吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい 作:ボンゴレパスタ
――朝練の時間になっても現れない班目に、チームシリウスの間には不穏な空気が流れていた。
「おい…今まであいつが練習に遅れたこと、練習に来なかったことなんかなかったよな」
いつもは奇人っぷりを披露するゴールドシップも、その鳴りを潜めて、顔には険しい表情を浮かべていた。
「…練習はおろか、昨日から姿を見た者はいないらしい。寮に帰ってないとたづなさんにも確認した」
「――トレーナさん、どこに行っちゃったんだろ~…心配だよ」
面々が重苦しい空気の中、マックイーンは考えを思いつき顔を上げたのだった。
「…一人知っていますわ。トレーナーさんの捜索をできる方を」
「―――私にマックイーンさんのトレーナーさんを探してほしい…?」
サイレンススズカはたった今マックイーンに言われたことを繰り返し復唱し、首をかしげたのだった。
「えぇ、スズカさんが持っている能力…人を追跡する能力があればトレーナーさんを探せるじゃあないかと思いまして…」
マックイーンがそう言うとスズカは考え込むように手を顎に当て、しばらく俯いた。
「皆さんに迷惑をかけてしまったので、本当は私の能力は使いたくないんです…でも」
スズカは顔をあげると、マックイーンの目を真っすぐ見ながらこう言った。
「…あの時マックイーンさんには助けてもらいました…だから力になりたいんです。私の能力でマックイーンさんのトレーナーさんを探してみます。なにかトレーナーさんに手がかりになるような、普段使っているものを持ってきてください」
マックイーンが持ってきたトレーナーのハンカチをもとに、スズカは自身のスタンドージェニーを出現させ、彼の痕跡を追跡し始めたのだった。
「彼の痕跡はここで途切れていますーー申し訳ありませんが、あとはどこにも痕跡はつづいていません」
申し訳なさそうに頭を下げたスズカと別れ、マックイーンは痕跡が途絶えた場所を見回した。
――ここはどうやら校舎裏のようですわね
ここにトレーナーさんがいたとして、一体何処に行ってしまったというのでしょうか。
ふと生垣に目をむけると、何か光るものがあるーー何かと思い目を凝らすと、そこには携帯電話が生垣の中に置かれてあったのだった。
携帯電話を開くと、それは見覚えのある携帯――班目トレーナーの携帯電話だった。
――この携帯電話を調べれば、トレーナーさんの様子がなにか分かるかもしれませんわ
携帯電話を充電し様子を見ると、どうやら録画中に電源が切れたらしかった。
最後に保存されていた動画を調べると、どうやら携帯電話に発見された場所で撮影されていたようだーー映っているトレーナーさんは傷だらけになりながら、窓の方を睨みつけていたのだった。
「確実に仕留められたと思ったが…どうやら爆発が浅かったようだな」
窓の方から聞こえてきた声には聞き覚えがあったーーそんな、ありえない。
地面に血だまりを作りながら、声の主を睨みつける班目のあまりに痛々しい様子に、マックイーンはその目に大粒の涙を溜めながら動画を見つめていた。
――こちらに向かって班目が静かに視線を送るーーそして声の主に向かって銃を向けた班目が、身体が粉々になっていき消滅してしまった。
「――全く君は大した奴だ…スタンド使いでもないのに、この吉良吉影を追い詰めようとしたのだから」
そう言いながら画面に姿を現した人物に、マックイーンは息をのんだ
「…川尻トレーナー…!!」
この男があの場所で、トレーナーさんを殺したんですわ。
やはりあの男が一連の事件の元凶だったんですわ…
それにいま男、自分の名前をキラ・ヨシカゲと言いましたわ。あの男の名前は川尻浩作だったはず…彼の名前がキラ・ヨシカゲだったとして、本物の川尻浩作はどこにいってしまったんですの…?
