吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい 作:ボンゴレパスタ
東方仗助の眼前には、地面に血だまりを作りながら倒れているメジロマックイーンの姿が広がっているーー仗助はその少女の姿と、過去に自分の腕の中で息絶えたかつての祖父を重ねていた
仗助は動揺と怒り、焦燥感が綯い交ぜとなった表情を浮かべ、マックイーンの元へと駆け寄った
「今助けてやるからなっ!」
マックイーンのもとに駆け寄り、仗助が手をかざすと一瞬でマックイーンの傷が癒えていき、マックイーンは再び正常な呼吸に戻るのだった。その様子を見ると、吉良は口元を歪ませながら口を開いた。
「―――傷もたちどころに治してしまうほどの能力か…つまり君が生きている限り、攻撃しても意味がないということか」
怒りが心臓を強く脈打ち、正義のためにこの殺人鬼を倒すという黄金の意思が勇気となって仗助の体内を駆け巡っていくーーー
仗助がスローモーションのようにゆっくりと、そして静かに立ちあがると、吉良は先ほどマックイーンを攻撃した時と同様にキラークイーンを構えた。
「東方仗助…君の能力は私にとって非常に邪魔な能力だということを改めて理解したよ…マックイーンは君を吹っ飛ばした後に始末することにしよう!」
キラークイーンによって発射された空気弾が、再び仗助のもとに向かっていく。猫草の空気弾は空気を固めて発射しているため、大気中に繰り出されると視認することが難しい。従って仗助も空気弾が近くに来なければ位置を確認することができず、仗助の視界に空気の輪郭が映った時には、既に空気弾は仗助に5メートルの距離まで近づいていたのだった。
空気弾の位置を確認した仗助は、直ぐにクレイジーDを繰り出すと足元のアスファルトをその拳で叩き割るーーすると砕けたアスファルトの破片の数々が仗助の前で結合し、即席の盾を形成したのだった。
仗助の前の盾に空気弾が接触した瞬間、けたたましい音を立てて空気弾が爆発した。
すると爆風の後ろからキラークイーンの拳が急接近してくるーー突然のキラークイーンの攻撃に間一髪で対応すると、直ぐにキラークイーンの肘鉄がクレイジーDのみぞおちを捉えるのだった。
仗助は口から血を吹き出し、思わず地面に膝をつくーーすかさずキラークイーンは拳をクレイジーDに繰り出したが、クレイジーDの顔面に拳が届く寸前、その手は止まった。
吉良は自身に起こった異変に気が付き、足元を見るーーそれを見た仗助は不敵な笑みを浮かべると、こちらを見下ろす吉良に向かって挑発的に声をかけるのだった。
「…俺のクレイジーDの治す能力はよ~、物を治せる…遡れば原材料までな~…つまりアスファルトを原油にまで戻せるってことだぜ!」
吉良の足元のアスファルトは、クレイジーDの能力によって原油に戻され、底なし沼のように吉良の足にへばりつく…意識を失っているマックイーンを抱え、仗助はトレセン学園の中に入っていったのだった。
ーーここは…
メジロマックイーンはゆっくりと意識を戻していく…確か自分の腹部に猫草の空気弾が貫通して…
マックイーンが状況を掴みかねていると、前方から突然に声が掛けられたのだった。
「目が覚めたようだな…大丈夫か?」
―――そこには東方仗助が身体を傷と煤だらけにしながら、マックイーンを静かに見守るように立っていたのだった。
「―――東方仗助さん」
「…今更なんで俺の名前を知ってんだってことは聞かねーよ。吉良がおめーに本名を名乗ってたことは、危機一髪って状況だったみたいだしよ~名前はなんて言うんだ?」
「――メジロマックイーンと申します」
その名前を聞くと、仗助は驚愕の表情を浮かべた。
「メジロって、マックイーン!お前まさかあの有名なメジロ家のお嬢さんかよ~!?口ぶりからいいとこのお嬢さんとは思ったが、まさかな~!?」
「―――そ、そうですわね」
「うひゃ~!俺なんてオフクロにお小遣いもらってちびちび生活してるってのにな~!宝くじの金も使わせてくれねーのによ~」
「……」
メジロ家の令嬢として生きてきたメジロマックイーンにとって、東方仗助のようなここまで砕けた口調の、所謂不良と話すのは人生で初めての経験だった。しかしマックイーンはその男の口ぶりに、そして竹を割ったような性格に特に嫌悪感を抱くことはなく、寧ろ心の何処かで親しみを感じていたのだった。
「―――助けていただきありがとうございます、仗助さん…ここは一体…?」
マックイーンの言葉を受けると、仗助の顔からはひょうきんさは鳴りを潜め、真剣な顔つきで口を開いた。
