サイヤ人 in ヒロアカ 作:H & J
雄英体育祭最終種目、3回戦第2試合で大怪我を負った飯田がリカバリーガールの元へ搬送され、勝利した彼が騒がしくなった観客を背にして自分の席に戻る中、試合を見ていた爆豪勝己はイラついていた。その原因はもちろん彼の存在だ。
「ただのモブだと思ってたのに……!」
最初は眼中に無かった。いや、存在すら認知していなかった。この体育祭において自身が超えるべき壁は同じヒーロー科の面々のみ。特に緑谷出久と轟焦凍、この2人だけだと思っていた。
その内の1人は先程の試合で敗れ、もう1人は今まで使ってこなかった炎を使うようになった。これだけでも十分警戒に値するもので、爆豪の優勝への道のりは一気に難しくなった。
そんな所へ現れたのが彼の存在だ。サポート科でありながら、ヒーロー科どころか現役ヒーロー顔負けの実力を持ち、騎馬戦では発目と一緒に自分達を終盤まで翻弄し続けた機転と視野の広さを持つ相手。爆豪の目に留まらないわけが無かった。
もはや敵はヒーロー科の生徒だけではない。いや、もしかするとこの体育祭で自分が本当に越えなければいけない壁はサポート科の彼の方かもしれない。そんな疑問が爆豪の脳裏を過る。そして、そんな事実に苛立ってしょうがない。
「おい爆豪、常闇と芦戸の試合終わったら次俺らの番だ。そろそろ控え室に行っとこうぜ」
近くに座る
「……? あっ、ちょっと待てよ爆豪! 置いて行くなよー!」
普段なら呼びかけに対して「黙れ今行くわ」だの「うっせー分かってるわ」だの言ってくるはずが、何故か一言も発さないで控え室に向かう爆豪に疑問を抱いた切島だったが、すぐに考えるのを止めて走って後を追いかける。
その一方で爆豪は、彼に対して苛立つと同時にこうも思っていた。
(サポート科だろうが何だろうが関係ねえ。相手が誰であれ結局俺のやる事は変わらないからな。完膚なきまでの1位を取って、俺が1番強い事を証明してやる……!)
彼に対する苛立ちと怒りを抑え込んで闘争心に変え、彼と対戦した時に備えて頭の中で作戦を組み立てる。切島の呼びかけに吠えなかったのはこれが要因なのだが、爆豪はまだ知らない。
彼の力が実は個性ではないという事。そして……。
(今までの試合で見た感じ、奴のパワーとスピードは相当なもんだが絶対に対応出来ないって程ではねえ。動き自体は見えなくとも、攻略の糸口が必ずどこかにあるはずだ。耐久力もあるが、そこは俺の爆破にどこまで耐えられるかの我慢比べ……)
彼と爆豪の実力差が想像を絶する程かけ離れているという事を。
思わぬ形で飯田に勝利した彼はげんなりした様子で自身の席に戻った。飯田が開始早々に自滅した事で、アイテム紹介も力のコントロールの練習すらも出来なかったのだ。彼の肉体強度はこの星の人間よりも遥かに上回っているので、下手に攻撃したらどうなるのか分かっていたが、それでも先程の試合はどうにも勝った気になれなかった。
そんなこんなで落ち込んだ彼を発目が優しく肩を叩いて慰める。
「まあ、その……こういう時も偶にはありますよ。今日が不運にも上手く物事が進まない日だっただけで。だから次こそは目的を果たせると良いですね」
その優しさにほろりとさせられたが、同時にいつもは自分本位な発目がそんな事を言うなんて、何か裏があるのではとゲスな勘繰りを自然としてしまうのはこれ如何に。人の好意を素直に受け取れないなんて性格が悪いにも程がある。