そして画面の中のトレーナーさんは、死ぬつもりで銃を構えていたーーキラ・ヨシカゲの能力を記録に残すために。キラの凶行を白日の下にさらすために。
――トレーナーさんは覚悟していたんですわ…既に自身が助からないこと、だから託したのですわ…この動画に、動画を見た人に。
マックイーンは携帯電話である人物に電話を掛けたーー電話の人物は、しわがれながらも気品に満ち溢れた声でマックイーンの来電に応対したのだった。
「爺やーー調べてほしいことがあります」
トレーナー室で爺やの報告を受け、携帯電話を力なくおろしたマックイーンだったが、突然ノック音に現実に引き戻されたのだった。
「――どうぞ」
ゆっくりとドアが開き、その人物が室内に入ってくるーーその人物は班目トレーナーの命を奪い取り、トレセン学園の誇りを踏みにじった張本人――キラ・ヨシカゲだった。
「―――やぁ、マックイーンさん。ここに班目トレーナーは来ていませんか?」
吉良の来訪にマックイーンは恐怖で身体が強張った。一体何の目的でここに…トレーナーさんはこの男が殺しているはずですわ…だとしたら目的は
――私を始末しに来たというところですか
「――トレーナーさんに一体何の御用ですの?」
「――少し込み入った話をしようかと」
笑顔を浮かべながら近づいてくる川尻トレーナー…このままだと私も彼に殺されてしまいますわ
――こちらから動かなければ殺されてしまう…マックイーンの顔に既に恐怖はなかった。このトレセン学園を守りたい、大切な仲間を守りたいという確固たる意志を従えて、マックイーンは最初に切り札を切ったのだった。
「――そうやって、トレーナーさんみたいに私を殺すおつもりですか…吉良吉影さん?」
「―――なっ」
――このトレセン学園で聞くはずのない、自身の本名。
吉良はその驚愕の表情を顔に浮かべ、まじまじとマックイーンの顔を見つめた。
「…一体…」
「一体どうして私の本名を知っているのか、ですか?実はあなたが私のトレーナーを殺した時の様子、撮影されていたんですの…私のトレーナーさんを殺す直前、トレ-ナーさん自身が携帯で撮影して…」
「その時にあなた、自分の名前を口走っていましたわよ?以前あなたがいたというM県にキラ・ヨシカゲという人物がいたかどうか調べさせましたところ…そうしたら出てきましたわ。M県S市杜王町勾当台住む、吉良吉影、33歳。東北でチェーン展開する亀友デパートに勤務されていたようですわね…?」
「――そしてトレーナーさんが言っていたM県支部にいたころの川尻トレーナーの豹変から考えると」
「あなた、川尻トレーナーを殺して成り代わったんじゃあありませんの?…そしてそこで生まれる疑問があります」
「どうしてあなたはそんなことをする必要があったのでしょうか?わざわざ名前や顔も変えて、まったくの別人として生きる必要がどうしてあったのか」
「――だれかに追われていた。もしくは追われているんじゃあありませんの?」
吉良は目の前の少女を睨みつけながら、追い詰められた現状を打破するために頭をフル回転させていた。
よもやここまで私の正体に気づいていたとは。
このメジロマックイーンはもっと早くに始末するべきだった。この小娘にここまで情報を掴まれているとは…この女、自分のトレーナーの死を知り、その加害者と相対したのだとすれば、それなりに取り乱しそうなものだが、その様子は微塵もない…くそったれの仗助同様、確固たる意志のもと私を追い詰めようという気概を感じる。
「君のトレーナーが撮影したであろう動画だが、能力者でもなければ私の能力を視認することはできない…それこそ、警察につきだすこともできない。ただのイタズラに思われて終わりだぞ?」
「――そうかもしれませんわ…しかしこれは取引ではありません。私が命を落とせば、この動画は拡散されるようになっていますわ。きっと能力者であるあなたを追っていた人物もその動画を見つけて、吉良吉影であるあなたを探し出すはずですわ」
