ヘルマプロディートスの恋   作:鏡秋雪

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第17話 サプライズ×サプライズ!【コートニー7】

 第38層ボスを倒した次の日、僕たち血盟騎士団メンバー25名は第39層の主街区にある一軒家の前に集まった。

「ほな。ここでええですな?」

 ダイゼンが僕たち全員を見渡して確認した。

 全員が頷いたのを見て、ダイゼンはこの家の購入ボタンを押した。そして、その後しばらく家のメニューを操作していた。恐らくギルドハウスとして使用するための設定をしていると思われた。

 そう、ここが新しい血盟騎士団のギルドハウスになるのだ。ヒースクリフ邸の一室から一戸建て住宅に大出世だ。ここ、第39層は緑豊かで田舎町のような雰囲気の主街区だ。その転送門近くの一等地の売家はとても気持ちが落ち着く2階建ての木造建築であった。

「設定終わりました」

 ダイゼンはそう言って家の扉を開いて中に入って行った。

「おお」

 歓声が上がり、僕たちはぞろぞろと中に入った。

「結構、いいんじゃない?」

 僕の隣でアスナが暖炉を見つめながら呟いた。「なんかあったかい田舎の家って感じ」

「うん」

 と、僕が答えるとアスナは驚いて見返してきた。

「あ、聞こえてた?」

 アスナが恥ずかしそうに口に手を当てた。

「なんか、帰ってきたーって感じがする家だよね」

「そうね。家具とか入れて、もっと温かい雰囲気を出すようにしたいな」

 アスナは優しい瞳で部屋を見渡した。

「それですが。金が……思ったよりここが高うて……あまりたくさん買えないかも知れまへん」

 ダイゼンが僕たちの会話に入り込んできた。

「それならさ、ギルドハウス披露パーティーとかやらない?」

 僕は頭の中に閃いた言葉をそのまま口にした。

「披露パーティー? 誰に披露するの?」

「連絡がつく攻略組ギルドの人たちに会費払って来てもらうの」

「そんなのお金払ってまで来てくれるものかな?」

 アスナが首をかしげた。

「多分、大丈夫」

 僕は振り返って部屋にいるメンバー全員に声をかけた。「みんな! アスナの手料理が食べれるとしたらいくら払う? あと、アスナとお話しする権利もつけちゃうぞ!」

「ちょっと、コー。何を言ってるのよ」

 アスナがあわてて僕の腕を引っ張った。

「副団長の手料理アンドお話しする権利……ごくり」

 プッチーニがよだれをたらさんばかりにつばを飲み込んだ。

「食事の量にもよりますけど、5000コルぐらい払ってもいいな」

 マティアスが腕を組んで頷いた。

「6000コル」

「じゃあ、7500」

「8000」

 なんか、オークションみたくなってきたぞ。僕はみんなのノリの良さに感心してしまった。

「ちょっと、みんな……」

 アスナがあきれてため息をついた。「今のはコーが勝手に言った事ですからね! 本気にしないように!」

「えー」

 本当に残念そうな声があちこちから上がった。

「意外と行けるかもしれまへんな」

 ダイゼンが顎に手を当てて考え始めた。

「もう、ダイゼンさんまで」

「アスナが一肌脱げば、一気に財政問題解決かもよ」

 僕は笑いながらアスナの肩を叩いた。

「なんか、学園祭の模擬店みたいで楽しそうだね」

 今まで黙ってたジークがニコニコしながら言った。

(学園祭の模擬店……。ジークはリアルでは高校生だったのかな。やっぱり年上なのかな)

 僕はジークの笑顔を見つめながら考えた。ひょっとすると私学の中学で学園祭をやっているのかも知れない。けれど、ジークはかなりしっかりした男子だから高校3年生ぐらいかも知れない。

「なかなか面白そうだな」

 いつの間にかゴドフリーが会話の中に入ってきた。「どうだ、ダイゼン。うまくいきそうか?」

「副団長の知名度があればできそうですな」

 きっとダイゼンの頭の中ではそろばんがパチパチなっているのだろう。左の掌を右の人差し指でつつきながらダイゼンは考えている。「ギルドハウス自体にはたくさん人が入れませんが、外は広いですし……」

「ちょっと、二人とも」

 アスナがゴドフリーとダイゼンの二人を交互に見て抗議の声をあげた。

「いいじゃん。スキル上げにもなるよ」

 僕はニヤニヤしながらアスナに追い打ちをかけた。

「コー!」

 アスナがすねた表情で僕の肩を叩いた。

「やってみるといい」

 知らぬ間にヒースクリフまで話の輪に加わってきた。「ダイゼンを中心にアスナ君、コートニー君が実行委員をやればいい」

「え?」

 僕はヒースクリフの言葉に絶句してしまった。実行委員って……思わぬ所で足元をすくわれた。

「こういうのは言いだしっぺがやらなきゃな」

 ゴドフリーがガハハと笑って僕の背中を叩いた。

「なんでわたしが」

 アスナが鋭い視線をヒースクリフ向けて抗議した。

「私の代わりだ。副団長としてイベントを盛り上げてはどうかね?」

「団長はこういう事、まったくやりませんよね」

 アスナは腕を組んで恨めしそうにヒースクリフを睨みつけた。

「人には向き不向きというものがあるからね」

 美しく響くテノールの声で余裕たっぷりにヒースクリフは答えた。「ダイゼン。詳細が決まったら報告してくれたまえ」

 それだけを言い残してヒースクリフは華麗に身を翻して奥の部屋に消えた。

「へい」

「もう。コーのバカ」

 ヒースクリフに見事にはぐらかされたアスナが団長に向けていた鋭い視線を僕に向けてきた。

「僕も泣きたいよ」

 まさか自分が実行委員にされてしまうなんて思いもよらなかったので肩を落とした。そんな僕を見てアスナは表情を崩してクスリと笑った。

「まあ、自業自得だね」

 くつくつと笑いながらジークが僕の肩に手を置いた。

「何言ってるのジーク」

 ジークの言葉にカチンときて声が平坦になった。「君も手伝うんだよ」

「えええぇぇ!」

 ジークが声を裏返して驚いたのでかなり溜飲が下がった。

「ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃん」

 僕はわざとらしく甘い声で言ってジークの左腕に抱きついた。

「いやいや、そういう意味じゃないし」

「ナイスツッコミ!」

 僕は笑顔でジークの頬をつついた。

「じゃあ、詳細は後で連絡しますわ」

 ダイゼンがそう言ってヒースクリフと打ち合わせを始めようと奥の部屋へ通じる扉を開けた。

「待って、ダイゼン。一応、言っておきますけど、わたしたちは攻略優先ですからね。披露パーティーに重点を置かないように考えてください」

 アスナは厳しい口調でダイゼンに言い渡した。そうだった。アスナは攻略の鬼だったのだ。

「分かりました」

 見るのも気の毒なくらい肩を落としてダイゼンは扉の向こうに姿を消した。

「アスナ。怒ってる?」

 僕は心配になってアスナの顔を覗き込んだ。

「いい、コー。息抜きも必要だけれども、わたしたちの目的を忘れちゃだめ。こっちで1日無駄にしたら現実世界の1日が失われるんだからね。二人とも早く現実世界で会いたいでしょ?」