いや、元々そんなに褒められる様な性格ではなかったか。体育祭の騎馬戦や今までの学校生活がそれを証明している。彼は自身の内面を今一度見つめ直した。
「しかしまあ、あなたもこの体育祭で大分注目されるようになりましたね。今やヒーロー科に負けず劣らずの知名度ですよ。ほら見て下さい、あそこの席……そう、ここから見て左斜め前の少し上ら辺の席です」
発目に言われた方角に目を向けると、派手な格好をした観客達がこちらを見ながら何かを話している姿を視認した。
「あの格好、間違いなくヒーローですよ。しかもこちら、というかあなたを見てますねあれは。何か話し合っているようですが、話題は何でしょうね?」
ここからでは歓声に掻き消されて聞こえないが、恐らく先程の試合の感想を言い合っていると思われる。実際はどうか知らない。というか興味もない。
彼の考えに発目も軽く頷きつつ口を開く。
「これでベスト4入りが決定したわけですが、聞く所によるとサポート科が最終種目でそこまで進んだのは二十数年ぶりだそうですよ? 殆どはヒーロー科で、時々普通科の人が入ってくる事があるそうですが、サポート科は本当に体育祭で勝ち残りにくいみたいです。そう考えるとあなたって結構凄い事やってますよね!」
確かにそう。冷静に考えれば二十数年ぶりの快挙を達成しているので、本来ならもっと自慢して誇りに思っても良いくらいだ。それは分かっている。
だが彼の目的はあくまでアイテムのアピールであって、決してトーナメントを勝ち進む事では無い。対人戦で力をコントロールする訓練もしたいとは思っているが、そちらの方は最悪出来なくても構わない。
肝心なのは当初の目的。それがこの体育祭に参加する意義であり、彼が負けずに勝ち進んでいる理由なのだ。目的を果たすまでは、まだ負けられない。
「何度も言いますが、無事に達成できると良いですね。結果がどうであれ、私は応援していますよ。……とまあ、そんな事言ってる間にもう3試合目が終わりましたか。意外と早かったですね」
気が付けば常闇と芦戸の試合が終わっていた。
勝者は常闇。プレゼントマイクの話を聞くに、常闇の黒影が速攻を仕掛け、逃げ回る芦戸を場外まで押し出したとの事。
常闇は黒影を用いた中遠距離からの攻撃を得意とするので、距離を取れば取るほど相手側の対処は難しくなる。しかし見た感じ近接戦闘に弱そうなので、黒影の攻撃を掻い潜って懐まで入り込めば勝機はありそうだ。実際にやってみなければ分からないが。
そして次が爆豪と切島の対戦。それが終わって休憩を挟み次第すぐに準決勝、また彼の出番となる。
今度の相手は轟。今まで戦ってきた2人と違い、轟はヒーロー科の中でも別次元の実力なので、ちょっとやそっとの事では倒れない……と信じたい。
「そろそろ控え室に向かった方が良いのでは?」
発目にそう促された彼はコクリと頷き、ステージ上で相対する爆豪達を横目に控え室へ向かう。その道すがら、彼は次の対戦ですべき事を脳内で整理する。
まずはアイテムのアピールをして、あわよくば力の調整もそこで行う。それらを達成したら自主的に場外へ出るか降参する。これが今までの大まかな計画だった。だが、果たして本当にそれで良いのだろうか? 度重なるやらかしを経て、彼はそう思うようになっていた。
同時に今まで上手くいかなかったその原因を考えた。それからしばらくして1つの結論を出した。
