サイヤ人 in ヒロアカ 作:H & J
勝負の行方や如何に……。
マスキュラーが彼に勝負を仕掛ける2日前の事。
人里から随分離れたとある山中に位置するログハウス内で、2人の男性が話していた。
1人は左目に義眼を嵌め込んだ大柄で筋肉質な男、マスキュラー。何を隠そう、ここはマスキュラーが活動拠点として住んでいる家である。ちなみに、そこに元々住んでいた家族は既に全員始末され、遺体は山奥に投棄されている。両親も、幼い子供達も関係無く。
理不尽に殺された家族は非常に可哀想な事この上ないが、残念ながらその者達の死は、今この場においては全く関係のない話である。
「……で、この写真のガキを襲えと? わざわざ俺に頼み込んで来たわけか」
「ええ、そうです。これはあなたへの正式な依頼。依頼を受ける様な方でない事は重々承知していますが、どうかお願いします。その分報酬は弾みますので」
「……まあ、俺は好きに暴れられるなら何でも良いんだけどよ。なんで俺なんだ? ちょっかい掛けたきゃお前らで勝手にやれば良かっただろ。雄英襲ったお前ら
もう1人の男は黒霧だった。先日、雄英高校に侵入し、USJにて居合わせたヒーロー科1年A組と教師達を襲撃。その過程で少なくない被害をもたらした敵の1人である。
今回その男が、現在の主である死柄木弔とは行動を別にしてマスキュラーと対談していた。その内容は、先日雄英体育祭で大活躍したサポート科の彼を襲撃するという非常にシンプルなものだ。
マスキュラーからの至極当然な質問に、黒霧はスッと目を細めて言った。
「我々もそうしたいのは山々ですが……如何せんこちらも色々と忙しく、この子の方にまで時間を割く余裕も人員も不足しているんです。かく言う私も、この後別件で保須に行く予定があります。だからこそ、こうしてあなたに依頼という形でお願いしています。今年の雄英体育祭はご覧になりましたか? サポート科の彼について、我々はより詳しい情報が欲しい」
「詳しい情報……戦闘データか。それで俺に?」
「ええ、敵として全国的に有名なあなたなら適任だろうと。半端な敵では話になりませんので」
まだ疑問に思う点はある。だがマスキュラーは難しく考えるのを止めた。要は写真に載っている奴と好きなように戦えば良いのだ。弱い者イジメも強者との戦闘も大好きなマスキュラーにとってはまさにぴったりな依頼。しかも報酬まで貰えるおまけ付き。これを受けない道理はない。
「良いぜ、受けてやるよその依頼。面白そうだしな。んで、どこに居るんだそのガキは? 場所を早く教えろよ」
「今は職場体験でホークスの事務所にいます。ここから福岡市までは距離があるので、そこまでは私が送迎しましょう。襲撃のタイミングはそちらの自由で構いませんが、出来る事なら職場体験期間中の決行が望ましい。戦闘データの収集手段はこちらで用意しているので、あなたはただ戦うだけで構いません。では改めて、お願いしますよ──」
──という事が2日前にあり、そして今に至る。
「なるほどなぁ……奴らが情報を欲しがるわけだ。こいつ本当に高1のガキか? 半端な攻撃じゃあ全然効かねえようだな」
殴り飛ばした相手が何事も無かったかのように平然としている様を見て、マスキュラーが感嘆の声を上げる。
並のプロヒーローなら最初の攻撃だけで軽く2,3回は死んでいるのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。その事実がマスキュラーを驚かせ、そして堪らなく興奮させた。自身の打撃を受けても倒れない相手に。死ぬ気配が全く見えない相手に。
だからこそ、マスキュラーは決心した。
「止めだ止め! 小手調べだとか様子見だとか、そんなちゃちな事するのはもう止める! だってお前強いもん! 今のでよーく分かった。遊ぼうって言葉は撤回するよ! だからここから先は……本気の
