吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい 作:ボンゴレパスタ
――マックイーンの背後から唐突に聞こえた声。
恐る恐る声のする後ろを振り向いたマックイーンは、声の主の姿を認めると驚きの声を上げた。
「ス、スズカさん!?」
――起こるはずのない悲劇。あってはならない悲劇。あのレースを目撃したものは後にそのレースを「沈黙の日曜日」と呼んでいた…その事故で左脚の骨折という競技者としてはあまりにも大きなハンデを負ってしまった彼女―――サイレンススズカがその足で、確かな意思を瞳に宿らせて立っていたのだった。
「これはこれは…スズカ君じゃあないか」
タキオンはその狂気的な瞳で真っすぐスズカの姿をとらえていた。
「君が私と勝負するだって…?」
「えぇ、私が勝ったらチケットさんを元に戻してもらいます」
「…あいにくだが、今の君と勝負なんかしても話にならないよ…翼を折られた鳥はもう二度と空には羽ばたけない…競技者として致命的なケガを負った今の君に勝っても大したデータは取れそうにもないし、一ウマ娘としてもちっとも嬉しくないからね…」
――正気を失っているとはいえ、余りにも酷い言い様である。
その言動にマックイーンが注意を促す前に、スズカは静かに口を開いたのだった。
「…もしも私が走れるようになっていたら?」
「…なに?」
「競技者として二度とターフに立つことが叶わないほどの大怪我…もしそれを克服したウマ娘として私が力を取り戻しているのなら、タキオンにとってはこれ以上にないほどのデータになるんじゃあないかしら?」
「…特にガラスの脚のあなたにとっては」
その言葉を聞いた瞬間、タキオンの顔が酷く歪む。秘密を暴かれた怒りだろうか、それとも困惑なのだろうか…額に青筋を立てながら彼女は口を開いた。
「…知っていたのか」
「あなたの走りを見ていれば分かるわ…極力脚に負担がかからないように尋常じゃあないほど研究され尽くされた走り…」
二人の一触即発な空気の前で、マックイーンはなにもできない自分を奮い立たせ、口を開いた。
「スズカさん…!あなたにシリウスのためにそこまでしていただくのは…」
マックイーンがスズカにそう言うと、スズカは微笑みながら口を開いた。
「いいんです。この間、マックイーンには迷惑をかけてしまったし、それに…」
「タキオンさんのあの様子…きっとかつての私のように能力を上手く使いこなせてないみたい…正気も失っている…救ってあげないと」
スズカがこう言うと、タキオンは噴き出すように笑い出し、口を開いた。
「…救う~~?面白いことを言うね~、私は救われているよ。この能力によってさらに研究は飛躍するのだから…いいだろう!勝負してやる!君のデータがどんな紙屑であったとしても、すべて奪い尽くしてやろう!」
――鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた、たった二人のウマ娘が立つレース場。
先ほどのチケットとのレースとは打って変わった空気に、レース場は水を打ったように静まり返っていた。
――マックイーンの合図で、一斉に二人は走り出す。
スズカはいつものようにペース配分など度外視するかのような、大逃げの走り。そしえその後ろをタキオンが追うというレース展開。
「…さすがはサイレンススズカ君…腐っても異次元の逃亡者と呼ばれたウマ娘といったところかな…だが。」
「――最盛期とは程遠い実力だな。明らかに飛ばしすぎだ。以前のデータによれば、このままじゃあ君は最終カーブに入った時点でもう余力は残っていないはずだ…」
――やはりただの口からでまかせだったようだな。がっかりだよ、スズカ君。
最終カーブに差し掛かり、勝利のためにギアを加速させようとしたその時、タキオンは自身に起こった異変に気がついたのだった。
――なぜだ。
いつものような加速ができない。いつもであれば、私のデータによればもう彼女の背中をとらえているはずなのに…
突然の緊急事態に、現状を打破するためにタキオンは頭をフル回転させる。そして、自身が犯した一つの失態に気がつくのだった。
―――まさか…!
