あたしは真っ赤に焼けたインゴットを金床の上に乗せ、愛用の鍛冶用ハンマーを握りしめた。そして、メニューから作成アイテム(今日は両手用直剣)を選び、赤く燃えるインゴットを気合を込めて叩くと火花が散った。
今日の注文は両手用直剣が2本とプレートアーマー。剣だけならいつも持ち歩いている携帯用炉と金床で作成できるが鎧があったので、今日はNPCの鍛冶屋の設備を借りて作成している。
もともと、接客があまり得意でないあたしは品質勝負だ。ここ最前線の主街区で商売している他の鍛冶職人より頭一つスキル値を抜け出すため、無茶な修行もした。その甲斐もあってだんだんと固定客も増えてきた。最前線の攻略組相手の商売は妥協が許されない厳しいものだけれど、稼ぎの点では中層プレーヤー相手よりも数段いい。
集中して無心でインゴットを叩いている瞬間があたしは好きだ。この時は全てを忘れることができる。こんなデスゲームに巻き込まれ10カ月以上家族の顔を見てない寂しさも、死への恐怖も。
ハンマーで叩く回数は武器の種類、インゴットのランクで変わる。最初のうちは分からなかったけど、最近はインゴットの輝き具合と音であとどれぐらいの回数を叩けばいいか体で覚えてしまった。この両手用直剣はそろそろ、完成に近い。
カーン。
今までと少し違う音がしたのであたしは手を止めた。これは完成を知らせる音だ。この音は鍛冶職人しか聞き分けることができないらしい。あたしの親友のアスナは「全然わかんないよ~」なんて言ってたっけ。
赤く焼けていたインゴットは青白く輝きを変化させその形が両手用直剣に変わっていった。あたしは出来上がった剣の出来栄えを武器鑑定スキルで確認をした。
(うん。なかなか)
これなら依頼主も満足してくれるだろう。いい出来栄えに思わずにやけてしまう。
ふと、あたしは視線を感じた。その方向を見ると白を基調とした美しい制服を身にまとった長い黒髪の少女が小さく手を振っていた。アスナの紹介で友達になった血盟騎士団のコートニーだ。後ろには会った事がない血盟騎士団の男の子もいた。
「コー。いつからいたの?」
あたしは営業スマイルでなく心からの笑顔を彼女に向けた。
「んー。ちょうどリズが作り始めたぐらいからかな」
コーはあたしに近づいてきて微笑んだ。
「コーのそういう所、アスナも見習ってほしいわ」
突然飛び込んでくる親友に何度作業を中断された事か。彼女にはまったく悪気がないのだけれど。
「そうなの?」
コーは首を傾げた後、肩に乗ったつややかな黒髪をふわりと手で払った。その仕草はまるでアスナだ。あたしみたいな女が真似したら滑稽なだけだけど、コーならそんな仕草がとても似合う。
「うんうん。アスナだったら、『リズ! こんにちわ!』とか言って、バーンってドアを開けてたわ。間違いなく」
コーのような繊細さをアスナに期待しちゃいけないのかも知れないけど。
「あ、でも、僕だったらドア思いっきり開けちゃったかも」
コーはそう言いながら頭をかいた。「ドアを静かに開けたのジークだし」
「ジーク?」
「あ、ごめん。初めてだったよね。僕の友達のジークリード」
コーは後ろに立っていた血盟騎士団の男の子に手を向けて紹介した後、あたしに手を向けた。「こちら、僕とアスナの友達のリズベットさん」
「よろしく」
あたしはペコリと頭を下げた。よく見ると彼が持っている武器は以前コーに作ってあげた≪ゴライアスソード≫と≪マゲン・ダビド≫だ。あの時、誕生日プレゼントとか言ってたから、二人が友達以上の関係である事を容易に想像できた。
「んー。友達~? 彼氏じゃないのぉ?」
あたしはコーににじり寄って肘でつつきながら冷かしてやった。
「あ、そうか」
