サイヤ人 in ヒロアカ 作:H & J
果たして何の用で来たのだろうか……。
※午前11時に投稿してきたけど、ちょっと億劫になってきた……。
雄英での寮生活2日目、校舎内の開発工房にて。
「突然の爆発、失礼しました! お久しぶりですね! ヒーロー科の……えっと……全員お名前忘れました!」
「み、みみみ、緑谷い、いず、出久、です……」
「飯田天哉だ! 体育祭トーナメントにて君が広告塔に利用した男だ!」
「なるほど! では私、ベイビー開発で忙しいのでこれで!」
発目が起こした爆発事故もようやく片付き、お互いに挨拶を交わす。とはいえ、発目の豊満な身体の感触を味わった緑谷は緊張ですっかり縮こまり、飯田は体育祭で利用された恨みからか厳しい口調で発目に詰め寄る。麗日もどこか暗い表情で緑谷の方を見詰めている。
しかし、3人の異なる反応には目もくれず、アイテムの開発作業にさっさと戻ろうと発目は背を向けた。
「あっ……ちょっと待って! あの、コスチューム改良の件でパワーローダー先生に相談があるんだけど……」
「へー、そうなんで……コスチューム改良!? 興味あります!」
コスチューム改良という緑谷の発言に、無視を決め込んでいた発目の目の色が変わる。そして勢いそのままに緑谷に急接近するも、その直前でパワーローダー先生から待ったがかかる。
「おい発目……寮制になって工房に入り浸るのは良いが、これ以上荒らすと出禁にするぞ」
「その時は寮に建てた工房でベイビー開発するだけです! 問題はありません!」
「問題ありまくりなんだよ! 雄英の敷地内だからまだ良いが、あの建物レッドゾーンに片足突っ込んでるからな! 間違ってもあの中で作ったアイテムを勝手に外部に持ち出すなよ? 必ず俺に一言伝えるんだ、分かったな!」
パワーローダー先生が『出禁』という単語をちらつかせて牽制するも、寮に建てた巨大工房の存在により発目に効果は無い。
脅しが効かなくなった狂人ほど恐ろしいものは無い。改めてとんでもない生徒達の担任になってしまったと、パワーローダー先生は頭を抱えた。
「ふ、2人とも何の話してるんだろ……?」
「デク君、多分これ気にしたらあかんやつだ。今のは聞かなかった事にしよ」
「いや……レッドゾーンって聞こえたが大丈夫なのか? というか、まだコスチューム改良の話に全然入れていないのだが……」
1年H組の生徒達と教師達の間でしか分からない話に全くついて行けない緑谷達。
耳に入ってしまった会話の内容をなるべくスルーした3人は、工房に来た肝心の目的を再度切り出した。
これにより、ようやくパワーローダー先生が発目との言い争いを止めて向き直った。
「いやぁ、3人共すまないね。お見苦しい所を見せちゃって。それで、必殺技に伴うコスチューム改良の話だろ? イレイザーヘッドから聞いてる。とりあえず説明書見せてくれ」
「あ、はい。こちらです、どうぞ……」
パワーローダー先生の前に、3人分のコスチューム説明書が差し出される。横から発目が何枚か引っ手繰って読んでいるが、今更そんな事で目くじらを立てる先生ではなかった。
その様子に苦笑いする3人を余所に、説明書の内容を全て確認した先生がふむふむと頷きながら顔を上げる。
「うん、大体把握した。じゃあ1人ずつ要望言ってくれ。すぐに変更出来そうなやつはここで改良、そうじゃない場合はデザイン事務所に依頼する形となっている。まあ、ウチと提携している事務所は超一流だから、3日くらいで戻って来るよ」
「あの、僕は腕の靭帯への負担を軽減出来ないかと思って……そういうのって可能ですか?」
「ああ、緑谷君は拳や指で戦うスタイルだったね。そういう事ならお安い御用さ。すぐにでも改良出来るよ」
変更可能だと即答された緑谷の表情が一気に明るくなった。林間合宿時の戦闘により、腕の靭帯に無視出来ない負担を掛けてしまったため、不安に感じていたのだ。
その表情の変わり様を見て、一緒に聞いていた麗日も喜ぶ。
「良かった! やったねデク君!」
「うん、本当に良かっ……た……へぁ?」
