吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい 作:ボンゴレパスタ
トレセン学園の生徒たちが、ヒシアマゾンやフジキセキといった寮長や、エアグルーヴをはじめとした生徒会の指示によって続々とバスに乗り込んでいくーーー吉良は一列になって順番を待つライスの姿を認めると、駆け寄って声をかけたのだった。
「――ーライス」
「お兄様!一体どうしたの?」
「実は急な仕事が入ってね…合宿所にすぐに行くことができないんだ。午後の練習には間に合うようにするから、午前はゆっくりとしていてくれ」
ライスは吉良の言葉を聞くと少し残念そうに俯いたが、直ぐに顔を上げて口を開いた。
「…わかった!ライス、待ってるね!…あとお兄様に渡したいものがあるの…」
ライスはそう言うと、おずおずと何か箱を吉良に手渡したーー吉良が受け取った箱を開けると、そこにはペンダントが入っていたのだった。
「――――つけてもいいかな?」
ライスが静かに頷くと吉良はペンダントを首に掛け、目立たないようにスーツの内側に入れると、ライスに笑顔を向けるのだった。
「――本当は宝塚記念の後すぐに渡すつもりだったんだけど、遅くなっちゃった…」
「―――いいんだ。凄く嬉しいよ、ライス…また会おう。合宿所にすぐ行けるように仕事を済ませてくるからね…」
吉良はライスの頭をなでると、校舎の方へと向かっていったのだった。
―――時刻は7時31分
マックイーンはいつものランニングコースの途中で4度目の朝を迎えていた。
―――切磋琢磨してきたトレーナーさんを失った。
―――大切なチームメイトを失った
――吉良を倒すことができる可能性を持った人たちを失った
このループする時の中で、絶望と呼べる経験の限りを尽くしたマックイーンの目には、最早弱さや躊躇いなど微塵も感じられなかった。
―――この朝で、ケリをつけてやりますわ
マックイーンは踵を返すと、学園に戻るために走りながらポケットから携帯電話を取りだし、とある人物に電話を掛けた。
―――吉良はここにあれを隠していたはずですわ
マックイーンが吉良の部屋に忍び込んだ後、とある場所に電話を掛けた後、人気のない倉庫の前に立ってマックイーンは力づくで倉庫の扉を開けると、そこには暗がりの中で猫草が不気味な寝息を立てながら瞳を閉じて眠っていた。
―――以前見た時よりも成長していますわ
猫草はマックイーンが吉良の部屋で見た時よりも成長しており、見た目はより凶暴なものとなっていた。
―――成長しているなら、あの時よりも空気の弾の威力も上がっているはずですわ
あの男は、起こった行動は運命となって繰り返されると言っていた。
――つまりあの男と8時27分ぐらいに校門で会うのは既に運命づけられていることになる。
――私のことを何の力もない無力な小娘だと思って近づいてきたところを、この生き物の空気を当てられれば…
無論マックイーンのしていることは例え相手が殺人鬼であったとしても立派な犯罪であり、許されることではないことも当人も理解していた。しかしながら能力を解除する方法がこれしかない以上、マックイーンは既に腹を括って吉良に空気弾を喰らわせる決意を固めていたのだった。
マックイーンは扉をすぐに閉め、猫草を陽の光に当たらないように細心の注意を払いながらバッグに入れると、マックイーンは急いで外に出たのだった。
―――露伴の爆発まであまり時間がない。
マックイーンが急いで校門に向かっていると、突然後ろから声が聞こえてきたのだった。
「――――待て。メジロマックイーン」
マックイーンが後ろを振り返ってその姿を確認すると、そこには本来合宿所にいるはずの皇帝――シンボリルドルフの姿があった。
「――君は合宿所に行かないで何をしている」
ルドルフの顔は見るに堪えないほどやつれていたーー噂では、甲斐トレーナーがM県支部で失踪後にひどく参ってしまい、生徒会の業務もエアグルーヴに任せているとのことだったが…マックイーンはいつもの冷静さを失い、猛獣のように鋭い視線を送ってくるルドルフを見据え、口を開いた。
「何をしているのか、とはどういうことですか?」
「とぼけるな!チームシリウスの面々が巻き込まれた事件、何かお前たちが隠していることは分かっている!!」
―――今の会長の様子だと、物事はどう転ぶかわかりませんわ
水を打ったように冷たく静まり返った空気が二人の間を流れていく。
彼女もまた、一連の事件の被害者の一人である。真実をまだ伝えられないにしても、彼女に嘘をつくことはマックイーンの良心が許さなかった。―――マックイーンはルドルフを見据えると、口を開いたのだった。
「――これから一連の事件の元凶ともいえる人物と決着をつけてきます…すべてが終わったら真実をお話します…ですからご猶予を」
ルドルフはマックイーンを睨みつけてたまま、視線を動かすことはないーーー永遠とも思える数秒が経過するとルドルフはため息をつき、徐に口を開いた。