アイテムのアピールにばかり拘っていたから上手くいかなかったのだと。初戦も2戦目も、アイテム紹介を先にやろうとしたから結局何も出来なかった。1つの事に執着していたから柔軟な対応が出来ず、悲惨な結果を生み出してしまったのだ。
ならば逆に考えよう。アイテム紹介は後回しにしても良いやと、逆に考えるのだ。先程はアイテム紹介が目的で、それを達成するまで終われないと言った。だが本当に目的を果たしたいのであれば、先に力の調整から始めてみてはどうだろうか。
最悪出来なくても構わないと思っていたもう1つの目的だったが、もし果たせばその分の精神的な負担は軽くなりモチベーションにも繋がる。悪くはないはずだ。
実際はどうなるか分からないが、今までのやり方でダメなら別の方法で切り込むしかないだろう。試合が始まってしばらくは轟とちゃんばらごっこの時間だ。
こうして試合での行動指針を切り替えた彼は、出番が来るまで控え室で待ち続けた。
──それから数十分後。
『爆豪と切島の試合も終わって休憩も済んだ。ここからは準決勝! 残った4人で熾烈な優勝争いの時間だぜぇー! 準備は良いかぁー!?』
「「「「うおおおおおおおおー!!」」」」
爆豪と切島の試合は爆豪の勝利に終わった。最初は硬化した切島の猛攻に防戦一方だったが、次第に疲労が積み重なって硬化が脆くなった瞬間を狙い、絨毯爆撃を食らわせて一気に勝負を決めた。
攻撃している時の爆豪の顔はまさに悪鬼羅刹の如く。街中なら間違いなく職質を受けるレベルの凶悪さだった。小さな子供が見れば泣きながら裸足で逃げ出す事請け合いだろう。何度も思うが、本当にあれでヒーロー科なのだろうか。
ステージに立った彼は先程の試合を振り返り、凶悪な笑みを浮かべる爆豪を思い浮かべて内心苦笑する。
『さーてお前ら、準備は良いな? やっぱ無理ですなんて言わせねーぜ! とっとと始めるからな!』
考え事をしている内に立ち合う両者の紹介が済まされ、いよいよ準決勝の始まりが目前まで近付いてきた。
対戦相手の轟は先程の緑谷との対戦で炎を使うようになった。戦いの幅が一気に広がった上に、最後に見せたあの爆発も使ってくる事だろう。ホイポイカプセルを披露する時はその攻撃に要注意だ。あの爆発に巻き込まれたら一溜まりもない。
とはいえ、轟の出す氷結は力の調整に持ってこいだ。壊しても何の問題も無く、いくらでも生成してくれるだろうから何度でもやり直せる。この機会を無駄にしては駄目だ。思う存分有効活用させてもらう。
「随分と余裕そうな面してんな。まあ、今までの試合を見ればその態度も理解できるわけだが……」
試合開始直前に轟が話し掛けてきた。今まさにプレゼントマイクが開始の合図を出そうしているが、急にどうしたのだろうか。
「騎馬戦の時、お前に言われた事を俺は忘れちゃいない。かなり頭に来たからな。だからここで証明してやるよ……」
『レディー……』
騎馬戦の時に言われた事とは、もしかしなくてもあれだろう。実力は轟よりも上だと断言したあの時の事だ。轟にこうして言われなければそのまま綺麗さっぱり忘れていた。
確かに今考えてみればあの発言はかなり腹が立つ。逆の立場なら間違いなく根に持っていた。だがそれと同時に事実でもあるので、中途半端に適当な事を嘯くよりは正直に伝えた方が良いだろうと思う。
それにしても証明するという今の発言、一体何を証明する気なのか。大体の予想は付くが、一応確認のために聞いておく。
「何を証明するかって? そりゃあもちろん……」
