ヘルマプロディートスの恋   作:鏡秋雪

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第26話 暗く深い闇 【コートニー11】

 僕はブリーフィングルームで椅子に座りながら右足で机を小さく蹴り続けていた。そんな僕を呆れた顔でジークが見つめている。

 今、こうしている間にもアスナ達が第75層のボスと戦っているのだ。それを考えると居ても立っても居られない。

 今回、ヒースクリフがボス戦の指揮を直接執る事になったのだが、僕は攻略メンバーから外されてしまったのだ。血盟騎士団から今回参加するのは1パーティー5人。ヒースクリフが選んだのは全員盾持ち戦士だ。

 確かに正体不明で偵察もままならないボス相手に死ににくい編成を考えれば盾持ち戦士で固めた方がいい。でも、今回ヒースクリフの要請で新婚間もないアスナが参加しているのだ。それなのに僕は一緒に戦えない。その事がとても悔しかった。

 僕は視界の隅の時計を確認した。14時54分。ボス戦が始まってから約1時間が経とうとしているが、まだ攻略完了の連絡はなかった。僕は左手で右手を動かしてメインメニューを立ち上げた。アスナは大丈夫だろうか? ヒースクリフ、プッチーニ、アカギ、マリオ、テンキュウ、シュミット……。フレンドとギルドメンバーが統合されているリストでボス戦に参加している全員の無事を確認する。

 突然、アスナの名が暗く――非アクティブの状態になった。

「そんな……」

 僕は目を疑った。フレンドリストの名前が暗くなるのはどのゲームでもそうだが、普通はそのプレーヤーがログインしていない事を表している。

 だが、この世界は普通ではない。ログインしていない状態など、ただ一つの例外以外考えられない。たった一つの例外――そのプレーヤーの死……。

 全身に寒気が走り、抑えようとしてもガタガタと震えた。

「コー?」

 僕の状態を見てジークが表情をこわばらせた。

「アスナが……」

「まさか」

 ジークが絶句してメインメニューを立ち上げてリストを確認した。「こんな事って……」

「ジーク。行こう!」

 僕は椅子から立ち上がった。

「落ち着いて。どこに行くの? ボス部屋には入れないのは分かってるでしょ」

「分かってる! けど!」

 涙で視界が歪んでいくのを感じながら、僕は声を荒げて言い返す。

 少しでもアスナの近くに行きたい! そんな衝動に駆られ、僕はジークの手を取ってブリーフィングルームを出た。――その時だった。

 ゴーン、ゴーンと不気味な鐘の音がした。この音に聞き覚えがある。遠い昔、ちょうど2年前GMの茅場が姿を現した時の音だ。廊下の窓から外を見るとあの時と同じように天井が市松模様と赤い文字で埋め尽くされていた。

「いったい、何が……」

 ジークが呆然と見上げている。僕はその腕にしがみついた。

「ただいまより、プレーヤーの皆様に、緊急のお知らせを、行います」

 お互いの顔を見合わせた時、人工的な合成音が聞こえてきた。「11月7日。14時55分。ゲームは、クリアされました」

「ゲームクリア?」

 なんで? ゲームクリアは第100層を攻略する事が条件だったはずなのに。アスナが死んだことと関係があるの?

 疑問が次々と湧き上がる。

「プレーヤーの皆様は、順次、ログアウトされます。しばらく、お待ちください。繰り返します……」

 機械的な音声がメッセージを繰り返し始めた。

 現実世界に帰れる。とても喜ばしい事なのに僕の心の中にもやもやとしたものがのしかかってきた。原因は分かっている。このもやもやの原因は……アスナの死、そしてジークとの別れ。

 2年間、積み上げてきたジークとの思い出がよみがえる。

 僕はどうしたらよいだろう? システムによってログアウトされるまでのわずかな時間。このままジークの顔を見たままで過ごすだけでいいのだろうか?

「ジーク……名前を……リアルネームを教えてくれるかな?」

 僕は途切れ途切れになりながら自失状態のジークに尋ねた。

 現実世界で会おうとは思わない。そんな事をしたらジークを傷つけてしまう。けれど、2年間ずっと僕が愛し、僕を愛してくれた男の名前を聞いておきたい。そうすれば例え会わなくてもジークの名前を思い出にして僕は生きていける。

「私の名前は……」

 ジークはなぜかとてもためらっていた。しばらく目を閉じたあと、やがて意を決したように口を開いた。「私はモチヅキ ケイ」

「モチヅキ……ケイ」

 僕はその名前をゆっくりと復唱した。

 望月敬だろうか? それとも桂? 啓かな? 僕の頭の中に色々な漢字が飛び回った。

「コー。ごめん。私は……」

 ジークがそこまで言って、目を閉じて首を振った。そして、少し間を置いた後、緊張した面持ちで僕を見つめて再び口を開いた。「コーの名前も教えて」

「僕の名前?」

 しまった……。考えてみれば僕がジークの名前を聞いたからには当然、こういう流れになるではないか。ここで僕が本名を答えたらジークは怒り狂うだろうか? それとも笑って許してくれるだろうか?

 まったく答えが出ない。沈黙の中、時間だけが過ぎて行った。

「コー?」

 心配そうにジークが僕の顔を覗き込んできた。

 決めた。罵られようと、殴られようと本名を言おう。最後の最後まで誠実なジークを裏切る事は出来ない。

 僕はそっとジークから一歩離れて彼の瞳を見つめた。

「僕の名前は……勅使河原ひろ」

 最後まで言えなかった。突然、目の前が暗転した。

 

 空気ににおいがした。消毒液と排泄物のにおい。かなり不快だ。僕は目を開けた。

 真っ白な世界だ。とてもまぶしい。目がなかなか慣れてくれない。それでも時間が経つにつれ、ようやく自分の目に映っている物がわかってきた。

 何の飾りのないパネルの天井。所々に蛍光灯が埋め込まれ、カーテンレールが走っている。今まで見慣れた古風な雰囲気はまったくない。

(戻ってきた?)

 自分が寝ている所は妙に柔らかい。これは普通のベッドではない。それに驚いた事に服を着ていない。老人介護用に皮膚の炎症を防ぎ、老廃物を自動で処理するベッドが開発されたなんていうニュースを遠い昔に見た。あの時はテスト段階で実用化はまだ先のような事を言っていた記憶がある。

 僕は左手に意識を集中した。信じられないくらいに重い。精一杯力を込めて自分に掛けられた薄手の布団をどかし、目の前までようやく持ってきた。

 二の腕が信じられないほど細く、紫色の血管に突き刺さっている点滴の針が見るからに痛々しい。指の関節には細かい皺が走っている。久しぶりに見る圧倒的なリアリティがある手だった。ソードアート・オンラインではここまでの再現性は出せない。やはり、ここは現実なのだという実感がじんわりと広がって行った。

 ガシャンと何かが割れる音がして騒がしい声が聞こえた。何を言っているか理解できない。

 視界に飛び込んできたのは女性の顔だった。その顔は忘れようがない、僕の母親だ。記憶の中より痩せ、白髪も増えている。そんな母が涙を流し必死に何かを僕に語りかけてきている。相変わらずその声が何を訴えているのか理解できない。