だがその喜びと笑顔は、緑谷の間の抜けた声と共に一瞬にして消え去った。
「はい……はいはい……なるほど。あの人ほどではありませんが、意外とがっしりしてますね。良い筋肉を持ってるじゃあないですか」
「は、発目さん、一体何を……?」
「何って、フフフフ……体に触れているんですよ。こうやって自分の手であちこち触った方が、クライアントの体について分かる事が多いですからね」
音もなく2人の背後に回った発目が、後ろから抱き着く形で緑谷の全身を丁寧に触診していた。これには緑谷も頬を赤らめ、隣にいる麗日も一瞬で表情が暗くなる。
そして突然の緊急事態に混乱している緑谷に、いきなり自身が開発したパワードスーツを無理やり装着させて勝手に実験を始める発目。
その様子をずっと見ていた飯田は、発目が緑谷達の相手をしている間に、警戒心を保ちながらパワーローダー先生にそっと歩み寄り、耳元でこっそりと囁く。
「あの、俺は脚部の冷却機を強化して頂きたく……」
「なるほど、そういう事ならお任せあれ!」
「うっ!?」
だが、発目からは逃れられない。
緑谷と同様、飯田も困惑している内にアイテムを装着され、勝手に実験を始められて散々な目に遭う事となった。体育祭トーナメントの時と同じく、また発目に利用されていた。
「俺の個性は脚なんだが!? それがどうして腕にブースター着けられて、天井に頭打つ羽目になっているんだ! 全然関係ないじゃないか!」
「フフフ、確かにそうですね。でも私、それ見て思うんですよ。『脚を冷やしたいなら、腕で走れば良いじゃないか』って!」
「……ッ!」
また利用されて憤慨する飯田に物怖じせず、良く分からない事を言い出す発目。それを受けて「何を言っとるんだ君はもう!」と更に怒る飯田だったが、緑谷は違った。
発目が何気なく放った言葉に、緑谷は何かに気付いたのかはっと息を呑んだ。今までの凝り固まった考えが一気に崩れていくかの様な、とても新鮮な感覚。
まだ具体的なイメージは出来上がっていないが、後もう少しで現状抱えている問題を打開出来るような気がする。何となくだが緑谷はそう思った。
「本当にすまないね。彼女は病的に自分本位なんだ。今のはよくあるやり取りでね」
「ええ、よく存じております……」
「うん……」
一方で、発目に振り回されて散々な目に遭った飯田と麗日は、パワーローダー先生の言葉に何度も首を振って肯定する。体育祭から始まった交流の中で、2人の発目に対するイメージは決して良いものとは言えなかった。
そんな2人の反応に苦笑いしつつも、パワーローダー先生はいつになく真剣な表情で発目の方を見遣る。
「それでも、ヒーロー志望なら彼女との縁を大切にしておくべきだよ。プロになってからきっと……いや、必ず世話になる」
その言葉に3人ともはっと息を呑む。
何でもないかの様に思えるこの時の交流が、将来プロヒーローになってから掛け替えのないものになる事。それを身を以て知っている今のプロヒーローからの、大切なアドバイスだった。
「今まで多くのサポート科を見てきたけど、その中でも発目はやはり特異だ。『常識とは18歳までに身に付けた偏見である』って言葉があるように、彼女は失敗を恐れず常に発想し試行している。
イノベーションを起こす人間ってのは、既成概念に囚われないんだよ」
「あっ……!」
パワーローダー先生の言葉を聞いて、緑谷の脳内で何かが閃いた。
雄英の入学試験から始まり、体力テスト、USJ事件、体育祭、職場体験、期末試験、林間合宿、神野事件と、数多くの記憶と経験が頭の中でぐるぐると駆け巡る。
そしてこれまでの経験を思い返して、そして今の発目とパワーローダー先生の発言を照らし合わせた結果、緑谷の中でとあるアイデアが浮かび上がってきた。現状の問題を全てひっくり返す程の、シンプルかつ画期的なアイデアが。
緑谷は早速行動に移した。
「飯田君、ちょっと教えてもらえないかな!? 聞きたい事がたくさんあるんだけど……!」
「な、何か知らんが待ちたまえ。気付いてないかもしれんが、コスチュームの件が何も進展していない」
