ヘルマプロディートスの恋   作:鏡秋雪

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第25話 vsアスナ 【コートニー10】

 第75層の主街区≪コリニア≫は古代ローマ風の建物が並ぶ美しい街だ。

 第75層の転移門前に建っている白亜の巨大コロシアム。ここで血盟騎士団主催の大イベントが開かれていた。

 円形の闘技場には千人以上の観客が詰めかけているのだ。お目当ては≪生ける伝説・ヒースクリフ≫vs≪二刀流の悪魔殺し・キリト≫のデュエルだ。さすがに一試合だけでは間が持たないので、血盟騎士団ナンバー2決定戦なるトーナメントが開かれたのだ。

 もっとも、ナンバー2はアスナと決まっているので、アスナの試合は賭けの対象にならなかったようだ。

 参加したのはパーティーリーダーをつとめるアスナ、ゴドフリー、プッチーニ、アカギの4人。そしてメンバー内の予選を勝ち抜いた僕、ジーク、クラディール、マリオの4人。

 ソードアート・オンラインでこういうイベントが行われることが珍しく、多くの観客を集めた。

 元々はアスナを賭けてのキリトとヒースクリフのデュエルだったはずだが、ダイゼンがギルド運営資金を集めるチャンスとばかりにこんな大きなイベントにしてしまった。その企画力と運営力に僕は舌を巻いた。

 

 【第1試合 アスナvsジークリード】

 贔屓目でなく、ジークはすごく頑張ったと思う。パーティー内でタンク役をつとめる彼はどうしても俊敏度が劣る。アスナはセオリー通りの猛攻を加え、ジークがシールドでしのぎながらカウンターを狙った。

 勝負が決まったのはアスナのフェイントだった。振り下ろすかに見えた剣を一瞬止め、ジークの盾を誘い出して懐に飛び込んで≪パラレル・スティング≫を叩きこんだ。

 

 【第2試合 ゴドフリーvsクラディール】

「ご覧ください。アスナ様! 私の真の実力を!」

 なんていう恥ずかしい宣言をしてクラディールがデュエルを始めた。ゴドフリーもあきれて苦笑を浮かべていた。

 二人とも両手武器使いという事で激しい打撃戦になった。

 デュエルの初撃決着モードは最初にソードスキルを相手に命中させるか相手のヒットポイントを半減させれば勝利だ。

 果てしないソードスキル抜きの打撃戦で相手のイエローゾーンにするというしょっぱい試合かと思われた時、クラディールがゴドフリーを一瞬のけぞらせ突進技の≪アバランシュ≫を放った。

 クラディールに金星が! と会場がざわめいたが、ゴドフリーが見たこともないソードスキルで≪アバランシュ≫もクラディールも一振りで撃破した。

 クラディールのタイミングも技のチョイスも誤っていないはずだが、ゴドフリーが力づくで粉砕した感じだ。脳筋の面目躍如といったところだろう。

 

 【第3試合 プッチーニvsコートニー】

 数合打ち合わせた後、一瞬プッチーニは隙を見せた。罠かも? と思ったが思い切って踏み込んで≪ソニックリープ≫を放つとあっさりと命中した。

 あまりにもあっさりと決着がついたので、勝負が決まってもコロシアムが静かなままだった。誰もが拍子抜けしてしまったのだ。

「いやあ、左手の人と戦うのが初めてで感覚が狂っちゃったよ~」

 なんてプッチーニは負けた後、頭をかいた。

 多分、プッチーニは本気を出してなかったのだろう。大人な彼の事だ。僕がアスナと戦いたがっている事を思って勝利を譲ってくれたのかも知れない。

 

 【第4試合 アカギvsマリオ】

 タンク同士の戦いという事で地味な削り合いになった。

 ソードスキルを放とうが通常技を繰り出そうがお互いの盾がすべてを受け止めた。

 フェイントや盾を使っての打撃など、攻略組から見ればハイレベルな戦闘も一般人から見ると退屈な戦いに映ったらしい。通常2分程度で決着がつくデュエルにしては異例の10分を超えたあたりから「いい加減に決着つけろよ!」なんて声がコロシアムのあちこちから漏れ始めた。

 戦ってる二人は恐らく戦闘に集中しているから聞こえていないと思うが、仕掛けたのはアカギの方だった。

 力づくで盾を跳ね上げ殴り合いの格闘戦の間合いまで詰めた。こうなってはお互いの剣も盾も存分に振るえない。

 たまらず、マリオが後ろに跳んだ。そこを狙い澄ましてアカギが≪ヴォーパルストライク≫を放った。が、後ろに跳んだマリオもそれを狙っていたのだ。後ろに着地する前に≪スラント≫を立ち上げ、アカギへ突進した。