言いながら地面に屈み込んで右手を付けた轟は、少しも身構えない彼を鋭く睨め付けて言った。
『スタァァァァート!!』
「お前に勝って、俺の方が強いって事をだよ」
開始の合図と同時に押し寄せてくる巨大な氷塊。多くの者がこれに阻まれ、苦戦を強いられてきた。まさに圧巻。A組最強と言われるだけの事はある。
そんな氷結攻撃を前に彼はゆっくりと、しかし冷静に左手を差し出し、気を込めて中指を弾いた。轟と相対した緑谷を参考にして。
「ぐっ……緑谷の時と同じ様に……!」
瞬間、押し寄せる氷塊を綺麗さっぱり吹き飛ばす程の衝撃波と暴風が発生し、その風に煽られて轟が半歩後退る。
轟まで吹き飛ばされなかったのは、氷が良い感じに衝撃波と風を和らげてくれたからだろう。これである程度力を使っても問題無い事が証明された。後は細かい調整が出来るようになるまで反復するだけだ。それまで轟には持ち堪えてもらいたい。
次の攻撃がいつ来ても良い様に中指を丸めながら、彼は気のコントロールに集中する。
「だったらお前の体力が尽きるまで何度でも食らわせてやる」
その言葉と共に次の氷塊がやってきたので、今度は先程よりも気持ち弱めに指を弾いた。
またしても氷は吹き飛ばされたが、隅にある細かい塊がいくらか地面に残った。前より弱めに撃てたようで何よりだ。この調子でどんどんいこう。さあ、次を出してもらおうか。
もっと多くの氷塊を生成してもらうため、手招きして分かりやすく煽ると、轟の表情がみるみる内に険しく怒気を孕んだものへと変化していく。ここまで分かりやすい表情の変化は中々お目にかかれない。
「馬鹿にしてんのかてめぇ……!」
前の2つより一回り大きな氷が襲ってきた。余程煽られたのが癪に障ったらしい、量も迫り来るスピードも明らかに上がっている。怒りによって攻撃力が大幅に増すのはサイヤ人もこの星の人間も共通のようだ。
この氷塊も彼は落ち着いて指を弾き、バラバラに吹き飛ばして相殺した。散らばった氷の破片が観客に降り注いで悲鳴が上がるが気にしない。コラテラルダメージだと思って我慢してもらおう。
『連続ッ! 大質量の氷結を繰り出す轟の猛攻、それを圧倒的なパワーで粉砕していくぅー! 緑谷戦でも見た光景だが、何度見ても圧巻だなこれ! マジ凄えや!』
『しかも緑谷と違って、あいつは超パワーで相殺しても体が壊れない。怪我のリスクを気にせず力を振るえるアドバンテージがある。というかあいつの実力なら、わざわざ真正面から相殺しなくても取れる策はあるはずなんだが……轟のペースに合わせて戦ってる様に見えるな』
『……マジで? つまりあれか? あの轟相手に手加減しているって事か!? 嘘だろ、どんだけ強いんだよあいつ!』
2人の会話が会場に響き渡り、観客の注目がより一層彼に集まる。
そんな中、放送を聞いて轟も気になったのか、攻撃を続けながらも尋ねた。
「今さっきの放送聞いただろ。あれ本当なのか? 俺のペースに合わせてるってのは」
ペースを合わせたつもりはないが、その気になれば0.1秒と掛からず勝負を決めていたので、結果的に合わせているという解釈で間違いなさそうだ。
「マジで最初から手加減していたって事か。ふざけやがって……! 全力で来いって言った緑谷の気持ち、今なら良く分かる。あいつもこんな気持ちだったのか。確かにこれはムカつくな」
不機嫌さを隠そうともせず不満を漏らしているが、そういう轟の方は人の事を言える立場だろうか?