「おかあ……さ……ん」 

 声がおかしい。妙に低くてひび割れている。僕はこんな声だったろうか? コートニーはとてもきれいな声だったのに。

 そんな疑問を感じていると、母は僕の眼前にあった左手をとった。とても冷たい。そう、母の手はいつも冷たい。

「ああ、神様! ありがとうございます!」

 やっと耳から聞こえてくる母の声が言語として理解できた。

 現実世界に帰ってきた。僕は帰ってきたのだ。その実感で僕の目に涙があふれ頬に流れた。

 そうこうしているうちに医師と看護師が入って来た。そして、看護師はベッドの背もたれを電動で上げ、医師が僕に対する問診や検査を始めた。

 母は喜びの涙を流しながら床に飛び散った花瓶の破片を看護師と共に片づけている。

「よかったですね。お母さん」

 優しい言葉をかけられて再び泣き咽ぶ母を見て、僕は帰って来れて本当に良かったと思った。

 

 その日の夕方。母は明るい表情でお皿が乗ったトレイをもって部屋に入ってきた。

「弘人。夕ごはん……っていうよりスープだわね。これじゃ」

 母はにっこりと笑いながらスイッチ操作をしてベッドの背もたれをあげてくれた。そして、てきぱきとテーブルの上に食事を並べ、僕の前に滑り込ませた。

 母が言うとおり、大小のお皿が並んでいるがどれもスープのように刻まれていて、固形物は一つもない。

「自分で食べられる?」

 母が心配そうに尋ねてきた。

「たぶん。ダメだったらお願いするよ」

 僕はそう答えながら、震える左手でスプーンをとった。

「あれ? 弘人、左利きになったの?」

 母がベッドの横の折りたたみ椅子に座りながら不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。

「うん。ゲームの中で右腕が動かなくなっちゃってね。左手で全部やってたんだ……」

 僕は恐る恐る右腕を持ち上げ右手にスプーンを持ち替えてみた。動く。こちらでも食事がとれそうだ。

 ヒースクリフが言ったように右腕が動かなくなってしまったのはナーヴギアの不具合だったのだ。

「大丈夫?」

 母が心配そうに言った。

「うん。これもリハビリだよね」

 僕はほっとしながら右手を動かし、スプーンでおかゆをすくって口に含んだ。

「おいしい?」

「まずい」

 僕は正直な感想を苦笑しながら答えた。薄味すぎてまずい。これなら、悪名高い≪アルゲードそば≫の方がまだマシだ。

「病院食だからね。しょうがないわね」

 母はクスリと笑った。「退院したら大好物のカレーをいっぱい作ってあげるわ」

「それは楽しみ」

 僕は母に笑いかけながら、スプーンを左手に移した。なんだか、こちらのほうがしっくりくる。それ以降、僕は左手で食事をとった。

 

 次の日から検査と並行してリハビリが始まった。

 身体を動かすというのがこんなにつらい事だったのか。ソードアート・オンラインの中では文字通り飛ぶように走り回ったというのに、このだるさと重さに慣れるまで時間がかかった。

 それでも、2週間ほどで歩行器を使って歩ける状態に戻った。動き回れるようになって僕は病院内でジークを探してみた。

 この病院には30名近くのSAO被害者がいるらしい。僕は一つ一つの病室を回ってみた。しかし、30名の中に見覚えがある顔はまったくなかった。

 SAO生存者は6000人ほどいるのだ。そうそう簡単にジークが見つかるとは思っていない。けれど、僕は奇跡を信じたかったのだ。

 

 僕はその日、手すりにつかまりながら歩くというリハビリをしていた。

 ふと、前を見ると男性の後ろ姿が目についた。あの髪型、均整のとれた体格。間違いない! ジークだ! 一瞬で心臓が高鳴り、頭の中の思考が爆発した。

「ジーク!」

 次の瞬間、僕は叫んで何も考えずに左手を前に出して駆け出してしまった。

 僕の身体はイメージ通りに動いてくれなかった。たちまち何もない床につまづいて僕は膝から崩れ落ちてしまった。

「大丈夫? 勅使河原さん!」

 看護師があわてて僕に駆け寄ってきた。この騒ぎで看護師の背後に見えていたジークが振り返ってこちらを見た。――その顔はまったくの別人だった。

 よくよく見れば、その男性はこの病院のスタッフの服装だった。

(ジークに会いたい! この世界のジーク……モチヅキ ケイに……)

 あふれ出す感情が胸をぎゅうっと締め付けた。見つめる床の模様が涙で歪んでいく。

 ジークの名前だけ知っていれば、それを思い出にして生きていけると思っていた。でも今は会いたい。話がしたい。僕はブレてばかりだ。自分が女の子であったならこんな悩みを抱くこともなかったのに……。

「どこか、痛むの?」

 看護師が心配そうに、涙を流す僕を見つめてきた。

「すみません。大丈夫です」

 涙をぬぐって僕は笑顔を作った。

 

 その日以来、僕は自分が分からなくなった。コートニーとして生きた2年が僕の心から離れない。

 自分の声、姿、性別、何もかも違和感がある。言葉を発するたび、鏡を見るたび、自分の身体を見るたびにその違和感が僕をさいなんだ。

 そしてジーク。彼の姿を見たい。一目でいいのだ。そうすればすっきりできる。――と思う。会ってみたらまた別の感情に押し流されてしまうかも知れないが。

「弘人。その髪の毛、切らないの? 退院する前にすっきりしておかない?」

 年が押し迫る年末。退院が明日に迫った日、母がそう尋ねてきた。

 僕の髪はソードアート・オンラインに囚われてから一度も切らず、今では肩まで伸びていた。

 僕は自分の黒髪を手に取ってくるくるともてあそんだ。

「とりあえず、このままで……」

「そう? でも、それじゃ女の子みたいよ」

「あのさ、お母さん」

 僕は母に視線を向けた。

 僕は胸の中のもやもやを全て話してみようと思った。

「なあに?」

 母は僕の表情を見て察したのかベッド脇の椅子に腰かけて僕と視線の高さを合わせた。いつも母は優しく受け止めてくれる。

「僕、ゲームの中で女の子だったんだ……。ずっと、2年間……。なんか、それが当たり前になっちゃってて、今が……すごく変な感じがする」

 言っていてとても恥ずかしい。けれど母の表情は優しいままだ。

「なるほど……。弘人の仕草がとても可愛らしくなったのはそれが原因なのね」

 母は嬉しそうにクスリと笑った。

「可愛らしい?」

「ええ。可愛いわよ」

「もう、からかわないでよ」

 僕は頬を膨らませて抗議した。

「ほら、そういう所。可愛いわよ。気にすることはないわ。あなたはあなたなんだから」

「僕は……僕……」

 なんとなく、母の言う事が理解できたような気がする。コートニーを忘れ去る事などできない。コートニーという女の子として生きてきたのも僕で、勅使河原弘人という男の子もまた、僕なのだ。

 そして、ぽつり、ぽつりとジークの事を話した。ゲームの中とは言え、彼と結婚していた事。言葉で言い表せないぐらい好きで愛していた事を。

「ゲームの事は良くわからないけれども、弘人はいい経験をしたと思うわ」

 僕が語りつくしてしばらく黙っていると、母が僕の頭を撫でた。「弘人はどうしたいの? もし彼に会えたら」

「どうしよう……黙って遠くから見るだけでいいかな。――けど、できれば謝って、友達になりたい」

「そうね。きっと、いいお友達になれるわよ。びっくりはするでしょうけど」

 母はにっこりと笑った。「お母さんも会ってみたいわ。その子に。そして、お礼を言わなきゃ。『弘人を守ってくれてありがとう』って」

「うん」

「弘人。きっと時間が解決してくれるわ。それにきっと、神様が何とかしてくださる」

 神様か……。2年前だったら、その母の言葉に僕は大反発しただろう。けれど、今は思わず願ってしまう。

 ジークにいつか会わせてくださいと……。

 