先程まで嵌めていた義眼を取り外し、代わりに真っ黒なデザインをした義眼を装着する。
そして最初とは比較にならない量と分厚さの筋繊維を生成し、それを幾層も全身に行き渡らせる。
明らかに様相が変化したマスキュラーを前にして、彼は依然その場に突っ立っているまま。一切動揺する事なく、冷静に変化していく様子を観察していた。
「さあてと、準備万端だ! こっから先は本気で行かせてもらうぜ……簡単に死ぬなよっと!」
強烈な殺意を感じ取ったので咄嗟に横へ避けた。
瞬間、先程まで立っていた場所の地面が周辺の木々ごと隆起し、抉られ、跡形もなく吹き飛んでいく。見た目に限らず、パワーもスピードも最初とは比較にならない。気の大きさも数倍に膨れ上がっている。
どう考えても学生が相手して良い敵ではないだろと内心思いながらも、彼は冷静にマスキュラ―の動きに対処する。
だが、マスキュラーも横に飛んで逃げた彼の動きに即座に反応し、地面を蹴って進行方向を90度変えて突進。スピードを一切緩めず彼の目の前まで肉薄した。
「おら行くぜぇぇぇぇー!!」
次の瞬間、マスキュラーの容赦ない右拳が彼の鳩尾を捉えた。その打拳は肉を抉り腹を貫かんとする勢いで、数多の木々を粉砕しながら後方へ押し出していく。
しかしマスキュラーの攻撃はそれだけに留まらない。
「たああぁぁぁぁー!!」
今度は左脚を大きく振り上げ、彼の体を遥か上空へ蹴飛ばした。
蹴られた彼は勢いのままに宙を舞って上空へ、そのまま数百mほど離れた地点まで飛ばされる。その間、暗い森の中をほんのり明るく照らす綺麗な上弦の月が目に映る。今夜が満月の夜でない事は、彼を含め全地球人にとって幸運と言えよう。
そんな彼の事情など露知らず、マスキュラーが地面を蹴って高く飛び上がり、今度こそ止めを刺そうと再び彼の前に現れる。
そして右腕を大きく振りかぶり、拳を固く握り締め、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「血ぃ見せろやぁぁぁぁー!!」
その大声と同時に極太の右腕を振り下ろし、彼の顔面を思い切り殴り付けた。
殴られた彼は猛スピードで落下し、地面に激突する。その瞬間、周辺の木々は薙ぎ倒され、地面は深く抉れてクレーターが出来上がり、辺り一帯にもうもうと土煙が立ち込める。
それを見たマスキュラーがクレーターのすぐ近くに降り立ち、邪悪な笑みを浮かべたまま穴の底を見下ろす。
「へへっ、どうだ! 15000層の筋繊維装甲の威力はよぉ! いつもより3000層も追加で盛り込んだんだぜ? お前のためにここまでやったんだ! なあ、おい!」
自慢げに語るマスキュラー。だが、彼からの返答はなかった。数秒、数十秒経てど、物音一つしてこない。
「……?」
やがてそれを不思議に思ったマスキュラーが笑うのを止め、徐々に土煙が晴れていく中、そっとクレーターの底を注視した。
そして気付いた。
「なっ!? い、いねえだと!? いや、そんなはずはない! どこだ? どこに身を隠してやがる!?」
そう、彼の姿がどこにも見当たらない事に。
確かに顔面を殴り、地面に叩き付けた。クレーターから這い出てくる様子も見られなかった。にも拘わらず、土に埋もれているはずの彼の姿が見当たらない。
ここで初めてマスキュラーが動揺を見せた。予想とは違う結果に面食らってしまったのだ。
その時だった。突然、何者かが肩をポンポンと軽く叩いた。
「なっ……!?」
突然の出来事に驚きを隠せなかった。
マスキュラーは咄嗟に振り返った。そして目を見開いた。なんと土に埋もれているはずの彼が、気付かれる事なくマスキュラーの背後に立っていたのだ。
