HERETICS×HEARTS 〜鍵が導くヒカリを胸に〜 作:前虎後狼
兄弟、別たれし
──僕は、平凡な人間として生きていたい。
そんな当たり前に送れる日常こそが、僕が願ってやまないただ一つの夢だ。
学校に通って、クラスメイトと何気ない話で盛り上がりたい。
アルバイトをして、自分の手でお金を得る事を実感したい。
部活動に精を出して、仲間と共に喜びも悔しさも分かち合いたい。
テストの順位で一喜一憂して、将来の夢を思い浮かべたい。
誰かを好きになって、胸が苦しい程の恋をしたい。
どこにでもいる人間が抱く他愛もない理想の人生。
長い人生の内のほんの僅かな一時、儚くも煌びやかな青春時代。
そんなありふれたものこそが何よりも愛おしく、素晴らしいと思える。
そして、そんな生き方ができる人間が心の底から羨ましい。
自分ではどうしようもない鎖に絡め取られて、振り払えない負債を担がされた。自分が犯した罪ではないのにもかかわらず、それは重く僕にのしかかった。
誰も彼もが僕を見ている。同情と憐れみの感情に隠した、猜疑心に塗れた視線を。
そんな現状から抜け出したくて、我武者羅に足掻いて藻掻いた。
勉強も。
運動も。
交流も。
奉仕活動も。
思いついた事はなんでもやった。
手を伸ばせるものをできる限りやり尽くした。
特別な自分になれたのなら、きっとどうにか出来ると思っていたから。
何かを成し得る人間になれたなら、本当の自分になれると思ったから。
それでも、何も変わりはしなかった。
貼り付けられたレッテル、凝り固まった先入観が足を引き、僕は僕になる事が出来ない。
あの男の弟というだけで、それだけで疑いの目を持たれる。
どれだけ人に尽くそうとしても、その裏を疑われた。
お前も、アレと同じなんじゃないかと。
そう、最初から意味なんてなかった。
あらゆることに手を伸ばしても、それをどれだけ突き詰めても。
あの男の犯した罪がまとわりついて離れない。
ただ兄弟というだけで。血を分けた類縁というだけで。
だからこそ、今は───こんな今を作り出した元凶と、きっと何者にもなれない僕自身を、心の底から憎悪する。
「あれ、おっかしーな?このあたりのハズなんだけどな」
雲一つ無い晴れやかな青空の下、人々は各々の日常へと繰り出していく。
仕事に従事し家庭を守る者。
勉学に励み未来を夢見る者。
趣味を楽しみ休息を得る者。
それぞれが今日を生きている。
彼らはその内の勉学に励むべき者達でありながら、尽きることない欲望を下劣な方法で満たそうとしていた。
駒王学園の剣道場の外、人目のつかない裏手側に三人の男子生徒が集まっている。そこは丁度剣道場の女子更衣室がある場所であり、男子達は揃って壁にある何かを探すように顔を近づけていた。
そんな場所に態々赴いている時点で不審だが、誰が見ても今の彼らに不審者の謗りを投げかけたとしても何も文句は言えないだろう。
事実、彼らはその通りのことをしようとしていた。
「急げよイッセー!早くしないと俺たちの楽園が終わっちまうぞ!」
「分かってるっての!けどこの前ようやく開通したのが何処にも見当たらないんだよ!」
皆様お察しの通り、覗きである。
しかも初犯ではなく何度も繰り返して尚反省の色が見えないのだから質が悪い。
そんな不道徳な事を繰り返しているものだから、当然学園中においても鼻つまみ者扱い。挙句発禁本を持ち込むわ堂々とドギツイ下ネタトークを噛ますわ注意した異性相手に犯すぞだのと宣うわ、停学退学になっていないのが不思議な程だ。
「ホントにこの辺りなのか?どこにも無いぞ」
「そのハズなんだよ。昨日も確認したし、消えてるなんておかしい──」
「ふーん、壁に穴が空いてないのがそんなにおかしい事なんだ」
そしてだからこそ、最も彼らのとばっちりを受けている者が、彼らに立ちはだかるのもまた道理だった。
「で、まだそんな事やってるの、兄さん?」
その少年は、兄と呼んだ覗き現行犯の一人と非常に似通った容姿をしていた。
肩まで伸びた暗い茶髪を後ろで一纏めに括り、目元にある黒縁の眼鏡越しに銅褐色の虹彩が三人を見つめている。
その視線には明らかな侮蔑と諦観の情が浮かんでおり、疲れたように目頭を揉みながらうんざりとしたように息を吐く。