コーは真顔のままジークリードに手を向けた。「僕の彼のジークリード」
「あら、ごちそうさま」
おっとー、恥ずかしがるどころか正面突破? こうまですがすがしく肯定されるとからかいの二の句がつなげない。
「ちょっと……コー」
ジークリードが恥ずかしがって頬を赤く染めて俯いた。なんかとてもおとなしそうで平凡な男子だ。
「リズ、気を付けてね。この人、突然キスしてくるから」
コーがにやけながら、あたしの耳元でジークリードにも聞こえるような小声で言った。
「コー!」
彼の顔全体が真っ赤に染まった。もう湯気まで見えちゃいそう。でも、否定しない所を見るとどうやら事実らしい。やっぱり、男って油断ならない。
「で、今日は何の用なの? 彼氏の披露に来たわけじゃないんでしょ?」
ちょっとハンマーで彼を殴り倒したい衝動に駆られたけど、それを抑えてあたしはにっこりと微笑んだ。
「そうそう、炸裂弾を作って欲しいんだ」
コーはあたしの皮肉なんてもろともせずに真剣な表情で見つめてきた。コーもアスナと方向は違うけど結構天然なところがある。
「炸裂弾?」
あたしはリファレンスを開いて確認する。どこかで見たような気がするが一度も作った事がないのは確実だ。えーっと、あったあった。
【炸裂弾:投擲スキルで使用する。必要スキル:鍛冶800。サブスキル:薬学250。材料:ノーマルインゴット×1硫黄×5硝石×5】
投擲で使うのか。道理で作った事がないはずだ。投擲なんてネタスキルを使っているのは目の前の友人以外にあたしは見たことがない。
力になってあげたい。けれど、あたしには無理だ。
「ごめん。コー。鍛冶スキルは足りてるけど、あたし薬学なんてもってない」
「僕がもってるよ。フレンドでパーティー組めば生産スキル25%補助できるでしょ?」
「ってことは薬学コンプリートしてるの? あんた!」
驚きのあまりあたしの声が裏返った。生産系のスキル上げはとにかくルーチンワークの繰り返しだ。一体どれだけの材料をポーションにしてきたのだろうか。
「お金稼ぎも兼ねてポーション作りまくったよ」
えへへとコーが笑った。
「どんだけ作ったのよ」
あたしはちょっとあきれてため息をついた。
「血盟騎士団が今後使用する1年分みたいな?」
「おかげでギルドハウスのめどが立ったって、ダイゼンさんが言ってたよ」
ジークリードがコーの言葉を補足するように言った。
とにかく、恐ろしい量を作ったらしい事はあたしにもわかった。
「じゃ、そう言う事なら。作るよ」
スキル不足という障害がないならもちろん、友達のために喜んで作らせてもらおう。
「ありがとう」
コーはとびっきりの笑顔を見せるとパーティー申請をしてきた。もちろん≪OK≫を押す。「材料は用意してあるんだ」
「えっと、5つ作ればいいのね」
あたしは金床の上にコーが並べた材料を数えてから、インゴットを手に取って炉に放り込んだ。
「うんうん。まずはお試しで。使えるスキルなら量産しようと思ってる!」
「へーどんな名前のソードスキルなの?」
インゴットが赤く焼けるのを待ちながらあたしは尋ねた。
「≪メテオシャワー≫っていうの。昨日増えたんだ」
「流星雨かあ。良さげだね」
あたしは赤くなったインゴットをヤットコで掴みあげた。
鍛冶用ハンマーのメニューを呼び出し炸裂弾を選ぶとハンマーを焼けたインゴットへ振り下ろした。
カーン。
たった1回で作成完了の音がしたので、あたしは手を止めた。インゴットは金床にある硫黄、硝石を巻き込んで輝いてその形を変えた。ごつごつとした握りこぶし大の金属の塊が出来上がった。色は全然違うけど、ブドウの巨峰みたいな感じだ。
「おお」
コーが喜びの声を上げて炸裂弾を手に取った。
「どう?」
