吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい   作:ボンゴレパスタ

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吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい3

 

 

コンコン。

 

 

 

 

生徒会室に無機質なノック音が響き渡る。

 

 

 

 

「…どうぞ」

 

 

 

 

室内にいたシンボリルドルフが入室の許可を促すと、黒髪のボブカット、その目には一筋の赤いアイラインが引かれている凛としたウマ娘が入ってきた。

 

 

 

「やぁ、エアグルーヴ」

 

 

 

 

 

彼女の名前はエアグルーヴ。トレセン学園の生徒会副会長として、常日頃私の右腕として働いてくれている同志だ。

 

 

 

 

彼女はルドルフが執務中であることを確認すると、邪魔しないようにソファに腰掛けながら徐に口を開いた。

 

 

 

「お疲れ様です、会長」

 

 

 

「君もね。今日の業務はどうだったかい?」

 

 

 

「滞りなく終わりました…そういえば会長は今日異動してきたというトレーナーと会ったそうですね?」

 

 

 

「あぁ、彼か…」

 

 

 

「…その男がどうかしたのですか?」

 

 

 

機微に聡い彼女のことだ、世間話のつもりで振った話題の、私からの返答に含みがあったのをつぶさに感じ取ったのだろう。

 

 

 

 

まったく彼女には敵わないな。

 

 

 

 

エアグルーヴの訝しむような視線に観念すると、ルドルフは徐に口を開いた。

 

 

 

「いや、彼自体はまったく問題ないよ…ただ」

 

 

 

「……ただ?」

 

 

 

「聞き及んでいた印象と違った、というだけさ。こちらに来る前の彼は非常に明るい人物だと聞いていたんだ。……ただ、今日の彼の物腰は柔らかだが、何か凄みを感じたんだ。」

 

 

 

 

「凄み?」

 

 

 

トレーナーに抱く印象としてはあまりにも突拍子もないその一言。エアグルーヴが不思議そうに首を傾けると、ルドルフはその補足説明をするために口を開いた。

 

 

 

 

「あぁ、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたような、その顔の裏に何か恐ろしいものを飼いならしているような…まぁただの直感というやつだよ。戯言として受け流してくれ」

 

 

 

 

皇帝が感じた川尻浩作への直感は、図らずも最悪の形で的中していた。尤も、彼女が及び知ることではないが。

 

 

疑念を振り払うように窓に近づくと下校時刻となりターフに向かう生徒の姿を眺めていた。ルドルフは彼にふっかけてしまった難題を思い返していた。

 

 

 

…そんな彼だからこそ、担当を見つけろという無理難題を与えてしまったのだろうか。

 

 

 

トレーナーとはいえ、地方から出てきたばかりの実績のないトレーナーに自身の競技者人生を捧げるウマ娘にはなかなか出会えることはないはずだ。

 

 

 

 

本来であれば新人トレーナーは、ベテランが率いるチームの補佐についてノウハウとキャリアを積み重ね、数年後に担当をつけるのが定石だ。

 

 

 

 

それについては重々承知のうえだったが、彼にはそれを可能にしてしまうような何かを感じる。

 

 

 

 

ルドルフはこちらを見つめるエアグルーヴのいる室内へ視線を戻すと、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

さて、お手並み拝見といこうか

 

 

 

 

 

 

 

 

トレセン学園に異動し、業務を始めてから数日

杜王町にいたころには想像もつかないような驚きと疲労の連続が吉良に押し寄せていた。

 

 

 

一人で食堂のご飯を空にしてしまうほど大食漢な、北海道から来たという黒鹿毛のウマ娘

 

 

 

 

突然奇妙な色をした液体を飲ませようとする、実験狂いのウマ娘

 

 

 

 

シラオキ様?とかいう珍妙な神様の宗教勧誘をしてくるウマ娘

 

 

 

 

突然校舎にシールを貼りまくり、校内で焼きそばを売り始める頓智気な芦毛のウマ娘

 

 

 

働き始めてからたった数日だというのに、数々と目撃する驚愕の光景に吉良の精神はすっかりとすり減ってしまっていた。

 

 

 

 

カリ…カリカリ……

 

 

 

 

苛立っているからといって、獲物を選定することは御法度だ。今はまだ、周囲の人間に溶け込みきれていない。ここで下手に動いてしまえば、仗助たちに足取りを掴まれる恐れがある。

 

 

 

 

自身に割り当てられたトレーナー室で、自身に蓄積された疲労と苛立ちのはけ口として、吉良は自身の爪を噛み続けることでせめて気を紛らわせようと苦心していた。

 

 

 

 

ストレスの捌け口として、長時間噛み続けられた爪はひび割れ、血が噛んだ箇所から滲み出ていた。

 

 

 

気分転換に何か飲み物でも買うか。

 

 

 

 

こんな時には気分転換が必要だ。トレーナー室を後にして自動販売機まで歩みを進めていた、その時だった。

 

 

 

 

ドンッ!