「―――私は常日頃、すべてのウマ娘の幸福を願ってきた。そんな私がこんなことを言うのは虫が良いのはわかっている…だが」
「…後は頼んだ」
ルドルフはマックイーンに対して深々と頭を下げたーーーやがて頭を上げると、ルドルフは静かに去っていくのだった。
去り際、マックイーンはルドルフが小さくつぶやいた声を聞いた…全てのウマ娘を導く先導者としての声ではなく、たった一人のウマ娘としての切なる願いを。
「…トレーナー君の仇を取ってくれ」
会長は一体どんな顔をされているのでしょうか…
同じように最愛のトレーナーを失い、失意のどん底に落ちたマックイーンは、彼女の気持ちが痛いほどわかった。
―――こんな思いをする人がこれ以上生まれてはなりませんわ
マックイーンは再び顔を上げると、校門に向かって歩きだしたのだった。
――時刻は8時27分
マックイーンはトレセン学園の校門の前で、吉良が声をかけてくるのを待っていたーーー
すると、背後から突然声が聞こえてくる
「やぁ、マックイーン…サボりとは感心しないなぁ...」
――ついに来ましたわ
この悪魔の、悪夢のような能力を打ち破るため、そしてこれ以上トレセン学園を汚させないためにーーマックイーンがバッグを開きその口を吉良の方に向けると、陽の光によって活動を再開した猫草が空気弾を放つーーーその空気弾が吉良の胸にめり込むと、吉良はそのまま倒れこみピクリとも動かなくなった。
吉良が起き上がらないことを確認し、確実に仕留めるために再びバッグを開けようとするーーしかしマックイーンの視界に映った男を見て、彼女の手は止まったのだった。
それは遥か遠くで空条承太郎たちを待つ岸辺露伴の姿だったーー吉良の能力が解除されれば、彼も助かるはずだ
―――露伴さんはご無事でしょうか
およそ数百メートル先の露伴の無事を確認するため、マックイーンがわずかに吉良から目を離し、目を凝らすーーすると、背後から絶対に聞こえるはずのない声が聞こえてくるのだった。
「――班目といい、君といい、本当に大した奴だな」
―――そんなまさか
マックイーンが身体を小さく震わせながら振り向くと、吉良が口から血を流し、よろけながらも猫草から受けた空気弾をものともせず立ち上がっていたのだった
―――なぜこの男は攻撃を受けて立っているのか
眼前に広がる俄には信じがたい光景にマックイーンが言葉を失っていると、吉良は血の混じった唾を地面に吐き捨て、口を開いた。
「……なぜ私が立ち上がれるのか不思議か、メジロマックイーン?それはな…」
吉良はスーツの内からひしゃげたブレスレットを取り出すーーそれは今朝ライスが吉良に手渡したものだった。
「つくづく私は本当についていると実感するよ…もしもブレスレットがなければーーライスとの繋がりがなければ私とて無事じゃあなかっただろう…」
―――果たしてそんなことがあっていいのだろうか
その様子を見ながら吉良は言葉を続ける。
「そして猫草の空気弾で私のことを攻撃しようとしたということはだ…マックイーン。君は少なくとも3…いや4回はこの朝を繰り返しているとみたよ…そうでもなければ思いつかないアイデアだ」
――マックイーンの決死の作戦は失敗した。
彼女の顔が絶望に染まっていく表情を満喫しながら、吉良は勝ち誇った顔を浮かべ、マックイーンを絶望に叩き落とす台詞を口にしたのだった。
「4回繰り返したということはだ…これから何人かが近くで始末されるということだなぁ~?そいつらが始末されるのを見届けてからバイツァ・ダストは一旦解除させてもらうよ」
――最早運命というツキから見放されたマックイーンに成す術はなかった。
地面に膝をつき、目からあふれる屈辱の涙をこぼしながら俯くマックイーンの姿を見て、吉良の気分は最高潮に達していた。
「バイツァ・ダストは無敵だ!メジロマックイーン!この吉良吉影に運は味方してくれている!!」
その言葉を聞くとマックイーンは身体はわずかに震え、吉良のことを信じられないものを見たかのように見つめながら小さく口を開いた。
「―――言いましたわね?その名前。自分の本名を」
吉良は訝し気に彼女を見つめると、肩をすくめながら口を開いた。
「だからなんだと言うんだい?君は私の本名を既に知っているじゃあないか」
「私は、電話しただけですわ…寝坊して集合時間に遅れた彼の部屋を名前を手掛かりに調べてもらい、彼が泊まっている部屋に無言電話を掛けただけですわ」
「もう一度言いますが、貴方自身が自分の名前を口にしたんですからね?猫草で攻撃したのも、貴方のことを必死こいて待っていたのも、時間を稼ぐためですわ…彼を前回より一秒でも早くここを通らせるために、そしてその彼に貴方が自分の正体を自信で明かすことを目撃させるために」
吉良はその僅か一瞬でマックイーンの言葉の真意にたどり着いてしまった。
「―――まさか」
そんな馬鹿な。そんなことがあっていいのか。吉良が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには顔に怒りの表情を浮かべ、東方仗助が立っていたのだった。