吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい   作:ボンゴレパスタ

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宝塚記念ーーささやかな祈り4ーー

 

 

 

 

 

 

一日の仕事がひと段落着いた班目は、自身の携帯にメールの着信があることに気が付いた。

 

 

 

 

――件名は無題だったが、どうやら送り主は甲斐のようだ。

 

 

 

 

訝し気に内容を確認すると、メールにはファイルが添付されており、動画ファイルが同封されていた。

 

 

 

 

――何かがおかしい

 

 

 

 

班目の勘が、形容し難い危機感を告げていたーーこのファイルを見てはいけないと。

  

 

 

 

だが、甲斐が件名もつけず、動画ファイルのみ送ってくるという異質性。彼の身に何かあったのかもしれないと班目は恐る恐る動画ファイルの再生ボタンに指を伸ばしたのだった。

 

  

動画を再生すると、そこに映っているのはインカメで写したのであろう甲斐が映っていたーー画面の甲斐は見るからに憔悴しきっており、脂汗を額に浮かべながら動画を見るであろう班目に向けて、息も絶え絶えになりながら語り掛けていた。

 

 

 

 

 

「――多分俺は、生きてトレセン学園に戻ってくることはできない。出張に行く前、お前とあった直後に首に矢を刺されたんだーーそこから、何かわからないが自分の背中を見られたら終わりだって感じが伝わってくるんだ…」

 

 

 

 

 

――矢で首を刺されただって!?

 

 

 

 

 

 

班目はよく似た状況を知っていたーーシリウスの面々から聞かされた、タキオンたちが能力を発動するきっかけとなった状況と酷似している。

 

 

 

 

 

 

息をのみながら動画を食い入るように見つめる班目をよそに、甲斐は苦しそうな顔を浮かべながら説明を続けた。

 

 

 

 

 

「――多分僕はトレセン学園まで背中を誰にも見せないで帰ってくることなんてできないーーお前が抱えている事件の片鱗がつかみかけたっていうのに…本当に残念だよ」

 

 

 

 

「同日に起こったチームシリウスの事件、あの事件は恐らく一連の流れの中の延長に過ぎないと思う。始まりは多分…去年の日本ダービーの後に起こた悪夢騒ぎ。その影響となった出来事が、一連の事件の発端になった出来事が前後にあったはずなんだ」

 

 

 

 

 

「――甲斐…」

 

 

 

――この短時間でそこまでの推理を進めていたのか。班目は同僚の卓越した洞察力に驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

「…すまん。お前が戦っているのに、なにも役に立てなかった。ルナに…シンボリルドルフに何も言い残せないことだけが心残りだよ…彼女にはこの件に関わってほしくない。彼女が僕のことを知れば、絶対に死ぬ気で犯人を追い詰めるだろう」

 

 

 

 

「――だから、この件が片付いた後で彼女に真実を話してほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――すまない」

 

 

 

 

 

 

 

甲斐から送られた動画はここで終わっていた。班目は震える手で甲斐に連絡したが、いつまでたっても彼が電話に出る気配はないーー班目は続けてM県支部に電話を掛け、甲斐の安否の確認を急いだのだった。

 

 

 

 

 

 

「―――突然失礼します、トレセン学園の班目洋一です。今日そちらに窺った甲斐俊はおりますか?」

 

 

 

 

 

 

「――それが私達も彼を探しているのですが、どこにもいないんです…荷物や携帯もそのままで…」

 

 

 

 

 

 

必死に湧き上がる気持ちを抑えながら班目は電話を切ると、目から大粒の涙を流しながら地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 

――恐らく、彼はもうこの世にはいないのだろう。

 

 

 

突然突き付けられたあまりにも残酷な、揺るぎない事実を前に班目は喘ぐように涙を流し、友との別れを直視することができなかった。

 

 

 

―――どれほど涙を流したのだろうか

 

 

 

 

班目はゆっくりと立ち上がると、その目には決意の意が強く宿っていた。

 

 

 

 

 

――甲斐の推理と、マックイーンから聞いたマンハッタンカフェによる悪夢騒ぎ。

 

 

 

 

 

 

これらのことから鑑みても、川尻浩作が関わっていることはほぼ間違いないだろう。

 

 

 

 

――仇は取ってやるからな、甲斐

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲートが開き、選手が一斉に走り出していく。

 