驚きのあまり言葉を失っているマスキュラーに、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。まるで「はい、残念でした」とでも言って嘲笑うかの様に。
そして……。
「こんの────ぐほぉあ!?」
マスキュラーが動き出すよりも先に、肩に置いた手を握り締め、強烈な打拳をマスキュラーの頬に繰り出した。
彼にとっては軽く殴った程度だが、マスキュラーからしてみれば、今まで体感した事がないくらい重く鋭い一撃。一瞬意識が飛びかけた。
しかし、彼の殴打の威力はそれだけに留まらず、殴られた衝撃で今度はマスキュラーが猛スピードで吹っ飛ばされる。
「ガッ! ゴホッ! ウグッ……!」
木々を何本も突き破り、弾丸の様に真っ直ぐ飛び続け、背中の筋繊維装甲をガリガリ削りながら地面の上を滑っていく。
最終的に数百mもの距離を移動した所でようやく勢いは消え、地面の上に仰向けの状態で転がるマスキュラー。たった1発、彼の攻撃を受けただけで、背中の装甲は大部分が剥がれ落ち、息も絶え絶え、頭から血を流していた。
血を見せろと言った方があっさり返り討ちに遭い、逆に血を流している。何とも言えない状況である。そんな状態のマスキュラーの側に立った彼は、笑みを浮かべたまま言った。
どうした? 1発殴られてはい終わりなんて、そんな中途半端な結果で終わると思うか? ほら、早く立てよ。
倒れ伏した相手を見下ろし、冷淡に、残酷に、嘲笑う様にそう告げた彼の言葉に、マスキュラーの表情が険しくなり、目付きが鋭くなる。
「こ、このガキ……! ふざけやがって、調子に乗んなよ……!」
残念ながら、ふざけているのも調子に乗っているのもそちらの方だ。相手との実力差も推し測れず、命知らずにも殺し合いを仕掛け、想定外の事態への対処がぐだぐだ。全然なっていない。
だが、こうも実力差がはっきりしているとはいえ、戦いはまだ続いている。ならば一通り勝敗が決するまで戦いを継続するのが筋というもの。降参すれば即終了の体育祭とは全く違うのだ。そこの所は覚悟してもらおう。
彼はそう言って、マスキュラーの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「ぐっ……クソッ!」
相変わらず鋭い目付きでこちらを睨んでいるが気にしない。彼はマスキュラーを高く放り投げると、そのまま人差し指を立てた。
数秒して、その人差し指の先端に青白い光の粒が集まり出し、やがてビー玉程度の小さな球体が形成される。これで準備は完了した。
そうこうしている内に、放り投げたマスキュラーが重力に従って落下する。落下地点はちょうど今いる場所の目と鼻の先、コントロールはばっちりだ。
「お、おい、何だよその光は!? 体育祭でそんなの見てねえぞ!? そいつは一体……!?」
何やら叫んでいるが無視。非常に心苦しいが、殺し合いを仕掛けてきた時点でこうなる事は決定済み。これも結果だと受け入れてもらうしかない。
だが安心してほしい。そちらは殺す気で急襲してきたが、正直な話、こちらは相手の命を取る事にそこまで躍起になっていない。だから、運が良ければ生きているかもしれない。
指先に集まった光の球体がビー玉程度の大きさから更に集束して小さくなる。それと同時に青白い光が更に濃く、眩い光となって辺りを照らす。
そしてマスキュラーが地面に激突する直前で、限界まで圧縮したエネルギーの塊を一気に解き放った。
「ちょ、ちょっとま────ぐがああああああああああッッ!!」
瞬間、大地を揺るがす大爆発が巻き起こり、辺り一帯を昼間以上に明るく照らし、天高く粉塵を巻き上げて、爆風と衝撃波が森林全体に広まっていく。
爆発の範囲自体は狭めたが、その分威力は相対的に上がっており、これをモロに受けた者がどうなるかは想像に難くない。