「ああ、そっか! まずそっちが先だったね!」
「デク君急に顔面が晴れたね!」
「えっ!? そ、そうかな!? そう言えば麗日さんはどこか改良するの?」
「私はもっと酔いを抑えたくて……」
「それならこれなんてどうでしょう!?」
「ひっ!?」
どこか吹っ切れた様子を見せる緑谷に、飯田と麗日もつられて表情が明るくなる。その後の発目の乱入で、再び工房内は混乱極まる状況に陥ってしまったが。
それを見かねたパワーローダー先生が3人と発目に間に割って入り、混乱をどうにか抑えようと必死に宥める。
「おい発目、やる気があるのは良いが一旦落ち着け。それ以上やらかすとマジで出禁にするからな。それとお前達も、こっから先は俺がやっておくから、要望だけ伝えたら今日はもう戻れ。そろそろ訓練も終わる時間だろうし」
「えー……」
「あ、分かりました。ではまた明日お伺いします」
そんなこんなでどうにか工房内の平和を取り戻す事に成功し、ほっと胸を撫で下ろす先生。
話も取りあえず一段落したので、後は要望だけ伝えて今日はもう帰ろうという雰囲気になる。そこで緑谷は少し気になっていた事を発目に尋ねた。
「あ、そう言えばずっと気になっていたんだけど、今日工房にいるのは発目さんだけなのかな? いつも2人で行動しているイメージがあったから、1人だけって凄く珍しいなあと思って……」
「確かに、単独なのは珍しい気もするな。時折校内で見かける時も2人一緒だった覚えがある」
「そう言われるとウチも気になってくるなぁ……」
いつもはいるはずの、もう1人の頭のおかしいサポート科。緑谷達ヒーロー科全員と戦った事もある彼がいない事に、3人はとても珍しく思っていた。
そんな疑問を持つ緑谷達に、質問された発目は今までのやり取りですっかり彼の存在を忘れていたのか、はたと手を打つ。
「そう言えば、パワーローダー先生にも彼が今何をしているのか言いそびれてましたね。ちょうど良いタイミングですし、コスチューム改良の話が終わったら一旦寮に戻りましょうか。
あなた達もどうです? 確か、必殺技を開発する訓練をしているんですよね? もし難航中でしたら、何か良いヒントを得られるかもしれませんよ? それに、見たらきっとびっくりすると思いますから」
── 1年H組サポート科の学生寮にて。
寮の玄関前には前庭が広がっており、一軒家を建てられる程の十分なスペースがある。
そんな芝生が隙間なく敷き詰められた緑の土地だが、現在そこには寮の長閑な雰囲気を見事にぶち壊す、近未来的な外観をした物体が堂々と鎮座していた。
直径10m以上はある特殊合金製の巨大な球体、それを支える数本の太く頑強なアーム、所々に取り付けられた分厚いガラス窓。そして、球体の表面にゴシック体で記載されている『GRAVITY ROOM』の文字。
良くも悪くも色々と注目を集めてしまう謎の物体。この球体の室内の中心で現在、1人静かに座禅を組む者がいた。
「……ねえ、もう3時間以上もあの状態のままだけど、大丈夫かな? ピクリとも動く様子が見えないんだけど……」
「というかそれ以前に、あの姿勢を保っていられるのが凄いよ。バランス感覚どうなってるの?」
「あれもう完全に人間を止めてない? 私じゃ絶対に無理。どう考えてもおかしいでしょ」
「確かにそれはそう。いやだって……ねえ?」
「どうしてあんな細い棒の上に座って、3時間以上も座禅組めるのよ……」
球体の中は広々とした空間が広がっており、窓から室内の様子が観察出来るようになっている。そのため1年H組のクラスメイト達が窓から室内を覗き込んでいるのだが、室内で長時間座禅を組み続けている彼の存在に、驚愕と困惑の表情を浮かべていた。
彼はただ座禅を組んでいるわけではなかった。室内の中心に立つ細長く丈夫な棒につま先だけで乗り、その上で座禅を組んでいた。
ヒーロー科との訓練時にも着た300kg超えの運動着を着用しており、クラスメイト達の言う通り、かれこれ3時間はずっとこの状態を維持している。