緑谷との試合で頑なに使わなかった炎を使うようになり、てっきり今回の試合でも左側を使った戦いをして来ると思っていた。だが、炎を出そうとする感じがまったく見受けられないのはこれ如何に。
氷結のみの攻撃はこちらとしてもありがたいのだが、同様に全力を出していない轟が自分の事を棚に上げて苦情を述べるのは都合が良すぎる。人の振り見て我が振り直せ、全力を出してほしいなら、まずはそちらから有言実行してもらおう。
「ッッ!! それはっ……! それは……」
捲し立てるように炎の事について聞くと途端に押し黙った。どうやら痛い所を突いてしまったらしい。代わりに新たな氷が飛んできた。
すぐさま指を弾いて相殺し、轟から何かしらの返答がないか待ってみる。
「分かんねえんだ……さっき緑谷に言われて、これから自分がどうすべきか……今まで自分のしてきた事が、本当に良いのか悪いのか……」
小声で訥々と語り出した轟は、霜が体表に纏わり付くのも意に介さず、更に大きな氷を差し向ける。
「分かんなくなっちまってんだ……!」
だから左の炎は使わないと言いたいらしい。とはいえ轟が何を思い、どのような経緯で緑谷に何を言われたのか把握しかねるので、正直今の発言を受けても何の事かさっぱりだ。肝心な部分を暈し、言葉を選んで発言しているように思える。
だが、轟から発せられる重苦しい雰囲気を見るに、人には言えない複雑な事情があるのだろう。そうとなればあまり深くは聞くまい。これ以上他人の事情に踏み入るのは野暮というものだ。
彼は差し向けられた氷塊を軽々と粉砕しながら、左の炎についてはもう何も聞くまいと心に留めておく。
『氷がより一層大きくなっているが、そんなもん知らんとばかりに片っ端から粉砕! これでもう何度目だぁー!? つーかいつまで続くんだこれ!?』
『よく見てみろ、轟の動きがさっきよりも鈍くなっている。まあ、あれほどの規模で氷を出し続けたら体温が下がって身体機能も低下していくわな。大規模攻撃で一気に勝負を付けるのは合理的だが、それが効かない相手に連発するのは逆効果。緑谷戦で学んだと思っていたが……こりゃ、どちらが先に倒れるか明白だな』
その言葉は轟の癪に酷く触れた。
騎馬戦で言われた事を思い出して苛立ち、つい勢いで『勝って、お前より強い事を証明する』と啖呵を切ったばかりなのに、気が付けば自滅しそうになっている。しかも相手はまだまだ余裕で、力の底を見せていないときた。その事実が轟の顔を曇らせる。
それだけではない。今まで自身が抱いてきた父親に対する憎悪から始まり、先程の緑谷戦での出来事を経て、そしてサポート科の彼にも左側の力を使わないのかと指摘された今、轟の心は崩れかけのジェンガの様に激しく揺れ動いていた。
憎しみを抱き、ただ父親を見返すためだけの人生を送ってきた事が本当に正しかったのか、そしてこれからどうすればいいのか。緑谷に「ふざけるな」と一蹴され、今まで歩んできた道が突如として消え去ったため、轟の心に迷いが生じてしまった。そのタイミングで飛んできた彼の容赦ない言葉による追撃は、轟の心を更に掻き乱すには十分過ぎた。
第三者から切っ掛けをもらい、復讐を果たそうと躍起になっていた人生から目が覚めたとはいえ、長年憎み続けたものを数時間の内にすんなりと受け入れられるほど人の心は強くない。最低でも数日は考える期間が必要だろう。轟が炎の使用を躊躇うのはある意味当然の事だった。
(俺は……俺はどうすれば……)
もはや試合前に啖呵を切った時の威勢など残っていなかった。何度も氷を相殺され、緑谷戦以上の苦戦を強いられ、それでも届かない相手。左の力を使おうにも、あと一歩の所で踏み止まってしまう。迷い、焦り、冷静な判断が下せない。過去のトラウマが次から次へとフラッシュバックする。
気付いた頃には全身に霜が降り、真っ白な息を吐き、ガタガタ震えて跪いていた。まるで轟の周囲だけが真冬の様で、誰が見ても異常と思える光景だ。