当然の如く、爆発の影響でマスキュラーは遥か彼方に吹っ飛ばされ、どこかの遠くの山奥に落下していく様子が見られた。肉体が消滅していないだけ流石と言えよう。
今からその落下地点へ向かうが、果たして生きているのだろうか。非常に結果が気になる。急いで行かなければ。
どうなっているのだろうという好奇心を胸に落下地点まで飛び、そして……見つけた。
「ァ……カハッ……」
体中のあちこちに火傷の痕を負い、分厚い筋繊維装甲が全て焼失している状態で倒れ伏し、白目を剝いて気を失っているマスキュラーを発見した。
かなりの重傷だが、あれ程の大爆発を目の当たりにしておきながら、肉体を保ちつつちゃんと息がある時点で十分だと言える。15000層の筋繊維装甲のおかげだろうか。何気に四肢欠損していないのもポイントが高い。
とりあえず、これで勝敗は決した。マスキュラーが気絶し、これ以上の戦闘続行が不可能となった時点で、彼の勝利が決定したのだ。
そうと決まればさっさと事務所に帰還しよう。もうこれ以上この場に留まる理由がない。宿泊している部屋にシャワーがあるので、体に付いた汚れを洗い落とし、フカフカのベッドに転がろう。
その前にマスキュラーをどうするかだが、このまま放置で良いだろうという結論に至った。別に命を奪うほどの相手でもなく、事務所まで連行して今夜あった事を馬鹿正直に皆に伝えたら面倒な事になるからだ。
むしろ今回の敗北を機に研鑽を重ね、更に強くなってまた勝負を仕掛けに来てほしいとすら思っている。ならば尚更命を奪うわけにも、連行するわけにもいかない。
今ここで捕らえなければ、今後更に大勢の被害者が出る事は想像に難くないが、生憎彼はヒーローでも警察でもない。まだ見ぬ被害者の身を案じる優しさまで持ち併せていないのだ。全てはただ、今後の自分への楽しみのために──。
──数分後、気絶したマスキュラーを放置して、彼は真夜中の大空へ飛び上がった。
戦闘開始から5分と経っていない。非常に短い間だったが、職場体験中の良いアクセントになったと思う。
あと1時間半程度で夜明けだが、彼の移動速度を持ってすれば、誰にも視認される事なく事務所まで戻れる。抜かりはない。
そんな事を思いながら、沈みかけた上弦の月が照らす夜の空を、ひたすら真っ直ぐ飛んで行くのであった。
彼がマスキュラーとの戦闘に勝利し、事務所へ帰って行った直後の事。
日本国内、某所。薄暗い部屋の中で、壁一面を覆う大きさのモニターを前に2人の男性が語り合っていた。例の白衣を着た老人と、口以外の顔のパーツが無いスーツ姿の男だ。
2人が座って眺めているモニターには、彼とマスキュラーの戦闘の様子が映し出されている。
「予想はしていたが、あれ程の実力差があるとは思わなんだ。並のプロヒーローなら何度死んでもおかしくないはずだが、まさかの無傷! 久しぶりに年甲斐もなく驚いたわ」
「そうだね。僕も観ていて思わず叫びたくなったよ。スポーツ観戦に熱中していた子供の頃の興奮を思い出す。今回の彼らの戦いはそれだけ素晴らしいものだった」
先程の戦いを観戦していた2人は興奮冷めやらぬといった様子で、その表情はとても晴れやかで嬉々としていた。それだけ2人にとって、彼とマスキュラーの戦闘は凄かったのだろう。
「しかも戦いの最後で見せたあの光。映像越しでも分かるくらいに途轍もない密度と質量を持ったエネルギーの塊だ。あれも気になる。というか、今回の一番の目玉だね。火力はエンデヴァー並み……いや、本気じゃなさそうだったし、その気になれば軽く超えられるだろうね」
「凄まじい爆発じゃったしの。あれ程のエネルギーが体のどこに内包されているのやら。今すぐにでも捕まえて研究したいわい。どうにかならんか先生?」
「ははは、それはちょっと無理かなドクター。流石の僕も、オールマイト以上の力を持つ子を相手にするのは勘弁願いたい。今は映像だけで我慢してくれ」