そして、室内の壁に設置された大きなモニター。その真っ黒な画面に白文字で『200G』という謎の数値が表示されていた。
「あれっ、何なんだろあの人だか……デカッ!?」
「えっ、えっ、えっ? 何やあの丸っこいの!? 一体どうやってこんな大きな物……!」
「なっ……!」
クラスメイト達が揃って室内の様子を観察していると、そこへちょうど緑谷達3人のヒーロー科を連れて発目が寮に戻って来た。
「おや、どうやら賑わってるみたいですね。まああれだけ大きいと人目を惹きますし、当然と言えば当然ですか。
……あっ、これ『重力室』って言うそうですよ。持って来た本人がそう言ってました」
「「「重力室?」」」
聞き慣れない名称に緑谷達が首を傾げる。
重力室────それを聞いてピンとくる者はこの惑星に住む者の中でも非常に限られる。
緑谷達の目の前で堂々と鎮座しているそれは、元々とある小型宇宙船の仕組みを利用して作られた物であり、今まで所有者である彼の実家の中にあった。つまり存在そのものが露見していないのだ。
それが今回、雄英が寮生活になったという事で、彼が実家から部屋ごとホイポイカプセルに収納して持って来ていた。
そしてこの重力室最大の特徴といえば、室内の重力を好きに変更出来るという点だろう。地球の重力を1倍として、室内を数倍から数十倍、果ては数百倍の重力下に置く事が可能となっている。
重力室が出来た当初は100倍が上限だったが、その後200倍、300倍、450倍と徐々に上限を上げており、今では最大500倍の重力まで引き上げる事を可能としている。
常人なら一瞬で肉体が潰れてミンチになる地獄の様な環境を作り出す。それがこの『重力室』である。
「──とまあ、どういう仕組みなのか詳しい事はまだ分かりませんが、あんな感じで室内の重力を好きに設定して修行するそうです! で、今室内のモニターに『200G』って表示されているので、言葉通りなら室内の重力は地球の200倍になっているという事になりますね!
普通なら即死は免れないイカれた環境です。ですが平然と座禅を組んでいる様子を見るに、どうやら200倍の環境には既に慣れているみたいですね!」
「「「……………………」」」
重力室について彼に教えてもらった事を何とは無しに説明する発目。生粋の発明オタクなのか、どこか興奮気味な様子で早口になっている。
だが、そんな彼女の興奮が緑谷達に届く事はない。説明を聞いていた3人は重力室のあまりに馬鹿げた性能と、そんな危険過ぎる代物を平然と使用している彼のぶっ飛び具合を理解して、すっかり引き攣った表情になっていた。つまりドン引きしたのだ。
それと同時に、彼がサポート科でありながらヒーロー科を圧倒するほど底知れない強さを秘めている理由も、今の説明で何となく理解出来たような気がした。
「さて、重力室の説明もしましたし、これ以上ここで待っても暇なんでそろそろ出て来てもらいましょうか。えーと、確かゲート近くのこの辺りに呼び出しボタンがあるって言ってた覚えが……あ、あったあった。これをポチッと!」
重力室の入口近くに取り付けられている赤いボタンを発目が押した瞬間、室内に充満していた異様な空気がたちまち霧散し、棒の上で座禅を組んでいた彼も辺りをキョロキョロと見回す。
たった今発目が押したボタンは、実際は呼び出しボタンではなく安全を考慮して設置された緊急停止用のボタンなのだが、押した当人は知る由も無い。
そうして重力室の機能を強制的に解除した発目の存在に気付き、彼は修行を止めて室内から出てきた。
「いやぁ、修行中にわざわざ呼び出しちゃってすみません。ちょっと色々あってあなたに用がありましてね。聞いてくれます?」
修行を中止して出てきた彼に、発目が工房内で緑谷達と話した内容を詳しく説明する。
ヒーロー科が個性伸ばしの圧縮訓練と同時並行で必殺技の開発をしている事。そのためにコスチュームを改良する必要があり、開発工房に訪れていた事。個性伸ばしや必殺技の開発に苦労しているので、何か良いヒントになればと思い、発目が3人を連れて寮に戻って来た事。
