吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい   作:ボンゴレパスタ

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天皇賞(春)ーー最強の名を懸けて2ーー

 

 

 

――ターフを駆け抜ける四月の風が、頬を強くなでつけていく。

 

 

純粋に研ぎ澄まされた強き思いを載せて、ゲートが開いた瞬間に18人が走り出していった。

 

 

「この勝負…負けられませんわ」

 

 

両足に力を込めてターフを力強く蹴りだしていく。

 

 

――メジロ家の名に懸けて、最強の名を懸けて。

 

 

最終カーブに差し掛かり、一気にスピードを加速させていく。

全ての追随を許さないために、マックイーンは先頭で最終直線に向かっていった。

 

 

「メジロマックイーンが先頭を行く!しかし大外からライスシャワー!ライスシャワーが差していく!」

 

 

 

――徐々にその足音が近くなってくるのを感じる。

 

 

肺が苦しい。足はもう限界などとうに超えている。

 

 

――徐々に身体を突き抜ける電流のような威圧と共に、小さな体躯から発せられる力強い足音は、先頭を行くマックイーンに迫り、ついに並び立ったのだった。

 

 

――その刹那だった

 

 

――観衆が瞬きを忘れたその一瞬。

 

 

――吉良が、らしからずその目を僅かに見開いたその一瞬

 

 

――並んで走るライスの顔がマックイーンの視界に入ったその一瞬

 

 

――レース前にライスの姿を認めた時、僅かに感じてしまったその可能性。競技者として決して感じていけなかった可能性

 

 

――ライスシャワーがその目に勝利への渇望と狂気を宿らせ、彼女の前を行く直前。

 

 

マックイーンは心の中で図らずも認めてしまった。無論、会場にいたそのレースを見届けている観客も、吉良も、そこにいる無心の境地へと達したライス以外の全ての人々は勝負がゴールを通らずとも決してしまったことを悟ってしまった。

 

 

吉良は彼女の走りから目を離せず、うわごとのように彼女の名をつぶやいた

 

 

――ライス

 

 

「ライスシャワー、1着でゴールイン!」

 

 

 

一瞬の間を置いて、湧き上がる驚嘆と歓声。

 

 

 

絶対といわれた、春の王者。3連覇を目されたステイヤーを打ち破った少女に対する賞賛は、いつまでも止むことはなかったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉良はミホノブルボンやハルウララ、マンハッタンカフェといった彼女らの友人とささやかな祝勝会に参加しているライスシャワーからメールで来てほしいと連絡を受け、トレーナー室に足を運んでいた。

 

 

「ライス?入るよ?」

 

 

――祝勝会が終わった自身のトレーナー室。

友人たちが丹精込めて作ったのであろう横断幕や、テーブルの上にあった皿はすでに丁寧に片づけられおり、小さなコップが二つ並べられているテーブルにライスがちょこんと座っていた。

 

 

 

ライスは吉良の顔を認めると、恥ずかしそうにはにかんだ。

 

 

「ライスね…お兄様ともお祝いしたかったの」

 

 

「――ライス、本当におめでとう」

 

 

「ライスね…本当は少しだけ天皇賞、出たくないって思ってたの」

 

 

「ライス…」

 

 

 

「祝福の名前をもらったのに…菊花賞の時みたいにマックイーンさんの3連覇を邪魔しちゃうなんて嫌だなって…」

 

「…でもね、それ以上にブルボンさんたちの支え、励ましがあったり、ライスの走りを楽しみにしてくれる人たちがいたりーーでもなにより」

「――ライスにはお兄様がいるから。お兄様がライスのこと、ライス以上に信じてくれてるから」

 

 

――川尻浩作という新たな身分になってから、最悪な気分だとずっと思っていた。

 

 

慣れない土地での新たな仕事、承太郎たちが今にでも私の正体に気づくのではないかという不安

 

 

――ただ、本当にそれだけだったか?

 

 

彼女と出会って、彼女の担当トレーナーとなって、彼女の成長を間近で見守って。

 

 

――本当に何も感じなかったのか?

 

 

ーー様々なことを思い出す

吉良自身、幼いころから両親には深く愛されていたと自覚していたーー正確には愛されすぎていたが。

 

 

――吉影!まだこの問題も解けないの!?

 

 

――母は教育熱心な人だった。

 

 

杖を片手に息巻く母。正座をして彼女の説教に耳を傾ける私の手には、ミミズが這ったような痣がいつもあった。

 

 

――いつから私は3着にこだわるようになった?

 

 

自身の能力を隠すためか?それとも母に叱責されないように幼心に苦心した結果だったか?1着を一度取ってしまえば、もう順位を落とすことなどできない。

 

 

 

「――ライス」

 

 

目の前の少女に向き直る。

 

「――これからも二人で頑張ろうな」

 

 

――私もまた平穏な生活を送ることができるだろうか?