「―――すまねーな。トレセン学園を巻き込みたくはなかったんだが、吉良からの追跡を躱すにはしょうがなかったんだ…校門入って右折して、少し進んだところにあった木造の建物に身を隠させてもらったぜ」
「―――ということは、ここは旧校舎のようですわね。今日から夏合宿でほとんど人はいませんし、ここは人も来ないので、人を巻き込む心配には及ばないと思いますわ」
旧校舎の2階。今は使われなくなった教室に二人は身を隠していた。マックイーンがひとまず休もうと壁に背をつけると、髪が突然不自然に浮き上がったのだった。
―――そんなまさか
「仗助さんッ!!空気弾が教室内に入ってきましたわ!!」
マックイーンは目を凝らすと、微かにその輪郭を確認することができるーー彼女は仗助に空気弾の位置を伝えるために、大きな声で彼に空気弾の位置を伝えるーーしかし仗助が室内を移動すると、空気弾はまるで仗助の位置が手に取るようにその後を追っていくのだった。
「な、何故空気弾は仗助さんをピッタリと追っているんですの!?一体どこから吉良は私達を見ているんですの!?」
「マックイーンッ!やつが何処にいるのか探してくれ!!」
仗助はジグザグに曲がりながら校舎を走り回るが、空気弾はその速度を増し確実に仗助との距離を詰めながら追跡していた。マックイーンは吉良の姿を探すために血眼になって彼を探したが、窓の外を見て声を上げたのだった。
「いました!旧校舎の1階、ちょうど玄関の所にいますわ!」
仗助が窓の外に目をやると確かにマックイーンが言っていたとおり、吉良は旧校舎の1階で他者の目を気にするように柱に身体を隠しながらその手に携帯電話が握りながら立っていたーーーしかしあの様子では明らかにこちらの様子を視認できているわけではないはずだ。
――吉良の姿に気をとられている間に、空気弾は仗助の身体の側に音もなく近づいていく。そして、空気弾は仗助の前で音を立てながら爆発するのだったーーー仗助はクレイジーDでガードしようとしたが、キラークイーンの強力な爆発を防ぎ切ることはできず、仗助の身体を爆破が包んだのだった。
「じょ、仗助さんッ!!!」
マックイーンは爆破によって吹っ飛んだ仗助の元に駆け寄り、傷を確認する…仗助を襲った爆発は、致命傷は免れていたが、木片が足や腹部に突き刺さっており今にもその目は閉じそうだったが、その目には未だに確固たる意志が宿っていたのだった。
すると再び壁から空気弾がすり抜け、室内に入ってくる。マックイーンが空気弾を回避するために懸命に仗助を引っ張ろうとするが、仗助はそれを制止するとおもむろに口を開いたのだった。
「―――俺の能力は自分の傷は治せない…一発貰っちまったが、おかげで今の爆破で謎が解けた」
仗助は苦しそうにポケットからとあるものを取りだすーーそれは何の変哲もない、ただのライターだった。
「―――それは」
「―――この際、ライターを何で持ってるかなんて不良の俺に野暮なことは聞かないでくれよ…それとちょいと熱いかもしれねーが、我慢してくれ」
仗助はライターの回転式のヤスリを回し、火をつけるーーするとマックイーンが肩にかけているバッグに何の躊躇いもなく火をつけるのだった。
「じょ、仗助さん…?一体何を…?」
「―――どうしてやつは見えないのに俺たちのことを空気弾に追尾できるのか…?奴は携帯電話で誰かに電話していた…もしかして、やつは見えてるんじゃあなくて、聞いているのかも」
すると火をつけられたマックイーンのバッグが揺れ出し、飛びだしてきたのは1枚の写真―――自身の息子を守るためという性根の腐った親心から吉良の犯罪を隠匿し、トレセン学園の生徒たちをスタンド使いにすることによって暴走させ、何の罪もない甲斐の命を奪った写真の親父だった。
写真の親父の手には携帯電話が握られていたーークレイジーDがすかさず携帯電話を取り上げると、写真の親父は醜悪な罵声を仗助に吐くのだった。
「畜生ッ!このくそったれ仗助め!」
「こ、この男が、この写真が吉良の協力者ッ…!!」
―――この男が吉良の協力者…この男がトレセン学園で暗躍し、能力者を増やしてシリウスに襲わせるように仕向けたということですわね…
マックイーンがその目に静かな怒りを宿らせて、前方に飛び出した写真の親父を睨みつけるーーするとそれを横目で見た仗助は、取り上げた携帯電話に低く、囁くような声で話しかけたのだった。
「――仗助は…3メートル先にいる」
――すると空気弾は仗助から離れ、真っすぐと写真の親父の方へと向かっていく。
