精霊の行方というライトノベルがあった。主人公は、始まりの街と呼ばれる場所で生まれ育ち、旅立ちの15歳までをそこで過ごすことになる。旅立ちの日に天の祝福により、聖属性に選ばれたことから運命が一変する。数々の試練や冒険によって鍛えられ、あらゆる陰謀の真相を知り、最終的には大いなる巨悪と戦うことになる、というのがあらすじだった。
ひょんな事から、どうやら俺は旅の途中でちょっかいを出してくる、厄介ちょい悪、幼なじみに転生してしまったらしい。二日酔いのせいで石に頭をぶつけた事によるダブルコンボで、記憶を断片的にではあるが思い出した。
「最悪の気分だ…、ん?」
「ん…」
右手が掴んでいる幸せなこの感触は、やはり…。おっぱいだった。
「おっ…おっ…おっぱ!?」
すんと何故か賢者タイムに入った俺は、原作のことを思い出していた。そう言えば、このキャラ「ヴィンス」って女が二人くっついていたな。にしてもやけに可愛いし、体を重ねることも多いとか書いてたっけか。時計を見ると時刻は十時を回ろうとしていた。
「無駄に、キラキラしているあの剣はとりあえず売るとして、まともな剣を買うとするか。確か街の端に武具屋があったはず…」
服を着て、宿を出ようとすると宿の入口にはおっさんが掃除をしていた。挨拶をしようと思い、徐に声をかけてみる。
「おはようございます」
「おはよう…って、ん?ヴィンスか、随分と早いお目覚めじゃねぇか?」
「武具屋に用がありまして、ではこれで」
おっさんが不思議そうな顔をして眉間を押えていたので、俺は一言だけ言って外に出る。恐らくは敬語を使われて頭がおかしくなったのかとでも思ったのかもしれない。
眩しい太陽に一瞬目を細くしたものの、特に問題はなく、しばらくすると慣れた。
路上は賑わう人々でいっぱいで、歩くことも面倒くさくなりそうだったが目的に着く頃にはそんなことも忘れてしまった。武具屋に入ると、冒険者もチラホラ居たが店員の元へ向かう。
「あの、買取をお願いしたいのですが」
「買取?見せてみろ」
やたら装飾された剣を渡すと、鞘から抜いてみたりして鑑定しているようだ。しばらくすると剣を置き、奥に入っていった。
「待たせたな」
数分が経ち店員が出てくると麻袋を持って出てきた。
「剣自体の善し悪しはクソレベルだが、使われた素材や装飾品の状態が特に良い。金貨120枚といったところだな」
「助かります、正直気持ち悪いと思っていたので売れて良かったです。それで武器を購入したいのですが」
「そうだな、剣ならあそこだ。棚にかけてあるものは値段張るものの、ここら辺じゃいい出来だと思う。あとは樽に入っている剣とかだと見習いが作ったものだ、安く手に入るが出来は保証できない。まぁ、じっくり品定めするといいさ。武具は命の生命線と言っても過言じゃねぇからな、因みに砥石とかも別途で売ってあるから手入れとか気にするなら見とけよ」
俺は麻袋を懐にしまい、剣コーナーへと足を運ぶ。俺の持っていた派手な剣とは違い、根本的な作りがしっかりしていることが分かる。名称に魔剣と書かれたプレートは基本的に額が一桁違う、ただその分、付与効果として魔力を消費して火を噴いたり、強風を起こしたり、刀身を伸縮自在に操れたりするものがある。欲しい所だがこれだけ高けりゃ、依頼を相当数こなせている冒険者か、もしくは貴族階級のものにしか買えない様なものなんだろう。とはいえ、俺は一端の冒険者風情に過ぎない。高級品よりも実用性に基づいたものを買おう。
「うーん…とりあえず頑丈かつ、無理のないものでシンプルなものだとアレか」
金貨三枚で買える、中級冒険者用の樽に入っていた剣を手に取る。
なんと言うかアレだな、しっくり来るってやつだ。長さ的にも丁度いいし、さすがは冒険者が多い街なだけはある。予備武器の他に、あの二人の武器も購入しておこう。魔法使いは媒介の杖と短剣、増呂には、魔力回復を早める十字架のアクセサリー、剣を購入する。結果的に金貨四十枚ほどを支払って店を出る。装備の類は収納袋と呼ばれる、所謂アイテムボックスに入れて持ち歩く。これ自体は将来的に盗賊化した俺が重宝するものだからと始まりの街で手に入れていたっけか。
「装備は整った。となると次は生活用品だな、疎かにしていたし石鹸とかも普通に雑貨屋に売っていたと思うが」