 アスナは僕とジークを交互に見て鋭い口調で言った。

 もし、ジークが本当の僕の姿と性別を知ったら……。こんなふうに一緒に過ごせないだろう。

 僕は不安な気持ちでジークを見上げた。僕の気持ちが伝染したのかジークはなにやら心細そうな瞳で見返してきた。

「そうだね!」

 僕は自分の不安な気持ちを吹き飛ばすように明るく言って、ジークの手を握った。「もし、無事に戻れたら血盟騎士団でオフ会やろうね!」

「それはいいね」

 笑いながらジークは答えてくれた。でも、その瞳には何故だかまだ不安の色が残っていた。

 

 

 

 2日後、今日のフィールド探索を終えて僕たちがギルドハウスに戻るとダイゼンが待ち構えていた。

「おかえりなさい」

 ダイゼンがにっこり笑った。「計画書、作ったさかい、見てほしいんやけど」

「じゃあ、わたしの部屋で」

 アスナは一つ息をはいて、逃がさないわよと言わんばかりに僕の左手を取った。

「う……」

「一緒に聞いてくれるわよね。コー」

 アスナは僕の左手をぎゅっと握りしめてニヤリと笑いかけてきた。

「う、うん。もちろんだよ」

 僕は頷きながらギルドハウスの中に視線を走らせた。「ジーク! 逃げんな!」

「はいはい」

 ジークは逃亡に失敗して渋い表情でとぼとぼとやってきた。僕とアスナはそんな姿を見て顔を見合わせて笑ってしまった。

 

 

 僕たちは2階の副団長室に場所を移した。

 ダイゼンは応接セットのソファーに座った僕たちに計画書を渡してそれにそって説明をした。

「すごいわね。ダイゼン」

 ダイゼンの説明を聞き終わってから、ぱらぱらと計画書に目を通してアスナが言った。

 確かにこの計画書はすばらしい出来だった。

 冒頭には披露パーティーの目的と意義なんて書いてあって、スケジュール、団員の仕事の割り振り、価格設定の違いによる損益分岐点と経費の計算、利益計画まで書いてあって、まったくケチがつけられそうもなかった。

「いやあ。リアルを思い出したで」

 ダイゼンは高笑いをしながら頭をかいた。「で、おもてなしをやる時にこの制服のまんまでええのかと思いましてな。ご相談というわけや」

「血盟騎士団のイベントなんだからこの服でいいんじゃない?」

 アスナが腕を組んで鼻を鳴らした。

「ジークはリアルで模擬店やったことあるの? どうだったの?」

 僕は隣に座ったジークに視線を向けて尋ねた。

「あー、メイド服着たなあ」

 ジークは思い出すように上の方を見上げながら呟くように答えた。

「えええっ! 女装したの?」

 僕はジークのメイド姿を想像して思わず笑ってしまった。

「あ! ごめん、言い間違えた。メイド服着てたのは女子。男子はウェイターの格好だったよ」

「え? 普通、学園祭の模擬店って制服じゃないの?」

 アスナが首を傾げてジークに尋ねた。

「ウチは被服部と合同だったんだ」

「なるほどね」

「ダイゼンさんの事だから、どちらの方が儲かるかなんて考えてるんじゃない?」

 僕は体重でソファーがつぶれそうになってるダイゼンを横目で見た。

「コートニーはんにはかないまへんな。副団長とコートニーはんが可愛らしい服を着るとなれば集客力は段違いでっしゃろな。水着ならさらに……」

 ダイゼンが余計な言葉を続けそうだったので、僕は投擲スキルで石を投げつけてやった。「ぐあっ!」という声と共にダイゼンはソファーごとひっくり返った。いい気味だ。

「水着はありませんからね」

 アスナはひっくり返ったダイゼンに冷ややかな視線を投げかけた。

「じゃあ、メイド服?」

「コー。わたしが着るという事はあなたも着るのよ。分かってる?」

「いいじゃん。メイド服ぐらい。きっと、この制服より露出度は低いよ」

「ほな、服を作ってくれそな人を知ってまっしゃろか?」

 ダイゼンは腰をさすりながらソファーを元に戻して座りなおした。

「アシュレイさんとフレンドだけど、レア素材持っていかないとなかなか作ってもらえないからなあ」

 アスナはため息をついて頬杖をついた。アシュレイと言えば縫製スキルをアインクラッドで最初にコンプリートしたカリスマ縫製師だ。服を作ってもらうのはかなりの順番待ちになっているという噂だ。

「あ、じゃあ、僕のフレンドに聞いてみるよ。ダイゼンさん、服の予算はどれぐらいにすればいい?」

「材料先方持ちで1着4000コルぐらいでんな」

 打てば響くという感じの即答だった。すでにダイゼンの頭の中では色々なシミュレーションが終わっているのだろう。なかなかできた人だ。

 僕はフレンドメニューでルーシーの位置を確認した。彼女は今この層の主街区広場にいた。恐らく、商売をしているのだろう。

「今、ここの層の広場にいるよ。早速話してみようか?」

「ほな、この計画でええでしゃろか?」

「そうね」

 アスナは計画書をめくりながら考えた。「開催日はフィールドボス戦の日にしましょう。フィールドボス戦を終えた後のほうが盛り上がるでしょ」

「なるほど。ほな、それで」

 ダイゼンが立ち上がり、僕たちもそれに続いて立ち上がった。

「じゃあ、僕、ルーシーに会って服の相談してくるね。アスナも一緒に行く?」

「うん。そうしようかな」

「ジークは一緒に来るんだよ」

 僕はジークの左手を取った。

「私は強制?」

「男の子の意見も聞かないとね」

「ああ、そういう事」

 ジークは苦笑してため息をついた。

 

 