「な、なんて事をしやがるんだ、貴様ら!」
仗助の狙いに気づいた写真の親父は必死に逃げ回るが、その後方にぴったりと空気弾は追尾していたのだった。
――ぼそぼそと話しているから、吉良は仗助さんの声と見分けがついていないんですわ
写真の親父は必死の形相で逃走を図るが、空気弾は確実に写真の親父との距離を詰めていた。
「―――今だ。スイッチを押せ」
空気弾に亀裂が入り、瞬時に爆発が広がっていく…写真の親父はせめて声が息子に届くように声の限り叫ぶのだった。
「吉影ェェェェェェェェ!!!!!」
しかし写真の親父の断末魔は、皮肉にも自身の溺愛した息子の手によってもたらされた爆破によってかき消されたのだった。
「やったか!?仗助を!!」
電話の向こうから、歓喜の混じった吉良の声が聞こえてくるーーここで吉良に写真の親父に成り代わり、自身の誘導によって写真の親父が吹っ飛んだことを伝えてもよかったのだが、妙案を思いついた仗助は再び受話器に顔を近づけたのだった。
「―――仗助は死んだ。あとはマックイーンだ…やつは2メートル先にいる」
電話の向こうから聞こえた指示に、吉良は再びキラークイーンを構えて空気弾を発射する。
腹部から発射された空気弾は、獲物に忍び寄るサメのように静かに天井をすり抜けていった。
「―――もう少し。左に1メートル…今だ!スイッチを作動しろ!」
―――これで邪魔なマックイーンを始末できる。この吉良吉影の正体を知る者は、誰もいなくなるわけだ…
「点火ッ!」
キラークイーンがスイッチを押し、空気弾が破裂するーーその瞬間、吉良の頭上の天井が大きな音を立てて崩れ落ちたーー吉良が唐突の出来事に目を見開くと、煙の中から仗助が落ちてきたのだった。
「―――東方仗助ッ!」
「――さっきテメーが吹っ飛ばしたのはよ~…幽霊になったテメーの親父だぜ…まぁ、もともと死んでんだから、やっと死んだって感じなんだろうがな~…」
「クレイジーD!!」
クレイジーDの拳が迫り、吉良の顔面を捉えるーーその瞬間、吉良の頬がナッツを砕いたような音が響き、形が変わるのを感じるーーー殴る度に響き渡るクレイジーDの「ドラァッ!」という掛け声とともに、吉良の骨が折れ、身体中から血が噴き出していくーーー機関銃の掃射のように絶え間なく繰り広げられたクレイジーDのラッシュによって、キラークイーンの腹部にあった猫草は零れ落ち、吉良は窓を突き破って旧校舎の外で地面に吹っ飛ばされた。
――――これは何かの間違いだ
ぼろ雑巾のようになった身体を無理やり立たせ、壁にもたれながら吉良は一歩一歩外に向かって歩いていた。側に控えるキラークイーンの身体も、身体中のあちこちがひび割れ、その輪郭も心なしか薄くなっているように見える。吉良をここまで付き動かしている原動力は、最早気力だけになっていた。
――植物のように平穏に生きたいと願う私の人生に、こんなヒドイことがあっていいはずがない。
吉良の心には、こうなってしまったのは今までのツケが回ってきたからだとかいった罪悪感などは全く存在していなかった。あるのは自身に降りかかった理不尽な災厄に対する非難の気持ちという悍ましい被害者意識だけだった。
しかしながら、そんな怪物に対してまたしても運命は味方していた。一つ目の幸運は猫草を腹部に収納していたということ。猫草は吉良が攻撃された際、自身が攻撃されたものだと思って反射的に空気弾で攻撃をガードしていた。二つ目の幸運は、仗助が負っていた負傷である。爆破によって受けたダメージによってクレイジーDは吉良に攻撃はできたものの、そのいずれも致命傷までは達していなかった。このような複数の事象が偶発的に重なったことで、吉良は本来であれば即死してもおかしくないクレイジーDの攻撃を受けても尚、立ち上がっていたのだった。
―――帰らなければ…
たった一つの意思に導かれ、吉良は餌を持ち帰る働きアリのように遥か先で吉良をまつ拠り所に向かって歩みを進めていくーーーしかし、突然背後から聞こえた足音によって吉良は現実に引き戻されることになった。
「―――東方仗助」
そこにはマックイーンに支えられながら、東方仗助が立っていた。身体中は爆破によって傷だらけであり、腹部と足には木片が刺さっており、マックイーンに支えられないと立っていることもままならない…しかし東方仗助は、偉大なる意思によってーーー杜王町とトレセン学園の尊厳を平気で踏みにじり、多くの罪のない人々の日常を奪った眼前の殺人鬼との決着をつけるという確かな意思のもと、吉良の前に仁王立ちしていた。