体温が急激に低下すると、人は思考が鈍り正常な判断力が失われてしまう。轟も見事にその状態に陥っており、呼吸は激しくなる一方なのに脳が正常に働かない。
そして、これで何度目になるかも分からない氷結攻撃を、障子を破るように軽々と破壊していく彼を見て、轟の心はもう1度
「轟君、負けるな! 頑張れぇぇぇぇー!!」
「緑谷……!」
瞬間、轟は立ち上がった。観客席から一際大きな声で声援を送る緑谷に背中を押され、冷えかけた心はもう1度烈火の如く燃え上がる。
その心境の変化を象徴するかの様に、先程まで冷え切っていた体は再び人の体温を取り戻し、それどころか周囲に人を寄せ付けないほど熱く、眩しく燃え上がる。
轟が再び左の炎を使った。その光景にいち早く声を上げたのはプレゼントマイク達だった。
『おぉーっと!? 轟、本日2度目となる炎を使った! これはもしや、緑谷戦で見せたあの超爆発がまた見れるのかぁー!?』
『これを機にどう戦況が変化していくのか注目だな』
その興奮は観客にも伝播し、あちこちから歓声が沸き上がる。今まで氷しか使ってこなかった轟が、1人の声援によって再び炎も使うようになったのだ。これからどんな戦いを見せてくれるのか、全員の期待が高まる。
そんな中彼は、大きな声で轟を応援した緑谷に目を向けた。
やはり緑谷はどこか不思議な人だ。第一にそう思った。複数人の気を持ち併せているだけでも注目が寄るのに、それ抜きでも何故か自然と意識を向けてしまう。注目するようになったのはどのタイミングだったか。
初戦では心操の洗脳を自力で解き、2戦目では自らをも破壊するパワーと常軌を逸した精神力で轟相手に食い下がり、更には左の力まで使わせた。
別に、実力が他のヒーロー科と比べて突出しているわけではない。活躍らしい活躍といえば、精々が騎馬戦で1000万の鉢巻を奪い取ったくらい。だというのに、どうしてここまで惹き付けられてしまうのだろうか。そして惹かれれば惹かれるほど、益々どんな人なのか知りたくなってしまうのだ。
彼が緑谷に対してそんな事を思っていると、炎を出して体を温めていた轟が声を掛けた。
「……お前も気になるのか? あいつの事が」
あいつの事とはもしかしなくても緑谷出久の事だろう。どうやらチラッと目を向けた瞬間を見られていたらしい。
「不思議な奴だよ、あいつは。俺が今まで抱え込んでたもん全部ぶち壊して、今もあいつの声援に押されちまった。さっきまでずっと迷ってたのが嘘みたいに、急に頭が冴えたんだ。……本当に不思議な気分だ」
轟も戦いより不思議な奴の方が気になるようで、お互いに目を合わせ、そして一瞬だけ笑みを浮かべた。今の雰囲気が面白可笑しく感じられ、ついつい笑わずにはいられなかったのだ。
その瞬間彼は理解した。ああ、自分はどうやらあの不思議な奴の事を気に入ってしまったらしいと。惹き付けられる理由はこれだと。まだ言葉も交わした事のない、今日初めて知ったばかりの相手だというのに。実際はどんな素性なのかも分かっていないというのに。それでも彼は自然と、無意識の内に、緑谷出久という男に強い関心を寄せていた。
「……で、どうすんだこれから?」
轟が再び尋ねてきたが、そんなものは決まっている。この状況でやる事は1つだけだろう。
「まあ、そうだよな。でもお前、何か他にもやりたい事あるんじゃないのか? 本当なら一瞬で勝てたのに、わざわざ俺のペースに合わせて戦っていただろ?」
本来なら倒さない程度に戦い、程よく轟を疲労させた後で自身が作ったアイテムのアピールをするつもりだった。今までの反省を活かした作戦で今度こそ目的を達成しようと考えていた。
だが今ので気が変わった。アイテム紹介は次の試合へ持ち越す事に決めた。どうして緑谷に惹かれるのか、その理由を自分なりに理解してスッキリ出来た上に、せっかく轟が炎を出して本気になってくれたのだ。これは応えねばなるまい。
それに、どうせアイテム紹介するなら最も注目の集まる決勝戦で行った方がお得だろう。ここまで来たなら決勝の晴れ舞台で堂々とアピールの一択だ。