 「ルーシー!」

 僕は広場にいるルーシーを見つけると手を振って駆け寄った。

「コートニーちゃん」

 今日のルーシーは明るい空色のドレスを身にまとっていた。

「紹介するね。こちら血盟騎士団のアスナ」

 僕は後ろにいたアスナに手を向けて紹介し、続いてルーシーに手を向けた。「こちら、裁縫屋のルーシーレイさん」

「よろしく。アスナさん。お近づきになれてとても嬉しいわ」

 ルーシーはにこやかに笑顔をアスナに向けて握手を求めた。

「こちらこそ」

 アスナも微笑みながらその手を取った。「お名前からして、アシュレイさんとなにか関係が?」

「レイつながりでよく聞かれるけど、無関係よ。あたしのライバル」

 ルーシーはクスリと笑って、片目をつぶった。そして、僕に視線を移した。「そうそう、あたしも紹介したい人がいるの」

「え?」

「こちら、あたしの旦那様」

 ルーシーは右側に座っている強面の偉丈夫に抱きついた。「クリシュナっていうの。細工と大工をやってるの。やっと商売できるレベルまで上がったから連れてきたの」

「ええええええ! ルーシー結婚してたの?」

 僕は声を上げて驚いた。ルーシーが結婚しているというのも驚きだが、その相手の名前にも驚いた。

「リアルで婚約してたから、どうせこの世界から出れないなら結婚しちゃおうかなって」

 ルーシーは笑顔でクリシュナに抱きつくと、強面の彼の顔が一気に緩んだ。

「クリシュナさん……もしかして、ベータテストでも同じ名前でプレイしてなかったですか?」

 僕はクリシュナの顔を見つめながら聞いた。ベータテストで出会ったあのクリシュナなのだろうか? 確か、彼は少年のようなアバターを使っていたのだが……。

「ああ。ちょっとしかやらなかったがな」

 クリシュナはあごひげを撫でながら言った。「最初の2週間ぐらいかな。その後、仕事が忙しくなっちゃってなあ。そのまま忙しければ、こんなくそ忌々しいゲームにインしなくて済んだんだがなあ。日曜日だからって二人してインしたらこのザマさ」

「すぎちゃった事をいつまでもぐずぐず言わない!」

 ルーシーはクリシュナの頭を軽く叩きながら笑った。どうやらクリシュナは姿に似合わずルーシーの尻にひかれているようだ。

「多分、僕、ベータテストで一緒にプレイした事があるよ。その2週間は最前線にいたでしょ?」

 僕は確信を持って尋ねた。「その時、僕はシベリウスっていう名前でやってたんだよ。覚えてないかなあ?」

「うーん。ああ。でもあの時は男の子のアバターだったよね」

 クリシュナは目をつぶって記憶をたどって思い出したようだ。「ふーん。中の人がこれほど美人さんだったとはなあ」

「何を見てるのかなあ?」

 ルーシーがクリシュナの頬をつねった。

「おいおい。俺、子供に興味はないぜ」

 クリシュナはあわてて頬をつねっていたルーシーの手を取った。

「僕もあの子供のアバターにこんな強そうなおじさんが入ってるとは思わなかったよ」

 二人のやり取りが面白くて僕はクスリと笑いながら言った。

「おじさんっていう年じゃないんだがなあ」

 クリシュナはため息をついて肩を落とした。

「いいじゃない。お・じ・さ・ま」

 クスクス笑いながらルーシーはクリシュナの肩を叩いた。

「あ、そうそう。今度、血盟騎士団でイベントやろうと思ってるんだけど、1着3000コルぐらいでメイド服とかウェイターの服とか作ってもらえるかなあ?」

 僕は首を傾げてルーシーに尋ねた。

「あら。いいお話!」

 ルーシーは満面の笑みを見せた。「詳しく聴かせて」

 僕とアスナがルーシーに詳しい説明をしている間、ジークとクリシュナが少し離れた場所で何やら話をしていた。やっぱり、男同士の方が話が合うのだろう。

 ルーシーは僕らの話を聞いてスケッチブックにメイド服とウェイター服のラフ絵を書いてくれた。

 あまり乗り気でなかったはずのアスナがあれこれと服の意見を出して最後にはノリノリになっている姿に僕は可笑しくなってくつくつと笑ってしまった。

「何を笑ってるの?」

 アスナが僕に首を傾げて聞いてきた。

「だって、さっきまで乗り気じゃなかったのに、すごい真剣だから」

「どうせなら可愛い服を着たいじゃない」

 アスナは頬を膨らませた。

「そうだね」

「おまかせあれー」

 ルーシーは明るく言った。「じゃあ、メイド服は2着。ウェイター服は23着ね。二日あれば出来上がると思うわ」

「いいの? 団長にも着せるつもり?」

 僕はアスナの肩に手を置いて尋ねた。ウェイター服が23着という事はヒースクリフの分も含んだ数だ。あのヒースクリフがウェイター服を着てくれるとはとても思えない。

「絶対、着せてやるわ」

 力強くアスナは断言した。「こんな仕事を押し付けたんだから、少しは働いてもらわないと」

 僕はウェイター姿のヒースクリフを想像しようとして失敗した。どうしてもイメージがわかない。

「じゃあ、わたしともフレンド登録してください。ルーシーレイさん」

「はーい」

 ルーシーはメインメニューを操作してアスナとフレンド登録を交わした。

「二日もあればできると思うけど、できあがったらどちらに連絡すればいいのかしら?」

 ルーシーは僕とアスナを交互に見ながら尋ねてきた。

「じゃあ、わたしに」

 アスナは自分の胸に手をやりながら答えた。

「承知いたしました」

「よろしくお願いします」

 アスナとルーシーは笑顔で握手を交わした。商談成立だ。

「おーい。ジーク。帰るよ」

 僕は離れた場所にいたジークに声をかけた。ジークとクリシュナは何やらメインメニューを操作しているようだった。恐らく、フレンド登録をしていたのだろう。

「はーい」

 ジークは僕に返事をしてからクリシュナに頭を下げてこちらに走ってきた。

「何の話をしてたの?」

「え?」

 ジークは僕の質問になぜか焦ってどぎまぎしていた。「な、なんでもないよ」

「男同士の会話ってやつ?」

 アスナがにやりと笑ってジークの顔を覗き込んだ。

「まあ、そんなところです」

 ジークはアスナから視線をそらした。「あ、副団長。しあさってなんですが、私とコーをオフにしていただきたいんですけど、よろしいでしょうか? 難しいようなら午後からオフでも……」