 

 

 年が改まり、2月半ばに入った。世間はALO事件のニュースでもちきりだった。

 僕はソードアート・オンラインがクリアされた時点で全員が無事にログアウトできていると信じていた。それが、約300人もの人々が須郷という人物によって囚われ続けていた。ゲームクリア時のアインクラッドの人口は約6000人。その0.5%の人が囚われていたのだ。その不幸に僕の知り合いが、いや、ジークが巻き込まれていない事を僕は祈った。

 しかし、これで忌まわしいSAO事件は完全決着したのだ。囚われていたとしてもジークはこの現実世界に戻っている。

 3カ月にも及ぶリハビリのおかげで僕の身体は以前のように動かすことができるようになっていた。

 僕はリビングで机に向かって、昨日郵送されてきた入学願書に名前や住所などを左手で記入した。

 ソードアート・オンラインを始めた時、僕は中学3年生だった。特例措置で中学の卒業資格は認められているものの、このままでは高校進学はもちろん社会復帰にも支障がある状態だった。

 そこで、政府は少子化で廃校が決まっていた学校を改築しSAO生還者専用の学校を作ったのだ。対象者はソードアート・オンラインに囚われた当時小中高校生のSAO生還者。入学金も入学試験もなし、卒業後は大学受験資格も与えられる。その学校が4月から始まるのだ。

 入学は希望者という事になっている。しかし、今更高校受験を目指して勉強する事はかなり難しい。何しろ2年間、生き残るためモンスターの攻略情報や身を守る武具情報、レベルアップの方法などを必死に勉強していたのだ。それをいきなり数学や国語、英語などに置き換える事は出来そうもない。

 そんなわけで多分、僕だけでなく多くの学生がこの学校に入学するはずだ。きっと、ジークも……。

 時間が経った今でもジークの事を思うと、胸が苦しくなる。会いたい。話がしたい。そういう熱い思いで頭の中が埋め尽くされてしまう。

 僕は窓から外へ視線を送った。抜けるような青い空。きっとこの空をジークも見ているのだ。

「できた?」

 母がハンコを持ってリビングに入ってきた。

「あ、ごめん。もうちょっと」

 僕はジークの事を考えて止まっていたボールペンを再び走らせて必要事項を埋めていった。「これで、よし」

「はい」

 母は願書の保護者欄に名前を記入し判を押した。そして、笑顔で僕をからかうように言った。「勉強、頑張るのよ」

「はーい」

 僕は返事をしながら肩に乗った髪を払った。そして、願書を封筒に入れ封をした。「じゃ、病院に行くついでに出してきちゃうよ」

 立ち上がって身支度を整え家の外に出ると、僕は自転車にまたがった。

「今日は最後のリハビリね。気を付けてね」

 玄関の扉の向こうから母が手を振っていた。

「うん。――そうだ。ついでに、帰り道に新しい学校も見て来ちゃおうかな」

「わかったわ。夕食はなにがいい?」

「んー。ポトフで」

「了解」

 笑顔で手を振る母に見送られ、僕は自転車を漕ぎ出した。

 頬を突き刺す冷たい空気が心地いい。昨夜降っていた雪はそのほとんどが解けて道路脇の雑草の隅などにわずかに白い姿を残しているだけだった。

 病院に向かう途中のポストに願書を投函し、僕は病院に入った。

 いつものようにリハビリメニューをこなして待合室で治療費の清算を待っていると、隣に人の気配を感じて僕はその人物を見上げた。

 そこにいたのはダークブルーの見るからに生地がよさそうなスーツに身を包んだ、黒縁メガネの背の高い男性だった。

「失礼。勅使河原弘人さんですね?」

 その落ち着いた物腰で美しいテノールの声はヒースクリフを彷彿とさせた。

「はい……」

 誰だろう? いぶかしげに僕はその男を見つめた。

「はじめまして、僕は総務省SAO事件対策本部の菊岡と申します」

 その男はそう言うと胸ポケットから名刺入れを取り出して、僕に名刺を差し出した。

「は、はあ……」

 なんと返事をしたらよいか分からず、僕は名刺を受取りながらあいまいな言葉を返した。

「少し、お話があるので……」

 菊岡は僕の無礼を咎めることなく笑顔で部屋を指差した。「あちらでお話を」

「わかりました」

 僕は立ち上がって、菊岡の後ろについて行った。

 案内されたのは医師とのインフォームドコンセントに使われる小さな部屋だった。壁にはレントゲンを見るシャウカステンが取り付けられており小さな机が置かれていた。

「とりあえず、そちらにどうぞ」

 菊岡は笑顔のまま椅子を指し示した。

「はい」

 僕は頷いて言われるまま椅子に座った。

「いや、そんなに緊張しないで。すぐに終わるから。こうみえても僕は忙しくてね。あまり時間がとれないんだ」

 そう言いながら菊岡は机を挟んで僕の対面に座った。そして菊岡は右手でVサインを作りながら言った。「用件は二つ」

「はい」

「まず、一つ目。君に会いたがっているSAOプレーヤーがいてね」

 菊岡は人差し指だけを立てて言った。

 僕の心臓が高鳴った。

(ジーク?)

 彼の顔が僕の頭の中に鮮明によみがえった。

「個人情報であるので君の連絡先を先方に伝えていいかどうかの確認をしたいわけなんだ。どうかな?」

 菊岡の言葉に僕は固まってしまった。

 教えていいのだろうか? 電話はNGにしてもメールアドレスぐらいなら……。でもそうしたらいずれ、会おうという事になるだろう。いや、それ以前のやり取りでも僕が男だと分かってしまうではないか。

 こんな事態はまったく考えていなかった。新しい学校でそっとジークを探し、自分の事は隠して会って話をしようと思っていたのに……。

「あ、そうそう。言い忘れてたけど、君に会いたいと言っているのはアスナ君だ」

 ずっと黙り込んでいた僕に菊岡は首を傾げながら言った。

「アスナ!」

 僕は思わず叫んだ。そして、安堵と喜びが胸の中を駆け巡り、涙があふれてきた。「生きてたんだ。よかった」

 ゲームクリアの直前、アスナの名がフレンドリストから消えてしまったので、死んだものだと思っていた。

(よかった。本当によかった)

 僕はぎゅっと両手を胸の前で組んだ。(神様ありがとうございます)

「君はあの世界では女の子だったよね?」

 菊岡のその言葉で僕は凍りついた。

「なんでそれを……」

「僕たちは特殊なSAOプレーヤー全員をチェックしているよ。最初の1万人プレーヤーのうち手鏡を破棄した者は13人。わずか0.13%だったんだ。そのうち、性別が異なった者は9人。そして、その中でゲームクリアまで生き残っていたのは5人だ。これから、君以外の4人に会わなきゃいけないんだよ。あーまったく、忙しい……」

 菊岡は滑らかに言葉を続けた後、自嘲して頭をかいた。「うーん。脱線してしまった。男の子の君が女の子としてあの世界で生きていた。だから、アスナ君には君の事を伝えない方がいいかな? なーんて、僕は考えているんだけど、どうかな?」