「な!?修二!」
いつの間にか背後に立っていた彼の兄、兵藤一誠は驚きの声を上げて彼の名を呼んだ。
どうしようも無い
「また生徒会の人達にも迷惑掛けちゃうじゃないか··········とにかく、会長さん達の所に連れてくから大人しくしてて」
「邪魔すんなよ修二!これは俺たちにとっての死活問題なんだよ!」
「そうだぜ!この先には俺たちの希望が待ってんだ!」
「どこまで本気で言ってるんだ······」
修二が駒王学園へ入学してからというもの、普段から風紀的な意味で問題を起こしまくる兄とその友人達を率先して締めあげる毎日。正直言ってうんざりだ。そんな感情がありありと浮かんでいる。
「あーそれと、どの道覗こうとしてももう無駄だから」
「?どういう事か分かんねえけど。とにかく、いくらお前だからって邪魔すんなら容赦は──
「容赦しないって?」
売り言葉に買い言葉でヒートアップしていく三バカ。
そうしていると修二の後ろからまた別の声が聞こえてくる。
「それ、私達が一番言いたいコトなんだけど」
修二の後ろからぞろぞろと近づいてくる複数の怒気に気付く。
近付いてきた全員が剣道着に身を包んでおり、だれもが一目で剣道部の部員達だと分かるだろう。
少女達はその手に握りなれた竹刀を持ち、能面を貼り付けているかのような無表情で三馬鹿たちを見下ろしている。一部の者に至っては今にも斬りかかってきそうな程だ。
「で?あんた達はこんなとこで何やってるのよ。こんななんにもない道場の裏手側で」
相変わらずの無表情を貫く一番先頭の女子、片瀬が三馬鹿を問いただす。
極めて冷静な面持ちのように見えるが、その実片眉が痙攣するかのようにヒクついており、内心穏やかではないというのが容易に察せられる。
すぐ隣にいる村山という少女も口にこそしてないが、殺意が滲み出てるかのように三人を睨んでいた。
さて、今更危機を感じ取った三馬鹿はこれから何をするか?
「てっ、撤退ーッ!」
脱兎の如く逃げ出す三人。
今だけは陸上選手もかくやと言わんばかりの速さで、速やかに離脱せんと走り出す。
「もう遅いよ」
距離がそこそこ開きつつあるにも関わらず、修二は至って冷静なまま呟いた。
それもそのはず、既に包囲は終わっているのだから。
つまりは、
「はいそこまでよっと」
「うげっ!?」
松田が逃げた先の曲がり角からにゅっと、伸びきった緑の長髪が目を引く男が現れる。
男は松田の手首を掴むとその場で踏みとどまるように足に力を入れる。すると松田の走っていた勢いをそのままに、遠心力の要領で校舎の壁に押さえつけた。
「残念ですがこっちも行き止まりです」
「なぁっ!?」
一方元浜の方にはパーマのかかった青い髪の男が立ち塞がる。
一瞬で元浜の懐に潜り込み、右腕全体で胴体を捉えては掬い上げるように持ち上げる。
「·····どうやらまだ懲りてないようですね。兵藤一誠」
「げっ!?」
そして最後の一人となった一誠の前には、今が暖かい春の季節にも関わらず首元をネックウォーマーで覆った紫髪の男が居た。
「我々も暇ではないというのに余計な面倒を度々起こして··········どうして先生方はしっかりとした処分を下さないんだ」
頭が痛いと言わんばかりに顔を顰める。
それでも逃げるタイミングを見つけようとする目の前の現行犯から目を離すことは無い。
「とにかく、無駄な抵抗はせずに着いてきなさい。今日はまだ未遂の、かつ逃げないのなら説教だけで済みます」
「う、うるせぇ!そう言ってまたあの拷問紛いの事するんだろ!?それに、アンタらみたいなイケメン野郎にモテない男の辛さが分かるか!」
「分かりませんし分かりたくもありません。というかそれこそ、異性から好意を持たれたいなら常日頃の行いを改めるべきでしょうに」
意見は平行線。これも相変わらずの事だ。
「まあ、もう終わりですがね」
「へ?」
「兄さん。逮捕ね」
そして、詰みである。
「しゅ、修二!?お前いつの間に!」
「僕の事すっかりと忘れてたみたいだね」
意識から外れていた修二が後ろから両腕を抑えて捕まえていた。
しかも両腕を交差させるように引っ張っているせいでろくな抵抗もままならない
