吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい 作:ボンゴレパスタ
吉良は腕時計で時刻を確認すると、隣にいる担当ウマ娘に優しく微笑み、そして声をかけた。
「――時間だよ、ライス。忘れ物はないかい?」
「―うん!行こう、お兄様」
彼女の力を込めれば折れてしまいそうなほど細く繊細な手を取って、外に出る。
吉良とライスは6月に行われる宝塚記念に向けて、理事長から受けた技術指導のための出張と、遠征合宿を兼ねてトレセン学園関西支部でおよそ数週間をすごし、そのまま現地に向かうつもりだった。
「――お兄様、ライス頑張るね。」
「――あぁ。二人で、だろ?私もライスのために頑張るからね…」
一方そのころ、人目につかないように上空を飛ぶ一枚の写真――吉良吉影という悪魔が15年も平然と社会に溶け込んでいる一因ともいえるこの男…歪んだ親としての愛情の元、死してなお息子の犯罪を隠匿するために、息子の正体に迫る者を抹殺するために暗躍する写真の親父は、暗がりから見かけたマックイーンの顔で自身の愛する息子の核心に薄々気づいている、もしくは何かその正体に気づくような何かを見たことに感づいていた。
「儂にはわかる…あの小娘。かつてくそったれ仗助どもが吉影を追っていた時と同じ目じゃ…」
もはやなりふり構ってなどいられない…
吉影がいない今だからこそ。吉影に疑いが掛からずに奴らを排除することができるはずだ。守ってやれるのは儂だけだ…
「消してやる!ついでにメジロマックイーンの周りの奴も!」
矢の方向に向かってその目に狂気の決意を宿らせ、矢を両手で握りしめる。
すると、目の前のウマ娘の前で、矢は強くその反応を示したのだった。
「矢よ!こやつを選べというんじゃな!」
写真の親父は矢を大きく振りかぶると、そのウマ娘に向かって投げつけたのだったーーー
ーー黙れば美人、喋ると奇人、走る姿は不沈艦と言われる問題児、ゴールドシップは今日のチームミーティングでマックイーンが言っていた川尻トレーナーのことを思い出していた。
「マックちゃんは大嘘こくようなやつじゃあないってことはわかってるけど…」
――マックイーンが見たという川尻トレーナーの裏の姿。
その話をするマックイーンの目をみれば彼女が嘘を言っていないことは一目瞭然だったが、あまりにも突拍子もない話に班目トレーナーも含め、チームメイトはいまいちその話を信じられないでいた。
川尻トレーナーがいない今、もしもマックイーンの言ったことが本当だったとしても、大きな動きがトレセン学園で起こるとは考えにくいだろう…
「おっとこうしちゃいられね~フラッシュたちを待たせてるんだった!」
実はこの問題児、同じ穴の狢ともいえるウマ娘たちと時々集まってカードゲームや麻雀といった遊びに興じていたーー無論そんなことがバレたら、生徒会から大目玉を食うことだろうーー
いつものたまり場である教室の前へとやってくるが、その瞬間に今まで感じたことのない殺気にゴルシは思わず顔をゆがめた。
――なんだ?この背中に氷を押し当てられたような…
ドアを開け辺りを注意深く見ると、床にゴルシの友人―――エイシンフラッシュが力なく倒れているのが目に入った。
「おい!?どうしたフラッシュ!」
彼女の身体を抱きかかえ何とか起こそうと試みようとすると、前方から不意に声がしたのだった。
「――大丈夫だ。死んでねーよ…」
声のするほうを鋭く見やると、その人物はゴールドシップのよく見知った人物だった。
――グレーのニット帽に、そこからはみ出た特徴的なウマ耳。スカジャンに咥え楊枝という如何にも勝負師といった風貌。
このたまり場でよくいる面子である彼女に戸惑いつつ、ゴルシは声を上げた。
「ナカヤマフェスタ…」
「気絶しちまっただけさ…アタシの勝負に負けてね」
「…お前がやったのか?」
「頭の悪い奴だなぁ…言ったろ?――アタシとの勝負に負けたんだって。そこに転がってるそいつは、アタシとの勝負で心の中で最も大事なものを賭けた…その勝負で負けたんだよ…そしたらどうなったと思う?電話が鳴って、そいつのトレーナーが急に倒れたとかで病院行きってわけさ。」
「…」
「それを聞いたやつはショックでぶっ倒れちまったってわけさ…アタシの能力でなぁ」
「―――能力…」
「あぁ。今朝突然、首に何か刺さったと思ったら急に使えるようになった…勝負師としての血が騒いでしょうがねえ~…」
――思えば、いつものフェスタの様子とは異なるようだ。目の焦点があっていないし、喋りかたも少しおかしいようだ
「――能力の暴走か…?」
――マックイーンから聞いた、ウマ娘たちの能力の暴走。生物として元来想いの強いウマ娘が能力を持ったらどうなるか…
ましてや、フェスタは今朝突然能力者になったようだ。そんな彼女に能力の操作、精神力の制御などできるはずがないーーどうやら、彼女の目を覚まさせる他ないようだ。今朝の状況も詳しく聞かなければならないし、フラッシュのトレーナーを救わなければならない。
「…フラッシュのトレーナー、助かるのか?」
「…あ?んなこと知ってどうすんだよ~どうでもい「答えろ!」
一瞬の静寂の後、話を遮られたフェスタは憎々し気に口を開いた。
「――あぁ、能力で取り立てたものだからな…返すことだってできる」
「返せって言っておとなしく返すわけないよな…」
「――わかってるじゃあねーか。ならどうするべきか、わかるだろ?」
「…あぁ」
緊張が、恐怖が身体を突き抜けていく。自身の手には、友人の大切な担当トレーナーの命がかかっている。それを賭けて、正気を失ったとはいえ生粋の勝負師の彼女と勝負をしなければならない。
ゴールドシップは眼前の友人を見据えると、ゆっくりと席についた。
「―――さぁ、勝負といこうか」