「はい……」

 菊岡の言うとおり、僕の事はアスナに伝わらない方がいいだろう。「アスナには黙っていてください」

 僕はジークの事ばかり考えていたけれど、僕につながりを持っていた人たちにも自分の事は隠していかなきゃいけないんだ。僕は改めて自分の罪深さを認識した。

「で、二つ目の話なんだけど、しばらく君にはカウンセリングを受けてもらう事になったんだ」

「カウンセリング?」

「偉い先生方に言わせると、君のようにゲームの中で2年間違う性別で過ごしてきた人は性同一障害に苦しむ場合が考えられるそうだ。そんなわけで週1回ここに書かれている病院でカウンセリングを受けてくださいね」

 菊岡はそう言いながらポケットから折りたたまれたA4の紙を取り出して僕に渡した。

「はい……」

 僕はその紙を受け取った。研究者や医師にとっては僕は絶好の観察対象だろう。いつだか、ヒースクリフが僕とジークに倫理コード解除のやり方を説明した時に『人の魂というものは生まれながら男性女性に分かれているのだろうか?』なんていう事を言っていた。僕のような存在は研究者にとってさぞかし面白い素材だろう。

「それじゃ、僕はこれで失礼するよ」

 菊岡は腕時計をちらっと見た後、立ち上がった。「これから、静岡に飛ばなきゃいけないんだ。失礼」

「あの!」

 部屋から出て行こうとした菊岡を僕は呼び止めた。「アスナに伝言をお願いできますか?」

「なにかな?」

 引き留められたのに菊岡は嫌な顔一つせずに笑顔を僕に向けた。

「『生きててよかった。本当にうれしい』って」

「わかったよ。会いたくない理由はなんと言えばいいかな?」

「んー……。親の都合で海外に行ったとでも」

「なるほど。それなら大丈夫かな」

 菊岡は何度か頷いてから、片手を上げた。「じゃ、これで」

 僕は狭い部屋に取り残された。

 そして、唐突に思った。

(いつまでも、コートニーに囚われちゃいけない)

 僕は立ち上がって、肩に乗っている髪を指で払った。この仕草はアスナの真似だ。でも、この世界では僕は男の子だ。(とりあえず、髪を切ろう。そして、全部を思い出にしよう)

 僕はこの小さな部屋からでた。

 そして、行きつけの床屋に行くと長い髪をバッサリと切り落とした。同時にコートニーという存在を心の奥深くに眠らせた。

 いつかジークに再会した時にコートニーは暴れ出すかも知れない。けれど、それは抑えて僕は彼と新しい関係を作ろう。僕はそう決意をした。

 

 

 

 時が流れて4月になった。僕は母親と一緒に新しい学校の門をくぐった。

 風はやや冷たい。風が吹くたびに新しいブレザーの制服の首元から冷気が入ってきた。

 厳冬だったせいか桜の開花が今年は遅く、ようやくちらほらと花をつけている状態だった。

 いよいよ新しい生活が始まるのだ。

 クラス分けはすでに終わっていて、入学前に郵送で連絡を貰っている。僕は4年F組だ。

【ご来校の皆様へ 各自の教室へ入室をお願いいたします】

 と書かれた看板の横の案内図を僕は胸を弾ませて見つめた。案内図の前にはすでに何人かが集まっていた。

(えっと……4-Fは……)

 この学校はソードアート・オンラインに囚われた時の学年で分けられている。事件発生当時、小学生だった人はまとめて1年生。中学1年はここでは2年生。

 僕は当時中学3年だったから、この学校では4年生だ。

 僕は案内図に指を走らせる。4-A、4-B……4-F。そこで、僕の指と他人の指がぶつかった。

「あ、すみません」

 あわてて手を引っ込めて、ぶつかった相手に視線を向けた。「リズ!」

 ブレザータイプの制服に身を包んでいて、髪もピンクから黒髪に変わって、印象がだいぶ違うが、その顔は忘れるはずはない。僕のフレンド、リズベッド武具店のリズベットだ。

「え?」

 リズは僕の顔を見てしばらく考えた。「ずいぶん気安く呼んでくれたけど、アンタ、名前は?」

「僕? えっと……勅使河原」

 そこまで言うと、リズが激しく首を振って指を僕に突きつけた。

「違う違う。SAOでの名前じゃないと思いだせないでしょ」

「ああ」

 まさか、コートニーなんて答えられない。どうしよう。……そうだ、コートニーを作る前に使っていたキャラクター名を答えればいいのだ。「僕はシベリウス。タンクやってたんだけど、覚えてない?」

「シベリウス? ありがちな名前ね」

 リズは品定めをするような視線で僕の顔を舐めるように見つめた。きっと彼女の頭の中はフル回転で僕の顔とキャラネームを突き合わせて思い出そうとしているはずだ。もっとも、思い出すはずはない。僕は別の姿、別の性別だったのだから。

「こら、里香。失礼よ」

 多分、リズの母親なのだろう。彼女はリズの首元を引っ張って僕から引き離した。「すみません。この子は本当に失礼な子で……」

「いえいえ。活発なお嬢さんでうらやましいわ」

 母が僕の代わりに答えた。

 まったく、僕の母の対人スキルの高さには目を見張るものがある。2,3言葉を交わしただけでリズの母親とあっという間に打ち解け、僕とリズを置き去りにして二人で盛り上がりはじめた。

「アンタも4-Fなの?」

 リズは手を腰に当て胸を張って尋ねてきた。

「うん」

「同じクラスだね。とりあえず、よろしく」

 リズは僕に向かってにっこりと微笑んだ。

「こちらこそ」

 僕は小さく頭を下げてリズの微笑みを見つめた。

 リズの微笑みは以前と違う。この微笑みはいわゆる営業スマイルだ。かつてリズベット武具店で僕の鎧や剣をメンテナンスしてもらっていた時の彼女の笑顔ではない。

 きっと、リズと以前のような関係は結べないだろう。これはずっと他人を騙してきた、僕の罪……。

「なーに暗い顔してんのよ。あたしに覚えてもらってなくって悲しいのぉ?」

 リズはふざけた表情でアゴに手を当てて流し目で僕を見上げた。

 前向きに行こうと決めていたのに、ついコートニーの存在を思い出して暗くなってしまった。ここは明るく返そう。以前の僕のように!

「すぐに思い出させてあげるぜ。なーんてね!」

「アンタ。面白いわね」

 リズはぶっと噴き出して歩き出した。「教室、行こ!」

「うん」

 僕はリズの後を追って歩いていった。

 

 教室は頭の中にあるイメージとまったく違っていた。

 黒板ではなく、巨大モニターが前面に設置されており、教壇にはそのモニターの操作端末が置かれている。そして、生徒の机の上には教科書ではなくタブレットが一つ置かれていた。

「席は適当なのかな?」

 リズが教室を覗き込みながら呟いた。

「いいんじゃない?」

 僕は適当に席に着いた。窓際の真ん中ぐらい。うん。実に日本人らしい選択だと自画自賛してみた。

 リズも適当に選んだのであろう、中央のやや前側に座った。

 

 時間が経つにつれ生徒や父兄が次々に入って来た。そして、担任の先生らしい男が入ってきた。そろそろ入学式が始まる時間だ。

 普通、入学式は体育館や講堂でやるものなのだろうが、そこで行われる事はなかった。なにしろ1200名もの人間が今日入学式を迎えたのだ。体育館や講堂に入りきれるわけがない。