「では、
「ええ。協力ありがとうございます」
捕らえた兄を引き渡しつつ、横目でほかの二人の顛末を見送る。
「修二ィ!この裏切り者ー!」
「··········」
連行される兄を見送ることも無く振り返り、修二は今回の被害者になりかけた剣道部の面々に向き直る。
「うちの兄がご迷惑をお掛けしてすみません」
「いいよいいよ、修二君が手伝ってくれるお陰で未然に防げてるし。皆感謝してるよ」
「そうそう。というか弟の方がしっかりしてるとか、アイツ兄としてどうなのよ。人間としてそれ以前の問題だけど」
「··········僕はそんな大した人間じゃないです。それでは僕はこれで」
謝罪をすませて、修二は足早に校舎の方へと戻って行った。
「あの子も苦労してるよね」
「うん。やっぱり噂なんて当てにならないわ」
去っていく修二を見送る剣道部の面々。
片瀬と村山の二人は労わる様な、若しくは憐れむような言葉を交わす。
しかし、送っている視線には僅かな疑念が残っていた。
校門を潜り、靴を履き替えて、教室の扉を開ける。
この一連の流れをもって、思春期の少年少女は学生という仮面を被る。
自分の将来という漠然としたものの為に、必要なものを取り入れる為に。
この春に高校生の仲間入りをした修二は学校をそういう場と考えているが、それとは別に一種の憧れがあったのも確かだった。
友達を作り、思い出を作り、大人になっても色褪せない記憶を残す。
ごく普通の学校生活こそが素晴らしいものだと疑わない。
それが届かぬ理想だと割り切っていても。
ガラリと扉を開けて中へはいる。
なるべく音を立てず、ゆっくりと。
教室には既にクラスの半数程のクラスメイト達が居り、それぞれが始業までの時間を潰していた。
友人と雑談に興じる者。授業の予習に勤しむ者。わずかな時間に睡眠をとる者。
それらには目もくれず一直線に自分の席へ向かう。
幾人かが修二の存在に気づくが、それも無視して席に着く。
別にイジメにあっているという訳ではなく、修二にはなんの被害もない。
ただ、誰も近づこうとはしないだけだ。
もちろん理由はある。彼自身にはどうしようもない、だが残当としか言えない理由が。
彼が兵藤一誠の弟である。ただそれだけのハナシ。
普段の素行を見ればむしろ正反対な性格だと誰もが思う。
だが、と。あの変態の身内だから、なにかがあるんじゃないかと疑ってしまう。
無理もない。と修二は思う。
むしろ直接的、間接的問わず被害を受けてないだけマシとも思う。
これが今の日常。兵藤修二の侘しい青春の一幕。
それでも、苦しいばかりの日々ではない。
「おはようございます」
唯一、向こうから話しかけてくれる人が居た。
「····おはよう」
自分の席の隣、そこに居る隣人を見やる。透き通るように真っ白な頭髪に金色に輝く双眸。高校生には見えづらい小柄な体躯からくる愛らしさ。
名を、塔城子猫。
入学してから早々同級生達の話題を掻っ攫った少女だった。
そんな彼女と隣の席になってから、この挨拶も日課のようになった。
当たり前のやりとりなはずなのに、すこしぎこちない挨拶になってしまう。それももう何度目か。僕はここまで人と接するのが苦手だっただろうか。と修二は心の中で自嘲する。人との関わりを求めて止まない癖に、いざそうなったら途端にどうしていいか分からなくなる。
「朝からまた騒がしいですね」
「うん、まあね。本当に内の身内が迷惑かけてごめん」
「修二君が謝る事じゃないでしょう·····?」
それでも、彼女との会話はやっぱり心地の良いものだなと強く思う。
彼女以外のクラスメイト。関わりが出来た先輩方。一部の教師達。
他の人と話す時は決まって、ピンと糸が張り詰めたような息苦しさが残る。
僕が、兵藤一誠の弟だから。何かあるんじゃないかと誰もが勘繰る。
同じ穴の狢じゃないかと疑いを持たれる。
正直やってられない。無理もない事だし、そうなる事は覚悟していた。
覚悟しなければならなかった。
今も遠巻きに僕を見るクラスメイト達は、その殆どが疑念を持っている。
特に女子は強く警戒してるだろう。明日は我が身かもしれないのだから。
悪い意味で有名になりすぎた兄の所業を鑑みれば当然の事だ。