「どうって言われてもねぇ」
コーは戸惑った表情であたしを見た。
「だよねー」
お互い初めて見るアイテムだ。良し悪しなんてわかるはずがない。「あと4つね」
「うんうん」
あたしは次々と炸裂弾を作った。
「リズ、ありがとう」
そう言ってコーはあたしに500コルを渡してきてくれた。
「毎度ー」
「リズ、レア素材取りに行くならつきあうよ。僕たちこの後フリーだからさ」
「20分ぐらい待っててもらってもいい? 注文の品、作っちゃうからさ」
「わかったー」
コーがありがたい提案をしてくれたのであたしはそれに乗っかる事にした。
最近、安全圏外は物騒になってきた。
原因は殺人ギルド≪笑う棺桶≫。
最近、結成されたばかりのこのギルドは殺人を厭わない。というより積極的にプレーヤーキルを実行している。このギルドが結成される前まで、大人数で少人数を襲って金品を奪うという強盗は確かに存在していたが、命までは取る事がなかった。それはそうだろう。PKしたら相手は本当に死んじゃうんだから。
それを崩したのがPoHという男だ。『プレーヤーを殺すのはナーヴギア、それを作った茅場晶彦だ。俺たちはヒットポイントをゼロにしただけ。俺たちには罪はない。だから楽しもうこのゲームを。それがデスゲームに参加させられた俺たちの権利だ』そんな狂った理屈を受け入れる人が多くいるとは思えない。けれど、PoHと話をするとみんなその言葉に魅了されるらしい。
おかげで最近、フィールドの危険度は信じられないほど高くなった。中級レベルの人たちがよく利用する狩場。レア素材が取れる狩場や場所。それらが狙い撃ちにされている。直接の知り合いでやられた人はいないけれど、職人仲間で何人かやられたという話をあたしは聞いている。おかげで素材価格は大暴騰だ。
血盟騎士団二人の護衛がついてくれるとあればあたしとすれば願ったりかなったりだ。
「オッケー。できたよ」
注文の品を作りあげて、あたしはコーに声をかけた。
「じゃ、行こうか!」
コーは椅子からぴょんと立ち上がった。「って、どこに行くの?」
「あー。35層の鉱山にしようかな」
あたしは情報屋から買った詳細情報をメッセージでコーに転送した。
「ここかあ。わかった。いちお、アスナにも連絡しておくね。手が空いたら来てくれるかもだし」
コーはキーボードを操りながら言った。
「うんうん」
「最前線より3つ下だけど、リズは大丈夫なの?」
コーが心配そうにあたしの顔を見た。
「そりゃあ、コーに比べたら弱いけどさ、これでもエキスパートメイサーなんだからね」
「おお」
コーの驚く顔を見てちょっと満足した。職人と言えどもレア素材を手に入れるために戦闘スキルを上げている人は多い。もちろん、コーのような攻略組には全然かなわないけれど、20層ぐらいのモンスターなら単独で倒せると自負している。それに、この場所には強いモンスターが出ない事はすでに調査済みだ。
「じゃ、いきましょ」
あたしはメインメニューを操作して鎧とメイスを装備した。
「あ、コー。私はヴィクトリアを厩舎に預けて来るよ。転送門で待ってて」
ジークリードが扉を開けながら言った。
「了解」
コーがぴょこんと可愛らしい敬礼で彼に答えた。
「うわ。なにこれ」
外にはちょっとした人だかりができていた。その中心には白馬が……ただの馬じゃない。頭に一本角が生えている。ユニコーンってやつだ。
「ああ、すみませんね」
ジークリードが申し訳なさそうに人垣をかき分けてユニコーンの手綱をとってこちらに連れてきた。見上げる大きさで一瞬びっくりしたけれど、とてもやさしい目をしたユニコーンだった。
ユニコーンは甘えるような声であたしにすり寄ってきた。その大きい顔を思わず撫でた。