 相討ち……。実戦であればアカギの方がマリオに大ダメージを与えていただろうが、デュエルは初撃決着モードだ。スキル起動が速いスラントに軍配が上がったらしく、システムはマリオの勝利を宣言した。

 ついさっきまで苦情の声を上げていた観客たちは称賛の歓声に変わった。

 

 【準決勝 第1試合 コートニーvsマリオ】

 思い返してみれば血盟騎士団に入団してからずっとマリオとは同じパーティーだった。壁戦士としてとても優秀で状況判断能力に優れていて機転もきく。ジークとマリオの二人で組んだ壁の安定性は後衛の僕にとってとても安心できるものだった。

 振り返ってみると口数が極端に少なく、了解を意味する「ヤー」とか「いいえ」とかぐらいしか言葉を聞いたことがない。

「マリオさん。僕に勝ちを譲ろうなんて、考えてないよね?」

 デュエル開始を告げるカウントダウンがすすむ中、僕は右腕が動き回らないように左手でポケットにいれながら尋ねた。

「考えてません」

 僕はマリオの3つ目の言葉を耳にした。

「よかった」

 僕はクリスを抜きながら微笑んだ。

 マリオは無言のまま抜刀し盾を構えた。防御重視、カウンター狙いだろう。

 カウントダウンの数字がゼロになり【DUEL!】の紫の文字が閃光を輝かせて砕け散った。

 僕は猛然とダッシュしてマリオに斬りかかった。

 左利きの剣士はソードアート・オンラインでは数少ない。どちらかと言えばモンスター戦が優先されるこの世界では右利きの人が左利きの人と対戦する事はめったにないだろう。

 数合剣を打ち合わしたところで、思い通りにならない戦いにマリオが小さく舌打ちした。プッチーニが言った言葉もまんざら嘘ではなかったかもしれない。

 マリオとしては僕の攻撃を盾で受け流して剣で反撃をしたいところであろうが、彼にとって右側からやってくる攻撃に否応なく剣で受け止める事になっている。僕はその優位性を広げるために左へ左へと回り込みながらマリオに攻撃を加えた。

 そろそろ、マリオは右からの攻撃に慣れてきた頃だろう。僕は賭けに出た。

 隙の少ない3連撃、≪シャープネイル≫をマリオにとって左側から放った。

 左、盾ではじく。

 マリオは久しぶりの攻撃のチャンスに通常技の剣を振り下ろす。

 右、マリオの剣と僕の2撃目がぶつかる。

 左、僕の3撃目をマリオは盾で弾き飛ばした。シャープネイルの隙が少ないとはいえ、僕は硬直時間が科せられた。

 マリオは剣をソードスキルで輝かせた。恐らくは≪スラント≫。技起動が最も速いソードスキルだ。

 マリオの表情には疑問が浮かんでいた。(罠ではないか?)そんな顔だった。

 僕は硬直時間から解放され、身体を翻した。その反動を利用して軽業スキルの補正いっぱいに使って斬りかかってくるマリオの右手に回し蹴りを食らわせた。

 僕は残念ながらキリトのような体術スキルを身に着けていない。会得していればこれで勝負ありだったが、蹴りの衝撃のノックバック以外の被害はマリオに与えられない。

 でも、僕にはその一瞬のノックバックで十分だった。そのまま振り返りざまに≪ホリゾンタル≫を蹴りあげられてがら空きになったマリオの右脇腹に浴びせた。

 視界の隅に紫の文字で【Your victory】と表示が輝いた。

 途端に今まで聞こえなかったコロシアムの歓声が僕の耳をつんざいた。

 

 【準決勝 第2試合 アスナvsゴドフリー】

 勝負は一瞬だった。

 デュエル開始と同時にアスナが前傾姿勢をとって一歩を踏み出しその姿がかき消えた。

 なんとか、その姿を捉えた時にはアスナの愛剣≪ランベンライト≫が輝きゴドフリーの身体を貫いていた。

 ≪フラッシング・ペネトレイター≫。細剣の突撃系ソードスキルだ。スピードが速すぎてコロシアムにいる観客のほとんどは何が起こったか分からなかったはずだ。

 システムが表示させたデュエル結果を見て、しばらく経ってから割れんばかりの歓声と口笛と拍手が響いた。デュエル時間1秒。実際は1秒も経っていないだろう。

 さすがアスナ。規格外の強さだ。

 