 そんなわけで、入学式は巨大モニターに校長やらが映し出される形で行われるようだ。

 クラスの中で見覚えがある人はリズ以外に1人だけだった。

「よろしくね」

 その見覚えがある男子が僕の後ろの席に座って笑顔で話しかけてきた。

「うん。よろしく」

 確か彼はガラントという名前だった。情報屋の一人でアスナとキリトのデート追跡やラフィンコフィン討伐の時に顔を合わせていた。もっとも、僕の姿がまったく変わってしまっているから先方は僕の事は分からないだろう。

 ジークはこの学校に来ているだろうか? 1200人もいる学校で一人一人探していくのはだいぶ骨が折れそうだ。でも、少しずつやってみよう。

 その時、教室のスピーカーから「ゴーン、ゴーン」と不気味な鐘の音がした。

 この音にたちまち教室は水を打ったように静かになった。そして、生徒たち全員が不安そうに周りを見回した。

 不安になるのも当然だ。この音は第一層のチャペルの鐘の音そっくりだ。さらに言えば、あの茅場がデスゲームの開始を宣言した時の鐘の音そっくりなのだ。

「では、入学式を始めます」

 静まった教室に担任の先生の声が響き、正面の巨大モニターに校長や来賓が並ぶ映像が映し出され、入学式が始まった。

 このチャイムの音は偶然なのだろうか? それとも、悪意というかブラックユーモアーなのだろうか? 一瞬、そんな事を考えたが、僕はその考えを放り出した。そう、こんなこと考えても無意味だ。真実がどこにあろうと、僕には決定権もないし、鐘の音色なんて個人の主観なんだからと。

 

 入学式が終わると次に授業の進め方のオリエンテーションが行われ、タブレットの使用方法などの説明を受けた。この学校では教科書は使用されず、タブレットで授業を進めるらしい。

 僕はタブレットをいろいろと操作してみた。

 その中に【生徒名簿】というメニューがあった。これを使えば、すぐジークを見つけられるのではないか!

 僕はその後の説明など耳に入らず、生徒名簿を起動してみた。だが、閲覧できたのはこのクラスの名簿だけだった。名前だけでも全校生徒を調べられれば良かったのに……。

 僕は思わずため息をついた。やはり、時間をかけて自分の足で調べるしかないようだ。

 オリエンテーションが終わると、今日のカリキュラムは終了した。本格的な授業は明日かららしい。この後は父兄が残り、PTAが開かれることになった。

「なあ、どうせなら一緒に学校の中をみてまわらね?」

 僕が帰ろうとしたところ、後ろの席のガラントが肩を叩いてきた。

「いいね!」

 僕は明るく返事をして母に視線を送った。母は「いってらっしゃい」と微笑みながら頷いた。

 僕とガラントはその後、学校内の施設を見て回りながらジークを探したが、それらしい人物は見つからなかった。

 

 

 次の日の1時限目はホームルームだった。

「担任の河原崎修平だ。これから1年間君たちを受け持つことになった」

 口髭を蓄えた50歳ぐらいの強面の男だ。睨みつけられたらちょっと怖そうだ。しかし、その後に続いた言葉にクラスのあちこちから笑いがこぼれた。「趣味はネットの海を漂う事。ナーヴギアまで用意したのにソードアート・オンラインのサービス当日に二日酔いでインしなかったラッキーな男だ。

そんなわけで、君たちの事がまったく他人事だとは思えなくて、この仕事に志願した。これから1年間よろしく頼む」

 河原崎はそう言って頭を下げた。

「まあ、趣味の事はいろいろ語りたいところだが、時間が限られている。この1時限目の間に君たちがクエストコンプリートできたら色々話すチャンスがあるかも知れない」

 強面の風貌と軽妙な語り口のギャップが面白い。

 そんな河原崎が最初に話したのはクラス内の決め事だ。

「いろいろ思う所があるかも知れないが、クラス内ではSAO内での名前で呼び合う事は原則禁止にしよう。もちろん、君たちが過ごしてきた2年間をなかったことにしようというわけじゃないんだ。ここはSAOじゃない。日本という現実世界だ。現実世界では現実世界のキャラネーム――本名を使おうじゃねーか。って事だ。わかってくれるかな?

 もちろん、SAOで知り合いだった、友達だった。そういう人同士でキャラネームで呼び合うのは禁止にはしないよ。君たちは確かにあの世界で生きていたんだからね。でも、せっかく同じクラスになったんだ。新しい関係を結んで行ってもいいだろ? って先生は思っているんだ。だから、極力本名でやっていこうぜ」

 クラスの全員とまではいかないが多くの者が河原崎の言葉に頷いた。

「で、ここからが本題だ。クラス委員を決めなきゃならん」

 河原崎はそう言いながら教壇の端末を操作し、巨大モニターに各委員を表示させた。「まず、学級委員長を決めてもらって、後は学級委員長に仕切ってもらおう。先生はここで見守らせてもらう」

 『えー』と言う不満の声が上がった。

「さあ、自薦でも他薦でもいいからまず学級委員長候補を上げてくれ」

 河原崎は不満の声をスルーして手を挙げた。

 当然ながら、教室内は凍りついたように沈黙に包まれた。

 よし。と、僕は手を挙げた。

「お?」

 河原崎が目を輝かせた。「立候補か?」

「いえ。推薦で……」

 僕はクスリと笑って、リズの後ろ姿を見た。「僕は篠崎さんを学級委員長に推薦します」

「ちょ!」

 リズがガタッと椅子を鳴らして立ち上がると僕を睨みつけた。「何、言っちゃってくれんのよ! アンタ!」

「推薦理由はあるのかね?」

 この展開に河原崎が面白そうに僕に尋ねてきた。

「えーっと。彼女の真面目な仕事ぶりを知っているし、場の盛り上げ方もうまかったし。……そういう事で適任だと思います」

 僕はちょっと考えてから答えた。

 そうだ、リズはどんなに仕事がたまっていても納期を必ず守っていたし、僕とジークのサプライズ結婚披露宴だってなかなか盛り上がった。まあ、調子に乗って自分が先に酔いつぶれてしまっていたけれど。

 そんなわけで、クラスの盛り上げ役としてもまとめ役としても適任だと思ったのだ。

「ふむ」

 河原崎は僕の推薦理由に納得したのか、一つ頷いて端末操作をした。巨大モニターに≪候補者:篠崎里香≫と表示された。

「じゃあ、あたしはアンタを推薦するわ!」

 リズが怒り狂った顔で僕を指差した。

「推薦理由は?」

 河原崎はリズに冷静な声で問いかけた。

「ええええええーーーーっと」

 リズはガシガシと頭をかきむしり考えていた。「誰も手を挙げようとしない時に口火を切った、その勇気がクラス運営に必要だと思います!」

(へー。『大勢の前で発言するのは苦手』なんて言ってた割にはなかなか堂々としてるじゃん)