 

 

 

 

「キャッ……!」

 

 

 

 

「………!」

 

 

 

 

出会い頭に誰かにぶつかってしまった。どうやら相手は尻餅をついてしまったらしい。相手はトレセン学園の生徒のようで、ずいぶん小柄なウマ娘だった。青色の帽子を被っており、長髪で片目が隠れている。

 

 

 

 

倒れた彼女は自分のことをみるとまるで虐待を受けた子犬のように怯え切った目で、すぐに立ち上がると私に謝り倒してきた。

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!ライスのせいでまた不幸な人が…本当にごめんなさい」

 

 

なんだかよくわからないことを口走っているが、これではまるで私が彼女に何かしたようなじゃあないか…

 

 

吉良は尻餅をついてしまった彼女に膝をついて目線を合わせると、穏やかな口調で語りかけた。

 

 

 

「私の方こそすまない…不注意で君とぶつかってしまったよ…怪我はないかい?」

 

 

彼女が私の問いかけに首を縦に振ったのを確認する。すると吉良は手を差し伸べて彼女を立たせ、お詫びにと言って彼女に自動販売機でニンジンジュースを買い与えた。

 

 

 

「それじゃ…」

 

 

 

 

ジュースをおずおずと飲み込んだ彼女の様子を確認すると、吉良はその場を立ち去ろうとする。そんな彼の背中に声がかけられた。

 

 

 

「あ、あの…!」

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

去り際にそのウマ娘から声をかけられ、吉良はその足をとめる。一体何の用だろうかと訝しげに首を傾げる吉良をよそに、彼女はおずおずとその口を開いた。

 

 

 

 

「どうしてトレーナーさんはライスに優しくしてくれるの?」

 

 

 

 

ライス…?こいつの名前だろうか。何を意図としてそんなセリフを口にしているのかは分からないが、ここは気の利いたことでも言ってやるとするか

 

 

 

「なにを言っているのかよくわからないが、ウマ娘のために力を尽くすのがトレーナーの役目だよ」

 

 

 

 

そう言うと、吉良はその場を颯爽と立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、たづなから選抜レースの知らせを受けた吉良は、レース場にいた。

 

 

 

「生まれてこの方、この競技にまったく興味はなかったが…すごいなこの盛り上がり」

 

 

 

 

生まれて初めてレース場にきた吉良は、選抜レースといえどその盛り上がり具合に少々舌を巻くことになった。

 

 

 

 

「今日のレースには沢山の将来有望なウマ娘たちが出走するので、気になった子にどんどん声をかけてあげてくださいね!」

 

 

 

 

たづなにはそんなことを言われたが、片田舎から出てきたどこのウマの骨とも分からないトレーナーに、自身の競技者人生をささげられるようなウマ娘は滅多にいるものじゃあない

 

 

 

それに大前提として私の素性を悟られるようなことは絶対にあってはならない。もしもの時はそいつを私の能力で消してしまえばいいのだが、競技者として第一線にたつ彼女らが行方不明になってしまえば、それこそ承太郎たちに気づかれてしまう恐れがある。

 

 

それだけは絶対に避けなければならない。

 

 

シンボリルドルフのように勘のいいやつではなく、目立つことのないような、私に従順なやつを担当につけたいところだが…

 

 

そんなことを思っていると、やけにそそっかしい、やかましそうなウマ娘がやってくると、甲高い声で大声を発し始めた。

 

 

「ライスシャワーさん!ライスシャワーさん!もうすぐ出走ですよ!どこにいらっしゃるんですか!その学級委員長である私が探して差し上げます!ライスシャワーさん!」

 

 

 

…ライスシャワー…?あー、あのぶつかったウマ娘のことか

 

 

 

 

どうやら彼女も選抜レースに出る予定のようだが、姿が見えないらしい。

 

 

 

 

その後も何度も彼女の名前は呼ばれたが、結局その日彼女がレース場に姿を現すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての出走が終わり、残った業務をトレセン学園でかたづけると辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 

今日のレースに出ていたウマ娘にある程度目星をつけながら、吉良は思考の波に身を投じていた。

 

 

 

…素人目ではあったが、競技というものはここまで厳しい世界だということか。

 

 

少しの間ではあったが、M県支部で指導に当たっていた吉良にとっては、中央のレベルの高さ、そしてその中でも名前を残すことができるものは一部であることに思うところがあった。

 

 

 

今日のレースだと、ミホノブルボンとかいうやつには何か凄みを感じたな

 

 

 

見たところ、スプリンター、マイラー適正が高いように思うが、トレーニングによっては彼女にはもっと成長する余地があるだろう…

 

 

そう思っていると、何か音が聞こえるのに気づいた。……どうやら誰かが泣いているようだ。

 

 

 

音の出どころを頼りに近づくと、そこにはライスシャワーがうずくまり、小さな体を震わせて涙を流していた。

 

 

 

「変わりたいのに、走りたいのに…だめなライス…グスッ」

 

 

「君、今日は選抜レースだったんじゃあないか」

 

 

 

吉良が声をかけると、ライスシャワーは素っ頓狂な声をあげてこちらにふりかえった。

 

 

「…ふぇ…え…あ、あなたは、このまえの?」

 

 

 

トレーナーとして気の利いた一言でもかけようと近づくと、その言葉をライスは遮った。

 

 

「それ以上近づかないで…ライスは不幸な子だから、ダメな子だから…だから変わりたかったのに、デビューしなきゃって思ったのに」

 

 

どうやらこのライスシャワーとかいうやつ、だいぶウマ娘として難があるらしい…だが、私が求める担当ウマ娘の条件にはかなっていそうだ。

 

 

人を疑わず、自責思考…精々承太郎たちの目をかいくぐり、川尻浩作としての生活のために利用させてもらおう。

 

 

 

「ライスシャワー君」

 

 

吉良は初めて会った時のように膝を曲げ、彼女に目線を合わせると、笑顔で彼女に語りかけた。

 

 

 

 

 

「君をスカウトさせてくれないか?」

 

 

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