「ううむ、先生がそこまで言うとは……最近の子は恐ろしいな」
顔無しの男に笑顔でやんわりと断られ、心底残念そうな表情になる老人。しかしすぐに気持ちを切り替え、再びモニターに目を向ける。
「とにかく、このまま観察を続けよう。幸い、僕とドクターで作った超小型ドローンの存在はまだバレていない。今はひたすら情報収集に徹するとしよう」
「コバエ程度の大きさだから、よーく目を凝らさんと視認するのも難しい代物じゃ。仮にバレたとしても、自壊機能が備わっておる。抜かりはない」
「そうだね、抜かりはない。けど警戒は怠らないように。いつこちらが足を掬われるか分からないからね。……ああいけない、今回頑張ったマスキュラーには後日報酬を渡さないと。本当に良く頑張ったから、少し色を付けておこう。今、黒霧に頼むか」
「黒霧も大変じゃな。つい先程まで保須市で死柄木の面倒をずっと見ていたというのに」
「それは言わない約束だよ、ドクター」
そう言って、顔無しの男はテーブルに置いてあるパソコンを開くと、ビデオ通話をONにした。
「黒霧、お疲れのところ悪いけど、今から急用を頼めるかな?」
戦闘終了から5時間以上経ち、午前8時半。
朝礼の時刻が差し迫り、事務所で働くヒーロー達がいつもの様に広間に集まり始めた。常闇も皆と同じ様にコスチュームを着用し、部屋から出て広間に向かう。
そんな中で同級生の彼だけが、瞼を擦りながら眠たそうな顔で部屋から出てきた。明らかに夜更かししたと分かる様子だ。
それを見て不思議に思った常闇が尋ねた。
「おはよう、と言いいたい所だが、一体どうした? 凄く眠たそうだが……」
気にしなくて大丈夫、昨夜は中々寝付けなかっただけだから。常闇の疑問に、彼はそう言ってお茶を濁す。
少々いい加減な返答だったが、常闇は特に何も聞き返さず「そうか、まあそういう日もあるよな」とだけ返した。
そうこうしている内に、ホークスが広間の中心にやって来た。
「はい皆さん、おはようございます。今日も1日、張り切って仕事しましょう」
「「「「はい!」」」」
「では早速準備に取り掛かってください。30分後に街のパトロール開始ですので、遅れないように」
朝礼が終わってサイドキック達が一斉に散らばる中、ホークスが彼と常闇に向かって来た。
ホークスは昨日の夕方から東京まで飛んで行って怖い人達とお話をし、それから朝方に九州まで飛んで帰って来た。つまり大して寝ていないはずなのに、眠そうな様子を一切見せていない。流石プロというべきか。
そんな事を考えていると、眠そうな彼にホークスが詰め寄った。
「おはよう2人とも! 今日で4日目だけど、ここの業務にはもう慣れた? それにしても君、今日なんか随分眠そうだけどどうしたの? 大丈夫?」
常闇と同じ事を聞かれたのでまた同じ様に返答した。
マスキュラーとの戦闘が終わり、急いで部屋に帰ってシャワーを浴びたのだが、そのせいで完全に目が覚めてしまいしばらく寝れなかった。
再び目を閉じたのは朝の5時になってからだったので、ほぼ仮眠と一緒なのだ。だから眠たく、そして寝付けなかったのもあながち嘘ではない。
彼の返答に、常闇がすかさずフォローを入れる。
「何かの拍子で中々寝付けない日はあると思いますよ。環境が変わって、その影響が今日になって表れたのかもしれませんし」
「ふーん、何かの拍子でねぇ……。まあ確かに常闇君の言う通り、寝床が変わった影響で一時的な体調不良に陥ったのかもね。で、大丈夫? 今日行ける? ……あ、大丈夫そう? 分かった。でも、しんどくなったらすぐに言ってよ?」
常闇のフォローを受け、ホークスが一瞬鋭い視線をこちらに向けてきたが、それもすぐに解けていつもの飄々とした様子に戻る。