 【決勝 アスナvsコートニー】

 僕は闘技場入り口でベンチに座ってデュエル開始の時を待った。

 ふと、僕は第56層で行われたアスナとキリトのデュエルを思い出した。

 アスナが本気を出してデュエルに挑んだのは後にも先にもあの時だけだ。

 あれは第56層でフィールドボスの攻略方針に反対したキリトにいう事を聞かせるために勝負を挑んだのだ。あの時から比べればレベルが20以上あがっているだろうからもっと速くなっているだろうとは思っていた。しかし、ゴドフリー戦で見せたあのスピードは僕の予想をはるかに上回っていた。

 多分……いや、間違いなく僕はアスナに勝てない。

 キリトと言えば、つい先日彼は第74層のボスを二刀流を操って単独撃破した。ただでさえ強い彼なのに二刀流というユニークスキルまで身に着けてボスクラスの強さを手に入れたのだ。よほど神に愛されているのだろう。

 一方、右腕が動かなくなった僕の場合はどうなのだろう? よっぽど嫌われてるのか。『神は愛する者に試練を与える』なんてよく聞くけど、いい迷惑だ。もっとも、僕の場合は罰なんだろうけど……。デスゲームという特殊な世界で生き残るために性別を偽ってジークに依存しているのだ。そんな僕が神様に愛されるはずがない。

 僕はそんなとりとめのない事を考えながら優しい視線を送ってくれているジークを見上げると、歓声が上がった。時間だ。

「じゃ、いってくる」

 僕は立ち上がりながらジークに言った。

「頑張って」

 ジークは微笑みながら手を振った。

「うん」

 ゆっくりと歩き、開け放たれている闘技場につながる門をくぐった。

 闘技場に足を踏み入れると、観客たちは僕の姿を見て割れんばかりの歓声があがった。闘技場の反対側にアスナの姿が見えた。途端に僕の身体が緊張のあまり震えた。

 なぜだろう? アスナには絶対勝てないと分かっているのに、プッチーニやマリオと戦う時以上に緊張している。勝てないんだから、アスナの胸を借りるつもりで自分の力のすべてをぶつけるだけなのに……。ゴドフリーのように一瞬で敗れる事が怖いのか……。自分でもわからない。

 僕は踵を返して、駆け足で控室に戻った。そんな僕を見て、コロシアムからどよめき声が聞こえてきた。

「コー?」

 戸惑っているジークの身体を僕は左腕一本で抱きしめた。本当は両手でしっかりと抱きしめたかったけれど、動かないものはしょうがない。

 緊張で震える心がジークのぬくもりで溶かされていく。

「よし、充電完了」

 1秒ほど抱きしめた後、僕は自分に言い聞かせるように呟いてジークを見上げた。「今度こそ、いってきます」

「コーらしく、思いっきりぶつかってきて」

 ジークがそう言いながら僕の頭を撫でて一瞬、唇を重ねてくれた。

「うん!」

 僕は身体を翻して、タイムロスを取り戻すように駆け出した。

 そうだ。思いっきり全力でぶつかってみるだけだ。

 そう覚悟を決めて、すでに闘技場の中央で立っていたアスナの前で僕は立ち止まった。

「大丈夫?」

 アスナがにっこりと僕に微笑みかけてきた。

「大丈夫!」

 僕もアスナに負けないぐらいの笑顔で微笑んだ。「アスナ。このデュエルで勝っ……。ううん。いい勝負したら、パーティーで前に出してよ」

 僕が血盟騎士団に戻ってから、以前のようにアスナのパーティーで迷宮区マッピングをしている。しかし、アスナは僕を気遣ってか、ほとんど前に出させてくれない。後衛に徹して回復役に専念させ、完璧に安全な時のラストアタックぐらいしか前に出させてくれない。

