吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい   作:ボンゴレパスタ

21 / 36
宝塚記念ーーささやかな祈り1ーー

 

 

 

 

 

ライスシャワー、一体どうしたというのか!向こう正面でまさかの減速…

 

 

 

 

 

 

――残念ですが、ライスさんの足はもう…

 

 

 

 

 

 

 

――お兄様。もうライスは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライス!」 

 

 

 

 

 

玉のような脂汗を額に滲ませ、吉良は最悪の目覚めと共に朝を迎えた。

 

 

 

「――夢か」

 

 

 

 

 

ホテルのベッドから鉛のように重い身体を鞭打ちながら起こし、鏡の前に向かいそこに映った自身の酷い顔を見ると、吉良は自嘲気味に口元をゆがませた。

 

 

 

 

「――我ながらひどい顔だ」

 

 

 

 

 

昨晩の夢のいったい何がそうさせたのか、そう考えながら吉良が身支度を整えていると、携帯電話が着信を告げていた。

 

 

 

 

朝から一体だれだ?

 

 

 

画面に表示された相手の名前を確認すると、そこには秋川理事長と表示されていたのだった。

 

 

 

 

「…はい、はい。そうです…川尻浩作です…」

 

 

 

 

電話で活気のある理事長相手に、吉良は頭を下げながら対応を続けた。

 

 

 

 

「えぇ、…はい、ライスシャワーにケガはありません…私が少し打ち身をしたくらいで…いえ!理事長、こちらに出向いていただかなくても大丈夫です…はい、はい…宝塚記念は…そうなる可能性が高いです…昨日簡単に説明させていただきましたが、設備の倒壊の原因が特定できていないそうで…」

 

 

 

 

 

「―――驚愕っ!川尻トレーナーは何も聞いていないのか!ライス君が京都レース場で開催することができないか掛け合っているそうだぞ!」

 

 

 

 

――なに?ライスが単独で掛け合っているというということか…差し詰め、この吉良吉影に迷惑がかからないように、というところか…

 

 

 

 

「――それは初耳です…はい、私の方からも確認をいたします…それと理事長、お願いがあります…

 

 

 

 

 

頼みを理事長に告げた後、頭を45度傾けた状態のまま電話を切った吉良は、忌々しそうに顔を歪ませた。

 

 

 

――ペコペコしやがって、川尻浩作め…

 

 

 

――だがそれを自然とできるようになったこと…なってしまったということは、川尻浩作としての振る舞いも板についてきたというところか。

 

 

 

「――今はとにかく、ライスに確認を取らなければ」

 

 

 

吉良は髑髏の模様があしらわれたネクタイを首に締めると、ホテルのドアを開け担当ウマ娘を探しに行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝塚記念のセレモニーのリハーサルでの一件の少し前、ルドルフから頼みを受けた甲斐トレーナーは、数メートル先にいる斑目トレーナーの背中を見つけると、小走りで彼の元に向かっていったのだった。

 

 

 

 

 

「よぉ、斑目!」

 

 

 

 

 

努めて明るい声を保ちながら彼に声をかけると、班目は眉を曲げながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「おぉ、お前か…一体何の用だ?」

 

 

 

 

 

 

「親友のお前に何の用もなく声をかけちゃダメか?それとも声をかけられたらまずいことでも?」

 

 

 

「いや、そんなことはない。お前は最近出張ばかりだからな。久しぶり会えて嬉しいよ――元気そうで何よりだ」

 

 

 

 

屈託なく笑う彼の真意を探るため、甲斐はカマをかけるように本題に切り込んだ。

 

 

 

 

「そういうお前は何か元気がなさそうに見えるぞ…何かあったのか?」

 

 

 

 

しっかりとその目を覗き込むように、しかしさりげなく質問した甲斐だったが、班目はその笑顔を崩すことなく言葉を続けた。

 

 

 

 

 

「―――お前の飼い主に何か聞いてこいって言われたのか…?悪いが俺も、シリウスのメンバーも何も知らないよ」

 

 

 

 

 

 

半分茶化すように誤魔化した斑目だったが、その目には確かな決意と覚悟の意識が宿っているのを甲斐は見逃さなかった。

 

 

 

「――そうか。別に他意があって聞いたわけじゃあなかったんだが…」

 

 

 

 

 

「――いや、こちらこそすまない…このあと

出張なんだろう?帰ってきたら色々話そう。土産話、楽しみにしてるよ」

 

 

 

去っていく班目の背中を見送りながら、甲斐は彼との在りし日を思い出していた。

 

 

 

――トレーナーになった当初、僕は臆病な人間だった。

元々身体が他人より小さく、顔つきのせいで人から馬鹿にされたり、なめられることも非常に多く、そんな自分に自信を持てなかった。

 

 

 

だからこそ、同期の班目の分け隔てない竹を割ったような性格に救われた。

 

 

 

――シンボリルドルフの腰巾着と、その栄光にふさわしくないと言われ孤独だった僕の心は救われたんだ。

 

 

 

だからこそ、彼が今まで見せたことのないような顔つきに、甲斐にも思うところがあったのだった。

 

 

 

 

…一体お前は何を知ってるんだ…?

 

 

 

 

いづれにせよ、僕が調べられることは予め調べておこう…

 

 

 

班目と別れ歩みを進める彼の目にも、確かにトレセン学園を守りたいという黄金の意思を宿していたのだった。

 

 

 

――チームシリウスが各々当事者である事件には、その異質性から理事長やたづなさんも認知せず、生徒会での内々の調査となっている。

 

 

 

一体このトレセン学園で何が起こっているのか。

 

 

 

…そういえば、去年にも栄養失調の生徒が発見されたり、悪夢によってうなされる生徒が続出したりと、普通とは言い難い事件がいくつかあった。

 

 

 

――事件はそこから始まっていたのだとしたら…?