 ジークの『しあさって』という言葉で僕はドキリとして鼓動が早くなった。

「え? なんで?」

 アスナは不思議そうにジークに聞き返した。

 ジークは僕を見つめてきた。『話してもいい?』という問いかけだ。僕はゆっくりと頷いた。

「しあさってはコーの誕生日なんです」

「そうなんだ! そういう事ならもちろんOKよ。コーを盛大にお祝いしてあげて!」

 アスナはにっこりと笑ってから手を振った。「じゃ、わたしはこれで帰るわね」

「ありがとう、アスナ」

 僕も手を振りかえすとアスナが思い出したように近づいてきて耳元で囁いた。

「いい誕生日になるといいわね。いっぱい彼に甘えてね」

「アスナ!」

 アスナの言葉につい僕は大声を上げてしまった。顔が妙に熱い。きっと頬は真っ赤に染まっているだろう。

「じゃ。おやすみ~」

 アスナは手を振ってギルドハウスへ向かって走って行った。

「何を言われたの?」

 ジークが僕に聞いてきた。

「何でもない!」

 僕は頬の熱を冷ますために頬を扇ぐように両手をばたつかせた。「僕たちも帰ろう」

 僕は宿屋に足を向けた。

「そうだね」

 ジークは優しく微笑んで僕のすぐ隣に並んで歩いた。僕は条件反射のように彼の左腕を取った。

「ジーク。しあさって、どうせだから家を見に行かない? 結構お金もたまったし、もう買えるんじゃないかな?」

「ああ、そうだね。そうしようか」

 そう言う優しいジークの顔を見て僕はにっこりと笑った。僕の顔を見てジークが不思議そうに問いかけた。「なに?」

「しあさってがすごい楽しみだなって!」

「あんまりハードル上げないでくれよ」

 ジークは目をそらして頭をかいた。

「ハードル? 棒高跳びぐらい僕は期待してるよ」

「うわあ。それは高すぎ」

 ジークの渋い表情を見て、僕は笑いながら宿屋の入り口をくぐった。

 

 

 

 次の日、ギルドハウスに到着するとパーティーメンバーに変更があった。ゴドフリーのパーティーのセルバンテスとアスナのパーティーのアランが入れ替わったのだ。

「今回の入れ替え、なにかあったの?」

 僕が入団して以来、ほとんど固定されていたパーティーメンバーが入れ替わったのでアスナに理由を聞いてみた。

「んー。ゴドフリーがアランが必要だって言うのよね。なんだろうね?」

 アスナが楽しそうに言った。

(これは何かある)

 僕の女の勘、もとい、男の勘がそう告げている。

「アスナ。なにか隠してない?」

 鎌をかけてもはぐらかされそうなので、僕は単刀直入に聞いた。

「なんにも隠してないわ。何が気になるの?」

 そう言いながらアスナはうふふと笑った。

「その笑いがすごーく気になるんですけど?」

「あら、わたしは笑っちゃいけないの?」

 アスナはきりっと表情を改めたが目が笑っている。

「何か隠してるって事はわかった」

 僕は腕を組んでアスナを睨みつけた。

「怖い目をしないでよ」

 アスナは余裕たっぷりに微笑むと手を二つ叩いた。「さあ、出発しましょ。今日中にフィールドボスの場所を特定しましょ」

「うー」

 ふわりとアスナにかわされ、僕は唸る事しかできなかった。

 結局、フィールドボスは次の日、聖竜連合のパーティーが場所を特定した。そして、その翌日、つまり、僕の誕生日の日にフィールドボス攻略会議が攻略ギルド間で行われることになり、結局その日はオフになった。

 

 

 

 9月27日。僕は16回目の誕生日を迎えた。

 8時のアラームで目を覚まして、僕はベッドからもぞもぞと起きて隣のベッドを見た。

「おはよう。コー」

 ジークはすでに着替えを済ませてベッドの上に腰かけていた。「誕生日おめでとう」

「ありがとう」

 僕は再び布団をかぶって、中でオフ用の普段着に着替えて起き上がった。「よし。いこっか」

「うん」

「今日はどうする?」

 外に出た僕は大きく伸びをしてからジークに尋ねた。

「まず、家探しからやってみる? 私たちの貯金だと多分タフトより下の層じゃないと買えないと思うけど」

 ジークは自然に僕の右手を取ってNPCの厩舎へ向かって歩き始めた。

「OK」

 僕はその手を握りかえしながら笑顔を向けた。「でも、厩舎付きの家なんて売りがあるのかなあ?」

「まあ、厩舎じゃなくても空いてる部屋をヴィクトリアの部屋にしちゃえばいいような気がする」

 僕たちはあれこれ家の事を話しながら歩いた。

 

 その後、僕たちはユニコーンのヴィクトリアに乗ってタフトから家探しを始めた。

 売りに出ている家はその層のNPC不動産で確認ができる。そして、上の階層ほど同じような物件でも高くなる。僕たちはタフトの第11層から順番に下がって行き第8層のフリーベンで手ごろな、というより一目ぼれする物件に出会った。

「これ、よくない?」

 僕はやや興奮気味に言った。

「いいね! いいね!」

 ジークも目を輝かせて赤い屋根の木造平屋建ての家を見つめた。

「厩舎もあるし!」

「お金も足りてるし!」

 僕たちは顔を見合わせて頷きあった。「買っちゃおうか!」

「うんうん」

 僕が同意すると、ジークは家の購入メニューを開いたところで手を止めて固まった。「どうしたの?」

「コーと一緒に購入ボタンを押したいけど、無理だよね」

 ジークは首を傾げて考え込んだ。確かに、今お金はジークが持っているし、同時に押したらシステム上どういう処理がされるか分からない。万が一僕の方が優先され『お金が足りません』なんてメッセージが出たら興ざめだ。

「じゃあ、こうしよう」

 僕はジークの右手を握って購入ボタンに導いた。

「いいね!」

 ジークはにっこりと微笑んだ。「じゃ、買うよ」

「「せーの」」

 声を合わせて購入ボタンを押した。

 僕にはなにも変化がなかったが、きっとジークには支払いの音と【家を購入しました】というシステムメッセージが流れたはずだ。

「買えた?」

「うん!」

「やったー!」

 僕とジークはハイタッチを交わした。

「ちょっと待っててね。設定するから」

 ジークはそう言って、ハウスメニューの操作を始めた。

【家の副管理者になりました】

 そういうシステムメッセージが流れた。

「訪問可能設定はフレンドまででいいよね?」

「うん」

 これで、僕たちのフレンド以外は家に入る事ができなくなる。

「じゃ、中に入ろう」

 ジークはヴィクトリアを厩舎につなぐと、僕の手を取ってドアを開けた。

「おお。中もいいね!」

 僕は家の中を走り回った。「家具も買わないとね」

「どうしようか?」

「ここをリビングにして、こっちを寝室にして」

 僕は二つしかない部屋の割り振りを勝手に決めた。「あ、ごめん、勝手に決めちゃって」

「それでいいよ」

 ジークは優しい目で頷いてくれた。「家具買いにいこ!」

「うん!」

 僕は笑顔でジークの左腕を握った。

 

 その後、僕たちは家の内装を整えた。ジークと一緒にテーブルやイス、カーテン、ソファー、照明器具などを買いそろえて行った。

 こうやって一緒に買い物して、家具を家にセッティングしていく事がとても楽しくて僕はめちゃくちゃハイテンションになった。

 家に戻って家具の設置や内装がほぼ整う頃には外から夕日が射し込む時間になっていた。

「結局、一日かかっちゃったね」

「うん」

 ジークは考え込むような表情で頷いた。

「どこか気に入らない所があるの? それとも疲れた?」

 僕は首を傾げてジークの顔を覗き込むように視線を合わせて尋ねた。

「コー」

 ジークの声が震えていた。彼は何やら緊張しているようだった。「誕生日プレゼント……。受け取ってもらえるかな?」

「ああ。すっかり忘れちゃってたよ」

 僕は家の購入と家具をそろえるだけで十分満たされていたので自分の誕生日の事を忘れてしまっていた。それにしても、誕生日プレゼントを渡すだけでジークが緊張しているのだろうか? そんな姿がなんだか可愛らしい。