 アスナに勝つなんて不可能だから、『いい勝負をしたら』にハードルを下げた。

「ちゃんと、前に出してるじゃない」

 うふふと笑い声をあげながら、アスナは右手でメインメニューを立ち上げてデュエルを申し込んできた。

「ああいうラストアタックの時だけじゃなくって、前みたくちゃんとポーションローテの一員に加えてよ。ってか、分かってて言ってるでしょ?」

 僕はため息をついて、右手を左手で動かしながらデュエルを初撃決着モードで受託した。

 カウントダウンが始まる。

「せっかくだから、コーの全力を見せてもらうわよ」

 アスナは表情を引き締めるとランベンライトを抜いた。

「うん。見て」

 僕は頷いて、右手を左手でポケットに突っ込むとクリスを鞘から抜いた。

 リズが作ってくれた新しい僕の剣。名前は≪レダン・プリンセス≫。クリスには2種類あり独特のうねった刃は女性を意味するそうだ。僕はその赤い刀身に一目ぼれをした。きっと名前にも意味があるのだろう。いつか現実世界に戻れたら、その名の由来を調べてみよう。

 とりあえず、今は目の前のデュエルに集中しよう。

 僕はうねった刀身の向こうのアスナを見つめた。すでに抜刀し隙なく構えている。美しい構えだ。僕もレダン・プリンセスを構える。

 多分観客からは僕たちは合わせ鏡に映っているように見えるだろう。髪の色が栗色と漆黒の違いはあるけれど……。

 5……4……3……2……1……0!

 僕の視界の中央で【DUEL!】の紫の文字が閃光を輝かせて砕け散った。

 砕け散る文字の向こうでは一歩目を踏み出したアスナが見えた。次の瞬間にはその姿がかすむほどの加速でランベンライトをソードスキルで輝かせながら僕に突進してくる。

 僕も踏み出す。急激に周りの歓声が遠のくように消えて、全神経をアスナに集中し全身の動きを反射神経に委ねた。

 見える!

 ゴドフリーに感謝せねばなるまい。準決勝でのアスナの動きを見ていなければ僕は完全にアスナを見失っていただろう。

 アスナの≪フラッシング・ペネトレイター≫に対抗して僕も突進技≪ソニック・リープ≫を発動してアスナに向かって突撃した。

 ソードスキルをまとった刃と刃がぶつかり合ってまばゆく光を散らした。

 アスナの≪フラッシング・ペネトレイター≫の方がソードスキルとしての威力は上だ。しかし、筋力パラメータと踏み込みの威力は僕の方が勝っていたらしく、このぶつかり合いはまったくの互角だった。

 お互いの硬直時間を抜けた後、通常技で剣を交し合う。

 僕たちは剣先だけを見ていない。相手の視線。腕の振り。そういった全体から情報を受け取ってこちらの動きは身体にゆだねた。

 右、左、突き、上、下。あらゆる方向から繰り出されるアスナの鋭鋒をはじき返し、僕からも反撃をぶつける。

 激しくぶつかり合う剣が火花を散らし、周囲にいくつもの星を形作っていく。

 速く。速く。速く。もっと速く!

 俊敏度はほぼ互角。あとはナーヴギアと脳の反応速度の勝負だ。

 アスナの剣に僕は導かれているようだった。アスナの次の攻撃が見える。繰り出すソードスキルも通常攻撃もフェイントも何もかも。僕はアスナと一体になったような不思議な感覚に陥った。

 ぶつかり合う剣が一瞬動きを止め、つばぜり合いになった。

 僕は刀身をひねらせてアスナの重心をわずかにずらし、一気に左に流した。

 アスナの体勢が崩れた。チャンスは今しかない。アスナに追い打ちをかけるために僕は身体をひねり回し蹴りを放った。

 がら空きになったアスナの背中に命中する。……そう思った直前にアスナの左拳が僕の蹴りを弾き飛ばした。

(え! 絶対かわされないと思ったのに)