街中を歩きつつ、雑貨屋に入ると女性客もそこそこ居たらしく、何故か、イケナイことをしている気がしてならない。まぁ昼間だし、女性がいる時間帯なのかもしれない。改めようかとも思ったが、店内には、シャンプーやリンスなども売っており、しまいにはボタンを押すだけでカゴに入れた服を自動的に洗濯するものもある。買わない訳には行かないので、まとめて買うと金貨三十五枚ほどした。さっきのと合わせて総額金貨七十五枚。金貨一枚で一万円だから、七十五万円消えたということだ。恐ろしすぎないか、びっくりファンタジー。
最後に服屋に入って黒系の服を適当にまとめて買った後、出店が出ていたので寄ってみた。焼き鳥やラーメンとかどうにもファンタジーらしからぬものがあるが、そういうのも作者の織り込み済みと言うやつなのだろう。
焼き鳥を買って帰ろうとしていると子どもが泣いていた。恐らくは迷子なのだろう、手を貸したいところだが怖がられないかだけ心配だ。兎も角、このままにしてはおけないだろうという善意が働きかけてきたので、意を決して声をかけてみる。
「こんにちは、君迷子だろう?良ければ探すの手伝うよ」
女の子は俯いた顔を少しあげてこちらを見上げてきたので、収納袋からハンカチを取り出して手渡す。するとどうやら俺の持っていた焼き鳥に目を奪われたらしく、目をキラキラさせながら焼き鳥の入った袋を見ている。
「あぁ、これ?良かったら君にも一本あげるよ、はい」
「ありがとー!」
大層嬉しそうに手に取ると女の子はもぐもぐと食べ始めた、微笑ましく思いつつ、探していそうな大人がいないか、注意深く周りを見ていると、一人の女性が焦っているようにキョロキョロと周りの人々を見つめていた。
「なぁ、あれって君のお母さんかな?」
「んーん、おねえちゃん!」
女の子が姉と思われる人に手を振り始めると直ぐにこちらに気づいたらしく、一瞬で俺たちの前に現れた。滅茶苦茶早いというか、そういう次元ではない。剣士の俺でも見えないって事は相当な手練なんだろうな。呑気にそんなことを考えていると怪訝そうにこちらを伺うお姉さんが睨んできた。これはマズイ、そうそうに立ち去らなければ、あらぬ誤解をしていそうだ。
「良かったな嬢ちゃん、それじゃ」
「ありがとー、イケメンのお兄ちゃん」
手をヒラヒラと振り、宿の方角へ向かっていくとやたらと騒いでいる集団がいる。そう言えば、Dランク冒険者の飲んだくれのヒョロイが昨日言っていたことを思い出す。
『最近妙な連中がこの街にいるから気をつけろよ?何でも狂魔石とか言うのがこの街のどこかにあるとか言って道行くヤツら全員に聞いてるらしいぜ。詳しい話を聞いた人間によれば、その石を使えば、どんな人間でも狂うらしい。って言っても状態異常の回復ができる、シスターたちがいれば問題ないと思うがな!ガハハハッ!』
そう言えば、原作にもあったな。確か狂魔石を使用した団体は邪神教の一派でこの街『イルグレンデ』に、攻撃を仕掛けたんだっけか?そのシーンでは俺らは確か、ヒョロイに聞いた話を儲け話と勘違いして、コイツらに協力した。結果的には狂う住人を避けながら主人公と聖女が狂魔石を浄化することに成功して、聖魔石に変わったことで、この街の守りに使っていたんだっけか。
「関与しなければ巻き込まれることは無いだろう、たぶん」
騒がしい集団を無視して、宿に戻ると既に二人が起きていたらしく、入口で立っていた。
「あっ!ちょっとヴィンス、どこ行ってたの?」
「買い物とかだ、取り敢えず部屋に戻ろうぜ、これからの事とか話し合わねぇと」
「そうですね、お昼もまだですし」
部屋に戻り、屋台で買ってきた焼き鳥やたこ焼きを広げつつ、現状整理のために今日あった事のあらすじを話した。シスター…、いやレオーネはうんうんと、頷いてくれていたが、魔法使い…ユノはちょっと機嫌が悪そうだった。
「私も買い物したかった」
「…悪かった、パーティで行動した方がいいのは分かっていたんだが、きな臭い連中もいたから連れ回せなかったんだ。お詫びと言ってはなんだが、これからダンジョン行かねぇか?」
「え、ほんとに?行こう、すぐ行こう!」
飯を食いながら、これからの予定や概要について話し合っていく。俺が協力しなかったことで、あのイベントがどの程度遅れて起きるのかは分からないが、出来るだけのことはしておこう。