男子の殆どからもいい印象は抱かれてないだろう。
なにせ兄の所業のせいでとばっちりを食らっているといっても過言では無いのだから。
極一部からは塔城さんとの距離が少し近い事へのやっかみもあるのだろうけど。
「でも、僕がしなきゃいけない事だからね。身内として、家族として、弟として──」
兵藤一誠の弟でなく、兵藤修二となる為に。
他の誰でもない僕を始める為に。
時は過ぎ場所は変わり、駒王町内のとある公園。
本日の学校が終わって皆が帰路につく、或いは部活動へと向かう中。兵藤修二はそのどちらでもなく、公園のベンチに腰を下ろしていた。
「はぁ·······」
ため息を零し、手の中にあるスケッチブックに線を書き入れていく。
描かれていくのは、目の前に広がる風景。何ら変哲のない穏やかな時間。
小学生くらいの小さな子供達が遊具を使って思い思いに遊んでいる
「上手くはなったけど、なんか違う気がするなぁ」
これも彼の日課だった。
部活には入り辛く、クラスメイト達と交流も図れず、家に帰れば能天気面を引っ提げた嫌いな兄と顔を付き合わせることになる。
そんな精神的な四面楚歌に陥っている修二は、必然的にこの公園で時間を潰す事が当たり前になっていた。
出来上がった風景画を眺めつつ修二は独り言ちる。
自分を変えたくて、環境を変えたくて、自分に出来る色々なものに手を伸ばした。今やっているスケッチ、絵の勉強もその一環だった。
始めたのはほんの1年半前から暇を見つけたその時々に、という有様だったが。少なくとも人様に見せても恥ずかしくはないくらいの物には仕上がったと思う。
それでも足りないと思うのは、自分には絵描きとして必要な何かがかけているのだろうと考えを締めくくり、紙の表面を右手の指で撫でる。
「いやいや、良く描けてるじゃない?」
修二の視界の上側から伸びてきた黒い棒。それは黒の衣服、黒の手袋に覆われた人の腕であり、修二の腕の中にあったスケッチブックを掴み上げた。
後ろから聞こえてくるのは男の声。その声に修二は聞き覚えがある。
「いつの間に来てたんですか、マスター」
「ん?さっき来たとこ。ちょっとお知らせがあってね」
振り返れば、予想通りの人物がいた。
フード付きの黒いオーバーコート。黒手袋。フードを目深に被り人相がまるで分からない全身黒づくめの人物。
声と体格で男性というのは判別できるが、それすらも偽装してるのではと思う程身なり手振りが胡散臭い。
そんな不審人物だが、修二は気心の知れた仲かのように脱力していた。
「いやね、なんでもこの街にカラスが紛れ混んだってハナシらしくってねぇ」
「カラス、ですか·····」
「そっ。あとデフレんが接触してるぐらいだね。予定通り、四人目がもうすぐ来るみたいだ」
「デフレんって、フリー、あの人がですか」
「そうそう。でさ、時が来たら君にもお手伝いしてほしいんだ」
心配しなくとも、殺しは無しでね。と言い含める。
「君の仕上がりを確認しておきたい。まあシュージンからすれば、アレじゃあ物足りないとは思うけどね」
「はぁ···」
スケッチブックを取り戻しつつ、修二は目の前の景色へ向き直る。
マスターと、師と仰ぐこの人物を修二は尊敬してるし、命を救われた恩義を今も忘れてない。忘れられるわけが無い。
彼との契約もしっかり履行し続けるつもりではある。
でもそれはそれとして、この飄々としてるようで何を企んでるのか分からない性格が、いまいち全容が掴めないような言動がどこか苦手だった。
「それじゃあよろしくメカドック」
すぐ後ろに感じていた気配が少しずつ遠のいていく。
用は済んだのだろうとシュージは目を閉じて──
「鍵が導く」
「心のままに」
ある種の確認のように、投げかれられた言葉に答えを返す。
それを最後に、さっきまで感じられた気配がぷらっと、ふわっと、ぱぱっと、キレイさっぱり掻き消えた。
「心のままに·····ね」
今の自分はどうしたいんだろう。
違う僕になる為に、どうすればいいんだろう。
いつか果たされる契約の時。
それはまだ先の話。
Q 原作は好きだけど主人公が好きになれない人はどうすればいいですか?
A 自分の好きなように書く(ただの我儘)