 

 

――私と、目の前にいる少女と二人で

――吉良がライスに会いに行く少し前、マックイーンはライスとそのトレーナーに会いに行こうと彼女らを探して学園内を歩いていた。

 

 

 

あのレースは全身全霊で挑んだものだったーーだからこそ、敬意を表したかった。

 

 

 

 

 

あのレースで自身を下した良き友人に。その友人を教え導いたトレーナーに。

 

 

 

話を聞くところ、ライスは友人たちと祝賀会を開いているようなので、先に吉良に挨拶に行こうと学園内にある吉良の部屋に向かおうとしていた。

たづなさんに吉良の居場所を尋ねた際、用事ついでに手渡して欲しいと渡された資料片手に、彼女は吉良の部屋の前に立った。

 

 

「川尻トレーナー?メジロマックイーンです」

 

 

ドアの前で声をかけるが、返事はない。

試しにドアノブをひねると、ドアは僅かに音を立てて開いた。

 

 

悪いとは思っていたが、好奇心からか、それとも心にわずかに残っていた彼に対する疑念がそうさせたのか、マックイーンは部屋の中に一歩踏み出した。

 

 

――吉良の部屋は非常に整頓されており、生活必需品や最低限の家具があるーー悪くいってしまえば特徴のない部屋であった。

 

 

 

 

「殿方の部屋に入ってしまうなんて…早く出ましょう」

 

 

――その時だった。

 

 

 

 

「…ペットフード?」

 

 

この部屋におおよそ似つかわしくないもの。周囲を見渡すが、生き物を飼っている様子はない。

 

 

 

それにわずかに感じる、嫌悪感を覚える臭い

 

 

 

――どうやら臭いの出どころは、クローゼットの中から漂っているようだった。

 

 

 

恐る恐るクローゼットに近づき、扉を開ける。

中には大きな植木鉢に植えられている奇妙な植物が入っていた。

 

 

「――植物?」

 

 

――カーテンの隙間から日の光が植物に差し込む。

すると、その植物は正に目覚めるように起き上がったのだった。

 

 

 

一方そのころ、吉良はたづなからの突然の呼び出しに急いで彼女のもとに向かっていた。

 

 

――するとポケットにしまった携帯が鳴り響く。

 

 

まったく、いったい何の要件だ?

 

 

画面に表示された名前を確認すると、それはたづなからの電話だった。

 

 

「――失礼します!川尻トレーナーですか?」

 

 

「はい…たづなさん、どういった御用でしょうか?」

 

 

「今日提出いただいた書類に不備が見つかったので、取りに来ていただきたかったですが」

 

 

「…それは大変失礼いたしました。今そちらに向かっています」

 

 

「それが、先ほどメジロマックイーンさんが川尻トレーナーにお会いしたかったそうですので、書類をお渡ししました!今お部屋の方に向かっているそうなので、マックイーンさんから受け取ってください!」

 

 

「そうですか…わかりました」

 

 

――確か部屋を出た時、鍵はかけていなかった。

 

 

「…急いで戻る必要がありそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

「――なんですの、この植物…目が付いていますし…植物というより、まるで生き物...」

 

 

突如として起き上がった謎の植物は、うねり声をあげるとマックイーンに眼前にいたマックイーンに対して目に見えないなにかを発射した。

 

 

その何かがマックイーンのもとに到達すると、押さえつけるように彼女の身体を空中に浮かせ、とどまらせた。

 

 

 

「なんですの!この目に見えない、パンパンに張っている何かが私の身体を磔にしていますわ!」

 

 

――その時だった。下の階から足音が聞こえてくる。

 

 

「川尻トレーナーが帰ってきましたわね…」」

 

 

――こんな植物を飼っているなんてこと自体が異常である。この状態を川尻トレーナーにみられるわけにはいかない…

 

 

その植物は勢いをそのままにまた見えない何かを発射する。すると今度は大きな音を立てて彼女の身体を壁に押し付けた。

 

 

――恐らく上の階の自身の部屋から聞こえた衝撃音に、吉良は目を見開いた。

 

 

「今の音は…!」

 

 

急いで階段を登っていくーーーその傍らにはいつでも侵入者を吹っ飛ばせるようにキラークイーンを従えて。

 

 

 

 

 

 

――階段を登ってくる音が聞こえる。

 

 

この窮状を打開するために頭をフル回転させる。

 

 

壁に打ち付けられたマックイーンは胸元に着けていたペンを取り出すと、自身の身体にまとわりついた何かに突き立てる。

 

 

 

すると風船が萎むように、見えない何かは消滅し、刺したところから噴き出した空気がクローゼットの戸を動かし、偶発的に日の光が植物に当たらないように調整した。

 

 

――すると、植物は再び眠るように活動を停止した。

 

 

「日の光によって動いているようですわね…」

 

 

 

この部屋で何も起こらなかったように元に戻して、ここから立ち去るにはあまりにも時間がない。

マックイーンが辺りを見回すと、ペットフードが目に入ったーー

 

吉良は自室のドアを蹴り開けると、辺りを注意深く見渡した。

 

 

――クローゼットの扉が半開きになっており、猫草がいつものように眠りこけている。

 

 

辺りの家財は散乱しており、袋がズタズタになったペットフードから、フードの粒が猫草に向かって点々と続いていた。

 

 

「猫草め…腹がすいていたのか。空気弾を操作してここまで飯を持ってこようとしてぶちまけたのか…」

 

 

「…不注意でクローゼットの扉が閉め切っていなかったか?この明るさでも動き出すんじゃあ、保管場所を変える必要があるかもな…」

 

 

クローゼットを開けて箱の中にある彼女の手を取り出すと、その手は灰のように消え去っていった。

 

 

「しかし…メジロマックイーンが部屋の中に入り猫草を見たんじゃあないかと思ったが、思い過ごしでよかったというところか…」

 

 

「もしもそうだったとしたら…」

 

 

「…殺さなくてはならないところだった」

 

 

吉良がしばらくしてライスから連絡を受け部屋から姿を消すと、ベッドの下から震えながらマックイーンは這い出てきた。

 

 

 

「…川尻トレーナー、いったい何者ですの?クローゼットの中から取り出した手…あれは本物…?それを一瞬で消してしまったのも…私のことを殺すといったのも…」

 

 

 

 

恐怖で身体をきつく縛りつけられながら、マックイーンは殺人鬼の巣から後にした。

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