 ジークはメインメニューを操作して水色の結晶アイテムを実体化させた。色からして転移結晶かと思ったが大きさが違う。回廊結晶だ。

「コリドーオープン」

 ジークがコマンドを唱えると回廊結晶が砕け、青く輝く波打つ光が現れた。

「ジーク。回廊結晶なんて……」

 回廊結晶はかなりのレアアイテムなのに誕生日だからといって簡単に使っていい物なのだろうか。僕は驚きのあまりその場で固まってしまった。

「コー。一緒に来て」

 ジークは僕の右手を取って一緒に光の門をくぐった。

 視界が一瞬光で奪われた。視界が元に戻ると目の前に夕日に燃える美しい街並みが飛び込んできた。

「わあ」

 僕の口からため息のような歓声が漏れた。この風景は見覚えがあった。というより忘れるはずはない。ここは第26層の鐘楼の天辺だ。

 あの時と同じ風景だ。形があるものじゃないけど、これは僕にとって最高のプレゼントだ。僕は鐘楼を一周しながらこの風景を目に焼き付けていると感動で涙があふれてきてしまった。

「ジーク。ありがとう。最高のプレゼントだよ」

 僕は涙をぬぐってからジークの手を取った。

 ジークは真剣な表情でその場にひざまずいた。

「何?」

 僕は首を傾げてジークを見降ろした。

 突然鐘が鳴った。6時を知らせる時鐘だ。

 ジークは僕に向かって何やらしゃべっていたが、なにも聞き取れなかった。

 やがて時鐘は鳴りやんだ。

「何を言ってたの?」

 僕は答えが分かっていたけど尋ねてみた。

「私とコーの関係が壊れる秘密」

 ほろ苦い表情でジークは僕の予想通りの答えを言った。

「僕の真似?」

 僕の言葉にジークは頷いて真剣な眼差しを向けてきた。

「私はコーを騙してる。この事を知ったらきっとコーは私を許してくれないと思う」

「やめてジーク」

 ジークの言葉に僕は不安に駆られて、彼の両手をぎゅっと握りしめた。

「けれど、私のこの気持ちは信じてほしい。私はコーとずっと一緒にいたい」

 ジークは優しく僕の手をほどくとポケットから指輪ケースを取り出して開けた。美しい青色の宝石が輝く銀色の指輪がその中に納められていた。「結婚してください」

「え……」

 あまりの想定外の出来事に僕は絶句して頭の中が真っ白になった。

 数秒、いや1分ぐらいの時間が流れたかもしれない。僕はようやく自分を取り戻した。

「僕でいいの?」

 やっと口に出した言葉は震えていた。

 僕は男なのに。僕はジークを欺いているのに。そんな気持ちが僕を躊躇させた。

「うん。私にとってコーは一番の人。――コーは?」

「僕と同じことを言うなんてずるいよ。ジーク」

 半年ほど前に言った僕の言葉をそのままぶつけてきたので僕は抗議した。

 けれど本心では怒っていない。ジークの言葉が嬉しくてまた涙があふれてきた。

「ごめん」

 ジークが顔を伏せた。

「子供っぽくて無鉄砲な僕だけど、よろしくお願いします」

 僕はひざまずくジークの頭を抱きしめるように両手で支えて唇を重ねた。

 長い、長い口づけの後、ジークは僕の左手を優しく取って薬指に青い宝石の指輪を通してくれた。

 なんだか、夢のようで現実感がまったくない。誕生日にこんなサプライズが待っていたなんて。さっきから喜びで涙が止まらない。

「ありがとう」

 僕は左手をそっと自分の胸に抱いた。

「よかったあ!」

 ジークが突然大声を上げた。「めちゃくちゃ緊張した!」

「僕は心臓が止まっちゃうかと思ったよ」

 僕はジークに笑顔を向けた。

「ごめん」

 ジークは僕の頬に流れる涙をぬぐってくれた。「棒高跳びの高さはクリアした?」

「もう、宇宙に飛び出しちゃったよ」

 僕はクスリと笑って立ち上がって鐘楼の手すりから風景を眺めた。「今日の事、いつから考えたの?」

「前から考えてたんだけど、クリシュナさんと話をして決心したって感じかな」

 ジークも立ち上がると僕の右隣に立った。

「じゃあ、3日間で指輪と回廊結晶も用意したの?」

 僕はクスリと笑ってジークの顔を見上げた。

「うん。指輪はクリシュナさんに作ってもらって、回廊結晶はトレジャーボックスから」

「あ、じゃあ、アラン君がそっちのパーティーに行ったのって……」

「正解」

 ジークはにっこりと笑って言葉を継いだ。「ゴドフリーさんと副団長にメッセージを送ってお願いしたの」

「じゃあ、プロポーズを知らなかったのは僕だけ?」

 それじゃあ、僕がバカみたいだ。そう考えるとちょっと腹が立った。

「いや、誕生日プレゼントで回廊結晶を使うって話したから、プロポーズの事は誰も知らないよ」

 僕が咎める表情になったので慌ててジークは否定した。

「すごいね。ジークは」

 僕が逆の立場だったらこんなにいろいろ準備できただろうか? 指輪を用意して、ゴドフリーとアスナに回廊結晶を手に入れるための相談をして、この鐘楼に回廊結晶の出口設定をして、そして勇気をもってプロポーズする。僕にはとてもできそうになかった。

「褒めてる?」

「もちろん!」

 僕は鐘楼からの眺めをもう一度目に焼き付けた。絶対、この風景を忘れないようにしよう。

 僕はジークの腰に手を回して頭を彼の左肩に預けた。

 

 

 やがて日が沈み、あたりは暗くなってきた。

「帰ろっか」

 ジークが優しく声をかけてきた。

「うん」

 僕たちは腕を組んだまま階段を降りはじめた。

 僕は視線を感じて立ち止まった。

「どうしたの?」

 ジークが首を傾げて尋ねてきた。

 僕はなめるように辺りを見渡した。何かいるような気がしてならないのだが、索敵スキルに何も引っ掛からない。

「気のせいかも知れないけど、なんか視線を感じたんだ」

「索敵でも引っ掛からない?」

「うん……」

 僕はジークから離れて索敵スキャンをしながらしばらく辺りを歩き回った。しかし、これという反応はなかった。

 隠蔽スキルで身を潜めている可能性を考えたが、こんなところで隠蔽スキルを使って隠れる意味があるとは思えない。

「やっぱ気のせいかな」

 僕は再びジークの左側に戻った。「帰ろう」

「うん」

 僕たちは一緒に階段を降りた。

 