(うわー。可愛い)
あたしは柔らかい肌触りでなんだかぬいぐるみのようで、ますますよしよしと撫でてしまった。
「おー。リズには懐くんだー」
「珍しいの?」
「うん。血盟騎士団ではアスナだけだったよ」
「じゃ、いってくる」
ジークリードは馬上の人になって片手を振ると馬首を巡らせて厩舎へ走って行った。
「一応、使い魔だよね? あれ」
あたしはコーと一緒に転移門へ歩きながら彼女に尋ねた。
「うん。この層のフィールド探索してたら寄って来たんだって、たまたまモンスターを倒した時に手に入れてた人参をあげたら懐いたんだってさ。すごい運だよね」
確かにビーストテイマーはこの世界ではかなり希少だ。12層か13層に竜使いの女の子がいるという話も耳に挟んだことがあるけれど、実際にビーストテイマーを目にするのは初めてだった。
「あれって、強いの?」
「ううん。それがぜーんぜん。ヒットポイントは僕たちとそんなに変わらないし、ヒールはしてくれないし。ああ、解毒はしてくれたかな。戦闘力というより移動が楽になったよ」
「ええ? 騎乗スキル取ったの? 彼」
この世界では騎乗動物をずっと自分のものにすることはできない。NPCの厩舎で騎乗用の馬と荷物運搬用の馬を借りることができるが、バカみたいに高い価格設定なのだ。だから、そんな馬を借りて騎乗スキルを上げるなんて物好きな人間はいない。
「うん。鍛冶スキルを切ってね。なんか夢中になってスキル上げしてたよ」
コーはクスリと笑ってそう言った。「昨日ぐらいからやっとまともに乗れるようになったみたいよ」
「あなたたちって、本当に変なスキルが好きなのね」
あたしは思わずため息をついた。コーの投擲といい、ジークリードの騎乗といい完全な趣味の世界だ。攻略組なんだからもっと効率を上げる方面のスキルを上げればいいのに……。
と、そこまで考えてあたしの頭に親友の顔が思い浮かんだ。
アスナの料理も……完全に趣味スキルよね。
「もしかして、血盟騎士団って、ネタスキルを一つ持つことがノルマだったりするの?」
「え?」
コーがあたしの質問に絶句した。「なんで?」
「コーは投擲でしょ。アスナは料理で、彼は騎乗。どれもネタスキルじゃない」
「ひどいこと言うね!」
コーはカラカラ笑いながら言った。「でも、それいいかも、今度ギルドの総会で提案してみようかな。『1人1ネタスキルを持とう!』って」
「音楽スキルとか、耕作スキルとか?」
「釣りとか動物学なんていうものあるみたいね」
コーがあたしの言葉に乗ってきてくれたので、顔を見合わせてあたしたちは大きく笑った。そう言えばこんなに心の底から笑ったのは久しぶりのような気がする。
「でもね」
コーが急に表情を改めた。「みんな攻略のためだけのスキルだといつか袋小路になっちゃうかもよ。薬学だってそうでしょ?」
「確かに」
結晶無効化エリアなんていうトラップが出てくるまで薬学は死にスキルだった。おかげでポーションの価格は倍に値上がりしたし、生産職人の間でも薬学を取る人が増えた。今後、上の層にどんな仕掛けがあるのか、今やそれを知っているのはこのゲームをデザインした茅場という狂った天才だけだ。
「100層攻略に実は耕作スキル1000必要ですなんて言われたらどうする?」
コーは冗談めかしてクスリと笑った。
「そしたら、みんなで22層を開拓しよう」
あたしはコーの冗談に乗ってあげる事にした。
「いいね!」
あたしたちはまた顔を見合わせて大きく笑った。
「ところで、コー。彼のどんなところがいいの?」
あたしは素朴な疑問を投げかけた。コーみたいな可愛い女の子ならいっぱい男が寄ってくるだろうに。なんで平凡そうな彼を選んだのだろう?