早口で説明されるその内容に、彼は表情を一切変えず、頷きもせず、ただ静かに耳を傾けていた。
「……で、話を聞いてどうです? 今ので何か思うところはありますか?」
発目の問い掛けに彼は腕を組んで俯き、ただの一言も発さず真顔でじっと考え込む。
普段の破天荒な行動からは想像も付かないほど真剣な様子に、一緒に話を聞いていたクラスメイト達が瞠目する中、彼は腕組みを解いて緑谷達に向き直った。
そして尋ねた、目の前にいた緑谷に。
「えっ、今どのくらいまで力を振るえるかって? えっと、僕の個性の最大パワーを100%としたら、今は大体5%が限度だよ。それ以上の力を使うと体を痛めるし、行き過ぎると体がバキバキに壊れるから注意する必要があるんだ。だからそのリスクを無くすためにもフルカウルを考えたんだけど……あっ、フルカウルってのは体の一部だけじゃなくて全身に個性の力を行き渡らせる技の事だよ。
でも、この前の合宿で敵の襲撃を受けた時に無理し過ぎちゃって、そのせいで腕に爆弾が出来て……。だからこれ以上腕に無理を強いると、一生腕の使えない生活になるって言われたんだ。そこでさっき発目さんと少し話し合ったんだけど、腕から脚を中心に使う戦い方にスタイルを変更してみようと思ってるんだ。もちろんこれ以上体を壊さないためにも、使える力の上限を引き上げる訓練は続けるけど、技術的な面での戦いの幅も並行して広げる必要があるから、今以上に訓練に励まないとすぐ追い付かなくなってしまうんだ。
そこで君に聞きたいんだけど、これから脚技メインの戦い方に変更するに当たって、何か注意すべき事とかこうすれば良いみたいなコツとかある? 飯田君にも後で聞くけど、君からの意見も是非とも欲しいんだ。僕はもっと強くならないといけないから。あっ、コスチュームの改良は発目さんに考えがあるみたいだから、そこは大丈夫だよ!」
話が長く、発目以上の早口。
情報提供はありがたいが、質問に対する返答は最初の一言だけで事足りている。
緑谷の長過ぎる話に、この場にいる大半の人がついて行けてない。かく言う彼も、まさかこんなに長い返答が来るとは思っておらず、少しばかり答えるのが億劫になっていた。
緑谷の対応は後に回して、とりあえず麗日と飯田の話も聴こう。そう考えを改めた彼は、麗日にも緑谷と似たような質問を投げ掛けた。
「私? 私は既に方向性も決まっとるし、特には無いけど……やっぱり個性使う度に酔っちゃうのは苦労するよ。今は自分自身を浮かす訓練をやってるんだけど、これがもう難しくって!
だから今よりももっと酔いを抑えるコスチュームにしてほしくて、デク君と飯田君の3人で工房に来てたんだ」
麗日の返答に彼は相槌を打ちながら傾聴し、発目から聞いた内容も含めて情報を整理した。
こちらは特に言うべき事があるわけでもなく、課題も本人の頑張り次第でいずれ解消されるもの。わざわざアドバイスしなくとも、何とかなるだろうと彼は思った。
それと、返答が緑谷と比べてとても短く、ゆっくり話すので聞き取りやすかった。
「最後は俺か。俺はレシプロのデメリットを軽減したい。先程開発工房に赴いた際は、パワーローダー先生にラジエーターの改良をお願いしておいた。冷却機能が強化されれば、多少エンジンが熱くなっても問題無く長時間の活動が出来るからな」
こちらも非常に分かりやすい課題だった。
簡潔に纏めて質問に答えているから内容を理解しやすいのもあるだろう。やはり最初の緑谷の話だけ異常な量の情報と早口だった。緑谷は他の2人を見習って、せめて喋り過ぎる癖だけは直してほしい。20文字以内に簡潔に纏めてくれると尚ありがたい。
3人の話を聞き終えた彼は、それぞれの現状と課題を頭の中で整理し、どんな事を言うべきか思考を巡らせる。
それから10秒後、考えを纏めた彼は改めて3人に向き直った。
「えっ、これを身に付けろって? これは……アンクルウェイトじゃないか。なるほど、つまりそれを身に付けて走る事で、更なる脚力強化に努めろというわけだな?