 

 

 次の日の朝。僕はジークと一緒にヴィクトリアに乗ってギルドハウスに向かった。

 僕はヴィクトリアの背中で揺られながら、落ちないようにジークを後ろから抱きしめて体を安定させた。ヴィクトリアで移動する時はいつもこうするのだが、今日は今までになく恥ずかしい思いで頬が熱くなった。

 鐘楼でのプロポーズの後、家に戻ったジークは僕にプロポーズメッセージを送ってきた。もちろん、即OK。これでシステム上、僕たちは夫婦になった。

 お互いのアイテムストレージが共通化され、スキル情報やレベル情報などすべてが共有状態になった。これはアイテムもステータス情報も相手に差し出す事と同じになる。こういった方面の隠し事は一切できなくなったのだ。

 もっとも、僕とジークの間には共通アイテムストレージを設定していたし、お互いのレベルとスキルについては隠し事は一切していなかったのでこれに関しての感動も驚きもあまりなかった。

(団長からもらったメールに書いてあった事は本当だったんだなー)

 というそれぐらいの感想しか湧かなかった。

 問題はその後だ。

 その後、僕たちは倫理コードを解除して肌を合わせ、一夜を過ごした。

 その事が何度も頭でリプレイされてしまい、おかげで僕は朝から恥ずかしいやら照れくさいやらでドキドキしっぱなしなのだ。

 こうしてヴィクトリアから落ちないようにしっかりジークにしがみつくと、どうしても昨晩の事が思い出されてしまった。倫理コードをもとに戻しているはずなのに昨日の感覚が甦って鼓動が早まってしまう。

「コー、大丈夫?」

 ジークは僕の腕をやさしくさすりながら声をかけてきた。

「だめかも。夜の事が何度も頭に浮かんじゃう」

「私も……」

「いやらしいんだね。ジーク」

「ええ? そこで自分の事は棚にあげちゃうわけ?」

「ナイスツッコミ」

 僕はジークをさらに強く抱きしめた。「ボス戦までには集中を取り戻さないと」

「うん」

 ジークは僕の左手に暖かく手を重ねてくれた。「コーは私が絶対守る」

「僕も」

 僕はジークの背中にコツリと額を当てた。「ジークとずっと一緒にいれるように頑張る」

「うん。頑張ろう」

 ジークはぎゅっと僕の手を握った。「あ。結婚した事、ギルドのみんなには言っておいた方がいいよね?」

「そうだね。でも、ボス戦が終わったらにしよ? 先に言ったらみんなに気を遣われちゃいそうだし」

「それもそうだね」

 

 ギルドハウスに到着するとすでに全員がそろっていた。

「じゃ、作戦会議はじめよっか」

 アスナは僕たちが部屋に入った事を確認すると椅子から立ち上がった。部屋の中が水を打ったように静かになった。「今回のフィールドボス戦はわたしが指揮を執る事になりました。わたしは全体の指揮を執るので血盟騎士団の全体指揮はゴドフリーに任せます」

 アスナの作戦説明が始まった。

 今回のフィールドボスはベヒモスだ。アスナの説明によると、地の上位精霊という事で足が遅いものの攻撃力はなかなかの物らしい。

 アスナの作戦で僕とジークがヴィクトリアに乗り、僕の遠隔攻撃でターゲットを取り続けその間に全員が攻撃を仕掛けて一気に殲滅する事になった。

「油断しなければ大したことないモンスターよ。何か質問は?」

 アスナは全員を見渡した。手を上げる者がいない事を確認して言葉を続けた。「では、20分後に出発します。解散」

 部屋の空気が一瞬で緩み、あちこちで談笑が始まった。

「コー。ちょっと今回は負担をかける作戦になっちゃってごめんね」

 アスナが僕の所まで歩いてきて肩を叩いた。

「うん。大丈夫だよ」

 僕は頷いて、一呼吸を置いてアスナに言った。「アスナ。ボス戦が終わったらお話したいことがあるんだけど」

「あ、わたしもコーにお願いしたいことがあるんだ。ボス戦が終わったら話すね」

 アスナはそう言うと笑顔で手を振ってヒースクリフとゴドフリーの所へ歩いて行った。

 アスナは相変わらず忙しそうだ。結婚の報告をボス戦の後にして正解だったと僕は思った。

 

 

 

 フィールドボス戦はアスナの作戦が見事に当たり、まったく被害もなく終わった。ひやりとする場面もなく、いささか拍子抜けするぐらいだった。しかしデスゲームという状況を考えればずっとこの調子で行ってほしいと僕は思った。

「コー。お疲れ様!」

 アスナが僕の姿を見つけると駆け寄ってきた。「ずっとタゲ取りありがとう」

「ううん。楽勝だったね!」

「で、悪いんだけどさ、今日のギルドハウス披露パーティーの食材で足りないものがあるのよ」

 アスナは僕に謝るように両手を合わせた。「ギルドハウスの方の準備はわたしたちでやるから、このまま狩りに行ってもらえないかなあ。お願い!」

「う、うん。分かった」

 アスナはこれから料理の準備をしなければならないのだ。僕たちが結婚した事の報告はパーティーの後にした方がよさそうだ。「どこにいったらいい?」

「えっとね。ここにゴールデンハインドっていう鹿が出るらしいのよ。足がとっても速くて普通のプレーヤーじゃ狩れないみたい」

 アスナはメインメニューを操作して、情報屋のレポートを僕とジークに転送した。「ヴィクトリアじゃないと多分追いつけないから、50もあればたりると思うからお願い」

 なるほど、そういう事なら僕たちがやるしかないだろう。

「うん。わかった」

「頼むわよ。ヴィクトリア」

 アスナはポンポンとヴィクトリアの首を叩くと、ヴィクトリアは甘えた声でアスナに顔をすり寄せた。

「じゃ、早速」

 ジークが敬礼をアスナにすると、馬上の人になった。僕も鐙に足をかけてジークに引っ張り上げてもらってヴィクトリアに騎乗した。

「ジークリードさん。お願いしますね」

 アスナは手を振って僕たちを見送ってくれた。

 

 僕たちはアスナからもらった情報で第22層の森林地帯でゴールデンハインド狩りを始めた。

 ゴールデンハインドは人を見かけるとすぐに逃げてしまう上にアスナが言ったように足がかなり速かった。確かにヴィクトリアに乗っていなければ仕留めるのに苦労しそうだった。