「優しい所、僕の事を第一に考えてくれる所、かっこいい所、強い所」
コーは恥ずかしさのかけらも見せずに指折り数えた。「あ。ああ、全部好き」
「もう、ごちそうさま」
あたしは苦笑するしかなかった。恋は盲目というやつだ。きっと今コーの目の前にどんな立派でハンサムな男が横切ろうとも彼女の眼には何も映らないだろう。
「おまたせ」
ユニコーンを厩舎に預けてきたジークリードが走ってこちらにやってきた。
「じゃ、行こうか」
あたしたち3人は転移門に立ってコマンドを口にした。「転移。ミーシェ」
第35層と言えば≪迷いの森≫が有名だけど、あたしが行く鉱山はそれとは反対方向にある。
35層の外周近くにある山の中腹の洞窟に入った。ここで取れるインゴットはなかなかの上ものだ。以前、コーに苦労して集めてもらった準レアインゴットよりも性能がいい武具を作る事が出来るインゴットが数多く取れるのだ。
「ラットマンが20か。そんなに強くないからリズも一緒にやる?」
洞窟に入ってすぐにコーが呟いた。索敵スキルを持ってないあたしにはさっぱりわからない。
「うん!」
あたしは愛用のモルゲンステルンを握りしめた。
「ジーク。前衛お願い」
「了解」
ジークリードが頷いてゴライアスソードを抜刀した。
そんなわけでラットマンの集団と戦うことになったが、二人の戦いぶりにあたしは惚れ惚れとしてしまった。言葉も交わさず、視線すら向けないのにお互いの位置も攻撃も完全に分かっているようだった。そして二人とも、さりげなくあたしを守ってサポートしてくれている。
二人が攻略組のトッププレーヤーだからというだけじゃない、二人の間に深い絆を感じた。
「ちょっとメテオシャワーを試すね。ジーク」
コーがジークリードに初めて戦闘中に声をかけた。
「K」
コーは後ろに下がって炸裂弾を握りしめて投擲スキルを立ち上げた。狭い洞窟ではわざわざスリングを使う必要がないという判断だろう。
「いくよー。ヤァ!」
コーの気合の声で炸裂弾は投じられ、ラットマンの上でその名の通り炸裂して光の雨を降らせ、一面に湧いていたラットマンの全身にダメージエフェクトが輝いた。
「おー」
ついあたしの口から感嘆の声が漏れた。まるで花火みたいでものすごく綺麗だ。洞窟内がその光で明るくなって視界が一瞬奪われた。
「……あれ? ヒットポイント減ってなくない?」
コーがそう疑問の声を上げた。
確かにラットマンのヒットポイントがほとんど減ってない。
「もう一回!」
コーが再び炸裂弾を投げ、ラットマンがダメージエフェクトで輝いた。が、結果は同じ。ヒットポイントはほとんど減らなかった。
落胆したのかコーの深いため息が聞こえた。
「リズ」
コーの声が平坦になった。あたしはそんな声を聞いたことがなくてぞっとした。「ちょっとごめん。こいつらちょっと僕一人でやっちゃうね」
「う、うん」
その『やっちゃう』って『殺っちゃう』っていう意味だよね。っていうか拒否権なさそう。
「すみませんねぇ」
ジークリードが苦笑を浮かべてため息をつくとあたしの隣に立った。
コーは『茅場の馬鹿野郎!』なんて叫びながら槍を握りしめてラットマンの群れに突撃して次々と屠っていった。
「うわー」
コーのあまりの狂戦士ぶりについ、あたしの口から嘆きの声が漏れてしまった。
「全滅させれば落ち着くと思いますんで、ごめんなさいね」
ジークリードが頭をかきながらあたしに謝罪した。
「いえ、ジークリードさんのせいじゃありませんから」
あたしはそう答えながら改めて彼の顔を見上げた。
優しくコーを見つめる瞳にあたしの心まで温められた。コーは彼氏と言ってたけどきっとそれ以上の存在なのだろう。多分最前線という環境が二人の距離を縮めて結びつけているんだ。
「コーとジークリードさんっていつ知り合ったの?」
「ベータテストの時からです」
ジークリードはコーから目を離さずに答えた。「本サービスが始まってからずっと一緒です」