まさかとは思うが、昨夜の戦いがバレているのだろうか。そうではないと信じたいが、先程の視線が気になってしょうがない。あれは完全に信用しきっていない目だった。
とはいえ、いつまでもそれを気にしているといずれ態度に出てしまう恐れがあるので、すぐに気持ちを切り替えてこれからの業務の準備に取り掛かった。
──それから30分後、9時になったのでパトロールをしに街を出た。昨夜は山奥であんな戦いがあったが、今日も今日とていつも通りの業務である。
ホークスの後を飛んで追い、現場近くでスピードを上げて一気に追い越す。そしてサイドキック達が来るのを待って、すぐに次の現場へ直行する。その後ろを、常闇が全力で走って必死に追いかける。
そんな感じで昨日と何も変わらない時間を過ごしていた。だが、今日は少しだけ違った。
『──救援要請! こちら西区の××番地、中央公園前の○○銀行で強盗事件発生! 犯人は男女合わせて6人で、現在2台の車両に乗って逃走中! 全員拳銃及び刃物を所持しており、内4名がサブマシンガンを所持! 人質はいない模様! 繰り返す──』
事務所から支給されたインカム越しに、前触れもなくそんな情報が流れてきた。
アナウンスを聞いたホークスはすぐさま皆に指示を出し、方向転換して現場へ直行する。
「まったく、刃物と拳銃だけならまだしも、マシンガンとかどこで手に入れたのやら。アメリカじゃなくて、ここ日本なんだけどな。後でどうやって入手したか聞いておかないと……」
と、ブツブツ言いながらも周囲を見渡しつつ猛スピードで飛ぶホークスは流石と言える。一分の隙も無駄もない。
それから1分後、被害にあった銀行から数km離れた通りに目的の車両が見つかった。
2台とも普通自動車、前方の車両を次々と追い越しながら逃走を続けている。その後ろから数台の警察車両がサイレンを鳴らしながら追跡しているが、数多くの自動車が犯人グループに無理やり追い越された影響で混乱し、渋滞を起こしている。そのせいで警察車両も追跡するのが難しい状況。
そんな時だった。
「犯人グループは見つけたけど……うーん、そうだな……ねえ、敵の確保手伝ってとか言ったら、やってくれたりする?」
状況を把握したホークスが突然そんな事を言い出した。
彼は一瞬驚いたがすぐに気を取り直し、やっても良いけど戦闘行為は避けられないのでは? と返す。職場体験初日に言われた『戦闘行為を除く個性の使用許可』の縛りがあるためだ。
だが、ホークスは問題無いという表情で首を横に振る。
「それなら心配ない。限定的に個性を用いての戦闘を許可するから。でもやるかどうかは君次第。確かに危険な任務だし、本当は学生にやらせるべき事じゃないんだけどさ、なんか君なら問題無さそうに思えたんだよね。だから1回だけでも見てみたいなって思ってね」
なるほど、そういう理由か。要するに、気になるから戦う所を見せてほしいという事だ。分かりやすくてシンプルな理由である。
まあ、理由はどうあれちょうど良い。業務内容が同じ事の繰り返しで少し飽きてきた所なのだ。少しでも良いから刺激が欲しい。
だから彼は承諾した、犯人グループの確保に。
「よし、そうとなれば決まりだね。じゃあ行くよ! 俺は右に逃げた車両追うから、そっちは左の車両をお願い!」
ホークスの指示に従い、彼は2台ある内の左方向に逃げた車両に向かって急降下する。そして時速100km以上は出ているであろう自動車の数十m手前で道路上に降り立った。
当然、逃走していた犯人達にとっては一溜まりもない。なにせ全速力で逃げていたら、いきなり空から人が目の前に降って来たのだ。だから彼の姿を認識した瞬間、急ブレーキをかけてハンドルを切った。轢いてしまったら余計面倒な事になるが故に。
しかし車は急に止まれない。急ブレーキも虚しく、自動車は猛スピードのまま彼と激突。周りで見ていた通行人が悲鳴を上げ、辺りが騒然となる。