狂わされていたというのか…!このアグネスタキオン、相手の力を見誤ったというのか…!データになかったペースでの逃げの走り。最終直線で確実に追い抜くために彼女との距離を離さないための走りが、意図せず私のペースを乱されていたというのか…!
彼女のレースでの位置取り、視界を広く持たせないための作戦だったのか…?考えれば考えるほど彼女はデータになかった走りを展開し、それに気付かず策にはまった自身の未熟さ、愚かさを悔いた。
「あなたの研究に対する熱、そして努力…目を見張るものがあるわ。でも、研究室に籠りっきりで、ちょっとハングリーさに欠けるようね…?まぁ、ケガした私が言えることではないけど」
――私もあなたのように、苦しみの中にいたわ
天皇賞でのケガから目覚めなかった夢の中
病室から眺める外の景色
ベンチからただ見ることしかできなかったウマ娘たちが練習する姿
リハビリで泣きそうな思いになる度に、雑誌やニュースで「サイレンススズカはもう競技者として終わった」と言われる度に、タイムが全盛期のようには当然振るわず、涙をこぼす度に
――それでも私には、トレーナーさんがいた。支えてくれる友人――カフェさんやライスさん、マックイーンさんがいた。待っていてくれるファンの人たちがいた。
―――また先頭の景色を感じたい。またここに戻ってきたい。だからこそ負けられない。
「――今度は私の番!!」
「―――ありえない!データにはなかった!私が敗北することなど、あってはならない!あってはならないのだぁぁぁぁ!」
恐ろしい末脚でアグネスタキオンがその距離を詰めてくる。みるみるうちにその距離は縮まり彼女の背中にタキオンが迫るが、ゴールに先にたどり着いたのは、逃げ切ったのはサイレンススズカであった。
「スズカさん!おめでとうございます!」
マックイーンが柵を乗り越え、スズカの元へ向かっていく。
敗者となったタキオンは力なく腕を垂れると、口を開いた。
「――完敗だ。なるべくしてなった結果だ。研究に、そしてデータに驕り、「ウマ娘の可能性」を度外視した私の完全敗北だよ」
「―――済まなかった。約束通り、チケット君は元に戻すよ。どんな誹りも甘んじて受けよう」
深々と頭をさげるタキオンに対し、スズカは穏やかな表情で口を開いた。
「――能力を発動するにはウマ娘の大きな意思が関係するらしいの…つまりそれほどタキオンの想いが強かったってことだから…もう能力を悪用しないと約束するなら私もマックイーンも許します」
「――えぇ。貴方も能力の暴走で正気ではなかったようですし、今回は致し方ありませんわ…」
――その時マックイーンの電話が唐突に鳴り響いた。画面を確認すると、電話はどうやらゴールドシップからのようだった。
話を聞くと、どうやら向こうも能力者となったナカヤマフェスタとひと悶着あったようだ。
しかし彼女から聞いた話に、思わずマックイーンも顔をしかめた。
フェスタさんも、タキオンさん同様、何者かに首を刺されたことによって能力を発動したようですわ…つまり今回の事件は何者かによって人為的に引き起こされたということ…
より情報を得るため、タキオンから当時の話を聞こうと彼女に声をかける。
「首を何かで刺された時に、何か覚えていることはありますか?」
「――う~ん、すぐに気を失ってしまったからね…ただ一つだけ」
「一つだけ?」
「恐らく犯人だろうが…私の元を立ち去るであろう時、こう言ったんだ」
「――これで三人目だと」
U=ma2
能力者・アグネスタキオン
破壊力E/スピードE/射程距離C/持続力A/精密動作性D/成長性A
対象の人物を資料としてファイルにする能力。ファイルとなった中身には身体情報はもちろん、其の人物が今まで生きてきた経歴や出来事などが詳細に記録されており、その人物についてタキオンが知りたいことは全て知ることができる。ファイルを破いたり、燃やしたりすることで対象の人物に危害を加えることも可能。