「へー。じゃあ、リアルで知り合いだったり?」
「いえいえ。リアルの事は全然知りません。リアルで知ってる情報と言えば彼女の姿だけですね」
ジークリードはクスリと笑った。
「お互いが好きならリアルの事も話せばいいのに」
「そうですね。そうできたらいいですね」
ジークリードは少し寂しげに微笑みを浮かべた。「でも、最近はこっちの世界が現実ならよかったのにって思っちゃいますよ。廃人ですよね」
「まあ、それは仕方ないんじゃない? 強制的に10カ月連続ゲームしっぱなしなんだから、みんなゲーム廃人だよ」
「ああ、そうですね」
「でも、リアルの名前ぐらい聞いといたら? コーは美人だからうかうかしてると他の男に取られちゃうかもよ」
「あ。ああ、それは考えたこともなかった」
ジークリードの返事は上の空っていう感じだった。コーが最後のラットマンを倒した所で彼はコーに声をかけた。「お疲れ様。どう? 気は晴れた?」
「茅場を殺さないと気が晴れないかも」
かなり物騒な事を言ってるけど表情は明るかったので大丈夫……とあたしは信じたい。
「えっと、インゴットが出るのはもうちょっと奥ですか?」
ジークリードがあたしに確認してきた。
「うん。もうちょっと先だね」
「じゃ、出発!」
コーが明るく言った。商売してる間には全然気づかなかったけど、彼女の感情の起伏はかなり激しい。こりゃあ、ジークリードさんは大変だ。あたしは心の中でクスリと笑った。
あたしたちはさらに洞窟の奥に向かった。
洞窟の行き止まりに白く輝く立派な鍾乳石があった。ここが情報にあったインゴットの掘りポイントだ。
「ここだ、ここだ」
あたしはつるはしを装備して掘り始めた。
「じゃ、僕たちはここで見張ってるね」
コーがにっこりと微笑んだ。
「ごめんねー。お願いします」
「あいおー」
コーの明るい返事を聞きながらあたしはざくざくと掘り進めた。30回に1回ペースであたしのアイテムストレージにインゴットがたまって行く。これがリアルだったらあたしの両腕はパンパンに筋肉がついてゴリラ女になってしまう所だ。こういう所はゲームで良かったって思う。
「え?」
突然、背中に衝撃が走って、あたしは全身の力が抜けて倒れてしまった。慌てて自分のヒットポイントバーを確認すると緑の枠が点滅していた。
(麻痺!)
視線を背後に向けるとオレンジ色のカーソルが5つぐらい見えた。
PK! あたしの心に冷水が浴びせられた。
「ジーク!」
コーの鋭い叫びが響いた。
「キュア!」
ジークリードが背中に突き刺さっていたダガーナイフを抜き捨てると、解毒結晶であたしの麻痺状態を回復してくれた。「転移結晶で逃げてください。援護します」
「でも!」
転移結晶はコマンドを唱えてすぐに転移できるわけではない。転移が完了するまで無防備になるし、最悪攻撃を受ける事で転移がキャンセルになってしまう。二人はあたしを転移させるために戦うつもりなんだ。でも、こんなところに二人を置いていけない。
「急いで! リズがいたら思いっきり戦えないから」
コーが地面に転がる石を次々と投擲スキルで投げながらあたしに言った。
「さあ」
ジークリードがあたしに転移結晶を押し付けて対毒ポーションを飲むと、すぐに振りかえってコーの援護に向かった。
「こいつ閃光じゃねえ! 黒毛のほうじゃねぇか! しっかり調べろ!」
オレンジネームの叫びが聞こえた。
「人を和牛みたいに呼ぶな!」
コーが炸裂弾を投げて目の前がまばゆく輝いた。コーが作ってくれた転移のチャンスを逃してはならない。
「転移! ミーシェ!」
あたしは唇をかみしめてコマンドを唱えた。周りの風景が光に溶けていった。
(コー。無事に帰ってきて)
祈る事しかできない自分がとても悲しかった。
やがて目の前の風景がのどかな街並みに変わった。あたしはミーシェの転移門から2,3歩歩いて恐怖のあまり足がすくんで崩れるように座り込んでしまった。