 僕は逆に体制を崩された所にアスナの膝が僕の腹部を捉えた。

 アスナが体術を持っていなくて助かった。僕はアスナからの追撃をかわすために後ろに跳んだ。

 絶好のチャンスだったはずなのにアスナの追撃はなかった。

「マリオさんとのデュエルを見てなかったら危なかった~」

 アスナの余裕の笑みを見て、僕は敗北を悟った。僕はいっぱいいっぱいなのにアスナにはまだ余裕があるのだ。

「油断してると、僕が勝っちゃうよ」

 敗北を確信したが、僕は強がりを言ってその気持ちを振り払った。

「今度はコーから仕掛けてみる?」

 アスナは切先を振り下ろすと左手で僕を招くようにして挑発した。

「セイッ!」

 僕は一歩を踏み出して一気に間合いを詰めた。

 再び激しい剣戟を交わす。スピードがどんどん上がって行く。

 一瞬の隙を再び作れるだろうか? 僕はその一瞬を捉えるため全力でアスナにぶつかった。

 その一瞬が訪れた。レダン・プリンセスのうねった刃がランベンライトの剣先を微妙に狂わせた。この時を逃したら、アスナに追い込まれてしまうだろう。

 僕は最後の勝負に出た。

 アスナのランベンライトを弾き飛ばした所で僕はレダン・プリンセスを大地に突き刺しそれを支点にして左足で蹴りを放った。

 アスナの目は完全に僕の蹴りを見切っている。アスナの目を見て僕は悟った。

 僕は足をたたんで鋭く身体を回す。僕の蹴りを叩き落そうとしていたアスナの左手が空を切った。

 僕はポケットの中の右手でピックを2本握った。同時に左手を離して、右手のピックにソードスキル≪ダブルショット≫を発動させた。肩をひねり右手をポケットから引きずり出し、体全体を回転させ振り子のようにして2本のピックをアスナに撃ちこんだ。

 ソードアート・オンラインではソードスキルを発動させればあとはシステムが技を命中させてくれる。投擲の場合は大体の方向が合っていればその軌道をシステムが修正してくれるのだ。もちろん、相手の弱点に正確に命中させるには微妙な調整が必要だ。アスナはその技に長けていて針の穴に糸を通すような正確さでモンスターの弱点にヒットさせることができる。

 アスナの表情に初めて焦りが浮かんだのを僕は見た。

 間髪入れず、レダン・プリンセスを左手で握り今度は≪ペネトレーションアタック≫を乗せてアスナを正確に狙って投じた。

 アスナの事だ。これぐらいの攻撃では躱されるかも知れない。

 僕は左手で右手を振ってメインメニューを立ち上げ、左手にジークから借りた≪ゴライアスソード≫を装備した。

(ジーク! 力を貸して!)

 僕はアスナに踏み込みながら≪バーチカル≫で剣を輝かせて振り下ろした。

 アスナは襲いかかってくる二つのピックを一刀で弾き飛ばし、レダン・プリンセスはしゃがみ込むようにして回避を試みた。

 うねった刃がアスナの左肩をわずかに切り裂いた。しかし、強ヒット判定は下されなかった。それでも、ずるずるとアスナのヒットポイントが減少した。

 うずくまったアスナに僕は刃を振り下ろす。例え、クリーンヒットしなくてもアスナのヒットポイントを削ってイエローゾーンまで落とし切れば僕の勝利だ。

「ヤーッ!」

「セイッ!」

 お互いの気合の声が響き、剣が激しくぶつかり合った。

 僕の剣はもう少しでアスナの右肩を捉えるところだったが、遂に押し返されてしまった。

(だめだったか……)

 連続攻撃のすべてをアスナに止められた。僕はすぐに襲ってくるであろうアスナの攻撃を待った。

 だが、アスナは攻撃をすることなく、後ろへ跳んだ。

(え?)

 アスナの顔を見ると頬に一筋の涙を流していた。

「コーはすごい。すごいよ。あんなことがあったのに、ここまで……」

 アスナはそこで言葉を飲み込んだ。そして、涙のしずくを左手で華麗にはらうとにっこりと笑った。「本気で行くね」

 アスナが前に体重をかけたかと思った次の瞬間には目の前にいた。僕は必死にバックステップで距離をとろうとしたが引き離せない。

 ランベンライトの輝いた。この輝きは≪スター・スプラッシュ≫だ。剣だけでなくアスナが輝いたように見えた。

 僕は必死でその剣技を受け止めた。中段突き3弾を何とか弾き飛ばす。

 意識が加速したのを僕は感じた。斬り払いの往復をステップで躱す。斜め切り上げにゴライアスソードを必死に合わせる。

 しかし、ここまでが限界だった。アスナの剣は見えているがもう、体がついてこない。上段への突きを首をのけぞらせて躱したが、そこまでだった。≪スター・スプラッシュ≫の最後の突きが僕の胸に突き刺さった。

 激しいノックバックに襲われ僕は宙に飛ばされた。

 視界の隅に紫の文字で【Your defeat】と表示が輝いた。

(ああ、負けちゃった)

 悔しさなど何もない。むしろすがすがしい気持ちだった。アスナが最初から本気を出せばこんなふうに一瞬で勝負は決まっていたのだ。僕の力を出し尽くしてあげようというアスナの優しさに包まれながら僕は地面へ落下した。