 

 

 

選手たちが各々の作戦に合わせ、位置取りをしていく中、ライスシャワーは普段のレース展開とは異なり、はるか後方に位置している様子をみて、場内の観客たちには動揺が広がっていた。

 

 

 

「ライスシャワー、春の天皇賞で見せた先行策とは異なり後方でのレース展開となるが、これは大丈夫か!?」

 

 

 

 

吉良は柵の内からその様子を静かに、決して目を逸らすことなく視線を送っていた。

 

 

 

 

――これは吉良が考えた、決死の策だった。

 

 

 

 

いつものように前方から中団に位置するのではなく、後方で足を溜めて消費を限りなく抑えるーーライスの走法を知っている者にとっては通常とは異なる作戦ではあるが、これでバ群に埋もれるリスクを最小限にすることができる。

 

 

 

 

――あとは宝塚記念に備えて仕上げたライスの瞬発力、加速力を信じて見守ることしかできない

 

 

 

 

――そしてライス自身も、吉良の想いを信じて作戦通りにレースを展開させる。

 

 

 

 

彼女を無事に戻らせるため、先頭で帰ってくることができるように思案した末に編み出した作戦に沿って、ライスは最終カーブ手前でカミソリのような切れ味を持つ加速力で、あっという間に先頭集団に迫っていく。

 

 

 

 

――決して下を向かない、決意の走り。

 

 

 

 

その目に黄金の意思を宿らせ、約束を果たさんとその足を繰り出すその少女の姿に、その場にいる誰もが心奪われていた。

 

 

 

 

「先頭はライスシャワー!もはや独走状態!」

 

 

 

 

その走りは最終直線で当加速度的に早くなり、ライスは先頭でゴールに帰ってくることが出来たのだった。

 

 

 

 

「先頭はライスシャワー!淀の坂を乗り越えて、夢の一着を手にしました!!」

 

 

 

 

ライスは立ち止まり、観客席をゆっくりと見回す

 

 

 

 

ライスには先頭で帰ってきた彼女に対して、その健闘を称える祝福の雨が降り注いでいたのだった。

 

 

 

 

――きみの居場所はここだ

 

 

 

 

彼女を包む祝福は、彼女の存在意義を示し、また彼女を肯定する存在そのものであり、彼女にそう言っているようだった。

 

 

 

 

ライスは観客席の前に立つと、改めて小さくお辞儀をしてその喝采に応えるのだった。

 

 

 

 

――もう彼女の心の中には、昔のような不安や迷いはない。

 

 

 

 

彼女の視界に、この景色を見せてくれた彼女にとってなによりも大切な存在が映る。

  

 

 

 

 

――もうライスは自分のこと、嫌いじゃないんだよ…?

 

 

 

 

それは隣にお兄様がいてくれているから

お兄様と二人だったら、どんなことだって怖くない

 

 

 

 

 

 

ーーだから神様

このささやかな祈りが神様に届きますように

 

 

 

 

ライスは吉良の方を向くと、彼との約束を果たした証としてとびきりの笑顔をみせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――宝塚記念が無事終わってトレセン学園に戻ってきた後、ライスとささやかな祝勝会を開いた吉良は、パーティーが終わるとライスを帰らせ、一人で片付けをしていた。

 

 

 

 

上半期の最後を締めくくる宝塚記念が終わり、明後日には夏合宿も始まるーーライスは関西にずっといたので、合宿の準備をしっかりする時間を取らなければならない。

 

 

 

 

空になった皿を水場で洗っていると、唐突に吉良の背中に向かって声が投げかけられたのだった。

 

 

 

 

 

「――川尻トレーナー」

 

 

 

 

 

吉良がゆっくりと振り向くと、そこには班目が立っていたーーしかしその様子はどこかおかしい。いつものような飄々とした様子は鳴りを潜め、猛禽類のように鋭い目つきで吉良のことを睨みつけていたのだった。

 

 

 

 

「…これは班目トレーナー。一体何の御用でしょうか?…宝塚記念の直後で疲れているから、呑みの誘いでしたらまた今度にでも…」

 

 

 

 

「川尻トレーナー」

 

 

 

吉良の言葉を遮った班目は、その目を逸らすことなく言葉を続けた。

 

 

「――俺はアンタの秘密を知っている…この人殺しが」

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