――これはブラフだった。マックイーンが死んでも動画が拡散されることはなく、そんなことをしても吉良の凶行を明るみに出せる可能性は低いだろう――出口を目指して走り出したマックイーンだったが、臨界点に達した吉良が声を荒げながらキラークイーンを発現させたのだった。
「甘いぞ!そんなことを私が許すと思っているのか!」
我を失った吉良の指示によって出現したキラークイーンの拳がマックイーンに迫っていくーーー
――杜王町の中央にあるホテル。
195センチもの巨躯を持ち、白いコートに身を包んだこの男――空条承太郎はホテルに届いた電話の相手に対して、言葉を続けた。
「露伴が遭遇したスタンドに取り憑かれた男だが、SPW財団の調べで既にM県S市に到着した時点で背中を隠すように歩いている様が防犯カメラで確認できた…つまりその男は東京で矢に刺された可能性が高い」
「その男の勤務先――トレセン学園に行って調査をしようと思う。仗助、今から東京に向かうぞ…お前、学校サボるのに罪悪感覚えるたちじゃあねーだろ」
――電話の先の男――東方仗助も口を開いた。
「――了解っす。億康と康一にも声かけときます…それと気は進みませんが、露伴の野郎にも言っておきますよ」
――東京か。
電話を切った後に承太郎はホテルの眼下に広がる杜王町の景色を見下ろしたーー
吉良吉影が姿を消してから既に1年近くが立っている。
――既に犠牲者は出ているだろう。
ジョースター家の一人として、黄金の意思を持つものの一人として、承太郎は険しい表情を浮かべると部屋を後にしたのだった。
吉良から電話で呼ばれた写真の親父がシリウスのトレーナー室に窓から入った時には、すべてが終わった後だった。
力なくマックイーンが倒れこみ、その床を血で濡らしているーーその少女の亡骸の横で、吉良はひたすらに爪を噛み続けていた。
「お前ともあろうものが、しくじったな…吉影」
「どうするか今考えている」
下を俯く吉影を見ながら、写真の親父は静かに首を横に振った。
「――確かにこの小娘の遺体はキラークイーンで消せる…じゃが、時期が悪かったな。事件を嗅ぎまわっていた甲斐がM県であった取材の相手が、あろうことか岸辺露伴だったようじゃ…つまりやつはスタンドに遭遇したことになる。明日にでも、奴らがトレセン学園に調べに来るじゃろう」
その言葉を聞くと、吉良はしゃがみ込んでより一層深く爪を血が出るほど噛み始めるーーその様子を見ると、写真の親父は憐れむように涙をこぼすのだった。
「…吉影。昔からお前は絶望すると爪をよく噛む子じゃった…お前は今とても絶望しているのだね…」
実際、吉良の心の中には流し込まれた鉛のように重く絶望がのしかかっていた…マックイーンを衝動的に殺してしまったことに加え、振り払ったと思っていた仗助達による追跡。
その様子を見かねた写真の親父が愚図る幼子を諭す父親のように優しく声をかけた。
「もう打つ手はない…急いで逃げるぞ、吉影」
その言葉に反応すると、吉良は写真の親父を掴んで声を荒げたのだった。
「――逃げるだと!もう私の顔は割れてしまっている!こいつが私の正体に気づいていたんだ!この小娘はメジロ家の令嬢っ!仗助たちに加えてそんな奴らからも目を掻い潜る毎日を送るなんてまっぴらだ!」
――それに私には彼女がいる
もう私は一人ではない。彼女を守らなければ。彼女との平穏を守らなければならない。
――この期に及んで、この殺人鬼は自分の美学と願望を押し通そうとしていた…その気迫に写真の親父が気負していると、吉良は突然左手に激痛を感じた。
写真を離し、手を裏返すと、手のひらには矢が突き刺さっていたのだった。
「何ぃぃーーーーーーーー!!」
「矢が勝手に!儂は矢に触れてもおらん!」
動揺する二人とは裏腹に、矢は吉良の腕をカテーテルのように昇っていく…そして飛び出した矢は、吉良の首に深々と突き刺さったのだった。
写真の親父はその様子に成すすべなく見守りながら、何か様子がおかしいことに気が付いた。
「…キラークイーンが!」
キラークイーンがにじみ出るように吉良から出現する。そして、亜空間を発現させすべてを飲み込んだのだった。