 僕は昔、アスナとリズと3人で語り合った時を思い出しながら微笑んだ。

「アンタ! なにがおかしいのよ!」

 リズは僕に指をさしながら叫んだ。

「まあまあ。篠崎君。落ち着いて座って」

 河原崎が手を2回叩いてからリズに座るように身振りで示した。

「ふん!」

 リズが鼻を鳴らして腕を組むと乱暴に座った。

「他に推薦はないかな? もちろん、立候補でもいいぞ」

 河原崎は端末操作をして、≪候補者:勅使河原弘人≫とモニターに表示させた。

「じゃあ、投票しようか。全員、タブレットのクラスメニューを開いてくれ。そこに投票メニューがあるので、それで投票してくれ」

 しばらく待った後、推薦も立候補もないので河原崎は最前列に座っていた生徒からタブレットをとって全員に示しながら操作説明した。

 当然僕はリズに投票した。

 結果は36対4でリズの勝利だった。リズは本人が思っている以上に有名人なのだ。攻略組の間ではアスナの≪ランベンライト≫やキリトの≪ダークリパルサー≫の製作者として知られていたし、中層ゾーンの人たちにもリズベット武具店は有名だ。きっとこのクラスのほとんどはリズの事を知っているはずだ。この得票差は当然だろう。

「どうかね? みんな篠崎さんを支持しているようだが、学級委員長を引き受けてくれないだろうか?」

 河原崎は投票結果に憤然としているリズに優しく問いかけた。

「もう」

 大きくため息をつくとリズは立ち上がってクラス全体を見渡した。「後悔しても知らないからね!」

「じゃ、決定という事で」

 河原崎が拍手を始めると全員が拍手で≪学級委員長:篠崎里香≫を歓迎した。「では、各委員の選出の司会を任せるよ。篠崎さん」

「ええええ?!」

「最初にそう言ったよね?」

 河原崎は微笑みながら教壇から離れてリズに教壇を指し示した。

 チッ。と、リズはみんなに聞こえるような大きな舌打ちをして教壇に渋々立った。

「まず、あたしの手伝いをする、学級副委員長を選びます。あたしが指名するわ。っていうか、反対しないわよね。学級委員長の最初の仕事を」

 リズは凄味がある声と視線でクラスの雰囲気を凍りつかせた。そして、空気を切り裂くように鋭く僕を指差した。「副委員長にアンタを指名するわ」

「ぼ、僕?」

「当たり前でしょ! 推薦した責任を取ってもらうわ! みんな、異論ある?」

 リズはニヤリと笑った。

 僕の後ろのガラントが拍手した。

「ちょ、ガラント!」

「SAOキャラネーム禁止。大輔って呼べよ」

 僕は振り向いてガラントを目で咎めたが、たちまちクラス全体に拍手が広まった。どうやら無投票で学級副委員長の大命を頂いたようだ。

「おいおい」

 どうやら、僕は選択を誤ったようだ。リズを推薦しなければこんな事にはならなかっただろう。

「さあ、副委員長。こっちに来て手伝いなさいよ!」

 リズがニヤリと笑って手招きした。

 僕はその顔を見て確信した。リズはほとんどの仕事を僕に押し付けるつもりなんだと……。

 

 その後、僕とリズは協力して各正副委員(図書委員、風紀委員、環境委員、体育委員、保健委員など)を決めていった。

 2年もの付き合いでリズのやり口はだいたい理解している。僕は巧妙にリズの罠を避けながら学級委員長である彼女を前面に立てつつ自分はフォローに回った。

 当然ながら、立候補や推薦がほとんどなかった。業を煮やした僕とリズはくじ引きやじゃんけんなど、それでいいのかという手法で選ばれる事になったが、最初は誰がどういう性格なのかなど分からないので強引な方法もやむを得なかった。

 その後、河原崎のオーダーでクラス内の班わけ、班長の決定や席替えルールなどを決めて1時限目のホームルームは終了した。

「いやー。委員を決めるだけで終わっちゃうと思ってたよ。いろいろ決められてよかったよ」

 ホームルームが終わった時、河原崎が僕とリズを手招きして呼び寄せるとそうねぎらってくれた。「学級委員のやる事はこのメールで送っておくから」

「げっ。まだあんの?」

 リズが苦い表情でため息をついた。

「まあ、忙しいのは1学期の最初だけさ。じゃ、次からは通常授業だ。がんばって」

 河原崎は微笑みながら端末を操作すると僕とリズのタブレットがメール到着のアラームを鳴らした。

「それじゃ」と、河原崎は手を振って教室から出て行った。

「弘人……シベリウス」

 リズが突然、僕の顔を覗き込むようにじっと見つめてきた。

「な、なに?」

 僕は突然抱きつかれた昔の記憶がよみがえって、身を固くしながら思わず2、3歩後ろにさがった。

「んー。やっぱ、思い出せないや。ごめんね! なんか、知ってるような気がするんだけど、どうしても思い出せないや」

 ニコリと微笑むリズの顔を見て、僕の心の奥がチクリと痛んだ。

 僕の中のコートニーが泣き笑いの表情で「リズ! 僕だよ!」とリズに両手を広げているのを感じた。

 僕は目を伏せてそんなコートニーを抑えつけるように胸を押さえた。

 

 

 

 河原崎が言ったように確かに学級委員としての仕事は忙しかった。それでも、リズと二人で協力して片づけるのはとても楽しかった。

「あ、勅使河原!」

 地理の選択授業のために地理室へ向かって廊下を歩いていた僕に河原崎が声をかけてきた。

「あ、先生。どうしました?」

「この間、お願いしてあった、アンケート。締め切りが昨日なんだが?」

「え?」

 確か、学園祭に関するアンケート。あれはリズがまとめて送ってくれるって言ってたのに……。「あれ? 篠崎さんからメール行ってません?」

「そっか。まあいい。あとで催促メールを送っておくよ」

 河原崎は微笑んで手を振って小走りで階段を降りて行った。

 僕は腕時計を見た。まだ時間がある。一言、リズに伝えておいた方がいいだろう。

 確か、リズは体育館で体育の授業のはずだ。急いで行けば間に合うだろう。

 ソードアート・オンラインに囚われた人間は圧倒的に女子が少なかった。そういったわけで、この学校の男女比率は約5対1だ。そこで女子の体育の授業は男子が選択科目の間に2学年まとめて行われている。

 

 体育館を覗いてみると、すぐにリズの後ろ姿を見つける事が出来た。

 リズは折りたたみの椅子に座った少女を取り囲む集団の中にいた。

「篠崎さん!」

 僕は駆け寄りながら声をかけると、その30人ぐらいの女子たちが一斉にこちらへ視線を向けた。

 その女子たちはリズ以外、見覚えがない……。いや……あれは!

「ああ、弘人。なに?」

 リズがこちらに駆け寄ってきたが、僕の目はその背後の椅子に座った少女に釘付けになった。

(アスナ!)