 

 

 

 

「――始まりは日本ダービー直後の悪夢騒ぎからか…きっかけがその事件からと仮定して、何かきっかけになるようなことがあったということか?」

 

 

 

 

――今までトレセン学園にはなかった変化。トレセン学園に起こったその変化が事件の全ての始まりだったとしたら…?

 

 

 

事件の核心へと近づいた甲斐の思考だったが、その思考は首の鋭い痛みによって中断されることになった。

 

 

 

―――え?

 

 

 

当然の出来事に、自身の身に何が起こったのかわからず、痛みの原因を探ろうと首を傾けると、そこには驚きの光景が映っていたのだった。

 

 

 

 

 

「――矢?」

 

 

 

 

一本の矢が自身の首筋に深々と突き刺さっている。息もできないほどの激痛が体を貫き、思考を頭から追いやっていく。

 

 

 

――首筋に感じる痛みと共に、彼は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

京都レース場に赴き、何やら職員に頭を下げているライスの姿を認めると、吉良は軽くため息をついたのだった。

 

 

 

 

――どうやら理事長の話は本当だったようだ。

 

 

 

 

「ライス」

 

 

 

短く、鋭く彼女に声をかけるとライスはわかりやすく驚きこちらを振り返った。

 

 

 

「私に無断で一体何をしているんだ、ライス」

 

 

 

「ごめんなさい、お兄様…でもライス…」

 

 

 

「私達は二人で一人じゃあないか…なんで教えてくれなかったんだい?」

 

 

 

「お兄様に迷惑が掛かっちゃうかなって…お兄様は昨日のことでケガしちゃったし、ライスの無茶に付き合わせちゃうのは…」

 

 

「…でもライスは宝塚記念、開催させたいんだろ?」

 

 

 

吉良の問いに真っすぐこちらを見つめ、小さく頷くライスを見て、吉良は彼女の成長に驚いていた。

 

 

 

――初めて会った時はあんなに小さく震え、涙をその目からこぼすことでしか意思を伝えられなかった彼女が、自分の意思のもと行動し、思いを伝えている。

 

 

 

 

――だからこそ、彼女のために何かしたいだなんてこの吉良吉影が思ってしまったのか。

 

 

 

 

「――先ほど阪神レース場、京都レース場の責任者に理事長に掛け合ってもらうように頼んできたよーーまもなく許可が下りるだろう」

 

 

 

 

「…お兄様」

 

 

 

 

「…ライスがやりたいこと、成したいことを実現させることが私の目的だ」

 

 

 

 

「ライス、応援してくれるみんなのために、お兄様のためにやりたいの…宝塚記念…絶対勝ちたいの、お兄様」

 

 

 

――この吉良吉影も変わりつつあるということか?こんな甘っちょろいやつに成り下がったというのか…?

 

 

 

ライスに言葉を掛けながら、あまりの変わりように自身を侮蔑し、憤りとほんの少しの期待と、どこか言い様のない感情を抱えながら、吉良はライスに笑みを向けた。

 

 

 

――こんな日々がずっと続くのだろうか

 

 

 

続けられるのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――トレセン学園M県支部の一室。

 

 

 

 

 

一人の男が後に来る自身の取材の対応に来るであろう人物を待ちながら、来客用に出された薄いお茶をすすりながら腕時計を確認した。

 

 

 

――額に巻いた珍妙なヘアバンドに、両耳に着けたペン先の形をしたイヤリング。

 

 

 

その性格を反映させたように吊り上がった眉と目つきからは、その男の頑固さ、高慢さを窺い知ることができる。

 

 

 

――彼の名前は岸部露伴。杜王町に住み、大ヒット作「ピンクダークの少年」を連載している超人気漫画家である。

 

 

 

短編5回の読み切りを書くにあたり、ウマ娘を主人公にした作品を書こうとトレセン学園M県支部に取材を申し込んだ露伴だったが、彼の顔に張り付いている表情は好奇心に満ち溢れているものではなく、苛立ちがありありと浮かんでいるものであった。

 

 

 

――担当のものが来るとか言っていたが、あまりに遅すぎるんじゃあないか?

 

 

 

中央から来ているというトレーナーが取材に対応するらしいが、約束の時間からは既に20分が経過している。

 

 

 

 

その男は、ウマ娘に知見がない露伴でも知っているウマ娘、シンボリルドルフの担当のようで非常に有名な人物らしい。

 

 

 

 

――その時、ドアから入室の許可を求めるノックオンが響き渡る。

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 

露伴の声の後に、部屋に一人の男が入ってくる。

皇帝と名高いウマ娘の担当トレーナーと聞いてどんな人物かと想像していたが、その男は思ったより小柄で、中世的な顔つきをしていた。

 

 

 

 

 

――どことなく康一君に似ているな…

 

 

 

 

露伴がそんなことを思っていると、入室した男が口を開いた。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ…お、遅れてしまい申し訳ありません…甲斐俊と申します。今日はよろしくお願いします」

 

 

 

「――いや、遅れたことに関しては気にしないよ。早く着くなんてことやるよりもよっぽどマシだからね…ただ」

 

 

 

 

「たった今、どうしても気になることができたんだ…漫画家としての些細な興味ってやつなんだが…

 

 

 

 

――どうして壁に背中をつけているんだい?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。