 僕はフィールドボス戦のように左腕でしっかりジークにしがみつきながら右手のスリングでゴールデンハインドを狩った。

 午後の3時になった。

 僕たちのアイテムストレージに≪ゴールデンハインドの肉≫が次々と増えていった。

「もみじ鍋にでもするのかな?」

 ジークは次の獲物へ移動しながら言った。

「もみじ鍋ってなに?」

「え? 知らないの? 鹿肉の鍋のことだよ」

「へー。初めて聞いたかも。なんでもみじなの?」

「分かんないけど、和歌に『奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋はかなしき』ってあるじゃない。そこからじゃないの?」

「ジークってすごい物知りなんだね」

「ええ? これですごいって言われてもなあ。百人一首ってやらなかった?」

「覚えてない」

 僕はため息をついた。僕は古典なんて大嫌いだった。あんなの日本語じゃない。「じゃあ、今の気持ちを和歌でどうぞ」

「え? んー」

 ジークリードはしばらく考えて、静かに言った。「君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな」

「意味が分からないよ。日本語でお願いします」

「嫌」

「えー」

「まっすぐ言うと恥ずかしいじゃん」

 ジークは振り返って僕を見た。頬も耳も赤く染まっていた。「それに、百人一首は立派な日本語だよ」

 僕は頬をふくらませジークに抗議しようとした時、アスナからメッセージが来た。

『第22層の転送門まで来て』

「あれ? コーにも副団長からのメッセージ届いた?」

「うん」

 僕はギルドメニューでアスナの現在位置を確認すると、この第22層の主街区にいた。「アスナ。主街区にいるね」

「なにかあったのかな。急いで行こう」

「うん」

 僕が答えるとジークは転送門までヴィクトリアを急がせた。

 

 転送門の前でアスナが待っていた。

「アスナ、何かあったの?」

 僕は何か予定外の事が起こったのか心配して尋ねた。

「ううん」

 アスナは満面の笑みで僕に答えた。どうやら、心配する事ではなさそうだ。

「ごめん。まだ肉は18個しか……」

 僕はヴィクトリアから降りてアスナの前に立った。

「それだけあれば、大丈夫」

 アスナは僕ににっこりと微笑んだ後、ジークに視線を移した。「ジークリードさん、ヴィクトリアを厩舎に預けてきてくれないかな?」

「分かりました」

 ジークは頷いて、NPC厩舎へ向かった。

「ねぇ。何かあったんじゃないの?」

 披露パーティーまであと2時間もある。料理の時間を考えてもあと1時間は狩りを続けられるのに、アスナはなんでこんなに余裕の表情を見せているのだろう。

「なんでもなーい」

 うふふと笑いながらアスナはとても楽しそうに答えた。

「お待たせしました」

 ジークが走って戻ってきた。

「じゃ、行くよ。コリドーオープン!」

 アスナはポケットから回廊結晶を取り出してコマンドを唱えた。

 回廊結晶によって作られた光り輝く転送門を見ると、昨日のジークのプロポーズを思い出してしまう。

「さ、来て来て!」

 弾む声で僕たちを促しながら、アスナが光の渦に飛び込んだ。

 訳が分からないまま僕たちは光の門をくぐった。

 視界が元に戻ると、そこはギルドハウスの中だった。パーティーの準備はほとんど終わっているようだったが、なぜかアスナ以外誰もいない。そのアスナは黒色のゴシック調メイド服に着替えていた。

「じゃ、コー。これを着て」

 アスナはメインメニューを操作した。「ジークリードさんはこれ」

「え? メイド服じゃないの?」

 僕は受け取った物を確認した。純白のロングドレスとシンプルな銀のティアラ。アイテムストレージが共通化されているので、ジークに渡された服も確認できた。

 ジークに渡されたのはどうやらタキシードのようだった。

「早く着替えて」

 アスナが催促したので僕たちは装備変更した。

 純白のドレスの僕と黒のタキシードのジーク。これじゃまるで結婚式の服装だ。

(どういうこと? まだ誰にも話してないはずなのに)

 僕は訳が分からず、ジークを見た。ジークも戸惑いの表情で僕を見返してきた。

「さ、二人で外に出て」

 アスナがギルドハウスの出口を指差した。

 二人で扉の前に立ち、ジークが扉を開けると驚くほどの人数が外に待ち構えていた。血盟騎士団だけでなく、聖竜連合、風林火山をはじめとする攻略組の面々が一堂にそろっていた。

(なにこれ!)

 僕は思わず立ちつくしてしまった。

「せーのぉ!」

 と、リズのかけ声が聞こえた。彼女の服はいつもの作業着ではなく、アスナと同じメイド服だった。そして、その隣にはルーシーとクリシュナもいた。

「「「「「コートニー、ジークリード、婚約おめでとう!!」」」」」

 その場にいた全員が声を合わせて言った。そして、割れるような拍手と口笛、祝福の歓声が響いた。

 僕もジークも呆然としてしばらくその場で固まって動けなくなってしまった。

「アスナ。どういう事?」

 ようやくその固まった状態から自分を取り戻すと、僕は後ろにいるアスナに尋ねた。「なんで、みんな知ってるの?」

「これ、明日の号外。一足先に攻略組の人に渡したの」

 アスナはニヤリと笑って一枚の紙を直接手渡してきた。それを僕たちは二人でむさぼるように見た。

 題字は良く読んでいる≪Weekly Argo≫だ。隅に≪号外≫と書かれていて、その下に『コートニーさん、婚約!』と太いフォントで大きく書かれていた。さらにその下には赤く輝く街並みを背景にした僕とその目の前にひざまずいているジークの写真。これは昨日のプロポーズの場面ではないか。写真の下には『写真提供:血盟騎士団広報部』と書いてあった。そんな部など聞いたことはない。

 僕とジークは顔を見合わせた。

(あのプロポーズを見られた! 写真まで取られた!)

 たちまち、僕たちの顔が赤く染まった。

 あの鐘楼からの帰り際、誰かの視線を感じたが、やはりあそこに人が潜んでいたのだ。僕の索敵スキルから逃れられるほどの隠蔽スキルを持っている人物はそう多くない。血盟騎士団ではあいつしか考えられない!