 ソードアート・オンラインの時よりも線が細い。まだ十分に歩けないのであろうか? 両手に松葉づえを抱いているその姿に僕は胸を締め付けられた。(けど、生きてる……本当によかった……)

 あの菊岡という役人から生きているという事は聞いていたが、実際に会うとその喜びは爆発的だった。

 もう、僕の目にはアスナしか映ってなかった。手を伸ばし、アスナに駆け寄ろうとした時、目の前にリズの不満そうな顔がどーんと現れた。

「アンタ! アスナに何するつもり?」

 リズがポンと僕の胸を突き飛ばした。そのおかげで僕はよろめきながら正気に戻った。

「ああ、いや、何も。いやー。あの閃光のアスナに会えるなんて思わなかったからさあ」

 僕は作り笑顔を急いで作って頭をかいた。

「残念でした。アスナにはちゃんとキリトっていうお相手がいるのよ。わかってる?」

「もう、リズったら」

 アスナの声が聞こえた。その声が僕の心の中のコートニーを揺さぶる。

「キャラネーム禁止!」

 アスナは周りにいた女子全員から総ツッコミを受けた。

「もう、わたしばっかりずるいわよ」

 不満の声を上げるアスナの声。その声がとても懐かしい。彼女と交わしてきた言葉の思い出が次々とよみがえった。僕の心の中に郷愁に似た感情があふれ出し、視界が涙で歪んだ。

「ちょ。アンタなに泣いてんのよ!」

 リズがあきれた声を上げた。

「な、泣いてない」

 僕は涙をぬぐって表情を改めた。「河原崎先生がアンケートまだかって。リズ、出すって言ってたよね」

「キャラネーム禁止!」

 リズが勝利を確信した笑顔で僕に指をさした。

「ごめん」

 はやく、ここから離れなければ。このままでは自分の中のコートニーが暴れ出しそうだ。

 僕は「送っておいて」とリズに言い捨てて走りだした。なぜか、僕をはやし立てるような女子の声が後ろから聞こえたがそんな事に構っていられなかった。

 コートニーが叫んでいる。泣いている。暴れている。

「ここから出して!」と。

 

 

 

 地理の授業はほとんど頭に入らなかった。しかし、50分の授業時間でようやく僕は心を落ち着かせることができた。

 昔――ソードアート・オンラインに囚われる以前の僕だったら意味もなく暴れまわっていたかも知れない。

 今にして思えば、≪キレ王子≫≪瞬間湯沸かし器≫と揶揄された僕のメンタルはソードアート・オンラインの2年間で相当鍛えられた。これもジークのおかげだと思う。

 思慮深い彼の性格と考え方がいつの間にか僕の心に住み着いて僕を安定させているのだ。

(ジークに会いたい)

 心の中のコートニーを落ち着かせるためにも早めに見つけ出したい。遠くからでも彼を見つければ、多分大丈夫。きっと、きっと……。

 足取り重く自分の教室に戻って席に着くと、それに気付いたリズが駆け寄ってきた。

「アンケートは出しておいたわよ」

「うん。ありがとう」

 僕は疲れ果てて、そう返事をするのがやっとだった。

「弘人、アンタ。変だよ。大丈夫?」

 僕に視線を合わせるようにリズは僕の前の席に座った。

「変かな?」

 僕は思わず、肩に乗っている髪を払う仕草をしてしまった。そこにはもう長い髪はないというのに……。

「あのさ」

 僕の仕草に少し驚いた表情を見せてリズは言葉を継いだ。「弘人。モチヅキ ケイって知ってる?」

「え?」

 僕は息を飲んで目を大きく見開いてリズを見つめた。

 なぜ、リズがジークの本名を知っているのだろうか? いや、これは愚問だ。ジークだってきっと僕――というよりコートニーを探しているはずだ。僕がこんな姿、男の子だから当然彼は気づくはずはない。となれば、僕と共通の友人、リズとかアスナとかに接触するのは当たり前だ。

「知ってる!」

 僕は食いつくように顔をリズに近づけた。「どこのクラス?」

 そんな僕の顔を不思議そうにリズは見返してしばらく沈黙した。

「教えてよ」

 リズはじらしているつもりはないのだろうけど、僕は限界だった。涙が目に浮かんでくるのを必死に我慢しながら、リズに哀願した。「お願い……」

「アンタ……」

 リズが僕の態度に絶句した後、いきなり立ち上がった。

 え? と思ってリズの顔を見上げると、彼女はいきなり教室の窓を開けて叫んだ。

「おーい! ケイ!」

 リズは下を歩いていた二人組の女子生徒に手を振った。腰まであろうかという長髪の女の子とボブヘアーの女の子が仲よさそうに手をつないで校門に向かって歩いていた。

(女子生徒?)

 リズの声に反応して豊かな黒髪を翻して振り向いて、リズに手を振りかえしていた。

「もう、帰るの? いいなあ」

 リズが大声で話しかけた。

「火曜日だけよ」

 ケイと呼ばれた女子は微笑んでリズに答えていた。が、視線が僕とぶつかると表情が急に改まった。

 お互いの視線がお互いに釘付けになった。

(まさか……)

 僕の頭にあの菊岡という政府の役人の言葉が甦った。

『最初の1万人プレーヤーのうち手鏡を破棄した者は13人。そのうち、性別が異なった者は9人。そして、その中でゲームクリアまで生き残っていたのは5人だ』

 そう、手鏡を捨てて現実とは違う性別のアバターで生き残ったのは僕だけじゃない。僕以外にも4人いるのだ。ジークが僕と同じように手鏡を捨てているという確率的にはめちゃくちゃ低い。けれどもゼロではない。

 でも、こんな事って……。

 視線の先でケイは硬い表情のまま振り返って、隣の女子生徒と手をつないで校門へ去って行った。姿は全然違う。けれど、あの歩き方はジークだ。間違いない。

 僕の中で何かが壊れ、激しい感情があふれ出した。これは怒り。憤怒。

 ジークのあの頼りがいのある背中。優しい微笑み。すべてが幻想だったのだ。だが、幻滅しているのは多分相手も同じだろう。

 まさか、美少女コートニーがこんな線が細くて不細工な男子になっているなんて想像もしていなかっただろう。

 こんな事になるなんて……。けど、本当に彼女はジークなのだろうか? もっと彼女の情報が欲しかった。

「ねぇ。リズ。あのモチヅキ ケイさんの事を教えて」

 自分が抑えきれなくて、僕の声は平坦になっていた。

「キャラネーム禁止!」

 僕の後ろに座っているガラントが雰囲気を明るくしようとして僕に絡んできた。けど、今の僕にはそれにつきあう余裕はなかった。いや、もうそんな事すら考えられなかった。

 僕はガラントを睨みつけ、彼の机を思いっきり殴りつけた。

 バン! という大きな音が響き、教室の空気が固まった。

 その時、あの耳障りなチャイムが鳴った。今日、最後の授業の始まりを告げるチャイムだった。冷え切った空気の教室の中を生徒たちが自分の席に戻って行く。

「弘人。続きは放課後ね」

 リズが少しおびえたような震える声でそう言うと、自分の席に戻って行った。

「うん」

 僕は手を組んで自分の顔を覆った。

 自分はなんと小さい男なのだろう。そんな思いが僕の心を苛んだ。

 

 

 

 50分の授業がとても長く感じた。早く放課後になって欲しいのに時計を何度で見ても1分も進んでいないという事を何度も繰り返した。

 それでも、ようやくチャイムが鳴って50分間の授業が終わり教師が立ち去ると、ざわざわと教室が騒がしくなった。

 僕は注目を浴びていた。僕が次にどういう行動をするか、みんな固唾を飲んで、ある者は正面からある者はそれとなく視界の隅で僕を見ていた。

 僕はまず振り返って、ガラントに頭を下げた。

「大輔。さっきはごめん。ちょっと、動揺してて……」

「お。おう……。気にしてないぜ。そんな時もあるよな!」

 ガラントが目を丸くした後、微笑みながら握手を求めてきた。

「ありがとう」

 僕はその手を握りかえした。

 教室にほっとした空気が流れたのを僕は感じた。

「仲直りしたところで。じゃあ、どこで話そうか?」

 リズがいつの間にか僕の隣に来て尋ねてきた。

「あんまり人がいない所で」

「だよねー。じゃあ、ここからちょっと離れてるんだけど、喫茶店で話しよっか」

 リズは手を腰に当ててニコリと笑った。

 