分かった、ありがたく使わせて……重たっ!? えっ、ちょっ、まさかこれを両足に巻いて走るのか? 本気で言ってるのか? おい正気か君!?」
まず初めに、飯田にアンクルウェイトを手渡した。
これは足に巻くタイプの重りで、足腰を鍛えるトレーニング用品としてスポーツ店でも普通に売られている。そしてたった今飯田に渡した物は、重力室の中に置いてあったちょっと重めのタイプで、片方だけで15kgはある。
計30kgの重り。これを足に巻いた状態でいつも以上のトレーニングに励んでもらいたい。恐らくかなり四苦八苦すると思われるが。
とりあえず飯田の場合はこれで良い。レシプロのデメリットを軽減するのが本来の目的だが、そちらはパワーローダー先生が何とかしてくれると思うので、こちらがわざわざ考える必要はないだろう。
「それじゃあ私は……へっ、筋トレ? それって具体的に何をすれば……えっ? 腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニング10km……これを毎日した後に自分自身を浮かす訓練をしろって!? んな無茶苦茶な!?」
次に麗日だが、彼女には筋トレを勧めておいた。
腕立て、上体起こし、スクワットをそれぞれ100回、そしてランニング10km。正直言って、麗日がこれを毎日続けるのは難しいし、その後に個性を使った訓練をするのは無茶にも程がある。
ただ麗日の場合、筋トレして体を鍛えたら現状抱えている問題は自然と解決する。何となくそんな気がしたのだ。
大事なのは、個性を鍛える他に体を鍛えるトレーニングも並行して継続する事。今言ったトレーニングの内容はあくまで例に過ぎないので、無理のない内容に変えても構わない。とにかく継続する事を念頭に置いてほしい。
「い、飯田君も麗日さんもかなりヤバそうだね。この調子だと僕もとんでもない事を要求されそう……」
その予想、大当たり。
とりあえず緑谷にはフルカウルを発動してもらう。話はそこからだ。
「えっ、何でいきなりフルカウル? 別に良いけど……フッ!」
息を吸い込み拳を握り締め、全身に力を入れる緑谷。その瞬間、翡翠色の放電が全身から迸り、それに伴い体の奥底から力が湧き上がってくる。
最初は使いこなすのに苦労していた緑谷だったが、今では無意識に発動して柔軟に動き回れるようになっていた。
そう言えば期末試験の直前で行った合同訓練の時も使っていたなと、フルカウルを発動させた緑谷を見て数か月前の記憶を思い返しながら、彼は続けて言った。
「で、フルカウル発動したけど今度は…………これから寝る時以外はこれをずっと維持したまま1日を過ごせだって!? ひょっとして授業中も休憩中も? 嘘でしょ!? というか脚技のコツは!? そっちの方は何か言う事ないの!?」
残念ながら脚技について言う事はない。別に無いわけでもないが、それについては話が長くなるのでまた今度の機会に伝えようと思う。
そう言って緑谷の要望をばっさり切り捨てた彼は、自身が超サイヤ人の状態を維持したまま日常生活を送っていたように、緑谷にフルカウルを維持したまま1日を過ごすようにとアドバイスした。
常に負荷が掛かっている状態に体が慣れていれば、いざという時に個性の出力を急激に上げても体への負担は極力小さくて済む。偶然にも彼が行った修行はそのまま緑谷にも有効的なのだ。
現状、緑谷は着々と実力を伸ばしつつあるのは間違いないが、それでもまだパワーもスピードも圧倒的に不足している。話を聞くに、恐らく個性の力が強過ぎて体が耐え切れないから、5%なんて極端な制限を受けているのだろうと思われる。