「アラン!」

 僕は声を上げてアランを睨みつけた。

「いやー。ジークがあそこで回廊結晶のマーキングをしたのは尾行してたから知ってたんだけど、まさかプロポーズだとは思わなかったよ」

 ゴドフリーの背中に隠れながらアランがニヤニヤ笑った。「でも、アルゴに写真を売ったのはダイゼンだぜ」

 僕は二つの石を実体化させて握りしめた。

「コー! だめだよ!」

 ジークの制止も聞かず、僕は『ガリッ!』と音がなるほど歯ぎしりをした後、二つの石を≪ダブルショット≫で放った。

 二つの石は青白い光をまとった彗星のように鮮やかな軌道を描いてゴドフリーの陰に隠れたアランと逃げ出そうとしたダイゼンに見事命中した。安全圏内なのでヒットポイントは減らないが、ノックバックで二人は地面に突っ伏した。

「おお。すげー」

 という感嘆の声が周りから上がった。

 隣のジークからは深いため息が聞こえた。

「コー。こういうの迷惑だったかな?」

 アスナが不安げな表情で僕の耳元で囁いた。「わたしが勝手に呼びかけてやっちゃったんだけど……」

「そんな事ない」

 僕はアスナの暖かい気持ちが嬉しかった。アスナを抱きしめて耳元で囁いた。「とても嬉しい。ありがとう」

「よかった。じゃあ、集まってくれたみんなにもお礼を言ってあげて」

 アスナは優しく僕の背中を叩いて体を離すと、僕を会場のみんなに向けさせた。

 僕はアスナに頷いてみんなに視線を向けた。50人ぐらいいるだろうか。何を言ったらいいのだろう。緊張のあまり心臓がばくばくいって頭が真っ白になってきた。僕は無意識のうちにジークの左腕を掴んで震えてしまった。

「みなさん。ありがとうございます」

 よく通る声でそう話し始めたのはジークだった。「この号外ですが、訂正してもらわなければなりません」

「え?」

 ジークの言葉に会場がざわめいた。

「なぜなら、わたしたちは結婚していますから、婚約ではありません」

 ジークがそう言うと「おお」という声と拍手が響いた。「みなさん、なんて言っていいか分からないですけど、私たちのために集まってくださって本当にありがとうございます!」

「では、みなさん。お手元のグラスをもってー」

 リズが僕たちにグラスを持たせるとアスナが黒エールを注いでくれた。「結婚、おめでとー。かんぱーい!」

 グラスが高々と掲げられたあと、あちこちでグラスのふれあう音が響いてパーティーが始まった。

 僕たちは上等な椅子に座らされて、攻略組の人たちから代わる代わる祝福を受けた。みんなの言葉がとても暖かい。

 昨日も今日もサプライズだ。僕の身の回りの人たちはなんと暖かい人たちばかりなのだろう。

(神様。ありがとうございます。僕のような人間にこんなにも多くの暖かい仲間を集めてくださって)

 ややカオス状態に突入しつつある宴を眺めながら僕は神様に感謝した。

 リアルでもいつかこんなパーティーが開かれるといいな。

 その時は僕は参加できないだろうけど、ここにいるみんなには幸せになって欲しい。特にジークは……。僕の命に代えても絶対にリアルで幸せになって欲しい。

 僕はジークの手を取って、彼に微笑みかけながら神様に祈った。




深刻な壁不足です。これから冬に向かっていくというのに体がもつか心配です(違)

お待たせしてすみませんでした。今回は2万1千文字という今までにない長さになってしまいました。長い割には中身がないのは本来の仕様です(涙)
デスゲームという環境の中、結婚という慶事にのりのりの攻略組。というのを書きたかったのですが、うまくいきませんでした>< 宴会シーンって難しい;;

さて、裏設定の数々~
ユニコーンの二人乗り。
ヴィクトリアにジークリードとコートニーは二人乗りしております。実際のお馬さんで二人乗りは結構厳しいですが、ここではユニコーンという幻獣でしかも二人乗り用の鞍が取り付けられているという設定でございます。当然、鐙も二人分あり後ろ側に乗るコートニーは鐙で下半身を支え、左腕でジークに掴まって上半身を安定させております。右手はスリングもってモンスターを攻撃します。ジークリードは騎乗スキルが高いので下半身だけでヴィクトリアを操ることができます。フロアボス相手の時はギルドメンバーとの連携が求められるのでヴィクトリアの出番はないようです。

クリシュナさん。
まったく登場予定がなかったのですが、ここでルーシーレイの旦那様として登場していただきました。本来は前線で戦うような人なのですが、デスゲームとなったソードアート・オンラインでは「命は大事にしてよ」というルーシーレイの言葉で彼女と共に職人の道を選びました。

アラン君。
シーフというスキル構成を生かして、ジークリードを尾行。回廊結晶のマーキングを確認。誕生日当日はオフだったので朝からひたすら鐘楼で待ち続けたという猛者。前回のボス戦でゲットした隠ぺいスキルプラス補正のポンチョを身にまとっていなければコートニーの執拗な索敵に引っかかるところだった。まさかのプロポーズという展開をあわててゴドフリーのアニキに報告。ゴドフリーからアスナに連絡が入り、急きょ、ギルドハウス披露パーティーから婚約披露パーティーに変更することになった。

アスナ。
コートニーとジークリードが婚約したという事を聞きつけ、パーティーの趣旨を変更。二人以外のギルドメンバー全員とリズベットを朝早くにメッセージにて召集。サプライズパーティーを画策した。(だからコートニーとジークリードがギルドハウスに到着した時には全員がそろっていた)ボス攻略戦後、各攻略ギルドにギルドハウス披露パーティーではなく、二人の婚約披露パーティーに変更することを報告。参加を呼び掛けた。アスナはこのサプライズパーティーの料理をすべて作成。一日でスキルが150上がった。

クライン。
ギルドハウス披露パーティーから婚約披露パーティーに変更になったことをアスナから聞き、お祭り好きの彼が中心になってほかの攻略組メンバーに口コミで広がっていった。血盟騎士団のメンバーより熱心にパーティー参加を呼び掛けた。

キリト。
鬱なので今回のパーティーには不参加。フィールドボスのラストアタックはちゃっかりゲット。

エギル。
コートニーと仲直りのチャンス! ということでパーティーの最中に「コングラチュレーション!」とにこやかに話しかけるも、またしてもコートニーに無視されてしまい、失意のどん底。ジークリードに慰められる。

ダイゼン。
婚約披露パーティーに変更になって売り上げ倍増。しかも、アルゴに二人のプロポーズシーンの写真を買い取ってもらい大量の資金をゲット。コートニーに石をぶつけられちゃいましたが、早くも次のギルドハウスの資金のメドがついたようです。金銭的にホクホク顔でした。

ヒースクリフ。
ウェイター姿で働くもいつの間にか姿を消した。(二人の家に盗撮カメラを設置にむかったらしい)

二人の初夜。
執筆を開始しました(ぇっ!?)

ジークリードの和歌発言。
ジークリードは運動はバスケ、勉強は国語が得意という文武両道の見本。リアルではコートニーよりとても高い評価を受けている女の子でした。1学年違いますがアスナさんといい勝負のようです。

メイド服。
コートニーが着るはずだったメイド服を今回リズベットが着用。その姿を見たアスナが後日、彼女がお店を持った時にウェイトレスのような服装を勧めるきっかけになった。

んー。裏側のどたばた劇。書いてみてもいいかも^^;


ツイッターやブログでレビューしてくださった方々。本当にありがとうございます。篤く御礼申し上げます。

次は閑話ちっくな短いお話なので来週前半にはアップできると思います。
今後ともよろしくお願いいたしますorz

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