 リズは電車に乗り込んで席に座るとメールを打ちはじめた。その後、僕はリズに導かれるまま電車を乗り継いで御徒町駅に降り立った。

 リズの右隣を歩きながら細い路地に入ると下町の風景に変わった。

「あのさ、この喫茶店でSAOのオフ会やろうと思ってんだよね。≪アインクラッド攻略記念パーティー≫。アンタ、手伝ってくんない?」

 リズが足を止めて、ある建物を指差しながら言った。

 黒光りする木造の建物は周りの下町の雰囲気によくマッチしている。外見はあまり喫茶店には見えなかったが、ドアに≪Dicey Cafe≫と書かれたサイコロを組み合わせた金属板がその店の属性を主張していた。

「ここ?」

「うん」

 と、リズに笑顔で返事をされ、僕はうーんと思いながら店を見た。

「ちょっと、狭いかな」

 僕はその店を見て正直な感想を言った。アインクラッド攻略記念パーティーなんてそれこそ、全校集会レベルの広さがなければ無理じゃないのか? そんな事が頭を巡った。

「ああ、仲間内だけでやるから。20人ぐらい?」

 リズがそう言いながら喫茶店のドアを開けた。からん、とドアに取り付けられた鐘が鳴ると中から聞き覚えがある美しいバリトンの声が聞こえてきた。

「いらっしゃい」

「エギル……」

 僕はその声の主を見て絶句した。

「ん? リズの彼氏か」

 僕の顔を見てのエギルの第一声がそれだった。

「んなわけないでしょ! あたしのお手伝いよ。オフ会手伝ってもらうの」

「ほう。その制服って事はお兄ちゃんもSAO生還者か。よろしくな」

 エギルはニコリと笑って僕に握手を求めてきた。

 僕は2年間の癖で視線をそらしてエギルを無視した。

「おっと……なかなかシャイなお兄ちゃんだな」

 エギルは僕に差し出していた右手でつるりとした頭を撫でて苦笑した。

「ちょっと、アンタ。挨拶もロクにできないの」

 隣にいたリズがあきれた声で僕を責めた。

「ちょっと、SAOで嫌な取引した事を思いだしちゃって」

 僕は一つ息を吐いた。遠い前の話なのに何となくエギルを受け入れる事が出来ない。

「お、おう。その節はお世話に……」

 僕の言葉にエギルは困ったように眉を八の字にした。

「なーんだ。自業自得ね。エギル」

 リズはニタリと笑ってエギルを見上げた。「アコギな商売してたからねー」

「おいおい。俺の無私無欲の精神を知ってるだろう」

「どーだかー。あっちの席借りるね」

 リズは奥のボックス席を指差した。「それと、無料コーヒー二つね」

「そんなコーヒーはねえよ」

「あはは。冗談よ」

 

 席に着くとリズはモチヅキ ケイについて知っている事を話してくれた。

 5年A組、望月螢。それが、彼女の名前だった。

 出身は静岡県。学校の寮から通学していて、さっきジークと手をつないでいた女子は同室の女の子なのだそうだ。

 今日の体育の授業でバスケットボールをやったが、彼女の腕前に全員が驚いたそうだ。聞いてみたところ、ソードアート・オンラインに囚われる前は高校1年生で名門私立高校バスケ部のレギュラーをやっていたと答えたという。

「知ってる事っていったら、これぐらい。だって、今日初めて授業で会っただけだもん」

 リズは一気に僕に説明した後、有料(280円)コーヒーを口にしてのどを潤した。

「キャラネームは聞かなかったの?」

「聞けるわけないじゃん。初対面なのに」

「僕にはいきなり聞いたよね」

「あん時はキャラネーム禁止令でてなかったじゃん」

 リズは頬を膨らませて抗議した。

「そりゃそうだけどさ」

「で、螢にもアンタの事を教えろって言われて、知ってる事は話したわ。螢はアンタの本名とキャラネームを聞いたらなんかすごく動揺してたよ」

「そっか……」

 僕はコーヒーカップを左手で持ちながら考えた。

 望月螢は間違いなくジークだろう。名前だけではない。寝物語でジークが高校生でバスケットボールをやっていたという話を聞いたことがあったし、身のこなしがとてもジークらしい。なりより、僕の名前とキャラネームで動揺するなんてジーク以外には考えられない。

 ≪勅使河原ひろ……≫+≪シベリウス≫=≪コートニー≫

 なんていう図式は聡明なジークならあっという間に出来上がるだろう。勅使河原なんていう苗字は珍しいし、僕がシベリウスという名前でプレイしていた事をジークは知っているはずだ。

「アンタたち、SAOで何があったのよ」

 リズが尋ねてきた時、『からん』と喫茶店の扉があく音とエギルの「いらっしゃい」という声が聞こえてきた。

「何も……」

 僕はリズから目をそらした。

「まあ当然、そう答えると思ってさ。……後は当人同士で話してよ」

 リズは手を挙げて視線を店の入り口に向けた。

 その視線を追っていくと、そこには僕を見て呆然としている望月螢――ジークがいた。

 僕の頭の中で何かがぷちんと切れた。

 僕はバンと机を叩きつけた。

「余計な事……余計な事しないでよ! リズのバカ!」

 僕は叫ぶだけでは収まりがつかず、机に乗っていたコーヒーを手で払いのけた。

 ガシャーン。と、激しい音を立てて二組のコーヒーカップが床で砕け散った。

 僕は立ち上がるとジークの横をすり抜けて店から逃げ出した。

 横をすり抜けた時、ジークは僕を捕まえる事ができたはずだが、何もしてこなかった。

 もう、何が何だか分からない。自分がどうしたいのか分からない。ジークの事をどう思っていいのか分からない。

 混乱した頭のまま僕は電車に飛び乗った。夕日が赤く車内を照らしていた。

(神様、こんな罰はあんまりです。僕はどうしたらいいですか?)

 僕は涙があふれ出しそうな目を手で覆った。赤い世界がたちまち真っ暗になった。どこまでも暗く深い闇だった。

 




いきなり、アインクラッドが終わってます。スミマセン><

最初は、ゴドフリーから「一緒に55層突破ツアー行かね?」と誘われながら断って、「やべーよ。クラディールに殺されるところだったぜ」とか。
ゴドフリーが死んで茫然とするアラン君とか。
第75層のボス部屋偵察にコートニーのパーティーが駆り出されて、くじ引きでコーとジークが前衛後衛に離れ離れになったところにアランが前衛のコーと交代を名乗り出る。そして、前衛二人がボス部屋に閉じ込められて死亡。とかいうエピソードを用意していたんですが、展開が間延びしてしまうので思い切ってカットしてしまいましたorz

コートニーもジークリードも本来の性に戻ったのでもはやTSではなくなってタダの恋愛小説に堕しておりますが、引き続きお楽しみいただければ幸いです。

それにしてもコー(弘人君)のメンタルが不安定すぎて困りました。
ジークの名前さえ知っていれば、それを思い出に生きていける → やっぱり、姿を見たいお。いや、会いたいおTT(なぜかやる夫口調) とか
ふっ。俺もジークのおかげで成長したな。昔みたいにキレなくなったぜ → 「余計なことしないでよ!リズ!」コーヒーカップ粉砕。エギル涙目。 とか
デートDVするような男になりそうで怖いです。ジーク(螢さん)なんとかしてええええ。奴を止めてえええええ。

残り2話+番外1話です。
今後ともよろしくお願いいたします。

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