 地面に叩きつけられると思っていたら、アスナが優しく背中を支えてくれた。

「ナイスファイト」

 瞳にいっぱい涙をためてアスナが語りかけてくれた。

「アスナ。めちゃくちゃ強くなってるね」

 加速されていた意識が通常レベルに戻り、コロシアムの割れんばかりの歓声が聞こえてきた。

「わたし、あの人の隣でずっと戦いたいから」

 アスナはにっこりと微笑んで両手を持って僕を立たせた。

 あの人――キリトの隣で戦うためにアスナも強くなっているのだ。元々の才能もあるかも知れない。でも、それだけでなく彼女も努力を重ねているのだ。

「ありがとう」

「コー。これからパーティーを頼むわね」

「え? 何を言ってるの?」

 僕はアスナの言葉の意味が分からずに尋ねた。

「コーならわたしが言った事、すぐわかるわ。じゃあ。わたし、キリト君の所に行くね」

 僕に手を振ってからアスナは踵を返した。

「うん」

 僕は釈然としないままアスナを見送ってから、ゴライアスソードをアイテムストレージに格納し地面に落ちているレダン・プリンセスを拾い上げた。

 僕は歓声に応えながら闘技場を出た。

「お疲れ様。惜しかったね」

 ジークが優しく出迎えてくれた。

「ううん。やっぱり、ぜんぜん敵わない。アスナはすごい」

 僕は首を振って微笑んだ。「さっき、アスナに言われたんだけど。『パーティーを頼む』って。どういう事かな」

「ああ」

 少し考えてジークは閃いたようだ。「この後のデュエルの結果がどちらに転んでもコーがパーティーリーダーになるって事じゃない?」

「え? だって、団長が勝ったらキリトさんはウチの団員になるじゃん」

 キリトが勝った場合はアスナは一時、血盟騎士団を抜ける。この場合は僕がパーティーリーダーになってもおかしくないけれど、団長が勝った場合はアスナは血盟騎士団に残るのだ。

「単独でフロアボスを倒しちゃうような人だよ? バランスが悪くなっちゃうよ。それに……」

「ああそうか」

 僕はジークが言いたいことを理解して頷いた。

 アスナはずっとキリトのそばにいたいのだ。思い返してみれば、第74層の迷宮区探索も二人でしていたではないか。キリトが血盟騎士団に入団した場合、アスナと二人のパーティーを組むつもりなのだろう。

「いずれにしても」

 ジークはにっこりと微笑んで僕の頭を撫でた。「アスナさんがコーの力を認めてくれたって事だよ」

 それはとても嬉しい事だった。

 まったくアスナには敵わなかったけれど、少しでも追いつきたい。これからもっと、頑張って行こう。

 コロシアムの歓声が再び大きくなった。

 メインイベント、ヒースクリフ対キリトのデュエルが始まるのだ。

「始まりそうだね。急ごう。一緒に見よう!」

 ジークが僕の右手を優しくとって導いた。

「うん!」

 僕はジークの後を追いかけた。

 アインクラッドで確認されたユニークスキルは今の所二つだけ。≪神聖剣≫と≪二刀流≫。この使い手二人の激突だ。きっと素晴らしいデュエルになるだろう。

 僕たちはその世紀の一戦のどんな一瞬も見逃さないように集中した。

 コロシアムの中心でなにやら二人が言葉を交わしている。そしてデュエル開始を告げる表示が二人の間に輝きカウントダウンが始まった。

 静寂に包まれるコロシアム。

 僕は唾を飲み込んでデュエル開始を待った。

 




世紀の一戦の結果は皆様ご存知の通り、ヒースクリフ団長のチートで勝利となります。
普通に考えてヒースクリフとキリトのデュエルだけじゃ場が持たないだろうという事で今回のお話となりました。
ネットゲームでもあるじゃないですか。○○王者決定戦みたいな。きっとダイゼンさんの事だから、もっと準備時間があれば血盟騎士団だけじゃなく、ほかの攻略ギルドを巻き込んでデュエル大会なんていうのもセッティングしたかも知れないなあと夢想します。

一気に世界の終焉まで持っていくつもりでしたが、ちょっと編成を変更しました。今の予定は3話+番外1話になっています。
予定は未定なので何とも言えませんが、2月中旬終了を目指して頑張ります。

コートニーが死んだ日のR-18は挫折しました。ヒットポイントが足りませんorz 申し訳ない(吐血)

質の低下が激しくなっている気がしますが、今後ともよろしくお願いいたします><

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