 

呼吸を整え、立ち上がったシルメリアに向かい、フレイが歩み寄る。

「シルメリア、あなた気付いていたの?」

「何の事だ?」

「とぼけないで!あのエインフェリアが不死者王だって知っていたんでしょう!!」

「フレイやオーディン様が気付かぬ事が、私に判る訳がない。」

表情を変えずに戦乙女は答えた。

痛烈な皮肉。フレイは思わず手を上げる。頬を叩く音が鳴った。

横を向きながら、シルメリアはくすり、と笑った。

「何がおかしいの。」

微笑を湛えて、シルメリアがゆっくり向き直る。

「いや、同じ台詞をフレイお気に入りのレナスが言ったら、

どう反応したのかな、と思って。」

フレイの表情が凍りつく。

 

フレイの横を通り過ぎながらシルメリアは言った。

「結果としてはあの様になったが、

さっきの状況では、私としてはあれが精一杯だ。」

そう、貴女の判断は間違っていないわ。

暴走する力場を抑えた。あそこまで出来るとは、正直私も思っていなかった。

衝撃を空に放たねば、ヴァルハラの被害は甚大だったでしょう。

でも。

オーディン様の心証を悪くしたわ。

 

「以前から、私はよく思われていない。

だが、私は神族だ。ヴァルハラの掟は遵守する。

その上で、私に利用価値があるから、オーディン様は私を使役している。」

振り向いたフレイに、遠ざかるシルメリアの後ろ姿は、そう言っていた。

 

一閃を放ち、事態を観ていたオーディンは玉座に座った。

人間に転生し、その事実に気付かず、エインフェリアとして召喚していたとは!

しかも神界から脱走しただと!?

赦さんぞ、不死者王。貴様は、ヴァルハラに不死者の影を落した。

オーディンは前を見据え、無言で両手で玉座の肘掛を掴む。

その眼は怒りで暗く燃えていた。

 

----------

 

紅い両眼は振り返らず、人間界ミッドガルドを目指す。

エインフェリアの器であれば、不死者のそれよりも

オーディンの放つ衝撃による身体的被害は少なくて済む。

そして、オーディンの一撃は、結界と同じ神界の波動だ。

結界の反発を受けず、力は一方的に結界を衝く。

不死者王の力を用いるよりも、破り易くなる。

 

ブラムスがヴァルハラで最後に見たのは、光に包まれるシルメリア。

おそらく無事だ。あれは甘くは無い。

そしてヴァルハラに属する自分の立場をわきまえている。

オーディンがその上で自分を利用している、という事も承知している。

下手に手を出そうものなら、逆に火傷を負う事になるだろう。

 

 

結界を抜けながら、エインフェリアの器を捨てる。

人間としての時は終わった。

次元との摩擦でブラムスの身体は暗い焔に覆われた。

不死者王の時が再び動き出す。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告