心臓が早鐘のように高鳴っている。もし一人だったら間違いなくあたしは殺されていた。
コーは大丈夫だろうか。あたしのせいで彼女が死んでしまったらどうしよう。目に涙が浮かんでくるのをあたしは必死に抑え込む。ログイン初日にあの茅場の言葉にショックを受けて泣き叫んで以来、もうあたしは泣かないと心に決めたのだ。唇をかみしめてあたしは涙と心をしめつける感情にあらがった。
「リズ?」
振り返ると転移門からアスナが駆け寄ってきた。「1人? どうしたの?」
「アスナ!」
あたしはアスナの胸に飛び込んでしがみついた。「どうしよう。コーが! コーが!」
「落ち着いて。何があったの?」
アスナが優しくあたしの頭を撫でながら尋ねた。
「鉱山でPKに襲われたの。コーはあたしのために残って……」
涙でよく見えなかったけれど、アスナの瞳にPKに対する怒りが燃え上がるのを感じた。
「わかった。リズはここで待ってて。絶対、来ちゃだめよ」
アスナはあたしの肩を叩いて、メッセージを送ると信じられないスピードで鉱山へ向かって走りだした。
(アスナ……どうか間に合って……)
あたしは手を組んで神様に祈った。
あたしがあんな所に連れて行かなければ。それ以前にコーの護衛の申し出を断っていれば……。いろいろな後悔があたしの心を苛んだ。
しばらくしてから厳しい表情をした血盟騎士団のメンバーが次々と転移門から現れ鉱山の方角へ走って行った。
あたしは地面を見つめ、粛然としてコーの帰りを待ち続けた。
「やっぱりさあ、職人クラスの人を守る仕組みが必要じゃないかって思うよ~」
遠くから明るいコーの声が聞こえた。顔を上げるとコーとアスナを中心にして血盟騎士団の集団がこちらに歩いてきていた。
(よかった。無事だったんだ!)
あたしは無我夢中でコーへ駆け寄った。
「コー! よかった!」
あたしはコー両手を取った。
「リズ。怖い思いさせてごめんね。隠蔽スキルと忍び足スキル使ってたらしくて、全然気づかなかった。本当にごめん」
コーは本当にすまなそうに頭を下げた。
「そんな事ない。あたしばかり安全なところに逃げて、コーばかりに戦わせちゃって」
「そんな事ないよ」
コーは優しく笑顔を浮かべてあたしの右手を彼女の胸に当てた。ひんやりとした鎧の冷たさが伝わってきた。「リズはちゃんと一緒に戦ってくれたよ」
「え?」
「この鎧。リズが作ってくれたでしょ。いつも僕を守って、一緒に戦ってくれてるよ」
鎧は冷たいのにコーの言葉にあたしの心は温められた。「ほら、アスナの鎧も剣も、ジークの剣も盾も。リズが作ってくれたものだよ。リズはいつも僕たちと戦ってくれてるんだよ。ね。アスナ」
「そうよ」
アスナがあたしの左肩を優しく叩いた。「リズが一緒にいてくれるから、わたしたちは戦えるのよ。だから、そんなふうに自分を責めなくていいのよ」
親友と友達の言葉があたしの心をふんわりと温めてくれた。あたしは右腕にコー、左腕にアスナを抱きしめた。
「二人とも大好き!」
無事に帰って来てくれた安堵感と嬉しい言葉で涙があふれて頬を流れた。
もう、泣かないって決めてたけど、これは嬉し泣きだからノーカン!
こんなに暖かい友達がいるんだもの。いつか絶対、このデスゲームをクリアしてあたしたちは帰れる。
そんな確信を感じながら、あたしは両腕の友人をぎゅっと抱きしめた。
まさかのリズベット視点です。楽しんでいただけたら幸いです。
そして、コートニーとジークリードの絡みに期待していた方々申し訳ありません。今回はラブシーンはなしですorz
それにしても、リズベットさん。コートニーの身を案ずるあまりジークリードさんの心配を全くしてませんね。ジークリードさん、カワイソス。
コートニーさんの女子力向上に歯止めがかかりません。こちらはオソロシス。
次は長くなりそうなので、また1週間ぐらいあくかもです。次はいよいよ……むふっ。