「……お前、ずっとそんな事企んでたのか? 中々えげつない事しようとしてたんだな」
今更そんな事言われても、これが体育祭に参加している本来の目的であって、ヒーロー科とは全然違うのだ。
「まあ良い、分かった。それじゃあ……やってやるよ」
轟が臨戦態勢に入った。
一歩、力強く右足を踏み込み、そこから特大サイズの氷塊を作り出す。そして左腕から煌々と燃え上がる紅蓮の炎を巻き上げ、相反する2つのエネルギー量をどんどん増幅していく。
会場内の誰もが、これから一世一代の大技が放たれようとしている事を理解した。恐らく緑谷戦で見せた超爆発よりも更に威力、衝撃、熱量のどれもが上位の大技を。その期待に応えるかの如く、相対する彼も今までの様に指ではなく拳を構えて腰を落とした。
初戦の骨抜戦では誤って瀕死に追いやってしまった。だが今は違う。先程まで指とはいえ何回も轟の氷を粉砕した事で、どの程度の力で拳を振るえば良いのか、その大体の要領を体で覚えた。
それに相手も全力で攻撃をぶつけてくるのだ。多少力の調整がぶれたとしても威力は相殺され、大惨事になるリスクは減るだろう。彼は右の拳に気を込めた。
2人を取り囲む観客達の誰もが息を呑む。これからどうなるのだろう。一体どんな結末を迎えるのだろう。そうして注目が最高潮に高まった所で、その時は遂に来た。
「ありがとな、緑谷。お前のおかげでまた吹っ切れたよ。そしてあんたも、今度機会があったらまた手合わせ頼む」
そう言って、目の前で2つのエネルギーを思い切りぶつけて凝縮する轟に、暇な時はいつでも良いよと彼は答えた。
その返答を聞いて一瞬満足気な笑みを浮かべた轟は、次の瞬間鋭い眼差しになり、そして凝縮されたエネルギーの塊を彼の目の前で
瞬間、会場が吹っ飛ぶかと思われる程の衝撃波と圧倒的な質量と熱を孕んだ爆風が彼に襲い掛かる。普通の人が目の前でこれを食らえばただでは済まない。どころか、ほぼ確実に死に至る。そうでなくとも重傷は免れない威力だ。
そんな即死レベルの大技を前に、彼は今一度拳を握り締めると──。
「……ッ!!」
轟は驚きに目を見開いた。
凄まじい勢いで迫り来る爆発の衝撃波と爆風に向かって彼が拳を振るった瞬間、今の攻撃がまるで無かったかのように綺麗さっぱり霧散して消え去ったのだ。これで驚かない方が無理がある。
初めて計算通り、轟にまで害を及ぼす事無く攻撃のみを消し去った彼は、突き出した右拳を下ろして言った。
次はどうする? と。
「……お前に勝てるとはもう思ってなかったけど、まさかこんなに力の差があるなんてな」
数瞬の時を経て、轟は深い溜め息を吐いた。
「……参った、降参だ。あれが全く通用しないんじゃ、どう転んでも今の俺に勝ち目はねえよ」
降参を選択した轟は負けたのに悔しさの表情が全く見られず、どころかこちらを見るその瞳はとても真っ直ぐなものだった。
そして、轟の降参を聞いたミッドナイトが試合終了の合図を声高に宣言する。瞬間沸き上がる歓声に、プレゼントマイクの興奮が会場内に響き渡る。
『し、試合終了ぉぉぉぉー!! 意外も意外! 轟の降参により決勝に進む1人目が決まったー! つーか最後のぶつかり合いヤバかったな! 今までの戦いの中で一番興奮したぜ! マジで凄えよお前ら! いや本当に! 会場の皆、両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!!』
プレゼントマイクの一言で、会場中から両者を称える惜しみない拍手が送られる。期待を大きく上回るド派手な戦いぶりに、心の底から魅せられたが故のものだった。
その拍手喝采を一身に受けながら、2人はステージを降りて真っ直ぐ帰路へ向かった。
オリ主、無意識の内に原作主人公に惹き付けられる。流石緑谷君、何もしなくても自然と人を魅了してしまうとは……! 狂人と狂人は惹かれ合うってやつですね(一方的)。そしてこの戦いを機に轟君とも仲良くやっていけそうだぁ!
……問題は次の試合です。