個人的な意見だが、やはりどう考えてもこちらの問題を優先的に解決すべきだと考えている。そもそも体が十分に鍛えられていれば、腕は不安だから脚をメインに、なんて事にはならなかっただろう。緑谷自身も分かっているとは思うが、それでもあえて言う。
「ああ、なるほど……確かに言われてみればそうだね。体に負荷を掛けて鍛えるのがトレーニングの基本だし……でもその発想は全然思い付かなかったよ。ただ本当にやると、相澤先生とかに凄く怒られそうで怖いのがちょっと……」
フルカウルを維持し続けるのは確かに大変かもしれないが、それによって得られる物は大きいのでやってみる価値は十分にあると思う。
これで3人に言いたい事は言った。後はこれを本当に実践するかどうか。
ただ、常日頃からヒーロー科は厳しい訓練を受けているので、別にやらなくても構わないし、無理し過ぎると流石に体を壊す。それは本末転倒なので、本当に余裕のある時にやってみる程度で良いと思う。
それでも、どうしても早く力を付けたいのであればまた言ってほしい。その時は重力室の使い方でも教えよう。
「あ、うん。その時はまたよろしく! 忙しい時にありがとう!」
緑谷にお礼を言われたので一先ずはこれで良いかと、彼は再び重力室の中に戻ろうと……。
「あのー、ずっと気になってたんでこの際聞きますけど、あなたって本気出したらどのくらい強くなれるんですか?」
背を向けようとしたところで、発目から唐突な疑問が飛んできた。
確かに、今まで誰にも本気になった状態を見せた事がない。そもそも本気で戦える相手がこの惑星内に存在しないから出していないのだが、とにかく見せた事はただの1度もない。
しかし珍しい、発目がアイテム開発以外の事に興味を持つなんて。何かあるのだろうか。
「いえ、別に今までの話とは全然関係ないんですけど、ちょっと気になっただけなので。あ、見せたくないのであれば聞き流してもらって構わないですよ。そこまで無理強いはしてませんから」
ちょっと気になったから。発目らしい如何にもな理由が返ってきた。
周囲を見回すと、他の人も気になるのか若干期待の籠もった視線を向けている。緑谷達も例に漏れず。
そんなにお望みとあらば、フルパワーになった状態を披露しようではないか。何よりも発目からの要望、断るなんて選択肢は始めからない。
だがここは学生寮の目の前。ここで超サイヤ人になって全力で気を解放したら、膨大な気の圧力によって1年H組の寮は間違いなく消滅する。流石に住む場所がなくなるのは避けたい。
見せても良いけど場所は変えさせて────彼はそう言って舞空術で飛び立つと、あっという間に遠方の空へ消えて行った。
いとも簡単に音速を超える速度で飛んだ彼に、その場にいる全員が驚愕に目を見開く中、発目のスマホから着信音が鳴り響いた。
「はいもしもし……あっ、もう準備が整った感じですか? ちなみに今どこに……ああ、入試に使われる市街地の試験場ですか。確かにあそこなら多少荒れても何とかなりますからね。……ええ、こちらは大丈夫ですよ。いつでもどうぞ!」
電話で彼と会話する発目の言葉を耳にして、段々と期待が高まるクラスメイトと緑谷達。
そして通話を切り終えた発目も、彼が飛んで行った方向を見つめながら今か今かと待ち侘びる、その時だった────。
「……えっ、地震?」
突如として、地面が大きく揺れ始めた。
発目に本気を見せてと言われたら、雄英の敷地内だろうと被害そっちのけで要望に応えちゃう。それが主人公です。
相変わらず発目にだけ極端に甘い。
※ifストーリー『3年後の麗日(ネタ)』
凶悪な敵「なんだ貴様? お前みたいな雑魚ヒーロー如きがこの俺に勝てるとでも思っているのか? 舐めるなよ! 俺に盾突いたガキは嬲り殺しにして後悔させて────ぷぎゃああああああっ!?」
麗日「…………また、ワンパンで終わっちゃった」
こんな麗日見たくねえ……。