だが、その直後もっと騒がしくなる。
「きゃああああああああ!」
「大変だ! 今誰かが車に轢かれたぞ……ってええっ!?」
「ちょ、ちょっと待って! 嘘でしょ!?」
なんと車と衝突した彼は、何事も無かったかのようにその場に突っ立っていたのだ。それも無傷で。
逆にぶつかった自動車の方がぐしゃぐしゃに潰れており、見るも無残な有り様になっている。とはいえエアバッグのおかげか、中に乗っていた犯人達は無事なようで、普通にドアを開けて出てきた。もちろん銃を所持して。
「ク、クソが……! なんだてめぇ、いきなり俺らの前に現れてよぉ! しかもなんで車の方が酷い目に遭って、轢かれたお前はピンピンしてんだよ!? おかしいだろどう考えても! 普通逆だろ!」
確かにおかしいのだが、そんな事を言ってないで大人しく自首したらどうだろうか。この一瞬で、ホークスを始めとした大勢のヒーローがここへ集まって来ているのだ。下手に抵抗したら痛い目に遭う可能性が高くなる。
だがそんな形だけの説得も虚しく、犯人達はハッと鼻で笑い、馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「ハッ、馬鹿言ってんじゃねえぞガキ。ここまでやっといて、今更引き下がれるかって話なんだよ」
「そういう事だ。というかお前、どっかで見た顔だと思ったら、こないだの雄英体育祭で2位になったサポート科じゃん。確か数日前、ホークスの事務所で職場体験してるってSNSで話題になってたな。なるほど、道理でここに」
「でも残念、いくら体育祭で良い成績取ったからと言っても所詮はガキ。車にぶつかっても平気なのは驚いたけど、それだけじゃ私らには勝てないよ」
そう言って3人が取り出したのは銃。1人が拳銃で、2人が例のサブマシンガン。恐らくホークスが追って行った方の車両に、もう2人のマシンガン持ちがいると思われる。
そして現在こちらに向かっている常闇達の気を探ってみた所、ここからまだ2kmも距離がある事を確認。すぐにサイドキック達は来られない。
つまり、たった1人で武装したこの3人の相手をしなければならないという事になる。先程ホークス自身も言っていたが、どう考えても職場体験中の学生に任せて良い仕事ではない。戦う姿を見てみたい気持ちも理解できるから何も言わないが。
「つーかよ、あんた学生だろ? ヒーロー免許どころか仮免許もまだだよな? 良いのかよ、免許ないのに個性使って。そうやって下らん正義のヒーローごっこやってるけどさ、それ立派な法律違反だぞ? ヴィジランテだぞ? 分かってんのか?」
色々考えていると犯人達にいきなり煽られたが、その手の煽りは効かないし問題無い。既にホークスから個性の使用許可は貰っている。というか、ホークスが自ら許可したのだ。だから何も問題は無い。
「あっそう、あのホークスがそんな事をねぇ……じゃあそんな許可を出した事を後悔させてやるよ。ガキのお前を痛めつけて殺せば、あのクソ生意気なヒーローも多少は曇るだろ」
「ははっ、違いねえ」
「ちゃっちゃと殺って、警察とヒーローに囲まれる前に逃げるとしますか」
目の前で随分と余裕綽々な態度を取っているが、セリフの内容がフラグを建てる時によく聞く言葉だらけで反応に困る。
もしかしてわざとなのか。3人共わざと言っているのだろうか? これでわざとではなかったら拍手を送りたい気分だ。
そんな複雑な気分になりながらも、マスキュラー戦に次いで公の場での戦いが突如始まったのであった──。
はい、恐らく次回で職場体験編は終わりです。マスキュラー戦と尺稼ぎで急遽入れた強盗達との戦いで話的には充分良いパンチになったんじゃないかと思い、残りの期間の話を超あっさりな内容にしようと考えています。
なので職場体験編は割と短めです。